75.破滅の足音
数日前。
壁の外――かつて四国と呼ばれていた島で、多くのアンノウンたちが集結していた。
そのほとんどが幻獣級の怪物たち。
なかには少なくない数の聖獣級の姿もある。
けれども彼らが言葉を発することはなく、ただ緊張にこわばったその顔を伏せ、じっと彼らの会話を聞いていた。
『一体……今日は何の集まりでやんすか?』
そう口を開いたのは、全身が鋼鉄によってできている一体のゴーレム。
名を――機械王ゴレーム。聖獣級。
――――――――――――――――――――
種族:機械王ゴレーム
闘級:八十一
異能:核生命[SS]
体術:S
――――――――――――――――――――
「あっしに聞かれてもねぇ……」
そう答えるは、体中にビデオテープやカセットなどの埋め込まれた異形。
名を――後悔王リロード。聖獣級。
――――――――――――――――――――
種族:後悔王リロード
闘級:九十
異能:逆再生[SSS]
体術:S
――――――――――――――――――――
「私もなあんにも聞いてないわよぉん?」
誰も望んでないというのにそう同調したのは一匹の異形のオカマ。
名を――心壊王マカオ。神獣級。
――――――――――――――――――――
種族:心壊王マカオ
闘級:百五
異能:愛の力[SSS]
体術:SS
――――――――――――――――――――
「でゅふ……、でゅふふ……、今日もおでの嫁ができたんだな……」
そういってスクリーンの中の二次元嫁と話しているのは、見ているだけで不快感を感じさせる様な肉塊。
名を――オタ王フジワラ。神獣級。
――――――――――――――――――――
種族:オタ王フジワラ
闘級:百二十
異能:キモオタ王[SSS]
体術:SS
――――――――――――――――――――
『まったく……少しは落ち着かんか。この阿呆どもが』
そう彼らをたしなめるは、ゴツゴツとした岩の鱗に覆われている大きな地竜。
名を――地竜王ガイアス。神獣級。
――――――――――――――――――――
種族:地竜王ガイアス
闘級:百五十
異能:大地力[SSS]
体術:SSS
――――――――――――――――――――
彼らはガイアスの言葉を聞くと、自然と残るひとりの方へと視線を向けた。
そこには玉座のような物に座っている一人の男の姿があり、彼はそれらの視線を感じてその瞼を開ける。
瞬間、周囲へと迸った膨大な威圧感に彼らは黙し、それ以外のアンノウンたちは身が潰れるような感覚を味わった。
そんな中、その『人型』は口を開く。
「玉藻御前が、敗北した」
その言葉にその面々は思わず息を飲み、直後に彼の背後へと大きな映像が映し出された。
そこにはどこかの砂浜、本を片手に歩いている狐耳美女――玉藻御前の姿があった。
「これはつい先日、北米大陸の海岸付近を歩いているところを撮った映像だ。この後この映像をとったものは殺されたがな」
そういった次の瞬間、彼女の姿がブレるとともにその映像にズザザザッとノイズが走り、ブツンッその映像が途切れた。
ちなみにその時の彼女は『どうやってこの本を水につけずに海を渡りきるか……』ということを延々と考えており、イライラしていたところを盗撮されていたため、そのような結果になった。
けれどもそれを見ていたもたちからすればそんなことがわかるはずもなく、彼らは皆眉根を寄せてうめくように声を出した。
『まさかあの玉藻がやられるとは……』
『玉藻御前はたしか闘級二百超えの、アンノウン最強ランキングでも最上位に名前が挙がってくるやつなんだな……』
「でもぉ~、さっきの映像見てた感じだとまだまだピンピンしてなかったぁ?」
ガイアス、ゴレーム、マカオがそう口を開くが。
「ぐふふ……僕の曇りなき眼で見た感じ、玉藻ちゃんはかなりダメージをひきずってたねぇ。原爆でも直撃でもしないとああはならないとは思うけど……、ダメージが抜けきるのは、きひっ、春ごろだろうねぇ」
けれどもフジワラがそうつぶやき、その言葉に皆が少し引いたような表情を見せる。
しかし一人だけ無表情をつらぬきとおしたその男は、そのつむっていた瞼を開いた。
そこからは金色に輝く猫のような、それでいて悪魔のような瞳が彼らのほうを見つめており、彼はその真っ白な髪をかきあげると、
