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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
棺の再臨
70/162

70.映画

「……で、その大切そうに抱えてるものは何かな?」

「「参考資料っす(です)」」


 巌人は二人の言葉に、深い深いため息をついた。

 あの後「ぜったいに、かう」と言って止まない紡の『参考資料』を買わされた巌人は、これまた何故か兄メイトの中にいたカレンと彩姫を連れ、こうしてARタワーの中にあるレストランを訪れていた。


「二人のせいで、でーとだいなし」


 そう、不機嫌そうに呟く紡。

 けれども彼女は両腕で茶色の紙袋を抱きしめており、先程からチラチラと視線をそちらへと向けていた。

 そして、それはカレンと彩姫も同じこと。

 それらを見ていた巌人はなんとも言えない表情で頬を引き攣らせると、丁度それと同時に料理が運ばれてきた。


「お待たせしました、こちらご注文の……」


 そうしてテーブルの上へと置かれたのは、数種類のピザであった。

 ここはピザを専門に扱うレストランであり、肉や魚程ではなくとも比較的貴重な乳製品であるチーズをふんだんに使ったピザは、一般市民からすれば滅多に食べることの出来ない高級料理である。

 といっても、巌人の個人で保有する全財産は全世界でもダントツで一位だ。彼は金銭感覚が破滅的に狂っているためなんとも思わないが、ピザをこんなにも簡単に買えるその保有金額――並の者が見れば白目を向いて気絶するだろう。


 閑話休題。


「んで、なんで二人共ついてきたんだ? 尾行しなきゃ行けないくらいに暇だったのか?」


 巌人はピザと一緒についてきた皿へとなんピースかよそいながらも二人へのそう口を開く。

 すると同じくピザへと手を伸ばしていた彩姫がさも当然とばかりに。


「暇なわけがないじゃないですか。私だってお二人と同じ特務の一員なわけですよ? しかも何だかC級隊員の中からは『ズルしてA級に上がった雑魚』とか言われてますし……。普通なら壁の外にでも行ってアンノウン討伐してきたいところですよ」

「……ちょっと待って? 今さりげなく僕のこと特務の一員とか言わなかった?」

「はて? 気のせいではありませんか?」


 彩姫はそう言ってピザへと口をつける。

 彼女の隣を見ればカレンがそんなの知ったことかとピザを口へと運んでおり、一気に頬張りすぎたのか、焦ったように水を飲み干している。

 巌人がその様子を呆れたように見つめていると、ちょいちょいと、袖を引っ張られるような感覚があった。

 そちらへと視線を向けると、そこには巌人のことを上目遣いで見上げてくる紡の姿が。


「兄さん、あーん」


 そう言って口を開ける紡。

 それには「うぐっ」と二人も声を漏らし、巌人は困ったように苦笑いを浮かべた。


「ツム? まさかその歳になって一人で食べれないわけじゃないだろう?」

「や、今はなんとなく、たべれない」


 酷い言い訳もあったものだ。

 けれども巌人はその言葉に「あー、そうですか」と返すと、その皿の上からピースを一つ手に取った。


「はい、あーん」


 巌人はそのピザを紡へと突き付けた。

 熱気が紡の顔をなで、彼女は『もしかして嫌がらせされてるんじゃ』とも思ったが、この兄に限ってそんなことをするはずが無い。

 そう考えた紡は、ふるふると首を横に振る。


「や、ふーふーしてからじゃないと、たべれない」

「……ツム? ちょっと今日は甘えん坊すぎないか?」


 そう言いながらもピザを口元まで持ってきてフーフーと息を吹きかける巌人。

 その光景にはカレンと彩姫も思わずゴクリと喉を鳴らし、そのピザへとじぃっと熱い眼差しを向けた。

 もしも、もしもそれを傍から第三者が見ていればこう思うことだろう――自分は今、一体何を見せつけられているんだ、と。

 けれどもその行為がそんな考えで止まるはずもなく、巌人はその少し熱の下がったピザを紡の口元まで運び、それを彼女はとても幸せそうに頬張った。

 タラーと伸びるチーズ。ペロリとそれらを舐めるその舌と、ぷりっとしたその唇。そして優しく頬を緩める巌人。

 ――そして、死にそうな顔でそれを見つめる二人。

 彼女らとて分かっているのだ。これは二人のデートであり、自分たちにその行為を邪魔することは出来ないのだ、と。

 そして、それを紡も分かっていたのだろう。

 彼女は二人へと視線を向けると、頬を赤らめてこう告げた。



「兄さんの、愛がこもってた」



 二人は、涙を流して逃げ出した。




 ☆☆☆




 その後、何とかそれらのピザを食べ終えた二人は、ARタワーの最上階に位置する映画館へと足を運んでいた。

 薄暗いそのフロアには大勢の客が足を運んでおり、向かって左側には受付とその前に並ぶ長蛇の列が。向かって前方には飲食物やキーホルダーなどの小物を販売するカウンター。そしてその上の方には映画の広告か、巨大なスクリーンに映像が流れていた。


