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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
棺の再臨
68/162

68.変わらぬ日常

新章開幕!

ということでまた最初は別視点です。

 少年は、カツカツと足音を鳴らしながらも空港を歩いていた。

 その瞳に浮かぶは純粋な好奇心。

 けれどもその姿を追う者達は必死に彼へと呼びかけた。


「ま、待ってくだされ弟子屈(てしかが)殿! こんなにも急にどこへ行くおつもりですか!?」

「そ、そうですよ! 新聞を読んだと思いきやいきなり出掛けるだなんて……、お仕事はどうするおつもりですか!」


 それに対して彼――弟子屈(てしかが)雄武(おうむ)は振り返ると、呆れたように口を開いた。


「仕事って言ってもこの平和な国のビビリな王族の護衛だろうが。んなモンあってもなくても変わんねぇ。こんな辺境、アンノウンなんて出てこねぇよ」

「何を言っているのですか! 普通に出てきてますよ! ほら!」


 そう言ってその『侍女』が指さした先には雲一つない青い空。

 そして――防壁の上を飛び回る飛竜の群れ。

 それを見た上で「アンノウンなんて出やしない」とは、彼が普通の人物だったとしたら誰もが病院を勧めるだろう。


 彼が――あくまでも普通だったのだとすれば、だが。


「あ~、かったりぃな。わーったよ。あれ全部殺せばいいんだろ?」


 そう言って彼はガラス張りの壁の近くまで寄っていくと、そのガラスへとペタンと手を当てた。

 そして――


「『死に晒せ』」


 瞬間、ガラス越しに彼の手のひらから黒色のオーラが吹き出し、それは真っ直ぐその飛竜の群れへと直撃した。

 そして――一瞬で命を散らし、墜落してゆく飛竜のアンノウンたち。

 その様子を目を見開いて見つめる侍女と執事の二人。

 彼は振り返ると、パンパンと手を払ってこう告げた。


「それじゃ帰るぞ、日本によ」


 彼はそう言って懐からその切り取った記事を取り出す。

 そこに写っていたのは、空へと昇ってゆくその巨大な光球と、実際に目に映るほど馬鹿げた威力の衝撃波。

 それを見て彼はニヤリと笑みを浮かべる。



「俺ってばまだ会ったことねぇんだよな。その『黒棺の王』とかいうバケモノによ?」



 彼が目指すは日本の都市――サッポロ。

 軽く紫がかった、けれども限りなく白色に近いその髪に、爛々と紫色に光り輝くその両の瞳。

 その容姿は紛れもなく彼の有名人そのもの。

 人は、その少年をこう呼んだ。


 ――絶対者(ワールド・レコーダー)、『死の帝王(デッドエンド)』と。




 ☆☆☆




「ダメだ言えない!」


 巌人は紡の前でそう叫んだ。

 彼女は呆れたような視線を巌人へと向ける。


「あれだけ啖呵切っといて、なにちきってるの、兄さん。さすがにもうシリアスあきた」

「シリアス飽きたってなんだよ!? こっちだって結構悩んでるんだぞ!?」


 あれから既にかなり月日が経った。

 夏休みはかなり前に終わり、カレンダーもめくれてもう今は九月の末だ。

 あれから巌人はなんとか二人に話を切り出そうと努力したのだが、こんなときに限って二人共巌人の過去については何も触れないのだ。

 そのためその切り出すタイミングが分からずに巌人は悩み続け――そして今に至る。


「ちきん。へたれ。しすこん」

「ぐっ……、最後のやつ関係ないけど……」

「や、関係ある」


 紡の言葉に巌人は胸を押さえて蹲り、その様子を見た紡は少しだけ頬を緩めた。


(なんだか急いでるみたいだけど、兄さんは十分すぎるくらいには、変わってきてる)


 紡は昔の巌人を思い出す。

 あの時の彼は今ほど優しくなく、気配りもできなくて、さらに視線がかなり怖かった。ヤンキーもひと睨みで逃げるほどには。

 だからこそ紡は巌人の変化を喜ばずにはいられないし――


(なによりも、兄さんの幸せがいちばん。兄さんがしたいのなら、私はちゃんと応援する)


