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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
棺の魂
8/162

8.シンプルな強さ

題名、会心の出来な気がする。

 闘級。


 それは人間が作り上げた、強さの指標である。

 それはえてして勘違いされやすいが、それは単純に『闘級十は闘級五の二倍強い』という訳では無い。

 例えるならば、とあるゲームにおいて、レベル六十のキャラクターがレベル三十のキャラクターと相対したとする。ならば必ずしも前者のステータスは後者のステータスの二倍である、という訳では無いだろう。例えるならばそんな感覚だ。


 だがしかし──この闘級というシステムはそのような“レベル”という概念とは正反対に位置する。

 レベルシステムならば、レベル七十はうまく動けばレベル八十をも妥当し得る可能性を持つ。それも十分に、だ。

 けれどもこの闘級システムというのはそれとは正反対。闘級が少しでも離れれば明らかな差が生まれ、十も離れればそれはもう圧倒的だ。事前に罠を張り巡らせて誘い込む等しない限りその差を埋めることはほぼ不可能。

 だからこそ、闘級六十のA級隊員たちと絶対者四人の間には覆せない絶対的な溝がある訳だが──


「ただいまぁー」

「ん……だれそれ」

「ひぃぃぃっ!?」


 それを見る(・・)ことが出来るものにとって、その差は恐怖にもなり得る。

 巌人が帰ってくることを不思議なパワーで察知したのか、扉を開けると同時に階段を降りてくる紡。そして巌人の背後で紡に対して恐怖し、震えているカレン。まるで蛇に睨まれた蛙──否、ライオンの前に放り出された兎である。ライオンの機嫌一つで兎の命など消えかねない。


「あ、あああ、アレっすよね!? 世界七不思議、サッポロに出現するのは弱いアンノウンだけ、って絶対この人のせいっすよね!? こんな巨大な魂見たら賢いやつなんて絶対来ないっすよ!?」

「そりゃあな。こんな人間核兵器がいるって知って尚この街に来たがる奴なんざ、せいぜいが様子見の上位種かツムに勝てると自称する真の化け物くらいなもんだ」

「やっぱりっすか!?」


 ──ちなみに鎖ドラゴンは前者である。

 実際にはその(・・)力の主だけを確認してワープホールを開き、そのまま帰還しようと思っていたのだが、残念ながら彼はシャンプーを潰してしまった。あれさえなければ生きて帰れたものを……。


