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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
棺の魂
7/162

7.駒内カレン

 肩までの茶髪に、上は白いジャージに下は何故かブルマ。少し長めの青いコートを着ており、彼女はダンボールの中で丸まって眠りについていた。

 巌人は貴重品なんかを全て出したまま寝ているその様子に一つ溜息を吐いて、軽く肩を揺すってやった。


「おいあんた、こんな所で寝てたら風邪引くぞー」

「ん……んんっ? ふぁぁぁぁっ、おはようっすー!」


 起きた。

 しかも初対面で一番最初の挨拶が「おはよう」である。なんだか酔った勢いで朝チュンしたような気分である。

 すると少女は寝ぼけ眼のまま巌人の方を向いて───その胸の辺りを見て目を見開き、キョロキョロとあたりを見渡し始めた。

 本来ならばそれは意味のわからない行動にしか見えないだろうが、生憎と巌人はその行動に幾度となく見覚えがあり、スゥっと、自身の目が細く、鋭くなっていくことに気がついた。


「お前……まさかアンノウン(・・・・・)か?」


 そう、巌人の方を見てそういう反応をする奴は、決まってアンノウンなのである。

 これは政府の上層部と極わずかな人物しか知らないことではあるが、アンノウンには相手の魂の大きさを視認する能力が備え付けられている。

 魂の大きさ──それは精神的な強さ、そして闘級によって大きく異なっており、かつての鎖ドラゴン然り、この少女然り、魂を読み取れるであろう存在は、決まって巌人の魂を見て、驚愕する。


「いや、違うっすけど……あんた幽霊とかそういう類の存在っすか?」


 少女は、その紫色の瞳を巌人へと向けて、そんなことを聞いてきた。

 巌人はとある事情により人型のアンノウンも知っている。だからこそ、見破られるなんて思ってもいないそういう奴はアンノウンであることを悟られると、必ず焦りを見せるか襲撃してくる。それに加えて嘘というものはどんなものであれ、必ず態度に現れるのだ。

 そういう面でいえば目の前の少女はそれに当てはまらない。内心を隠している可能性もあるが、巌人にはこの少女にそもそもそんな頭があるとも思えなかった。


「こっちも別に幽霊ってわけじゃないよ。ただの無能力者、って言えばだいたい理由が分かるんじゃないか?」

「や、やっぱり、無能力者だったっすか!? なるほど、どうりでなんにも見えない(・・・・・・・・)わけっすね!」


 巌人は確信した。こいつアンノウンじゃない。ただの馬鹿だ。

 そもそもアンノウンがこんな所に捨てられてるわけがないし、なによりここまで潜入してくるエリートがここまで馬鹿なわけがない。

 巌人は「はぁ」とため息を吐くと、完全に警戒を解き、その場から立ち去ることにした。

 だがしかし──相手はそれを許さなかった。

 ガシッ!

 着ていた上着の裾を思いっきり掴まれ、巌人の歩みがその場で停止する。


「ちょ、ちょっと待ってくださいっす! ここは『可哀想だな』とか言って拾ってくれるシーンじゃないんすか!?」

「いやぁ、うちのマンション、ペット禁止でして」

「何でいきなり敬語なんすか!?」


 真っ赤な嘘である。

 巌人は単純に「ただの家出だろう」と考えており、もしも相手がいいとこのお嬢さんだった場合、引き取ったりなんかしたら紡に迷惑がかかりかねない。ならば放置するのが最善だろうと、そう考えていたのだった。

 状況証拠だけならば中島先生が言っていた交換生という可能性もあるのだが、彼女は『土日のどちらか』にやって来ると言ったのだ。金曜日の夜中にこんな所に捨てられているはずもない。


「とにかく、だ。誰とも知らない奴を拾う義理はない。目の前にホテルあるんだからここにでも泊まればいいだろう」


 そう言って、巌人は目の前のホテルを指さす。

 そこには『アピホテル』という大手チェーンのホテルがあり、少しお高そうだがこうして外で寝るよりは余程マシだろう。

 そう思っての言葉だったのだが──


「嫌っすよ! だって私、センダイからは二日間の宿泊費とお世話になる先への謝礼金に、それにちょっとの食料費だけしか持ってきてないんすもん! 一日早く着いちゃったせいでお金足りなくなるんすよ!」


