69.デート
はいストックが切れました(毎度のこと)。
その日の晩。
巌人は紡の部屋へと呼び出されていた。
「いきなりどうしたんだ? ツムが僕を部屋にいれるなんて珍しいじゃないか」
巌人はその現状にそう呟きながら部屋の中を見渡した。
流石は綺麗好きなヒキニート(職持ち)。
電気の線やらコードやらが行き交ってはいてもホコリは見当たらず、見た目の割には綺麗な部屋だなと巌人は再確認した。
のだが――
「兄さん、約束、覚えてる……よね?」
突如として告げられたその言葉に、巌人は思わずピクリともその身を震わせた。
――紡との約束。
その言葉で一番最初に思い出すのはやはり三年前に交わした『アレ』ではあるが、それでも巌人の頭の中にはそれとは別の言葉が過ぎっていた。
「で、デート……?」
その言葉に、紡は満足げに頷いた。
けれどもその顔は真っ赤に染まっており、彼女はソワソワながらも必死に言葉を紡ぎ出す。
「そ、そう。でーと。兄さんと、私の、二人っきりで、でーとする約束……」
「お、おう……。ちゃんと覚えてるよ」
紡の様子に普段とは違う何かを覚えながらも、巌人は紡へとそう言葉を返した。
巌人はポリポリと頬を掻きながら何を話すべきか考える。
そして――
「それじゃ、デートしに行くか?」
それに対し、『え、今から?』という驚愕の表情を浮かべた紡であった。
☆☆☆
数時間後。
場所はサッポロ駅前。
巌人がバスの出口から降りると、その後すぐに紡が「んしょ」と階段を降りてきた。
「さーて、とりあえず来たのはいいけどどこ行くか。なんにも決めてないんだけど」
「……それ、彼氏としてはさいあくの言葉」
「はっはっは、残念ながら僕はツムの彼氏じゃないからな」
その言葉にムッとしたような顔をする紡ではあったが、それを見た巌人は頬を緩めて手を差し出した。
「はいツム。デートなんだからきちんと手を繋がないとな」
それには思わず硬直する紡。
彼女は内心でこう思っていた。
――どうせあの肝心なところで鈍い兄さんのことだ。デートって言ったのに、どうせただの買い物くらいにか考えてないのだろう、と。
けれども現状はどうだろう?
(に、にに、兄さんが……、わ、私と、でーと……? ほ、ほほ、ほんとうに……?)
ぼふぅんっ!
紡の顔が真っ赤に染まり、頭からそんな音を立てて湯気が上がる。
それを見て不思議そうに首をかしげた巌人ではあったが、しばらく経っても動こうとしない紡を見てため息を吐くと、
「ほら、行くよツム」
「へっ?」
気がつけば巌人は紡の手をしっかりと握りしめており、その手は普段よりも、少しだけ温かいようにも感じられた。
その温かみ。
それを敏感に察した紡はとある可能性に思い至ってガバッと顔を上げた。
(も、もしかして……、兄さんが、私とのでーと……)
私とのデートに緊張して、意識しているのではないか。
そう考えた紡。
けれど――
「はぁ、はぁ……、き、今日はあの有名な某シャンプー会社が新しいシャンプーを発売する日……。もう今から相見えると考えただけで……、くっ! 興奮で僕を殺す気かッ!?」
「…………」
紡は光の消えた瞳で、ははっと乾いた笑みを浮かべた。
分かっていた。分かっていたさ。
この兄は異性とのデート――それも妹とのデートに心を動かすほどに平凡ではない。断固たる意思で自らの内に芽生える『恋愛』という蕾を駆逐しているのだ。こんなことで揺れているくらいだったらもうとっくに落ちている。
だからこそ紡はため息を吐くと、その手をぎゅっと握った。
「はぁ……。わかった。つきあうから、行こ?」
「あぁ! 流石はツム、色々と分かってるな!」
「兄さんのあつかいかたを、ね」
そう言って二人は歩き出す。
そして――それを背後から盗み見る影が二つ。
「くぅぅぅぅ! な、何公衆の面前でイチャついてるっすかあの二人は!?」
「何を今更……。これはデートなのですからイチャつくのは当然のこと。私たちが止めるべきは……そう! ツムさんのあのウルウル上目遣いで巌人さまが落とされないように注意することなのです!」
そこにはいつもとは打って変わってクールな雰囲気の服に身に纏うカレンと、銀色の髪を後ろで縛って小さなポニーテールにしている彩姫の姿があった。
彼女らの行動を一言で表すとしたら――そう、尾行である。
まぁ、ストーキングという言い方もできるわけだが、残念ながら二人は尾行に気がついている上に、その上で別になにか嫌な感情を覚えている訳では無い。
巌人は『アイツらよっぽど暇なんだな』と。
紡は『既成事実つくり、見せびらかす』と。
こんな歪な関係性、間違ってもストーキングとは言えないだろう。言えたとしてもせいぜいが尾行だ。
と、そうこうしているうちに巌人と紡はサッポロ駅の中へと足を踏み入れていた。
