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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
棺の再臨
80/162

80.不撓不屈

 ガギギギギッ!

 紡はその腕の薙ぎ払いを、歯を食いしばりながらもその刀で受け流した。


「き、きひひっ、きひひっ!お、おお、思ったほど大したことないんだな!」


 そう顔を引き攣らせながらも叫ぶはオタ王フジワラ。

 その言葉にはカチンときた紡は「ふんっ」と呟いてその刀へとその純白の炎を纏った。

 その炎に目に見えて怯え始めるフジワラ。


「ひ、ひいぃぃぃっ!?そ、その炎っ!間違いなく『神炎』!酒呑童子の娘で間違いないんだな!」

「うる、さいっ!」


 瞬間、横一線に薙ぎ払われるその刀。

 その到底届かない距離からの一閃。けれどもその刀身に纏わりついた炎は一直線に飛んでゆき、フジワラは焦ったように身体の前で両手をクロスした。


「『汗ガード』ッ!」


 瞬間、彼の身体中から太った者特有の汗が大量に吹き出し、その炎の斬撃と正面衝突した。

 本来ならば到底防げぬその攻撃。

 けれども紡の闘級は九十代、対してフジワラの闘級は百二十である。ここではその差が如実に現れてしまっていた。


「ぬ、ぬははははっ!ノーダメージ!なんだな!」


 そう言って高笑いするフジワラに。


「しね」

「ぷぎゃぁぁぁぁぁ!?」


 紡は容赦なく背後から斬りかかった。

 鮮血が周囲へと撒き散らされ、その赤い血を見た紡は――焦ったように背後へと飛び退いた。

 瞬間、先程まで紡のいた場所へと鮮血が付着し、汗とは比べ物にならない速度で地面を溶かしてゆく。


「なるほど……キモオタク、汗よりも血の方が、よっぽど有毒。これは危険」


 もちろん絵面的にも。

 そんな言葉を聞いたフジワラは、うぐぐっと背中の痛みを堪えながらも呻き声をあげる。

 そして――


「ウガァァァァァァァァァァ!!」


 瞬間、周囲へと雄叫びが響き渡った。

 見ればその雄叫びはフジワラが放っているものらしく、紡は両手で耳を塞ぎながらも、ギリッと歯を食いしばった。


「くっ、な、何が……」


 その轟音に骨が軋む。

 そこにいるだけで内臓が震え、頭にガンガンと鈍痛が走る。

 それには彼女も思わず「くっ」と片目を瞑って眉をしかめて――


「もう君は、殺すの確定だなぁ」


 瞬間、背後からそんな声が聞こえてきて、紡は焦った方に背後を振り返った。

 するとそこには、いつの間にか背後にまで移動したフジワラが腕を振りかぶっており――


「チェック、メイトなんだな」


 腕の薙ぎ払いが彼女の胴体へとクリーンヒットし、彼女の体は弾かれたかのように吹き飛ばされていった。




 ☆☆☆




 時は少し遡る。

 サッポロ駅、ARタワーにて。

 その出口を出たところで、巌人はホクホク顔のまま佇んでいた。

 というのも――


「まさかこれを貰えるとはな!シャンパー・リンスイン氏が作り上げた最高傑作『ディバインシャンプー』……!一度使い始めたらもう止められない!髪が一本一本適度に洗浄されてゆくというリアルな感覚。髪を洗う手に感じる滑らかな感触。そして何より……髪年齢が十歳若返るというこの素晴らしき性能!」


 正しくそれは、神のシャンプー。

 巌人は肩にかけたその紙袋から、そのシャンプーを取り出した。

 透明色の豪華な容器の中には、見たこともないような黄金色に輝くシャンプー液が。もちろんリンスインシャンプーである。


「はぁ……、もうこれだけでご飯百杯はいけるな。ククッ、これであの三人もシャンプーの虜に……」


 巌人はチラリとそんなことを呟いて。


 ドガァァァァァァァァァァッン!!


