81.悪鬼羅刹
一方、ガイアスが鮮血へと化した頃。
「ど、どうなってるのよさっきから!」
月影はそう吐き捨てた。
最初に聞こえてきたのは、幾つものビルを破壊し尽くすような破壊音。
その直後、その方向からビルよりも巨大な竜の姿が確認され、その竜がサッポロ駅の方へと歩いてゆき、そして最後。少し大きな音が聞こえた直後に馬鹿でかい破壊音が響き渡ったのだ。
その音に、月影たちどころかゴレームすらも身をすくませてしまったことは言うまでもない。
だが――
「あんな音出せる人物なんて一人しか存在しないっすよ!」
カレンが満面の笑みでそう言った。
その言葉に彩姫が笑みを浮かべ、それらを見た月影も呆れたように苦笑する。
(まぁ、誰の仕業かは、分かってるのよねぇ……)
そう言って彼女は嘆息すると、その視線をゴレームの方へと向けた。
そこには体中に切り傷を作ったゴレームの姿があった――だがしかし。
『ふん、その程度の攻撃じゃ、いつまで経っても俺のことは倒せないでやんす!さっきの不意打ちは効いたでやんすが、あんなのはもう二度と効かないでやんす!』
その言葉と同時、徐々にそれらの傷が回復していく。
彼の異能――『核生命』は体の中に核を作り、それを破壊するまで死ぬことがないという異能である。
その上、核が破壊されない限りはその肉体が朽ちることもなく、徐々に肉体に付いた傷を回復することも可能なのだ。
更に厄介なのが、その肉体がよりにもよって超がつくほどの合金製だということだろう。並の攻撃では傷一つ付くまい。
だがしかし、だからといって諦めるほど簡単な彼女らでもない。
「ならそろそろ本気で行くっすよ!」
瞬間、走り出したカレンの体が光に包まれ、様々な効果音とともにその姿を変えてゆく。
「イレーズ・テーテン・フラッペ・カルチャーレっ!」
その言葉とともに光がはじけ、その中から青いふわふわドレスに身を包んだカレンが飛び出した。
それにはゴレームも一瞬目を見開いて硬直し――
「油断大敵、って奴よね」
直後、両足の関節部に『蒼影牙』が差し込まれる。
見ればそこには二人の月影が同じような笑みを浮かべて立っており、彼は咄嗟に腕を振り払う。
けれど、なんの抵抗もなくその二人の姿は靄となって消え失せてしまい、彼の拳は勢い余って宙を舞う。
そして――それを見逃すカレンでも無かった。
「行くっすよぉぉぉぉ!ミラクル☆ミラクル!いでよ私の魔法武器っ!」
瞬間、そこに生み出されたのは巨大な大剣。
黒一色に塗りつぶされたその大剣は、雲の隙間から微かに漏れる陽の光を反射して鈍く光り輝き、直後――一直線にゴレームの首元へと差し込まれた。
『ぬぉあっ!?』
深々と突き刺さるその大剣。その剣は首元から背中当たりまで貫通し、背中から切っ先が顔を出している。
だが――
「くぅぅぅっ!なんだか倒したっぽい手応え無かったっす!」
カレンはそう叫んだ。
その証拠にゴレームは驚いたように声を上げたものの倒れる気配は一向に見せず、逆にその大剣の柄へと手を伸ばし始めていた。
だが、ここで彩姫が動き出した。
「大剣よ!振動せよ!」
瞬間、そのカレンの大剣が細かい振動を始め、それには焦ったようにゴレームが声を上げた。
『ま、まずっ!』
彼は咄嗟にその剣を自分の体から抜き放つと、その勢いのまま遠くの方へと放り投げた。
彼はガクッと地へと膝を着くと、それと同時に、体中へとピシッとヒビが走った。
それは、微かなヒビだった。
けれどもそれを受けたゴレームは明らかにダメージが入ったように膝をついており、それを見た彩姫は、ゴレームの正体を確信した。
「やはりっ!カレン、お義母さま!あのアンノウンの正体は体の中にある核を中心に集まっただけのガラクタです!その核を攻撃しなければダメージは入らないようです!」
その言葉にゴレームは驚いたように顔を上げ、それを見た月影は納得が言ったように笑みを浮かべた。
「なるほど……、だからこそ内側からの振動には弱かった、って事ね?それもあれだけダメージが入っているのだから……恐らく核はかなり脆い」
『ぐぅっ……』
その言葉に、ゴレームは悔しげに立ち上がる。
既に先ほどの大剣によって付けられた傷は修復を始めており、それを確認したゴレームは一歩――後ずさった。
『俺の正体に気づけたからといってそれで勝てるわけでもないでやんす……。この傷を狙おうとしても、こと防御に専念さえすれば負けるはずがないでやんす!』
そう思うのもそのはず。
ゴレームは本来防御特化のアンノウンだ。
たしかにその防御力を生かした攻撃も得意とするが、その本領が発揮されるのは防御する時のみ。
だからこそ――
「これは、一撃で決めちゃった方が早そうね」
月影は、そんなことを呟いた。
彼女は腰から一本の短剣を手にすると、目の前の地面へと思いっきり突き刺した。
刀身の半ばまで突き刺さったその剣。