「ツムー、多分まだ風呂沸かしてないよな?」

「ん、働いたら負け」

「働いてるやつが何言ってんだか」


 そう言って巌人は風呂場へと直行──


「ま、待ってくださいっす!」


 ──出来なかった。

 巌人の上着をカレンががっしりと掴み、まるで隠れみのにするかのごとく紡との直線上に引っ張ってきた。


「……誰、このお邪魔虫」


 それを見て、明らかに機嫌を損ねかけている(ライオン)。それを見て巌人は思わず冷や汗を流し、苦笑いを浮かべた。


「いやぁ、その交換生ってのが案外早くついちゃったみたいでね……。ツムこの人……カレンとは違って偉くて器が大きいから大丈夫だよねー?」


 その言葉にピクリと反応する前と後ろ。そして賭けに勝ったと内心巌人はガッツポーズをした。


「ん、紡、偉い。器広い。そんな後ろに隠れてばかりの子供と、違う」

「な、なんですとぉぉ!? わ、私だって、私だっていきなりだったから驚いただけっすよ! 別に魂見ようと思わなければアンタなんか怖くないっす!」

「私はお前、全く、怖くない」

「きぃぃぃぃっ!! 何なんすかこのお子様は!」


 巌人はそれを見てとりあえず紡が怒ることは無いな、と確信すると、風呂を沸かすべく風呂場へと直行した。

 あとは、戻ってくるまでに状況が悪化していないことを望むばかりである。




 ☆☆☆




「魔法少女……ぷふっ、それはよかった、ね」

「何笑ってるっすかーっ!!」

「笑ってない(笑)」

「笑ってるじゃないっすか!?」


 結果、全く悪化してなかった。

 悪化していないどころかなんだか魔法少女の事まで打ち明けたらしく、何だかんだで言い争ってはいても信頼のできる相手であることは分かってくれたのだろう。そう思いたい。


「おーい、ツム、魔法少女(笑)、風呂沸いたから入ってきていいぞー」

「了解っす! って言うかなんすかその呼び方!」

「ん、兄さん、一緒にはいる?」

「入りません」


 義妹からの誘惑をいとも簡単に断ち切った巌人は風呂場とは逆側の、奥まった方へと足を向ける。

 これは巌人が毎日風呂に入る前にかかさず行っている、もはや意味もなくなりつつある日課である。


「ん? どこ行くっすか?」


 最初に風呂へ入るらしい紡を送り出したカレンは、巌人の向かう先が気になったのかそう聞いてくる。

 それに対して、巌人もさして気にすることでもないか、とあっけらかんとその行き先を暴露する。


「いや、僕は無能力者だからね。風呂入る前には毎日筋トレしに行くんだよ。それ用のトレーニングルームも作ってあるし」

「トレーニングルームっすか!?」


 瞬間、カレンの目がキラキラと輝き出した。

 ──あ、この娘確か僕の同類なんだっけ。

 巌人は今頃になってそんなことを思い出したが時既に遅し。目の前にはまるで餌を前にした犬のように目をキラキラと輝かせたカレン。もしも尻尾があったならば、それはきっとちぎれんばかりに振られていることであろう。


「私も連れてって下さいっす! 無能力者ってことはかなり身体鍛えてるってことっすもんね! 楽しみっす!」


 巌人は「なんだその無茶な理論は」と言ってやりたかったが、残念ながらもうカレンは聞いちゃいないだろう。トレーニングと聞いただけなのに異様なまでの様子である。


「はぁ……わかったよ。わかったが、それでもトレーニングルームを使っていいのは僕がいる時だけ、紡が風呂出てきたらすぐに戻ってくること。後、僕の言うことはちゃんと聞くこと。それを守れ……」