「んなぁっ!?」


 突如として目の前の地面が爆発し、その際に飛んできた岩石により、巌人の手からディバインシャンプーが吹き飛ばされていった。

 それには巌人も焦ったように声を上げ――


『フハハハハ……未だ残っていたか人間よ。ここまで侵略を受けておいて逃げぬとは見下げた愚かしさよ』


 そんな言葉とともにその地面から現れたのは、見上げるほどに巨大な地竜だった。

 それに対してはさすがの巌人も――


「ああっ!?僕のシャンプーが!?」


 ――もちろん見向きもしていなかった。

 それには思わず彼――地竜王ガイオスも困惑してしまい、直後に怒ったように声を上げた。


『き、貴様!このワシを無視するとはいい度胸だ!』

「……へ?え、誰?いつからいたの?」


 そして、その言葉を聞いて初めてその存在に気がついた巌人。

 彼は驚いたように足を止め、その身体を見上げて「うぉぉ」と声を上げる。

 ――だが、それこそが命取りだった。


『この愚か者めが!もう良い!貴様が大切にしていたこの物体、跡形もなく破壊してくれるわ!』


 瞬間、その巨体に見合わぬものすごい速度で、シャンプー目掛けてその爪が振るわれた。




 ☆☆☆




 一方その頃。

 フジワラは、紡のその姿を見て――目を見開いていた。


「なぁっ!?」


 そこには、先程クリーンヒットを食らわせたはずの紡が、いつも通りの無表情を顔に貼り付けて立っていた。

 ――完全な、無傷で。


「馬鹿な!?有り得ないんだよぉ!一体何が……」


 オタ王フジワラと紡の闘級差は二十とすこし。

 それだけ差があれば、片方の一撃は掠るだけで瀕死になりかねない致死の一撃と化し、もう片方の一撃は子供に殴られた程度の軽傷へと変化する。

 ――はずなのだ。

 けれどもそこに立っている彼女は、多少衣服に傷こそついていても、その体には一切と言っていいほどにダメージが入っていなかった。


「まぁ、なかなか、痛かった、よ?」


 紡はそう呟いた。

 まぁ。

 なかなか。

 今のはフジワラの、正真正銘全力の一撃。けれどもそれを受けた格下の紡はそんなことを言ってのけたのだ。


「う、ウガァァァァァァァァァァ!!!」


 フジワラはブチっと、体の内の何かがブチ切れた音が音が聞こえると同時に、先程よりもさらに巨大な雄叫びをあげた。

 けれど――


「それはもう、慣れた」


 スタスタと、何も感じないとばかりに歩き出す紡。

 彼女は一歩、また一歩とその距離を詰めてゆき、その淡々とした歩みにフジワラは恐怖に顔を引き攣らせた。


「ひ、ひぃっ!?く、来るなぁっ!」


 その姿を見たフジワラは、かつて同じように自分へと歩み寄ってきた一人の男の姿と彼女の姿を重ねてしまい、いやいやと頭を振りながら後退る。

 けれどもすぐにフジワラは彼女に追いつかれてしまい、眼前の、その小さな少女を見下ろして彼は――心底恐怖した。


「う、あ、あ……」


 ここに第三者たる一般人がいれば、どちらが有利かは一目で分かるだろう。

 けれども、その第三者が強者だった場合――その考えは一変する。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁァッッ!!」


 瞬間、フジワラは拳を振りかぶった。

 ――火事場の馬鹿力。

 そんな言葉があるように、死の恐怖を覚えている彼の拳からはリミッターというものが外れてしまっており、それは彼の玉藻御前の一撃にも追随する威力のものへと変化していた。