 ───巌人は、その言葉に固まった。

 センダイ、二日間の宿泊費、お世話になる先。

 それに加えてこの茶色い髪に、左手の甲に浮かぶ異能の紋。

 確か中島先生は土日のどちらかに到着し、月曜日から一週間お世話になると言っていた。土日はホテルに泊まるとも。そう考えると何から何まで情報通りであり、巌人は思わずこう言っていた。


「お前……まさかとは思うが、フォースアカデミー、センダイからの交換生か?」


 返ってきたのは、目を見開いた彼女の首肯であった。




 ☆☆☆




「にしてもいいんすか? マンションってペット禁止なはずなんすよね?」

「いやぁ、そう言えば自分の家一軒家だったんだよねぇ」

「そうっすか! 良かったっすね!」


 馬鹿である。

 マンションと一軒家を間違えるなんてあるはずも無く、さらに言えば少女は自分のことをペットだと思い込んでいる。これぞ馬鹿の極みである。

 巌人はあの後、ぱっとタナカ電機へと行って冷蔵庫の購入と宅配を依頼し、帰りにこのお馬鹿なよく分からない少女を拾って自宅へと戻ることにした。というのも、流石に交換生その本人を見捨てておいて月曜日、再開した時にいい気分で話すことは出来ないだろう、という考えからだ。

 そういう訳で、巌人は彼女と夜道を歩いていたのだが、彼はふと、まだ自己紹介も何もしていなかったな、と気がついた。


「そう言えば自己紹介まだだったな。僕は南雲巌人、今回のセンダイからの交換生の案内人、及びホームステイ先に選ばれた生徒だ。よろしく頼む」

「ええぇっ!? アンタがホームステイ先の人だったんすか!? これは飛んだご無礼をしたっす! すいませんっす!」


 それを見て「大袈裟だなぁ」と巌人は苦笑いを浮かべるが、大袈裟でも礼儀がなっている分好感が持てるというものだろう。もしもここで「えぇ、お前が? フツーにチェンジで」とか笑われながら言われた日には月まで吹っ飛ばしているところだ。物理的に。

 彼女は一通り頭を下げ終わると顔を上げて、ニコッと笑みを浮かべて自己紹介を始めた。


「初めましてっす! 私は駒内カレン! ワンシクスティーンスでほぼ日本人っす!」

「…………はい?」

「駒内カレン、ワンシクスティーンスっす! ほぼ日本人っす!」


 ──ワンシクスティーンス。

 全くもって聞き覚えのないその言葉に、思わず巌人は眉間を揉んだ。


「えーっと? ワン、シクスティーンス? 全く聞き覚えがない新単語なんだが……何それ、英語?」

「えーっと、外国人と日本人の子供がハーフ、次がクウォーター、ワンエイス、そしてその次がワンシクスティーンスっす!」


 ──八分の一って、ワンエイスって言うんだ……。

 まずそこから聞き覚えのない巌人であった。

 ハーフ、クウォーターあたりまでなら何となく巌人も聞いたことがあったし、見たこともある。

 けれどもそれ以降、ワンエイスなワンシクスティーンスに関しては最早自慢するような人もおらず、もし言われても『なにそれほぼ日本人じゃん』という感じになる。まさに彼女の言う通りだ。

 そんなことを話していると、ふと、巌人は何故カレンが魂を見ることが出来るのか気になった。


「そう言えば駒内さん、さっきから魂が見えるみたいだけど、それって普通の人間の所業じゃないよね?」


 すると、カレンはピクリと肩を震わせ、驚きに目を見開いた。


「お、驚いたっす……南雲さんはよく私が魂を視認できるってよく分かったっすね……。というかなんで魂を見てるって分かったっすか? やっぱり幽霊なんすかね? あとカレンでいいっすよ?」

「まぁな。無能力者って言うのはそういうもんだ」

「へぇー! 噂では世界に一人だけって聞いてたっすけど、やっぱり異能がないからその分他が凄いんすね!」


 全くそういうわけもなく、無能力者というのは本来はただの異能のない一般人なのだが、カレンにとって、世界にとって、それを証明できる術はない。何せ無能力者など巌人ただ一人なのだから。

 カレンは「うーん」と顎に指を当てて考え込む。

 彼女は思う。本来ならばこれは秘密にしておかなければならないことではあるが、けれどもこの人からは悪い気配が一切しないし、なにより嘘をついている気配もない。十分に信用できる人であろう、と。カレンは馬鹿であっても、よく考える馬鹿なのだ。