「ここ来たの……なにげに、はじめて」


 紡はその光景にそう声を漏らす。

 巌人はその言葉に視線を下ろすと、そこには巌人の手を握ったまま周囲へと視線を巡らせている紡の姿が。

 初めて見る光景に興奮しているのか、その瞳はキラキラと輝いており、巌人はその様子に頬を少しだけ緩めた。


「そういやそうかもな。僕は二回目だけど……ここはいつ来ても『もう少し明るくてもいいんじゃない?』ってくらいに薄暗いな」


 巌人はそう呟くと、壁に貼られているそれらのポスターへと視線を向けた。

 見ればCMなどで一度は見たような有名な作品が映像化されており、パッと視線を向けただけでも『おとなつかい』『クイーンアーサー』『魔法科高校の通常生』等々、様々な作品が見て取れる。

 と、そんな中、紡は何を見つけたのかテクテクと巌人の手を引っ張って歩いてゆく。

 そして彼女が立ち止まったのは、とある映画ポスターの前。


「これ、見たい」


 紡はそう呟いた。

 巌人はどんな作品なんだろうと顔を上げ――


「うん、却下で」

「……ぬぅ」


 巌人は、珍しいことに却下した。

 何せそこにあったポスターとは――


「なんだよこの『兄に愛されまくりで困ってます』って……。今日はアレか? ツムはお兄ちゃん大好きアピールでもしたいのか?」


 そう、そこにあったのは『兄に愛されまくりで困ってます』という作品のポスターだったのだ。

 全くなんて時期になんて作品が上映されているのか。

 そう自分の運命を呪わずにはいられなかった巌人ではあったが。


「ん、なら、止める」


 紡は、あっさりと引いてしまった。

 それにはきっと押し切られるんだろうな、と思っていた巌人も目を点にして固まってしまう。

 それを傍目に紡はキョロキョロと視線を周囲へと向けると、ふと、ある一つのポスターを見て、その動きをピタリと止めた。


「なら、あれを見よう。兄さん」


 紡はそのポスターへと指を向けて、そうハッキリと口にした。

 巌人はその紡の様子になにか普段とは違うものを感じながらも、そのポスターへと視線を向ける。

 そのポスターに書かれていた言葉。


 ――何があっても、お前を守る。


 巌人は、その言葉に眉を顰めた。

『何があっても……、僕がお前を守るから』

 それはかつて、白髪の少年が言った言葉。その声が、三年経っても色褪せることないその言葉が頭を過る。


「ツム……、これは……」


 巌人のその言葉に、紡は。


「今日は、これを見るためにここまで来た」


 巌人を見つめ返して、そう告げた。




 ☆☆☆




 ブゥー、と。長い機械音が鳴り響く。

 暗くなっていく室内。

 B級の映画なのか、休日のこの時間にも関わらず、劇場内に居るものは巌人と紡に加え、片手で数えられる程度の老人たちのみ。

 巌人は、隣の席に座っている紡へと視線を向けた。

 ――今日は、これを見るためにここまで来た。

 そこまで言われてしまったら巌人も見ざるを得ない。

 それに。


(なんでツムは、僕にこの映画を見せたかったのか)


