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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
棺の再臨
84/162

84.激突

「あ、じゃあ一人でいいっすか」


 巌人は即答した。

 それには皆で戦うと考えていた皆――その中でも、弟子屈と学はその言葉にすぐに反対した。


「な、何言ってんだテメェ、闘級がなんぼかは知らねぇが、だとしても一人じゃ無理に決まってんだろうが!」

「そ、そうですよ! 貴方はかなり強いようですが、それでも相手には時間を巻き戻す相手がいます! いくら今強くても時間を巻き戻されれば弱体化してしまいます!」


 弟子屈の言葉にはさして反応を示さなかった巌人だったが、学の言葉にピクリと眉を動かした。


「時間を巻き戻す……やっぱり、そんな厄介極まりない相手がいるのか」


 そういった巌人は、迷うことなくその視線を後悔王リロードの方へと向けた。

 その視線からは殺気にも似た必死さが滲み出ており、それを見たディアブルはニヤリと笑みを浮かべた。


「なるほど。巻き戻るのは嫌だと、そういう訳か」

「……あぁ、死んでも御免だね」


 時間を巻き戻す?

 そんな事されたら最悪だ。ディバインシャンプーが潰されたことよりもよっぽど困る。

 巌人は内心でそう呟くと、最もリロードのことを警戒しようと頭に決めた。


「んで、僕一人を相手にやってくれるのか?」

「安心しろ、この命にかけてその弱者どもには手は出さん。これでも俺はアンノウンの中では人間よりな方だ。標的を目の前にして、余計な被害を出すほどに残酷ではないさ」

「……それは、助かるよ」


 そう言って、巌人は軽く肩を竦めた。

 ――弱者。

 確かに巌人の存在は頭一つどころか、立っている場所からして違うと、そう言っても過言ではないほどに飛び抜けているだろう。

 けれど――


「弱者、そう言いきれない奴らを僕は沢山知っている」


 そう言って巌人は背後をチラリと振り返った。

 そこには、神獣級すら圧倒するであろう自慢の妹。底の見えない自慢の弟子。絶対者すら狙える位置に立った自慢の居候。それに、自慢の母親に、自慢の先生の姿があった。


「今は弱くても、いつまでもそこで燻ってる器じゃないさ」


 そう言って巌人は、ニヤリと口元を緩めた。


「まぁ、今回は僕に任せといてくれ。子供と怪我人に魔力切れ、あと時間を巻き戻された奴らに手伝えるほど、僕はまだまだ落ちぶれちゃいない」


 彼は一歩踏み出した。

 それを見ていた紡は、三年前のその背中を思い出す。

 今よりもずっと強くて、ずっと頼りなかったその背中。それが今ではより弱く――そして、頼もしく、大きくなった。

 だからもう、あの頃みたいに震えたりしないし、泣いたりしない。


「危ないことは、兄ちゃんに全部任せとけ」


 まるで、彼女の心の中を見通したかのようなその言葉。

 それに紡は小さく笑うと、巌人は「うし」とそのジャージの裾を腕まくりした。


「さぁて、今回は妹も見てる事だし、無様な姿は見せられないわな、獄王ディアブルさん」

「……」


 巌人の言葉に、ディアブルの顔から笑みが消え失せた。

 ――否、笑っていられる程、余裕が無くなったと言うべきか。

 対して巌人の顔には凄惨な笑みが浮かんでおり、どちらが上位で、そしてどちらが下位かをその体で体現している。

 そんな巌人は、軽く開いたその左拳を前に構えて、据わった瞳でこう言った。



「来いよストーカー。今度は逃がす間もなく消してやる」




 ☆☆☆




 最初に動いたのは――ゴレームだった。


『ぐぬぉぉぉぉぉぉっ!』


 空高く振りかぶったその右の拳を、まるで叩きつけるかのように巌人へと振り下ろした。

 けれども、純粋な力比べで勝てるはずもない。


「はいどーん」


 ドギャァァァァァァッンッ!!