「他言しないって約束してくれるって言うなら色々と教えてあげてもいいっすよ?」


 その言葉に頷く巌人。

 別にその秘密を他人にばらすつもりは無いし、ばらすとしても義妹の紡にだけだ。その時はカレン本人に相談すればいい話だろう。そう思って頷いた巌人ではあったが──



「私、実は“魔法少女”なんすよ」



 ──その一言に、完全に思考がショートした。

 ま、魔法少女? コイツ今魔法少女って言ったか? 自分で自分の事を魔法少女……頭大丈夫だろうか? 巌人は最早信じるという道を捨て去っていた。


「ち、ちょっと待て、確か異能は『創水』だったはずだよな? 魔法少女って……」

「アレっすよ! 私は異能が弱っちいんで、身体を鍛えるのと並行して魔法少女にもなったんすよ! だから魂も見えるし、武器とかも召喚出来るんすよ!」


 巌人はその話を聞いて絶句した。コイツ……嘘ついてないっぽいぞ? と。

 巌人は大体の嘘は聞いたり見たりするだけで見抜くことが出来る。だからこそステータスも見ずにここまで案内してきてわけだが、この少女は本心から自分が魔法少女だと言っているのだ。

 つまりは──


「……現実、見たほうがいいんじゃないか?」

「なんで可哀想なものを見るような目で見てくるんすか!? 本物っすよ! よくテレビでやってる魔法少女そのものっすよ!」


 どうやらそう思い込んでいる残念な娘かと思ったが、どうやらそれとも違うらしい。もしくは本当に思い込んでいるか。

 巌人はうーんと頭をボリボリとかくと、遠くの方を歩いているとある男性へと指を指してこういった。


「じゃあ例えばあの人。魂の大きさはどれ位だ?」

「平均サイズ、つまり頭一個分くらいっすね!」


 それは見事、巌人が足運びや体格から想像していたサイズと、だいたい同じくらいであった。闘級に直せば──大体五~七と言ったところだろうか?


「じゃああの人」

「同じっすね、平均サイズっす」

「じゃああっちは」

「おお! あの人多分特務の人っすよ! 直径が子供の身長と同じぐらいっす!」

「……あれは?」

「平均ちょい下、って感じっすね!」


 巌人は確信した。こいつマジで見えてやがる、と。

 巌人も魂が見える訳では無い。だからこそ、出来るのはせいぜいが歩行術からの目算くらいなもので、異能を含めるとまた違う結果にもなりうる。

 だが、強い異能を持っている者は、得てしてその自信が態度に出やすい。だからこそ巌人は平均レベル三人の中に一人だけ自信の見える相手を隠しておいたのだが、カレンはそれもぱっと一目見ただけで当ててきた。動きも何も見ずに、だ。


 もうここまでくれば『見えている』というのは確信が持てるレベルであり、魔法少女云々はともかく、その力は使いようによっては相手との力量差を図る武器にもなりうる。もちろん経験や訓練は必要だが。

 巌人はそう、内心で笑みを浮かべると、最後に、見えてきた自宅を指さしてこういった。


「じゃあ、あそこには何が見える?」


 カレンは先程までと同じようにそちらへと視線を向け、誰もいないただの住宅街に首をかしげ──次の瞬間、短い悲鳴をあげた。


「ひぃっ!? な、なな、なん、なんすか……、なんすか!? あの馬鹿みたいに大きな魂は!?」


 カレンは今が夜だということさえも忘れてそう叫び声をあげた。

 それらを全て知った上で試したのか、普段通り落ち着いている巌人をみて少し落ち着きを取り戻したが、再びそちらへと視線を向けると、大きな驚愕と、それすらも上回る恐怖に思わず身がすくむ。

 先程言っていたとおり、一般人の魂は頭サイズであり、闘級にしておおよそ五~七と言ったところであり、特務の新人───闘級二十でもやっと子供の身長サイズ。

 闘級=魂の大きさではなく、闘級が低く精神力が高い者の魂が大きいことも多々ある。

 けれども──それらを鑑みても、ソレを言い表す単語は、カレンには一言しか思いつかなかった。



「ば、化け物……」



 そこには、数軒を全て飲み込む程巨大な、炎の形をした魂が存在したのだった。

もちろんツムの魂です。

果たして彼女の闘級は幾つなんでしょう。

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