71.死の襲来
「だーかーらー! 居場所を教えろってのが分かんねぇのかよ!」
場所はサッポロにある月影の執務室。
数週間前に退院した月影は今日も今日とて溜まりに溜まった執務をこなしていたのだが――今日はそこへ、面倒くさそうな乱入者が現れた。
「はぁ……、貴方も子供じゃないんだから分かるでしょう? 彼は人と会うことを望んでいないの。ひっそりと隠れ住んでるのよ。ならそんな事言わずに……」
「知るかよそんなモン! 俺はその『黒棺の王』ってのに会って、そんで戦ってみてぇんだよ!」
彼――『死の帝王』こと弟子屈は、バンッと机に手を叩きつけてそう叫んだ。
彼の目的はただ一つ。自分より――あの怪物女より上だという『黒棺の王』という男を見てみたい。そしてあわよくば、戦ってみたい。
月影はそのキラッキラとした瞳を見て『あぁ、そういえばこの子まだ子供だったわね』と内心で呟くと、その背後へと視線を向けた。
するとそこには、何度も何度も頭を下げている執事と侍女が。
「すいません、すいません。うちの坊っちゃまが……」
「も、申し訳ありませんっ! ど、どうか私のこの命だけで……」
「はぁ……、私は世間からそんなに器の小さい存在だって思われてるのかしらね……?」
月影は疲れたようにそう呟くと、背もたれへと体重をかけた。
――黒棺の王。
彼に会わせることは彼女には不可能だが、『彼』になら、死の帝王を黒棺の王に会わせることも可能ときた。
月影は近くの要らなさそうな書類をビリビリと破ると、その白紙の裏面にスラスラとその名前を書いてゆく。
「ん? 南雲……巌人? なんて読むんだこの名前。ガントか?」
「イワトよ、巌人。私の最愛の息子なんだから……次名前間違えたら、暗殺するわよ?」
「ひぃっ!? わ、分かった……」
月影の予想以上に怖かったその眼力に流石の弟子屈も後退り、冷や汗を流した。
(な、なるほど……。この人が特務の頂点か……納得だぜ)
彼が内心でそう呟いていると、月影はその名前の下にスラスラとその住所を書いて、その紙を持った手をスッと彼へと向けてきた。
「巌人なら彼に会わせることが出来るわ。行くなら彼のところに行きなさい。どうせ今から行くのでしょう? 通ってる学校の住所も書いておいたからね」
「あ、あぁ。恩に着るぜ」
弟子屈は月影が渡してきたそのメモを手に取り――グッと、引っ張っても動かないそのメモを。掴んだまま離さない月影を見て、思わず困惑した。
しかしながら、月影はまるで『これから狩られに逝く兎』を見るかのような、そんな悲しそうな顔でこう告げた。
「親切心から言うけれど。間違っても刃向かったりするんじゃないわよ?」
その言葉に、コテンと首を傾げた弟子屈だった。
☆☆☆
その翌日の月曜日。
巌人はいつも通り、学校へと登校してきていた。
あの後トイレで落ち着いた巌人は紡へと言った言葉。それを思い出して死ぬほど後悔した。
『馬鹿か……、何を妹にあたってるんだ僕は……ッ!』
結局その映画の間に戻ることこそ出来なかったものの、それでも昨日のあの出来事は、巌人の心の中に大きな影響を及ぼしていた。
「ツムが……あそこまで悩んでいてくれたとはな」
巌人は、少し勘違いしていた。
確かに紡が巌人のことを心配していることは分かっていた。けれどもどれだけ心配を掛けているのかは、全くと言っていいほど理解していなかった。
(全く……、僕は兄失格だな、ツム)
巌人は内心でそう呟いて下駄箱を開く。
中に内靴以外のなにかが入っているわけでもなく、彼は自ら履いていた外靴から内靴へと履き替える。
と、そこへ聞き覚えのある声が飛んできた。
「あっ、おはよう南雲くん! 今日はカレンちゃん達と一緒じゃないんだね〜?」
「ん? あぁ、おはよう委員長」
そこに居たのは、青髪お下げのメガネっ子。衛太の彼女こと委員長であった。