 どーん、では済まされないような破壊音が響き渡り、巌人へと振り下ろされたその拳は軽い拳の振り上げによって破壊された。


『ぬなぁっ!?』

「ゴレーム! 早まるな、連携を取り確実に潰す!」


 ゴレームが驚愕に染まった声を上げ、その隙を補うようにディアブルが巌人めがけて駆け出した。


「ハァァッ!」

「チッ……」


 繰り出すは掌撃。

 普段ならばカウンターの一撃でも加えてやれば勝てるが、けれどもことこの相手に関していえばそれは当てはまらない。

 巌人は舌打ち一つすると、その掌撃を一つ一つ丁寧に躱していった。


「ったく、気安く攻撃出来ないってのも辛いもんだな……」

「だろうな。でなければ貴様のような怪物、一人で相手取れるものか」


 そう言葉を交わしながらもその攻防は続き、それに焦れた巌人は背後へと飛び退った。

 瞬間、その場所へと襲いかかる心壊王マカオ。


「行っくわよぉっぅ!『愛の力』ぜっんかぁーいっ!」


 その言葉と同時にマカオの全身からピンク色のオーラが弾け、それを見た巌人はピクリと眉を動かした。


「強化系の能力か」

「もっちぃ! イケメンは話が早くて助かるわ〜ねっ!」


 直後、巌人へと無数の連打が打ち込まれた。

 それらは弟子屈でさえ目で追うのが精一杯の一撃で、しかもそれが一秒間に数十発打ち込まれ続けているのだ。普通ならば躱せるはずもない。

 けれど――


「あぁ、コイツは触れても大丈夫なのね」


 パンパンパンッ!

 それら全ての拳を掌底で叩き落とし、受け流す巌人。

 驚異の動体視力、驚異の身体能力。

 そして何より、それを簡単にこなすことが出来るほどに鍛え上げられたその肉体。その体幹が凄まじい。


「なるほど! やはり貴様の力は純粋な肉体によるものだったか! 黒棺の王!」

「だから違うって言ってんだろうが……」


 そう言いながらも、巌人は戦いに再び参戦してきたディアブルからの連打を躱しまくる。

 マカオからの連打をすべて叩き落とし、その合間合間を縫って繰り出されるそれらの掌撃を躱しきるのは至難の技。巌人はその至難の技を何とか続けながらも、この状態では押し込まれるばかりだということを再確認した。

 チラリと視線を巡らせる。

 リロードは力でも貯めているのか、その場に座り込んで瞑想を始めており、ゴレームは先ほどの腕の代わりを補填しようとしている。


(今あの二体は戦闘不可、そもそも戦闘すら見ていない時点でとっさに加わるなんてことは出来ない)


 ならば。

 巌人は足元に転がっていたそのゴレームの腕の欠片を掴み取ると、それをスッとマカオへと投げつけた。

 軽いモーションからの一撃。けれどもそれを巌人が投げたとなれば話も変わってくる。


「がハッ!?」


 その一撃を顎に受けたマカオは、その顎を思いっきり突き上げられ、数メートル吹き飛ばされてゆく。

 手首のスナップだけで投げたとはいえ、さすがは神獣級のアンノウン。死ぬどころか気絶すらも回避したようだ。

 と言っても、巌人の攻撃にシャレにならないダメージをその身に受けてしまったが。

 それに――


「これで、一対一ッ!」


 そう言って巌人は、ニヤリと笑みを浮かべた。

 確かに多対一で自分の速度以上の連携を取られれば戦いにくいかもしれない。けれど、こと単体で巌人よりも強いなど、そんな存在は生き物ではない。ただの化け物だ。

 そして巌人は知っている、そんな存在は、この世界には一人しか存在しないことを。


「フッ!」


 瞬間、巌人は足元にあったその石を蹴りあげた。

 それは、マカオが受けたものよりも遥かに早く、ディアブルをして受けきるのが困難と思えるほどの威力を誇っていた。

 その上――


「お前の弱点は――知っている」


 目の前から、巌人が残像を残して消え失せた。

 その、今までの攻防からは考えもできなかった速度に、ディアブルは初めて巌人の『本気』を垣間見た。

 眼前にはその投石が。背後を振り返れば、そこには巌人の拳が迫っていた。


(コンマ、一秒くらいだろうか)


 巌人が前回、この男を倒したその方法。

 それは、二つ同時に反射を行うことが出来ないのではないかと、そう考えた末の、投石と拳骨の同時攻撃。

 その時はコンマ一秒差で拳が後に届いたため、石こそは反射されて砕け散ったものの、巌人の拳は彼へと届いた。

 それは巌人の挙げた説が正解だったという証明でこそないが、反射を連続して使えないということの証明にもなった。


(弱点は、もう知っている。ならば、今回も同じように、そして今度は手加減なく――一撃で殺す)


 巌人の拳がさらに唸りを上げて突き進む。

 もう既に巌人の拳はディアブルの眼前にまで迫っており、それを見たディアブルは――


「ククッ」


 ――笑みを浮かべた。


 ゾクッ――!

