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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
棺の再臨
73/162

73.攻略と防衛

昨日は出せずにすいません。

暫く不定期(週二くらい)になるかもです。

「す、すごいっす……」


 カレンのそんな声が響き渡った。

 場所は旅館『高山系清水ホテル』の一室であり、その部屋は彩姫をして「おぉ……」と感嘆の声を漏らす程であった。

 床一面に引かれたその畳。

 窓のほうへと寄って行くと、小さなテーブルを挟んで置かれている二つの椅子が窓際に面して置かれており、その窓の外には風呂のような大きな木の桶が設置されているベランダが。

 さらにその向こうには紅葉が既に混じり始めているその山々があり、雲一つない青空と相まってまるで有名な絵画を見ているような気分になるほどだ。


「ここがご予約のお部屋となります。なにか疑問などありましたらそちらの固定電話よりご連絡くださいませ」


 そう言って巌人ら一行を案内してくれた女将さんが一礼して踵を返す。

 けれどもその言葉に巌人は思わず焦ったような声を出した。


「えっ? ちょ、ちょっと待ってください! 予約してある部屋って二つじゃないんですか!?」


 ここにいるメンバーを確認してみよう。

 南雲巌人――男。

 南雲紡――女。

 駒内カレン――女。

 澄川彩姫――女。

 女が三に対して男が一。そんな状況だ。

 けれどもその言葉に女将さんはこてんと首を傾げると。


「……へ? 申し訳ございませんが、ご予約されている部屋はこの部屋のみですが……?」


 巌人はその言葉を聞いて、全てを察した。

 南雲陽司。あの男からもらったこの予約チケット。

 けれども少し考えればわかっていた――よりにもよってあの男から受け取ったもの。それが善意のみから出来ているわけがないのだ、と。


「い、今から僕だけほかの部屋に移るというのは……」

「申し訳ございません。今日に限って全ての部屋の予約が埋まっておりまして……」

「……僕ら以外に客の気配がないのですが」

「…………誠に珍しいことに、お客様以外のご予約のお客様は全員が幽霊ですので」


 巌人は確信した。

 この人――というかこの宿が既に買収されてやがる、と。

 瞬間、ブゥゥゥゥンと聞き覚えのあるバスのエンジン音が聞こえてきて、咄嗟に巌人は窓から下の方を見下ろす。

 すると、そこには大量のバスが道路の少し上を滑るように移動してゆき、山を回るように存在している道路の向こう側へと消えてゆく。


「……あぁ、そう言えば旅館の送迎バスやその他の移動手段がすべて修理に出されるとか」


 その言葉には思わず巌人も床へと膝をつき、彼の背後で三つの『パチィン』という、ハイタッチの音が響き渡った。




 ☆☆☆




 スゥー……と。音を立てて襖が開かれる。

 その音に鞄を漁って必要な荷物を出していた巌人はその方向を振り返る。

 巌人の姿は部屋の収納の中に畳まれていた浴衣姿へとかわっており、青い文様の浮かぶ白い浴衣の上に着ている紺色の羽織がまたいつもとは違った雰囲気を感じさせる。

 その姿には思わずその部屋へと入ってきた三人も熱の篭った息を履いた――のだが。


「ん? 着替えるの遅かったな、三人とも」


 三人の姿を見て、そう言葉を返して再び鞄へと視線を向けると巌人。そして内心で『そんなもんだろうなぁ』と思っていた三人は先ほどとは打って変わって冷たくなったため息を吐く。