 だが――



「『変異化』」



 瞬間、そんな言葉が周囲へと響き渡り、次の瞬間、カチンと刀を鞘に収める音が鳴った。

 ――彼の背後で。


「……へ?」


 気がつけば紡の姿はフジワラの背後へと移動しており、フジワラ何故か、緩慢に体を動かして背後を振り返った。

 そこには白いマントを風に揺らす一人の女の子の姿があり、そのマントから軽く覗き見えるその四肢は、完全に鬼のソレへと変化していた。


「このマントの名は『不屈のマント』。お父さん(・・・・)の異能が付与された、世界で間違いなく最強の防具」


 彼女にとっての『お父さん』――つまりは南雲陽司の異能の名は『不撓不屈』。

 その能力は単純明快。自身の心さえ折れなければ絶対に自分が倒れることは――傷つくことはないという、最強の生存特化能力。

 故に今まで暗殺されたこと数知れず、紡に神炎を浴びせられたこと多数、巌人に殴られたこともっと多数。

 それらを受けてもなお死ななかった陽司。その異能がそのマントへと付与されているのだ。完全に、とまでは行かずとも、フジワラ程度の攻撃ならば痛みこそあれど傷など付くはずもない。

 そして。


「そして、これは父さん(・・・)の技」


 彼女にとっての父さん。

 それは、三年前に殉職した、酒呑童子のこと。

 彼女は母親が物心ついた時からいなかったということもあり、ただひたすらに父の背中を追い続けた。


 ――故に、それの技は全て、覚えている。



「『獄炎斬』」



 瞬間、フジワラの頭から股下まで一直線に亀裂が走り、そこから超高熱の神炎が召喚される。

 その炎は一瞬にして彼の身を外側、そして内側の両方から燃やし尽くし、彼はビクビクっと痙攣し――数秒後、ドスゥゥゥゥゥン! と音を立てて地へと沈んだ。

 それを見て、ふぅと息を吐いた紡は。


「まだまだ、精進が、たりない」


 そう言って、少しだけ頬を緩めた。




 ☆☆☆




 またも視点は移り変わる。

 場所はARタワー前。

 地竜王ガイアスは、むしゃくしゃしていたのもあって、紛うことなき本気の一撃をシャンプーへとくれてやった。

 それにはもちろんシャンプーも粉々――


 かと、思ったのだが。


「おいこの糞トカゲ……、危ねぇじゃねぇか」


 その声に、ガイアスは思わず目を見開いた。

 その声の方向へと視線を向ければ、ガイアスの攻撃を片手で止めている巌人の姿があり、それを見たガイアスは、背筋を登ってくるその恐怖に、思わずドシンドシンと後退る。


『なぁっ!?き、貴様、何者だ!』


 ガイアスはそう叫び。

 対して巌人は――


「いやさ、いい加減その質問やめない?毎回アンノウンからそういうこと言われて、流石に僕も飽き飽きしてきたところなんだけど」


 そんなことを言い出した。

 それにはガイアスも困惑してしまったが、それを傍目に巌人はホクホク顔へと戻ってしまった。


「まぁいいさ、今日のところは許してやろう。シャンプーもこうして無事だったんだからな……」


 そう言いながらも背後へと視線を向けた巌人。

 けれどもその言葉は後になるに従って小さくなってゆき、それがきになったガイアスは、少し背伸びをして巌人の背後へと視線を向けた。

 のだが――


『あ、あぁ……』


 珍しく、そんな同情したような声を出すガイアス。


『いや、なんか悪いけど、それワシのせいじゃないからね?いやワシただ攻撃しただけで当たってないから。だから、ほら。自業自得ってやつだ』


 言い訳し出すガイアス。

 次第に巌人の体がプルプルと震え始める。

 彼の視線の先には――踏み潰されたそのシャンプー。

 そして、踏み潰したのは――


「この野郎!ぶっ殺してやる!」

『おいっ!それ踏み潰したの貴様だろうが!』


 そう、巌人である。

 ガイアスの一撃を止めた際に多少押された巌人は、そのまま勢い余ってシャンプーを踏み潰してしまったのだ。

 巌人は体の前でぐっと拳を握ると、目尻の涙を拭ってこう叫んだ。



「よくも僕のシャンプーを!シャンプーを踏み潰すなど万死に値する!」



 数秒後。


 ARタワー周辺に、血の雨が降り注いだ、


お疲れ様でした。

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