「守るっす!」

「……るなら、いいんだけどさ」


 巌人はそう言うと奥の方へと進んでゆき、暫くして一つのエレベーター(・・・・・・)の前で立ち止まった。


「よし、入るぞ」

「了解……ってなんで一軒家にエレベーターあるんすか!? しかもこれ地下行きっすよね!?」


 よくぞ聞いてくれたカレン。ぜひそう言ってやりたかった。けれども巌人ときたらぽかんと口を開け、意味がわからないと言いたげな顔を浮かべてこういうのだ。


「……は? 普通にトレーニングルームとか作ったらガシャンガシャンうるさくてツムの邪魔になるだろ。なら地下しか⋯⋯ねぇ?」


 ねぇ、ってなんだ。ねぇ? って。

 是非ともそうも言ってやりたいところだったが、残念ながら考える馬鹿カレンは考えても尚馬鹿だった。


「それもそうっすね! やっぱり他人に迷惑かけちゃいけないっす! さすが南雲さんっす!」

「おお、お前もなかなか分かるじゃないか。他人に迷惑かけずにレッツ筋トレ。これ大事だからな」

「了解っす! 師匠!」

「⋯⋯なにその呼び方」


 そうしていつの間にか巌人への呼び方が“師匠”へと変わり、二人はそのまま地下へと下がって言ったのだった。




 ☆☆☆




「こ、これは……」


 カレンは、目の前の光景に目を見張っていた。


 エレベーターを降りた所すぐ、目の前には二つの入口があり、その入口の向こうに見えるは巨大な地下空間。

 片や何も無い正方形の部屋、片や陸上で使われる四百メートルトラックがあり、そのトラックの中心部には多種多様なトレーニングの機材が置かれていた。

 それらを一目見てトレーニング機材に使い慣れたカレンは気がついた。それらは一つ一つが億の値がつく、正真正銘最先端技術の粋を集めたものである、と。


「そんじゃ、あとは好きに使ってくれ」


 そういった巌人は話している時間さえ惜しいとばかりに走り出し、四百メートルトラックを走り出した。

 けれども、まだまだカレンには聞きたいことがあった。だからこそ彼女は咄嗟にその部屋へと走り出し、彼に倣ってトラックを走り出し───再び目を剥いた。


「な、なんすか……あれ……」


 彼女の目の先。そこにはカレンの全力疾走にも近い速度で、軽くランニングをしている様子の巌人の姿があった。

 だがしかし、カレンはその速さにも驚いたが、一番驚いたのはその走行姿勢。


 カレンは昔から落ちこぼれであった。

 異能の力は飲み水を出す程度の弱々しいもので、これで敵を倒せるはずがない。そんなのは幼少期のカレンにも嫌というほどわかっていた。

 だからこそカレンは体を鍛えることに決めた。

 毎日近くの体育館や、特務の隊員達が使用している訓練室へと忍び込み、強い者、努力家な者、弱い者、才能のない者、天賦の才を持つ者。それら全ての動きを見て、学習して、そして自らに才能があることに気がついた。

 そこからのカレンの行動は早かった。

 異能も完全に諦めてはいなかったが、それでも今まで異能の練習に費やしてきた時間のほとんどを身体強化につぎ込み、綿密な計画を立て、自身の強化に務めてきた。

 最弱だからこそ到れる──最強への最短ルート。

 それを見つけたカレンは必死に努力し、才能の上にあぐらをかかず、努力を惜しまず修行した。だからこそ至れたBランクであり、カレン自身、同学年の誰に対しても、体術はもちろん努力に費やした時間も負けていないという自信があった。


 今日──この時までは。


 カレンの視線の先には、今日出会ったばかりの、異能を持たない同級生(・・・)が走っていた。

 世界で唯一の無能力者がサッポロに居る。それを風の噂では聞いた時、彼女は異能に費やす時間が必要ない分、かなり肉体を鍛えている人物なのだろうと思った。

 そして心のどこかで──自分以下の落ちこぼれの存在に、ほっとした。


 そして今日、その黒髪を見てその無能力者だと気がついた彼女は、咄嗟に彼の魂を覗きみようとして──何一つ見えない現状に、思わず驚愕すると同時に、どこかでこの人は大したことないのではないか、という気持ちが湧いてきた。

 彼はその直後に「無能力者だから」という理由を教えてくれたため、カレンはそういうものなのかと思ったが、やはり期待していた分失望の幅は大きかった。

 だがしかし、今の彼女の中に渦巻いていたものは、自分の目標を、夢を見つけたという大きな歓喜だった。


 ひと目でわかる──凡人の走り。

 それは多くの者達を観察し続けた彼女にとっては見慣れたもので、それが天才とは対極にあることは嫌でも察せられた。

 だが、彼の走りは凡人のものでありながら、信じられないくらいに純粋な努力家のものでもあった。

 彼女には分かってしまった。その凡人という土台の上に組み立てられた膨大な練習量と訓練の密度が。それは今まで自分が行ってきた訓練が幼稚な遊戯に見えるほどの──純粋(シンプル)な強さを求めるものだろう。

 妥協はしない。不必要なものを削って、削って、削り取って、限界まで鋭く自らを鍛え上げる。それはまさにカレンが目指した完成系。


「……お前、なんで笑ってるんだ?」


 ふと気がつけば巌人の姿はカレンのすぐ隣までやって来ていて、すぐにそれが一周してきた結果なのだろうと気がついた。


「な、南雲さん……いえ、師匠! 師匠は一体いつから修行をしてきたんっすか!?」

「師匠……はまぁ、いいか。確かだけど、物心ついた時から訓練初めてて、大体三年前くらいまではずーっと寝る間も惜しんで修行してたよ。睡眠なんて三日に一時間とかだったかな」

「なぁっ!?」


 予想以上。

 その予想をも遥かに上回るその言葉に、その人間とは思えぬ所業にカレンは驚愕し、そして興味を抱いた。それだけの日々を送った彼のステータスはどうなっているのだろうか、と。

 そしてこうも思った。この人について行けば、きっと自分は、もっと上へと駆け上がれるだろう! と。

 カレンは隠すつもりもない笑みを浮かべると、困惑気味の巌人へとこう叫んだ。



「師匠! 私を弟子にしてください!」



 そうして巌人に、弟子という名のストーカーが生まれた。

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