「まぁ、わかってた。兄さんはそんなもの」


 その三人の真ん中にいた紡は、呆れたようにそう呟く。

 けれどもそれを聞いた巌人は再び彼女らへと視線を向けると、そこには同じく浴衣姿になった三人の姿が。

 カレンと彩姫は女性用の浴衣をきており、紡は一人、子供用の少し色の違う浴衣に身を包んでいる。

 けれどもそれらを見た巌人は、さも当然とばかりに口を開く。


「着替えたからって『珍しいな』とは思うけど別にそれで心が揺れ動くことはないさ。少なくとも僕はな」


 そう、巌人は非恋愛のプロフェッショナルである。

 服装を見て何かを思うことはあれど、それが理由で誰かを好きになることなどあるはずもない。

 それを薄々分かっていたのだろう。だからこそ三人は困ったように苦笑いを浮かべ――



「でもまぁ……可愛い、とは思うよ」



 その言葉に、思わず目を見開いた。

 直後に身体の内側から体温が上がってゆき、顔が真っ赤に茹で上がる。

 それを見た巌人は少し頬を緩めると、「もしかして」と言葉を続ける。


「もしかして、僕が三人のことを魅力的じゃないと考えてるって、そう思ってた?」


 それは遠まわしに『魅力的だ』と。そう言っているようなものである。

 三人は耳まで真っ赤にして巌人から顔を逸らすと、両手を顔に当てて口を開く。


「にに、兄さんっ、い、一体何考えて……」

「だ、ダメっすよ私! 師匠の事っす、何考えてるか……」

「うう……、そう言われるのは嬉しいのですが、ふ、不意打ちは、酷いですよ……」


 それを見た巌人は何を思ったかふむと頷くと、その手に持っているものへと視線を向けた。

 そこにあったのは一冊の少女漫画。

 題名――『女たらしとチョロハーレム』。

 途中にピンク色の付箋が挟まっており、巌人はそのページを開いて笑みを浮かべた。


『僕が……お前らのことを魅力的じゃないって思ってないわけがないだろう?』

『『『ぎ、銀志くん……っ!』』』


 巌人は再び顔を赤く染めている三人へと視線を向けると、少し感動したようにこう呟いた。


「流石は我らが少女漫画先生……、まさかここまでとは」


 その言葉が三人に聞こえていなかったことが、彼女らにとって唯一の救いであろう。




 ☆☆☆




 その後、何をするでもなくゆったりと。

 それこそ『休日』という言葉が似合うような時間を過ごした巌人たちは、夕食を食べてテレビを付けていた。


『んでねぇ、あっしはそん時こんなことを言ったんですよぉ〜』

『ん? なになに?』

『「良いズラ買ったのに言いづらかったの?」』


 テレビの中からはそんな声が漏れており、それを布団の上で横になりながら見ていた巌人はため息を漏らす。


「なんだこの新人、ぜんっぜん面白くないじゃん」


 巌人はそうしてテレビの電源を消すと、呆れたような視線を向けてくるその三人へと視線を向けた。


「ん? どうした三人とも」

「……いや、こんな状況下でリラックスしすぎだなぁって、そう思ってただけっす」


 巌人はその言葉を聞いて周囲を見渡す。

 するとそこには巌人が今横になっている布団の他に三つの布団が点在しており、この状況下がどんな状況か簡単にわかるだろう。

 だからこそ、巌人は苦笑を浮かべて口を開く。


「あぁ、別に一緒の部屋で寝るからって手は出さないから安心してく――」

「馬鹿っすか!? 逆に決まってるじゃないっすか!」


 けれども、巌人の言葉にそう返すカレン。

 彼女はキッと残る二人へと視線を向けると、ギクッと身体を震わせて口笛を吹き始める二人。


「この二人を見るっす! 隣に寝てる師匠がいたら絶対に手を出すっすよ!」


 そう、カレンはまだしもこの二人。

『兄さん、兄妹なら、一緒にねるの、当たり前。……間違い起こしても、しかたない』

『巌人さま……、寝てますか? ……寝てますね? なら、存分に襲わせてもらいます……っ』

 そうなることはもはや火を見るより明らか。

 それに対して巌人は「うーん」と唸ると、上体を起こした。

 のだが。


「いや、ツムはもちろん、流石の彩姫もこんな所で変な気は起こさないでしょ。こんな所で手を出したらただの変態じゃん」

「「「ぐふっ!?」」」


 その言葉に、三人はくずおれた。

 彼女らは内心で考えていた――抜け駆けして既成事実を作ってしまおう、と。

 けれどもそこに投下された爆弾発言。彼女らとて、巌人本人から変態の称号を貰ってまでこのタイミングで手を出そうなどとは思えない。というか思いたくない。

 そして、その俯いたまま座り込んでいる三人を見ながら、巌人は立ち上がって――ニヤリと、笑みを浮かべた。


(甘い、あまりにも作戦考案が甘すぎるな。その程度の作戦ではこの僕には指一本とて触れられまいさ)


 そして、その視線を感じた三人もまた。


(((ま、まさかっ!? この男全てをわかって……!?)))


 瞬間、三人は察した――巌人が、この状況下をコントロールしようとしている事に。

 三人が巌人の貞操を虎視眈々と狙っているのをすべて知った上で、その上でそれら全てを完封して平和に過ごそうと考えているのだ。

 と言っても巌人がそう思っているのはあくまでも『カレンと彩姫』なのであって、まさか妹たる紡がその中に入っているとは思いもしていないのだが。

 巌人はニコリと胡散臭い笑みを浮かべると。



「折角の旅行なんだ。みんなで楽しく過ごそうよ」



 その言葉に隠された『攻略できるものならやってみろ』との本音。この部屋に、それに気づけない者はいなかった。

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