「よしっ! 行きますよカレン! 絶対二人共気づいてるはずですから見失わないよう注意しないといけません!」
「そうっすね! あの二人が尾行に気づいてないわけが無いっすから気をつけないと……」
そうして二人はサッポロ駅の中へと入って――
「「……あれ? どこいった?」」
早速、二人の姿を見失った。
☆☆☆
「アイツら何やってんの? 暇なのかな?」
「や、きっと、探偵ごっこしてる」
「うはぁ……、子供だなぁ」
巌人は、眼下であたふたしている二人を見ながらそう呟いた。
周囲には愕然としたような、顔を引き攣らせて困惑しているような、そんな様子の人々の姿が。
それもそうだろう。
何せ二人は建物の中に入ったと同時に二階へとジャンプし、こうして一瞬で二人の捜索範囲から抜け出していたのだ。
二人とて別に尾行されてもなんとも思わないのだが、だからといってストーキングが一般的にいいことではないことは分かっている。そのため『見失って焦るがいいわ!』という思いも込めて、こうして意地悪をしてみた訳だ。
「んで、どうするよツム。シャンプーは行くにしてもツムが行きたいところあったらそっち優先するぞ?」
「ん……。じゃ、あそこ」
そう言って紡は一つの店へと指をさした。
巌人はそれに対して「それじゃあ行くか」と、そう返事をしようとして――その店を見て、愕然とした。
「な、なんだ、この店は……」
目の前に広がるは未知の領域。
オタオタとしたオタクっぽい大勢の女子たちが店の中を闊歩しており、彼女らは目を爛々と輝かせてそれぞれの商品へと視線を向けていた。
その店の名は――『兄メイト』。
ア○メイトではなく兄メイト、である。
「ふっふっふっ……ここは兄メイト。サッポロ中のぶらこんというぶらこんが集う、まさにぶらこんの聖地。ぶらこんの天国。店が開いて一ヶ月……。ずっとここに来たかった」
「ちょっとツムちゃん? その兄の前でブラコン宣言やめてくれません?」
いきなりのブラコン発言。
巌人とて紡が自分に依存していることは分かっていたため驚きはしなかったが、けれどもこの店の存在には驚かざるを得なかった。
「兄メイトってなんだよ……、っていうかこんなにサッポロにブラコンが潜んでいたのか」
そう巌人が呟いていると、その間にも紡は堂々とその兄メイトとやの中へと足を踏み入れてゆく。
それを見た巌人は嫌々ながらもその店の中へと足を踏み入れてゆくが――
ギロリッ!
瞬間、店中の女性たちの視線が巌人へと突き刺さる。
それには巌人も思わずたじろいたが……。
「に、兄さんっ! こ、ここ、これっ! ぜったい買う!」
紡が何やらピンク色の本を持って巌人の元へと帰ってくる。
のだが――
「「「んなぁっ!? ほ、本物の兄を連れて兄メイトへ来るだなんてっ!? な、何てハイレベルな勇者なの!?」」」
店中の女性たちの声が重なった。
彼女達は最初、ブラコンの楽園に足を踏み入れた無粋な少年へと鉄槌を喰らわせようかと考えていたが……まさかそれが『兄』だったとは。
だが、その兄こと巌人は、紡が持ってきた本を受け取って顔を引き攣らせていた。
「……ねぇ? これマジで買うの?」
「まじもまじまじ。おーまじ」
いつになく本気さを漂わせてくる紡。
けれどもその持ってきた本が問題だった。
題名――『甘やかしてア・ゲ・ル♡』。
しかもその表紙には眼鏡をした暗い色の髪をした男性が映っており、その姿は味方によっては巌人にも見えなくもない。
巌人はそれを見てこう告げた。
「いや、これってどう見てもエロほ」
「や、ちがう。あくまでも参考資料」
最後まで言わせない紡。
果たして兄を題材としたエロほ……もとい、参考資料とやらを兄に買わせる妹がどこにいるというのだろうか。
……残念ながらここにいた。
「な、なんてことっ!? あの娘、兄にエロほ……もとい参考資料を買わせる気よ!」
「し、しかもあのエロほ……じゃなかった。あの参考資料、題材が兄と妹の禁断の恋よ!」
「なんて精神力なの!? まるでアダマンタイト!」
戦慄する客たち。
それを聞いてフッと笑みを漏らした紡は、巌人へと視線を向けて口を開いた。
「こんな本の主人公より兄さんの方が優しくてかっこいいのはじめいのり。ならこの本を読んで兄さんのありがたみを再確認するのも妹のせきむ。だから、かう」
「立て板に水のひどい理論だな、おい」
いつに無くペラペラと喋る紡。
巌人はそれを聞いてため息を漏らすと――
「すいません、この『弟子? 今夜だけは妹です』ってやつくださいっす」
「あ、私はこの『一つ屋根の下、一夜限りの兄妹になろう』という本を」
その聞き覚えのある声とその内容に、ガックリと肩を落とすのであった。
次回! まだ一文字も書いてないです!
さて、明後日に間に合うか!?