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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
棺の再臨
72/162

72.逃避行

 あーあ、やっちゃったねぇ、巌人。

 まさかあの子もいきなり異能をぶっぱして校舎を破壊するとは思わなかったけど、そーんな死の帝王を一撃で倒しちゃうんだもんなぁ、巌人ってば。

 もーね、父さんそろそろ色々喋っちゃっていいと思うよ? 正直そろそろいいんじゃないの、って感じするでしょ?

 ……って、え? なになに?

『僕の秘密を明かせるのは、好きになった人にだけだ』……だって? おやおやこれはまぁ、青春してるねぇ、巌人ったら。

 でも、そういうことなら任せておきたまへっ!

 父さんこれでも内閣総理大臣だからねっ! いい感じに女の子を押し倒せる状況なんて簡単に作り出せるわけだよ!

 という訳で、学校も壊れちゃったわけだし、ちょっと旅行にでも行ってきなさいなー。


 というのは前書きで。


 巌人。流石にアレだ、お前達が望んだ平穏な暮らし。それを送っていく以上死の帝王(デッドエンド)を殴ったのは失敗だったな。しかも普通に倒しちゃうんだから笑えない。

 正直いえばあの子だってツムちゃんより強いんだからね? そんな奴を倒したらどうなるか……巌人なら分かるだろう?

 まぁ、巌人のことだ。校舎が壊れたのを見て咄嗟に『生徒達にまで被害が行くのでは』と思ったんだろう。そこは褒め讃えたいし、後で彼にはキッツーいお仕置きをしておくさ。

 けど、流石に少し目立ちすぎた。

 どうせ学校も壊れて行けないんだ。

 この手紙に二泊三日の高級旅館――高山系清水ホテルの予約チケットを同封しておいた。玉藻御前の件では助かったからね。この際だから、四人ですこしゆったりとしてきなさい。その間にこちらで今回の件は揉み消しておくから。


 追記、焦ることは無いさ。どうせ迷ってても、いつかは言わなきゃならない時はやってくる。いつかは正体がバレる日がやって来る。力を使わないといけない時もやってくる。だから、せいぜい悩むことなく――存分に押し倒してくるといいっ!




 ☆☆☆




 その後、とりあえず校舎が壊れたので解散、となった生徒達。巌人もその中の一生徒として、堂々と帰ってきたわけだったのだが――

 巌人はそのメールを見て、最初と最後の方を破き捨てた。

 それにはその手紙を後ろから覗き込もうとしていたカレンと彩姫はビクッと反応し、ツムがちょいちょいと巌人の制服の裾を引っ張った。


「それ、父さんから? ……燃やす?」

「おう、この破った部分だけお願いするわ」


 瞬間、その手紙の前半部分のふざけた内容と、最後の最後でぶち込んできたその内容が白い炎によって燃え尽くされる。

 その流れるような作業を見て、思わず彩姫が声を上げる。


「ちょ、ま、待ってください! そ、それって内閣総理大臣――つまりお義父さまからの手紙ですよね!?」

「ええっ!? し、師匠のお義父さんって内閣総理大臣だったっすか!?」

「まぁ……うん、そう言われればそうかもしれないな。あと二人共、父さんの呼び方なんかおかしくない?」


 そう、巌人の父親――南雲陽司は、日本の内閣総理大臣なのだ。母親が防衛大臣、父親が内閣総理大臣、そして子供がシャンプー会社の社長兼唯一の社員。

 両親は良かったのになぜ子供がこんなにも狂ってしまったのか。そう思えて仕方が無い。

 巌人はその残った紙を小さく畳むと、制服の胸ポケットへと入れた。


「まぁ、簡単に言えば旅行にでも行ってこい、って感じだな」


 そう言って巌人は居間のテーブルの上へと置かれているその封筒へと視線を向けた。

 黒色のその手紙――それは政府及び特務が極秘な密書を送る際に使用するもので、巌人もこれを受け取った時は『まさか』と思ったものだ。

 だが――彼とてまさか中身がこんなふざけた内容だとは思いもしていなかった。


「二泊三日、高級旅館……ねぇ」


 巌人はそう呟いて、腕のステータスアプリを操作し、その高山系清水ホテルという旅館を検索した。

 瞬間、ズラーッと出てくるそれらの名前。

 巌人は「おぉ」と声を漏らしながらもとりあえずレビューを見てみることにした――のだが。


「えー……『凄かった、マジパない』『部屋からの眺めが絶景でした!』『混浴温泉もありました! 誰もいませんでしたけど』『もう一度行きたくなる素晴らしさ!』『マジパネェっすわ』『値段は少し張るけど、料理も美味しいし、景色も良い! 最高です!』……って、三分の一が『パない』なんだけど、何このレビュー」