 あるいは、見たかったのか。

 けれど、たぶん後者の可能性は低いだろう。なんとなく、そんな気がする。

 巌人は内心でそう呟いて視線を前へと向けた。

 室内はもう既に余計な明かりが消えて暗くなっており、その巨大なスクリーンに映像が流れ始める。



 その男――フライトは、殺し屋だった。

 もしかしたら暗殺者と言った方が正しいかもしれない。

 報酬さえ払えばどんな国の、どんな相手でも簡単に暗殺してくるような、そんな暗殺者。

 そんなフライトはある日。とある人物からある依頼を受けた。


「フライト、お前に一つ依頼がしたい」


 それに対してフライトは首肯した。

 金なら腐るほど持っている。報酬なんて最悪の話コイン一枚でも事足りる。だからこそ、首肯した。

 ならば何故未だにそんな仕事に就いているのか、とそう聞かれれば彼はこう答えるだろう――『なんとなく』と。

 どうせ自分が殺しているのは誰かから恨まれた者達だ。そんな者達、どうせ死んだところで何も変わらない。少なくとも、悪い方には。


 フライトが受けた依頼は、ある人物の暗殺だった。

 まぁ、それに関してはいつもの事だ。

 けれどもその相手がいつもとは少し違った。


「その相手は某国で将軍を務めていた者で、現役時代、他国から酷く恐れられた存在だ。今は職をやめ、こんな田舎の街へと越してきたようだが……再び将軍の座につかれては困る。この街にいる間に――殺してくれ」


 フライトは、一も二もなく頷いた。

 彼は強かった。

 味方にも相手側にも敵対する者はおらず、巡り会ってしまえば『運が悪かった』と諦めろ、と。そう言われるほどでもある。

 だからこそ彼は全く気負うことがなかったし――


 ――相手が、自分に手傷を負わせるなど、思ってもいなかった。


「はぁ、はぁ……、痛っ……」


 彼は、その相手を殺した。

 けれどもその代償は大きく、長年連れ添ってきた眼球、その片方が潰されてしまった。

 暗殺者としてやっていくには目というものは非常に大事だ。いち早く現状を察知し、そしていち早く対処すべく行動に移れる。そんな命綱を潰されるとは、彼は思ってもいなかった。


「ふぅ……、帰る、か」


 彼はそう呟いて――


「――ッッ!? だ、誰だ!?」


 瞬間、視界の端に映っていたカーテンが揺れ、それを見たフライトは咄嗟にそんな声を上げた。

 けれども帰ってきたのは、「ひぃ」という小さな悲鳴。

 フライトは目を見開く。

 身体からは次第に力が抜けてゆき、まるで魂までもが抜けていくのではないか。そう思わずにはいられない程の脱力感に襲われる。


「ま、まさか……」


 フライトは、震える足でそのカーテンの方向へと向かってゆく。

 カーテンの裏に誰か隠れているのだろう。カーテンは微かに揺れ動いており、それはまるで中の人物が震えているかのようでもあった。

 フライトの額から脂汗が滲む。

 彼はカーテンへと手をかけ――そして、一気に開いた。


「ひぃっ!?」


 その先に居たのは、小さな女の子。

 先程殺したあの男と同じ髪の色で、同じ瞳の色で、どことなく、面影が残っているようなその顔立ち。

 彼女はガクガクと震えていた。けれどもすぐにキッとフライトのことを睨みつける。


「と、父さんを……、父さんを返せ! この人殺し!」


 憎悪の浮かぶその瞳をフライトへと向けて、彼女はそう叫んだ。

 それを見てフライトは――……



 それを見て巌人は――ギリッと、歯を軋ませた。


「これを……、これを僕に見せて、何がしたい?」


 巌人は、顔を伏せてそう呟いた。

 それを見た紡は悲しげに目を逸らす。


「嫌がらせ、とかじゃない。ただ、私は兄さんが……」


 紡はそう呟いて、けれども下唇を噛み締めてその言葉を飲み込む。

 ――私は兄さんが好きだから、過去のことは忘れて、私と今を生きてほしい。

 そう、彼女は言いたかった。けど言えなかった。

 彼女がそう言えば、巌人は過去を切り捨てるだろう。なんの躊躇もなく、なんの憂いもなく。バッサリと切り捨てる。

 それが『南雲巌人』という男であり――それが、ズルだということは、紡にも理解ができていた。


(それは、兄さんが決めたことじゃない。私が、ただ兄さんの人生に、枷をしているだけ)


 紡はそう内心で呟いて顔を伏せる。

 思い出すは巌人へと想いを寄せているあの二人。

 紡はあの二人のことが大好きだ。ずっと今のような関係性が続いていけば、と何度思ったか知れない。

 だから――そんなことは口が裂けても言えないのだ。


 二人の間に沈黙が舞い降りる。

 スクリーンの上では物語が淡々と進んでおり、可もなく不可もなく、そんな感想を抱くような展開が長々と映し出されていた。

 そんな中、巌人は「はぁ」と息をつくと、疲れたように立ち上がった。



「悪い、ちょっとトイレ行ってくる」



 その映画が終わるまで、巌人が帰ってくることはなかった。

以降、章の最後の方まで重いシリアスはない予定です。オールコメディ&バトル。

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