白いワイシャツの上から紺色のカーディガンを着ており、その僅かな膨らみがそれらを服の下から押し上げている。
「そっちこそ、愛しの衛太くんとは一緒じゃないんだな?」
巌人はその言葉にそう返してやると、彼女はぼふんと顔を真っ赤にしてワタフタとし始めた。
「えっ!? い、いやっ! べ、別にずっと一緒にいるわけじゃないし……、まぁ、私はその方がいいんだけど……」
「委員長、本音漏れてるぞ」
「あれっ!? 声に出てた!?」
その言葉にしっかりと首肯してやると、なお更に赤くなって悶えている委員長を見ながら巌人は口を開く。
「付き合ってる男女でもそんなもんだろ。なら付き合ってもない男女なんてそんなもんだ」
「あー、そういえばそうだったね……」
委員長は改めて思った。
――そういえばこの人、シャンプーと結婚するとか言ってたんだった、と。
そう、委員長は少し困ったような笑みを浮かべる。
そして――
「たのもォォォォォ! この学校に居るとかいう、南雲、南雲巌人という男に会いに来たァァッ!」
突如として、そんな言葉が響き渡った。
☆☆☆
「「……はい?」」
巌人と委員長は、思わず顔を見合わせてそう声を漏らした。
巌人は履き替えた内靴から外靴へと再び履き替えると、チラリと、玄関のガラス張りの扉から外を覗き見た。
するとそこには――
「ぼ、坊っちゃま! いきなり何を言い出すのです!?」
「そ、そうですよっ! 防衛大臣から粗相のないようにと言われてるんですからっ!」
「あ? 言われたのは『刃向かうな』ってことだろうがよ。別に普通にしてりゃあ刃向かってるわけでもあるまいさ」
それを見て巌人は――
「お、おい委員長! 本物の執事とメイドがいるぞ! 少女漫画の中では金髪巻き毛のお嬢様のお付としてしか出てきてなかったのに! す、凄いな……、初めて生で見たぞ……」
「は、反応するとこそっちなんだ……」
その執事と侍女をみて、かなりテンションが上がっていた。
何せ本物の執事とメイドである。
少女漫画を読み込んでいる平凡な一男子高校生がテンションを上げないはずもない。
まぁ、それに関していえば巌人はカレンと彩姫のメイド服姿なら見たことがあるのだが、如何せん二人のメイド服姿は『着られてる』感が凄かったのでここまで興奮するに至らなかった。
「って言うか、あの男の子。どこかで見たような……」
巌人の背中に隠れながらもちょこっと外を覗き込んだ委員長。
彼女はその先頭に立っている一人の少年を見てそう呟いた。
薄く紫がかったその髪に、爛々と光り輝いて見えるようなその紫色の瞳。そして少年という年齢。
どこかで見た――あるいは聞いたようなその容姿。
それに対して委員長はうーんと顎に手をあてて考えたが。
「え、なに。あの子供委員長の知り合いなの?」
全く知らないという様子の巌人。
それには委員長も気のせいだったかな、とそう思いかけたが――
「俺の名は弟子屈雄武! 世間では『死の帝王』って呼ばれてるもんだ!」
瞬間、学校中の時という時が、停止した。
皆が皆その二つ名に聞き覚えがありすぎた。故に脳が理解することを拒み、そして――
「え、なにあの子供。デッドエンド? 自分で自分の二つ名付けてるのか……? あの執事とメイドも止めてあげればいいのに……」
巌人は心底心配そうにそう呟いた。
それには思わず委員長も目を見開き、巌人の胸ぐらを掴みあげた。
「な、なな、なにっ! 何言ってるの南雲くん!? 死の帝王、デッドエンドって言ったら絶対者の序列三位、行く道すべてに死をまき散らし、一度相対せば死を免れることは出来ないって言われてる人だよ!?」
「……え、あの子絶対者なの?」
巌人はその言葉に目を見開いた。
なにせ彼が知っているのは黒棺の王、英傑の王、業火の白帝のみであり、もう一人絶対者が居ると聞いた覚えもあるが、名前も知らなければ顔も容姿も何も知らない。もちろんあったことも無いわけで。
「へぇ……、アレが――」
