83.因縁
巌人は、ふと冷静になってその気配に気がついた。
「……ん? 何であいつら、一箇所に集まってんだ?」
その視線の先には、草むらの中で何やらなんとも言えない雰囲気を醸し出している顔見知りたちの姿があり、彼女らの姿を見ていくうちに、巌人の瞳は大きく見開かれて行った。
「……おいおい、壁に穴が空いてるから余程の緊急事態だとは思ってたけど……、ツムが完全装備? っていうかなんだよあの中島先生の格好……。まるで――」
そう、巌人がその先を言おうとして――
「まるで三年前のようだ、か? 黒棺の王よ」
瞬間、突如として響き渡ったその声に、巌人は久しぶりに戦闘態勢をとった。
直後に巌人の視線の先にあった空間がぴきりとヒビ割れ、それを見た巌人は近くにいた彼女らへと声を上げた。
「おい! 逃げるかこっち来て固まってるか、どっちかにしろ! でないと死ぬぞ!」
見たこともない程に切羽詰まったその様子に、彼女らも現状が何かに『やばい』ということに気がつき、その中でも、紡と弟子屈の二名が、その危険性にいち早く感づいた。
「ま、まずっ……、そこの三位!」
「あぁ! 逃げるのは無理そうだ……!」
そう言って彼は背後へとビシッと手をかざし、遠慮なくその能力を行使した。
それと同時に紡がカレンと彩姫の二人の手を引いて巌人の方へと駆け出し、今になって現状を把握したか、智美、月影、そして学の三人も、弟子屈を抱えて巌人の方へと駆け出した。
「……あっらぁん? 誰か隠れてると思ったらぁ……、あの時ガイアスにやられてた坊やじゃナァイ?」
「またお前かよ! くそオカマ!」
その範囲重視の『即死宣言』の中から歩み出てきたのは、相も変わらず気持ちの悪いモデル歩きをした心壊王マカオ。
「おやおや、これはまた、色々と過去に後悔してそうな方々だ。……特に、貴女と貴女と、……そして、貴方」
そう言って現れたのは、智美たちの時を巻き戻したそのアンノウン――後悔王リロード。
彼は順々に月影、紡、そして巌人へと指をさし、満足そうにニヤリと笑みを浮かべた。
『くっ、くくくっ……、まさか、アレごときで俺を殺ったと、そう思ったでやんすか?』
そんな声が聞こえてきて、カレン、彩姫、そして月影は思わず目を見開いた。
そちらへと視線を向ければ、そこには宙に浮かぶ小さな赤い宝玉へと周囲に散乱する様々な瓦礫が集まっていくところで、数秒後にはそこには以前とは比べ物にならない――それこそ、彼の地竜王ガイアスと同格、いやそれ以上の大きさを誇るゴーレムが現れていた。
機械王ゴレーム。彼の異能は『核生命』である。悪鬼羅刹の憑依した剣に貫かれる直前、体の外へと取り出したその赤い核は、この街中に溢れる建物の瓦礫を材料として、以前よりもはるかに強大で凶悪な身体を作り上げた。
その闘級は、もはや神獣級のラインを軽く超えていることだろう。
「うぉふっ……。神獣級二体に、聖獣級最上位が一体か……って、それよりヤバイのが残ってたな」
そう言って巌人は、久方ぶりに冷や汗を流した。
辛うじて、紡ならばあのオカマの神獣級は倒せるだろうとそんな推測を立てた巌人。
次に聖獣級最上位――あの時計が身体中に埋め込まれたアンノウン。あれは想像するに中島先生の体の時間を巻き戻したアンノウンだろうと想像できる。そいつには序列三位の弟子屈を初めとして、『無銘』を持つ智美、月影、その他の面々でどうにかなるだろう。
けれど――
「久しいな、黒棺の王よ。幾ら前線から離れたところで、その体から溢れる威圧感だけは隠せぬか」
その空間に入ったひび割れは徐々にその大きさを増してゆき、数秒後には、そこには人一人が出入りできそうな『隙間』が出来ていた。
「……ちょっと、何言ってるか分かりかねますが」
「ふっ、やはりそうであろうな。あれだけ大量の同胞たちを殺して回った殺人鬼が、いちいち殺し損ねた者のことなど覚えて居るはずもない」
そうして、その隙間から姿を現したのは――巌人にとって、身に覚えのあるアンノウンだった。
目が眩むほどに『白い』その髪に、その髪の隙間からは猫のように鋭い金色の瞳がこちらを覗いている。
その姿を見た巌人はいよいよヤバイと焦りだし、自身の背後にまで移動してきた紡へとこう言った。
「紡、ちょっと今回ばかりは不味いかもしれない……。このゴーレムとあの白髪だけは僕が何とか受け持つから、その隙に残り二体を倒して……逃げてくれ」
「に、兄さん!?」
初めて見る、巌人のそんな姿。
妹に情けない姿を見せてしまったな。そんなことを思いながらも、巌人はその白髪へと視線を向けてこう言った。
「覚えているさ。獄王ディアブル……反射持ちのめんどくさーい人型野郎だろ?」
その言葉に、彼――獄王ディアブルはニヤリと笑みを浮かべた。
☆☆☆
それは、数年前の出来事。
巌人に妹ができて、そして一年が過ぎたある日のこと。