「今回集まってもらった理由は一つ」
――黒棺の王を、今度こそ殺すことだ。
彼の名は、獄王ディアブル。
――――――――――――――――――――
種族:獄王ディアブル
闘級:二百十
異能:反射[EX]
体術:SS
――――――――――――――――――――
最悪の能力を持った、怪物である。
☆☆☆
時系列は現在へと巻き戻る。
その日の朝、巌人は朝食を食べながらも、目の下にクマを作った三人を見て、不思議そうに首をかしげた。
「一体なした? 昨日の夜にでもはしゃぎすぎて逆に眠れなかったのか?」
その言葉にジトっとした視線が巌人の身体に突き刺さる。
間違っても『爆睡している巌人が襲われないようにずっと気を張っていた』なんてことは言えない三人は、深いため息を吐いて首を横に振った。
けれども――
(((こ、これが、もう一日続くのか……)))
彼女たちはそう内心で呟いた。
巌人に何故か『魅力的だ』などと言われ、風呂を覗こうと何故か男風呂に入ってみれば覗けたのは掃除中の女将さん。そしてその隙に巌人は部屋の風呂に入っている始末で、終いには牽制しあっての徹夜である。
「「「あぁ……、もう、帰りたい……」」」
思わず三人の口からそんな言葉が漏れてしまい、完全に予想外だった巌人は思わず目を見開いた。
「あれ? もしかして楽しくなかったか? ……これでも、僕はけっこう楽しんでたつもりなんだけど……」
その言葉を聞いて三人は思った。
――あ、やべ……本人の前で言うんじゃなかった、と。
彼女らは焦ったように手をワタワタとさせると、誤魔化すように口を開いた
「あっ……、い、いや、違うの兄さん」
「き、昨日の夜遅くまで三人で心理戦してたっすからね! それでちょーっと疲れてるだけっす!」
「そうですよっ! 巌人さまはお気になさらないでください!」
その言葉に巌人は苦笑する。
こう見えて、巌人は昨晩一睡もしていなかった。
自宅――つまるところ南雲家にはちょっとした仕掛けがされているため、それこそ真正面から鍵を開けて入ってこない限りは、隕石が落ちようと核爆弾が落ちようと――巌人が本気で殴りつけようと、おそらく傷一つ付かない。彼をしてあの家の『仕掛け』はそれほどの力作だった。
だからこそ安心して眠れていたが――
(旅行先……寝てる最中にアンノウンにでも襲われたら目も当てられないしな)
全盛期の頃だったならば、少しでも気配を感じられればすぐに起きれたであろう。けれども今は全盛期ではないし、何よりも守るべき存在ができた。そんな状態で寝ていられるほど巌人も簡単には出来ていない。
と言っても彼の身体にはほとんど疲れは残っておらず、なるほどかつて月影が言っていたことは本当なのだろうと確信できる。
「ま、それならあまり無理することは無いぞ? 僕は父さんが揉み消してくれてる件でまだここにいないといけないけど、三人は先に帰っていてくれても……」
「そ、それはっ、もったいないっ」
巌人の言葉に紡がそう叫んで立ち上がるが、すぐにフラフラとよろけてしまう。
巌人は咄嗟に立ち上がって紡の身体を抱きとめると、ポンポンと頭を撫でながらこう告げた。
「紡、今回はもう帰りなさい」
紡はそのナデポにあっさりと陥落し、
「あぁ、何だかフラフラするっすぅ……」
「あっ、やば、私もなんだか倒れそう……」
そのいきなりフラフラとしながら寄ってきた二人を見て、巌人は一言。
「お前ら、もう帰れ」
同じ言葉でも、その雰囲気が全然違ったということは言うまでもないだろう。
☆☆☆
巌人は、バスの中で悔しそうに涙を流している彼女らへも手を振ると、それと同時にそのバスがスゥゥゥーと宙へと浮き、そのまま都心の方向へと進んでゆく。
三人はそれに従い、今はバスの後方に取り付けられている窓にへばりつくようにしており、巌人は手を振りながらも思わず苦笑した。
「愛されてますね」
「……はい、そうですね」
隣に立っていた女将さんが巌人へとそう告げると、彼は少しの沈黙の後そう呟いた。
「でもまぁ、あの三人本当に徹夜してたみたいですし、多分数分もしないうちに寝ちゃうんじゃないですか? 都心まで数時間でしょうけど、それだけ寝れたら大分回復するでしょう」
「あの様子だと回復した後に、なんで帰ってきてしまったんだ、と後悔しそうな気もしますがね」