 その刹那に見た笑みに対して、巌人は背筋を怖気が走ったのを感じた。

 それは、紛れもなく危険を感じたが故のもの。

 十年……、いや、それ以前の巌人ならばまだしも、物理戦において敵は居ないと自他ともに認める現在の巌人が、絶対に感じてはいけないもの。

 巌人は咄嗟にその拳を引こうとしたが――少しだけ、遅かった。


「反射、発動」


 ブシゥュッッッ!

 鮮血が周囲へと舞い散った。

 それを見ていたものは、その血液はディアブルのものだと思ったが――けれども、すぐにそれだけではない事に気がついた。


「うぐっ……」


 そう言って後退ったのは――巌人だった。


「に、兄さん!?」

「師匠!?」

「い、巌人さま!?」


 三人の悲鳴が響きわたる。

 けれども、それ以上に月影と智美の驚愕は大きかった。

 巌人が流血する姿など、彼女らは幼少期の頃と、そしてあの事件の時以外は見たことがなかった。

 それだけ彼女らは巌人の強さを知っていたし――だからこそ、その血まみれになった巌人の腕を見て、愕然とした。


「ゴフッ……、く、ククッ、どうだ、黒棺の王よ。自らの一撃をその腕に受けた気分は……」

「くっ……、最悪としか、言いようがないな」


 巌人は初めて知った――自らの拳の重さを。

 ――まったく、僕はなんてものを毎度毎度食らわせてきたんだか。そりゃ誰も立てないわけだ。

 そう、改めて再確認する。自らの化物加減を。


「一対一で貴様に勝てる者など、数人を除き(・・・・・)存在せぬだろうさ。だからこそこう言おう。貴様の拳ならば、貴様を殺すことが出来る、と」

「本当……、みたいだな」


 巌人は、その右腕へと視線を下ろす。

 そこには肉という肉が潰れ、骨が砕けた自らの腕が存在しており、とめどなく鮮血が溢れ、感覚は先ほどの一撃以降は消え失せている。

 このままでは出血死もありうる。

 そう考えた巌人は――


「フンッ!」


 瞬間、巌人の腕からの出血が停止した。

 それにはディアブルも目を見開き、それを実際に行った巌人は、満足げに頬を緩めた。


「さっすが僕の筋肉。潰れてもなお、傷穴を塞ぐくらいは動いてくれるか」


 見れば、巌人の腕の筋肉は限界まで張り詰めており、その筋肉の膨張によって無理やり止血しているのだと想像がつく。


「……よくぞ、その傷で動けるものだな?」

「お前こそ、土手っ腹に大穴空いてんぞ」


 巌人の視線の先には、先ほどの投石で胴体に空いた大穴が。それはその投石をあえて受けることによって巌人の拳を反射した、という事に他ならず、巌人はその決死の覚悟に笑みを浮かべる。

 そして、彼は地面を踏みしめた。

 それは、まだまだ戦いは終わらせないという闘争心の表れ。それに対してディアブルは心底楽しそうに笑みを浮かべる。


「くっ、クハハハッ! いいぞ、いいじゃないか黒棺よ! ここまで私を追い込める者はそうはいない! 邪魔は入らん、どちらかの命が尽きるまで、存分に殺りあおうではないか!」


 そこに来て、死の淵に立って初めて感じる喜び。

 ディアブルは、その『頂点』に黒棺の王を殺せとの命令を受けたここへと来た。けれどもその本心は、再び、この数年間で鍛え上げた自らの力を使って、あの男と戦ってみたいと、その願いに溢れていた。

 数年前は、手も足も出なかった。

 現時点では、さらに差が開いたように感じる。

 だからこそ――勝機が見える。


「さぁ、楽しもうぞ黒棺ィ! 俺はまだまだ足りぬぅ! さぁ、もっと血沸き肉踊るような戦いを!」


 そして、この俺にまだ見ぬ『頂き』の力を見せてくれ。

 ディアブルはそう叫んで――



「獄王様! 今お助けしますぜ!」



 瞬間、力を貯め終わったリロードがそう叫び、その限界まで力の強まった光線を放った――紡たちに対して。


「……は?」


 ディアブルは思った――何故そちらへと向けて撃ったのか、と。

 彼とて命令を受けている以上、巌人に向けてその光線を撃つのには反対しない。幾ら弱体化しようとこの男は強いと実感しているから。

 だが――何故よりにも寄って、手を出さぬと約束した者達へとその矛先を向けるのだ?

 その視線の先では紡たちが現状すら理解もできずにその光線を眺めており――


「……はぁ、逃がしときゃ良かったかな」


 紡は目の前に立ちはだかった巌人の姿を見て。



「に、兄さんッ!?」



 その叫び声と共に、巌人の身体はその光線に飲み込まれた。


次回、棺の再臨。

巌人の『力』が明らかになります。

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