今日も今日とて、シャンプーを製造しようとしたはいいが、あまりお金もかけたくない巌人は、壁の外まで何かにいい材料がないかと散策しに来ていた。
普段から周囲のアンノウンたちを撲殺し、両腕を真っ赤に染めながら材料を創作している巌人は、この街周辺にするアンノウンから『見かけたら逃げろ』という暗黙の了解を受けており、最近に至っては壁の外なのにも関わらず一回もアンノウンと戦わずに帰還していることが多い。
そんなある日――巌人の前に、人型のアンノウンが現れた。
「我が名は獄王ディアブル。貴様が……噂に聞く黒棺の王という奴か?」
「あ? 消すぞお前」
もちろん否定する巌人。
当時から『黒棺の王』という名がたいそう嫌いだった巌人は、その本人だといきなり言われたこともあり、かなりカチーンと来ていた。
今でこそそう言われても受け流せるが、当時十四歳の巌人にとっては、自分の感情をコントロールするのは少し難しかった。
だからこそ、尚もそのニタニタと笑みを浮かべているその男に殴りかかり――気がついた時には、自らの身体ははるか後方にまで吹き飛ばされていた。
「痛っ……」
久しぶりに自らの体へと走ったその痛み。
見れば殴りかかった右腕は軽く赤みを帯びており、まるで真正面からもう一人の自分の拳を受けたような、そんな衝撃に巌人はその男の異能について察しがついた。
「なるほど……触れた相手の攻撃を反射させる、とか。そういう能力か……」
「ご明察、流石は黒棺の王。我らが同胞殺しの殺人鬼だ」
その言葉に、巌人はギリッと歯を軋ませた。
殺人鬼――一番デリケートだった時期の巌人へとそう言ってのけたその男、獄王ディアブルは、眠れる獅子の、尾を踏んでしまった。
「よし決めた、お前消すわ」
瞬間、巌人の姿が目の前から掻き消え、直後、ディアブルの後頭部に軽い衝撃が走った。
「なっ!?」
本来ならば有り得ぬその衝撃。
その衝撃は軽く叩かれた程度のものではあったが、それでも彼からしたら初めて受ける衝撃だった。
振り向けば、はるか向こう側で巌人が壁に埋もれており、そんな巌人は悔しげに眉根を寄せた。
「完全な不意打ちもダメ……、力をあげてもせいぜいが軽く叩かれた程度……。全く厄介な能力だなオイ」
けど――
次の瞬間、巌人の姿が掻き消え、気がついた時にはディアブルは、四肢を投げ出して地面へと倒れていた。
「けど、対処しようがない、って訳でもねぇわな」
頬に今まで感じたことのないような鈍痛が走っており、そんなことを言っている巌人が自分のことを見下ろしていた。
「知ってたか、獄王ディアブルとやら。幾ら恵まれた能力があろうと、それに驕って体を鍛えない奴のことを、ただの馬鹿っていうんだぜ?」
そう言って巌人は、迷うことなくその拳を振り下ろした。
――はずだったのだが。
「……たしか、あの時もいきなり空間が割れて、お前に逃げられたんじゃなかったか? 反射野郎」
「ご明察。これでも俺はあの方のお気に入りでな。こうしてたまにあの方の能力を使わせてもらっているわけだ。移動手段として使わせてもらうのは気が引けるがな」
ディアブルは巌人の言葉にそう返した。
そんな中、ディアブルはスッと目を細めて巌人の体をじっと眺めると、何を思ったか肩を震わせ始めた。
「くくっ、やはり思った通りだな、黒棺の王よ。貴様、あの時よりもはるかに強くなっておるな。これでもかなり強くなったつもりでいたが、どうやらあれから更に差は開いてしまったらしい」
「……なら、帰った方がいいんじゃないか?」
そう言って巌人はチラリと周囲へと視線を向けた。
既に巌人の背後には全員が集まって来ており、それぞれが武器を手に持って臨戦態勢に入っている。
巌人が倒した地竜王ガイアス。紡が倒したオタ王フジワラ。
それらの戦力を考えるに、恐らくここにいる四体が現在生き残っている最高戦力と考えた方がいいだろう。
と、巌人はそこまで考えて――
「……いや、そう考えても、さっきの亀裂の能力者と、あの壁を壊した能力者。まだ二人残ってるか」
その結論に達した。
その言葉にディアブルは楽しげな笑みを浮かべると「ご明察」と呟いた。
「と言っても、あの御二方は今回は観戦とのことだ。貴様らに対して自分たちが手を下す必要があるか……見極めるのだそうだ」
「へぇ……。そんな情報、敵さんに与えて大丈夫なのか?」
巌人の言葉に「問題は無いさ」と。そう返すディアブル。
けれどもそんな親切な言葉とは裏腹に彼はスッと手を上げると、そのまま巌人へと視線を向けた。
「黒棺の王よ、我らは貴様を殺せれば他はどうでも良いのだ。だからこそ――選べ」
そう言って、その金色の瞳を愉悦に揺らしたその男は。
「我らがその雑魚どもに手を出さぬ代わりに一人で戦うか、その雑魚ども諸共全員を標的として戦うか……。さて、貴様はどちらを選ぶ?」
その、二つの選択肢を提示した。
さて、やっと激戦の予感。
恐らく次々回には黒棺さん登場です。
お楽しみにお待ちください。