女将さんの言葉に「違いない」と巌人は苦笑すると、それを見た女将さんがスッとその時代錯誤なスマートフォンを取り出した。
この時代にスマートフォンとは、中島先生がこの時代にタイヤ付きの車を使っていることよりも珍しい。ので、巌人も少し目を見開いたが――
「……はぁ」
その差し出されたスマートフォン。
その画面に書かれていたその名前を見て、彼はため息を吐きながらもそのスマホを耳に当てる。
瞬間、電話越しに聞こえてくるその脳天気な声。
『ヤッホー巌人ォ! ねぇねぇ押し倒した!? ツムかな? カレンちゃんかな? 彩姫ちゃんかな? 僕ってば内閣総理大臣だからね! 巌人がどうしてもって言うなら一夫多妻せ――』
「用がないなら切るけど」
『ちょ、ちょ待っ! 待って巌人! そんな山奥に電話かけるのがどれだけきついと思ってるんだい! また繋がるのだけで10数分かかっちゃうよ!』
ならば一昔前のスマートフォンではなく、普通にステータスアプリから連絡してくればいいのに。
そんなことを思った巌人ではあったが、それもこの男がやっている事だ。気にするだけ無駄だろう。
「はぁ……。こんな人でも内閣総理大臣やれてるんだから凄いよな。しかも天才ときた」
『おやおやっ? 褒めても何も出ないよ? 出来るとしたら超高級なそっち系のホテルの予約――』
ブツッ、ツーッ、ツーッ、ツー……。
巌人はソッコーで通話を終了した。
すると次の瞬間、普通にステータスアプリから鳴り響く着信音。
巌人はスマートフォンを女将さんへと返すと、そのままその通話ボタンを押した。
そして一言。
「次ふざけたこと言ったら、強めでぶん殴って地球一周の旅にご招待するからな」
『おっふ!? そ、それはやめて! 前にそれやられてトラウマになってんだから!』
それは、数年前の出来事。
巌人をブッツンとさせてしまった彼――南雲陽司は当時の巌人に思いっきりぶん殴られ、玉藻御前がやられたあれよりも長距離な、地球一周の旅にご招待されたのだ。
何故それで生きているのか。常人ならばそう思うだろうが、相手は巌人が本気で殴ろうと紡が神炎を浴びせようと、『痛ッテェェェェェェェッ!?』で済ませてしまう男である。
そんな陽司は、電話の向こうで冷や汗をかきながらもソファーの背もたれへと体重を預けた。
「それで、聞いた話によると三人は先に戻ってくるみたいだけど、楽しかったかい?」
『……まぁ、楽しかったよ』
その電話越しに聞こえてくる巌人のぶっきらぼうな言葉に彼は「ふははっ」と笑みを浮かべる。
「そうかそうか! それは良かったよ。僕はこれでも内閣総理大臣だからね。忙しい中予約をとった価値はあったみたいだね」
『前にツムから「女の尻追いかけてる」って聞いたけど』
「それは気のせいかなーっ!」
そう言って彼は再び笑みを浮かべた。
けれどもそれを電話越しで受けた巌人は。
(やっぱり本当だったか……)
と、そんなことを思っていた。
彼は昔っから重度の女好きで、その度に月影にぶっちゅんされるというのに全く女遊びをやめようとしない。
そのくせあの彩姫を上回るほどの天才で、敵に回したくないほどに用意周到で完全無欠で、何よりも、折れることを知らない。
物理的にだろうと、精神的にだろうと。彼が誰かに屈して考え方を曲げた姿を、巌人は生まれてから一度たりとも見たことは無い。
だからこそ、そんな彼でも巌人は父として認めているし、月影も彼のことを好きになったのだろう。
(ま、女癖は最悪だけど)
巌人は内心でそう呟くと、ふっと笑みを浮かべた。
絶対に敵に回したくない男。
三年前も彼が敵に回らなかったから何とかなったが、もしも彼まで敵に回っていたら……そう考えると少し背筋が寒くなる。
けれども今は味方だ。こんなに心強い存在などいやしない。
「父さん、三人を頼んだよ」
『おう、手は出さないから安心しとけぃ』
全く信用出来ないその言葉。
けれども巌人はこういう時には嘘はつかないのがこの男だと知っている。
だからこそ、巌人も少しだけ勇気を出して。
「対処できない緊急事態には呼んでくれ。三人が危ないのなら……僕も、力を使う覚悟は出来ている」
そう、頬を緩めて口にした。
次回、平和の崩壊。やっとシリアスです。