――アレが、ツムより強いって言う奴か。
巌人はそう内心で呟くと、玄関のドアを開けて校舎から出て歩き出す。
それには委員長も目を見開いて止めようとしたが、巌人はなんでもないとふうに振り返ってこう口を開く。
「聞いてた感じあの子僕に用事があるんでしょ? それも防衛大臣って聞こえたし……。まぁ、すぐに話つけてくるから委員長は珍しい珍獣見たなぁ、って感じで居ればいいよ」
そう言って巌人は歩き出す。
すると向こうも巌人の事を確認したのか、ニヤリと笑みを浮かべて校門の辺りから巌人の方へと歩き出す。
そして十数秒後、校舎と校門の中間あたりで、二人は数メートルの距離を開けて相対した。
「初めまして、だな。知ってるとは思うが俺の名は弟子屈ってんだ。よろしく頼むぜ、南雲巌人」
「あぁ、こちらこそ初めまして。弟子屈君。僕の名前は何故か知ってるみたいだけど南雲巌人って言うんだけど……」
巌人はそう言って頭をボリボリとかくと、さっそく本題について切り出した。
「で、何の用?」
「おいおい、いきなりそれかよせっかちだな……」
それに対して弟子屈はそう呆れたように口を開いたが。
「なら殺気を止めるところから始めたらどうだ? 死の帝王」
その言葉に、弟子屈は身体をピクリと反応させた。
「……へぇ? 黒髪ってところから殺気にも気が付けねぇ雑魚かと思ったが……。まさか俺の殺気に気がついても尚こうして平然としていられるとは。余程の馬鹿か、それとも……」
「そうだと思うほうでいいんじゃないか? でだ。何の用かは知らないが、まずその殺気を消せ。生徒達が怖がってるだろうが」
その言葉を聞いてた弟子屈は少しだけ眉を顰めた。
彼は巌人の姿をジロリと眺めると、ニヤリと笑みを顔に貼り付けた。
(この言い方、このよく分からねぇ威圧感……、間違いなくこの男、あの防衛大臣よりも強ェだろ)
流石は絶対者。
その力量の程までは分からずとも、巌人がかなり高い場所にたっていることはひと目で察することが出来ていた。
だが――
「へぇ……、なら、少し試してやろうか」
――残念ながら、彼は巌人の力量を正確に測ることが、出来なかった。
弟子屈は右の掌を巌人へと向ける。
瞬間、巌人の背後にいた生徒達、そして校舎の中に居た者達は背筋に怖気が走るのを感じた。
そして――
「死に晒せ『即死宣言』」
瞬間、彼の手のひらから黒色のオーラが吹き荒れ、巌人ごと背後の校舎を飲み込んだ。
彼の異能――『即死宣言』。
それは自らが放出した黒のオーラ。その中にいる対象を即死させるという能力であり、それには多少の出力調整も可能であった。
故に。
(お前程度ならこのくらい何とか耐えられんだろう? 流石に瀕死にはなるとは思うが……)
弟子屈は笑みを浮かべて内心でそう呟くと、それと同時に視線の先で校舎がボロボロと崩れ去ってゆく姿が目に映った。
それには思わず弟子屈も目を見開いて驚いた。
彼の能力が対象以外の存在を破壊するなど本来はありえぬことであり、もしもそんな事があるとすれば、弟子屈自身が間違ったか、あるいは――異能そのものが対象とした敵対者に恐怖し、違う対象へと逃げ出したか。
弟子屈は焦ったようにその能力を解除する。
のだが――
「や、ヤバッ!? 間違って校舎までやっちまっ――」
ズガァァァァァァンッ!!
瞬間、物凄い破壊音と共に弟子屈の言葉が途中で途切れる。
崩れゆく校舎、消えてゆくその黒いオーラ。
そして――地面に埋まっている死の帝王。
「「って、えぇぇぇぇぇぇぇっ!?」」
校舎が壊れたことに驚いていいのか、地面から首だけ出して白目を剥いている弟子屈に驚いていいのか、執事と侍女は驚愕に声を上げる。
そしてその黒いオーラの中から現れた彼――巌人は、拳を振り下ろしたような姿のままこう告げた。
「お前は……、嫌がらせにでも来たのかな?」
その言葉に、もちろん返事は返ってこなかった。
死の帝王ォォォ!?