 チャラ男がかなりの確率で通っているのか、それとも何かしらの破壊、あるいは妨害工作なのか。

 どちらかは知らないが、もし前者だと仮定したら、チャラ男の沢山いる場所へと三人を連れて行くとどうなるか――そんなものは火を見るよりも明らかである。

 巌人はペラペラと四枚のチケットを揺らしながら『やめよう』と口にしようとした。

 ――その時だった。


「流石は、お父さん。よく分かってる」

「二人共、今から監視カメラと望遠カメラ、そして湯煙の中でも見えるような曇り止めを買って来ますが……付いてきますか?」

「もちろんっすよ! 一体なんのために使うかは聞かないっすっけど、とりあえず賛成するっす!」

「ん、私もさんせい」


 瞬間、巌人の手からチケットがふんだくられ、三人がニヤリと笑みを浮かべながらそんなことを話し出した。

 一体そんなものを何に使うのか。

 巌人とてもういい加減そんなことは分かっている。だからこそどこかへ行こうとしている彩姫とカレンの頭をがっと掴むと、


「……まぁ、チャラ男にどうこうされるこいつらでも無いか」


 そう、呆れたように呟いた。




 ☆☆☆




 翌日の早朝。

 最寄りのバス停を経由するらしい無料送迎バス。

 それに乗り込んだ巌人たち一行は、徐々に山の奥へと進んでゆくそのバスに揺られながらも数時間。午前九時には、その高山系清水ホテルに到着した。

 のだが――


「「「お、おおっ……」」」


 目の前のそのホテルを見上げ、巌人、紡、カレン、の三人が思わずそう声を漏らした。

 目の前にそびえ立つは、昔ながらの雰囲気をそのまま残した木造の旅館であり、その様子から悲劇の年よりもさらに前からあったものだろう事は理解できる。

 こんな山奥、当時はさぞかしアンノウンが闊歩していたことだろう。そんな状態で現存しているのだから、それはもう奇跡と言っても過言ではない。

 けれども四人のうち一人――彩姫だけはそこまで驚いたような様子は見せなかった。


「なにを驚いてるんですか……。ただの旅館でしょう」


 瞬間、巌人は思った。

 ――あ、たぶん彩姫の実家って金持ちだな、と。

 正直これほどまでの旅館だ。これを前にしたらあの図太い南雲夫婦でさえ少しキリッとなってしまうだろう。

 だからこそ、こんな状況下でいつも通りにしている彩姫は、きっとそういうものに慣れているのだろうと、そう巌人は予想した。


(……まぁ、深くは聞かないけどさ)


 実家のことについては彩姫が自ら言ってこないことだ。巌人と同じように隠したい何かがあるのかもしれない。

 そう思った巌人は――


「あれっ? もしかして彩姫ちゃんの家ってお金持……いたっ!?」


 そのまま、カレンの頭へと拳骨を落とした。

 玉藻御前相手にあんなことを言った巌人はどこへ行ったのだろうか? そう思えて仕方が無いが、それは巌人がそれだけカレンたちに心を開いてきた証だろう。

 カレンの頭の上に真っ赤なたんこぶが出来上がり、それを受けた彼女は頭を抱えてしゃがみこむ。


「カレンは、もう少しかんがえるべき」

「だな。お前頭だけは会った時からなんにも成長してないぞ」

「くぅぅぅ……。だ、だからって師匠が殴るとか酷くないっすか!? 師匠は一度自分で自分を殴ってみるべきっす!」


 カレンは頭を抱えたままそう叫んで巌人を見上げると、巌人はカレンのたんこぶへと手を伸ばし、その赤くて大きいのをグリグリとこねくり回した。


「うぎゃぁぁぁぁぁっ!?」


 転げ回るカレン。

 するとクスクスと、彩姫の笑い声が聞こえてきた。


「ふふっ、なに人の家の事情でそんなにワタワタしてるんですか。別に私に隠したいことなんて無いですから安心してください」


 そう言って彼女は肩を震わせると、何かを思い出すかのように斜め上の虚空へと視線を向けた。


「私の家は昔から代々続く貴族でしてね。そして私はそこの一人娘って感じです。ですから言葉遣いもこうですし、このような高級旅館を前にしても比較的驚きが少ない、と言うだけです」

「「「……」」」


 絶句。

 巌人も紡もカレンも、その言葉に思わず絶句した。

 ――貴族の一人娘。

 そんな一人娘が両親や祖父母から可愛がられないわけがない。もしもそんな目に入れても痛くないような娘が、よりにもよってこんな家にいると知ったら……。

 三人は思わず、お互いへと視線を向けた。


(シャンプー狂い……)


 紡はそんなことを思って巌人へと。


(大食らいの脳筋馬鹿……)


 巌人はそんなことを思ってカレンへと。


(メロンソーダ狂いの超ブラコン……)


 カレンはそんなことを思って紡へと。

 そうして三人は思った――もしかして暗殺者とか送られてくるんじゃないか、と。

 三人にはもれなく『ドラマの見すぎ』との言葉を送りたいが、まさかこの時代での貴族である。そんな考えを抱くのも無理ないことであろう。

 気がつけば三人の顔には影が差しており、それを見た彩姫はこてんと首をかしげてこう告げた。



「……あれっ? いきなりどうしました?」と。



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