それを前にして彼女はパンッと両手を合わせると、チラリとカレン、彩姫へと視線を向けた。
「今からとっておきの武器を作るわ。作り終えた後、私が隙を作るから――後は、二人にお願いするわね?」
その、全く要領の掴めない言葉。
それに対して詳しく説明を聞こうとした二人ではあったが。
けれども、直後に彼女の体から吹き出したそのえも言えぬ威圧感に、その言葉を飲み込んだ。
その威圧感の名は――魔力。
「『我が呼びしは悪鬼の王』」
周囲へと魔力がほとばしり、魔法という概念を頻繁に使っているカレンは、その月影の使用している魔力量に愕然とした。
「『天界にて暴虐を尽くし、冥府に降りても敵は無い』」
その魔法は、鐘倉が代々受け継いできた影魔法――その奥義とも呼べる技。
「『その名は最強にして最凶』」
大量の魔力を贄に、ある鬼を現世の対象へと降ろす。
その対象は自らの『肉体』にその鬼を憑依させ、絶大な力を得ることが出来る。
「『我が名は鐘倉月影』」
今回降ろす先は――この短剣。
切れ味よりも耐久力を主に作られた、正しくこの魔法を使うためだけの一振り。
「『召喚に応じ顕現せよ』ッ!」
彼女はカッと目を見開くと、その鬼へとこう叫んだ。
「力を貸しなさい!『悪鬼羅刹』ッッ!!」
瞬間、巨大な威圧感が周囲を包み込み、その短剣を光が包み込んだ。
☆☆☆
「う……なぁ……」
その剣を前にして、カレンは声にならない音を出した。
黒色に塗りつぶされ、形も――そして大きささえも大きく変えたその短剣は、今や長剣と呼ぶに相応しいものへと変化していた。
けれども、そこから放たれる威圧感は先程までの比ではない。
「こ、これが、魔法……」
彩姫がそう呟いた。
その刀身に触る者全てを破壊し尽くすかのような、そんな威圧感を撒き散らすその剣に彼女らは恐怖し――
「ふ、二人共っ!そんなことしてる時間はないわよ!」
その叫び声に、二人は一気に正気へと戻された。
「こうしている今にも人が死んでいる!私たちが守るべき民が死んでいる!こんな大惨事、人が死なないわけがないでしょう!」
突きつけられた――その真実。
これだけの大惨事だ。もう数百人単位で人が死んでいるだろう。
「だからこそ、私たちは一刻も早くコイツを倒して先へと進むのよ!分かった?」
「は、はいっす!」
「わ、分かりました!」
二人の言葉に月影は少し頬を緩めたが、すぐにその合わせていた両の手のひらを地面へと突きつけた。
「ソレの持続時間、魔力から考えてもあんまり無いのよね……。ってことでちゃっちゃと終わらせるわよ!」
瞬間、先程の魔力程ではなくとも、十分に大量と言っても過言ではない魔力が吹き荒れ、新たな魔法を形成する。
「『ヘルプリズン』っ!」
そう唱えると同時、ゴレームを中心として地面に巨大な影の沼が生み出された。
いきなり変質したその地面にゴレームは驚いたように足元へと視線を向け――徐々に沈んでいく自分の体を見て確信した。
『ま、まずいでやんす!』
彼は膝を曲げると――一気に跳ね上がった。
高さにして十メートル。
あれだけの巨体、あれだけの重量でそれだけの動きができるのだ。彼の実力の程が分かるというものだろう。
けれども。
「さぁ!今よ二人とも!」
月影の言葉に、ゴレームは自らの失策に気がついた。
今自分がいるのは空中――つまりは回避は出来ないということでもある。
見れば先ほどの長剣の柄をカレンが槍投げの要領で掴んでおり、その後方では彩姫が瞼を閉ざし、かつて無いほどに大きな赤い光を身に纏っている。
『チィッ!』
大きな舌打ちが響き渡り、直後、カレンがタタタッと走り出した。
その走り方はまるで槍投げの選手のようでもあり、彼女はその直前、グググっと体に力を入れて――その剣を発射した!
「ふんぬぉぉぁぁぁぁぁっ!!」
カレンの咆哮が響き渡り、それを聞いた彩姫は、カッとその瞼を開いた。
スッとその剣の方向へと手を伸ばすと、その赤いオーラを一気に注ぎ込む。
「行きます!『超加速』ッ!」
デュゥンッ!
直後、赤い光を撒き散らしながらも一気に加速するその剣。
その速度はもはや音速に近い速度にまで変化しており、それを見たゴレームは咄嗟に身体の前で両腕をクロスに構えた。
『ふははっ!この状態の俺を貫通しようだなんて無駄でやんすよ!無謀にも程があ――』
けれど。
気がついた時にはその剣ははるか後方へと移動しており、視線を下ろせば、いとも簡単に貫通され、消失したようにポッカリと穴が空いている自らの腕と胴体。
『そ、そんな……、ば、馬鹿……な……』
次第にその瞳からは赤い光が消え失せてゆき、その言葉を聞いた月影は、ニヤリと笑ってこういった。
「馬鹿ね。鐘倉の奥義があなたに止められるほど……、ヤワなわけがないじゃない」
直後、ガラクタと化したゴレームの体が、地面へと轟音をあげて突き刺さった。