 その瞳には、優しげな感情がこもっていた。




 ☆☆☆




「これをしましょう! 巌人さま!」


 ある休日。

 今日も今日とて言おう言おうと巌人が悩んでいる中、それを知ってか知らずか彩姫がそんなことを切り出した。

 巌人はそちらへと視線を向け――眉を顰めた。


「……ねぇ彩姫ちゃん? それなーに?」


 思わず巌人の口から漏れるオネェ言葉。

 それに対して彩姫はクックックッと肩を震わせると、満面の笑みでこう告げた。


「この前秘密裏にHmazonに頼んでおいたツイスターゲームです! 今さっき届きました!」


 その言葉に、巌人は思わず頭を抱えた。

 ――ツイスターゲーム。

 それはルーレットによって選ばれた色の上に、これまた選択された両手両足のいずれかの部位を乗せてゆくという――人類史が発明した最も危険なゲームである。

 その証拠に――


「はぁ、はぁ……い、巌人さまとツイスター……。もう考えただけで……じゅるり」


 ほら見たことか。

 彩姫の内に秘められた『変態』が顔を出し始めている。

 そう、目立ってこそいないものの彩姫はこれでも『黒棺の王』の熱烈すぎるファンである。そして彼女は彼と巌人が同一人物だと考えている。

 そんな人物が憧れの人とツイスターゲームである。そんな状況で理性が持つであろうか? 答えは断じて否である。


「はぁ……。普通アレじゃないの? ツイスターゲームって下心持った男が女の子に提案するものじゃないの? なんで下心持った女の子が男に提案してるの? 普通逆じゃない?」

「何を! 何を馬鹿なことを言っているのですか! 女の子にだって性欲も煩悩もあるのです!」

「ちょっと!? それ大声で言うのやめてくれない!?」


 彩姫が叫び、巌人がそれに叫び返す。

 それは二階でゲームをしていた二人の耳にも入ったのか、数秒してドドドドドっと階段を駆け下りてくる足音が聞こえてきた。


「兄さんと、ツイスターときいて」

「彩姫ちゃんが変な事言ってた気がするっす!」


 そうして姿を現したのは、お互いパジャマ姿の紡とカレン。もはやカレンも巌人の前でパジャマになることになんの抵抗もなくなってきた今日この頃である。

 彼女らはシュタッと近くまでスタイリッシュに近寄ってくると、彩姫の持っていたツイスターゲームの道具へと視線を向けた。


「なるほど……、彩姫はそのひんそーな身体で、兄さんを、ゆーわくしようとした」

「それツムさんが言えたことじゃないっすよね? ……あっ! そういえば授業で習ったっす! これこそドングリの背比べ、って奴っすね!」


 ブチィッ!

 そんな音が二つ重なった。

 恐るべき天然おバカ。

 彼女は紡と彩姫の堪忍袋の緒を的確にちぎって見せた。


「ふ、ふふっ、なるほど……、余程潰されたいらしい」

「ふふふふっ、カレン。覚悟はできているのでしょうね?」


 二人はそうゆらゆらとカレンの方へと近ずいてゆくと、ガシッとその手を掴んでこう告げた。


「なら、誰が兄さんと、ツイスターするか」

「ツイスターゲームにて、決めましょうか!」


 そうして紡、カレン、彩姫の、三人によるツイスターゲームが行われることが決定した。




 ☆☆☆




「ん、しょ……」

「んあぁっ、はぁ、はぁ……」

「ちょ、どこ触って……ひゃんっ!?」

「そこ……、いい、感じ……?」

「ちょ……、お、おっぱ……ばっかりぃ……」

「ふ、ふっふっふ……どうですか? 私の技は……」


 その光景を見ていた巌人は、思わず鼻を押さえて天井を見上げた。

 声を聞いただけでわかる――男と女のツイスターゲームより、よっぽど女と女のツイスターゲームのほうがキツイものがあるのだ、と。

 よくぞ、薄着のパジャマ姿で行われているツイスターゲームを見ながらも耐えている、と。巌人の精神を褒め讃えたい程である。


「あ、あのさ……もうそろそろ止めないか? ほ、ほら。もっと他に面白い遊びあるだろ?」


 よくぞ言った。よく言った巌人。

 こんなことを延々と見せられればゴリゴリと、精神力や理性が削られてゆくのは自明の理。

 だからこそ巌人は違うゲームへと三人の興味を移行させようとしたのだが――


「ゲームでも、負けるわけにはいかない」

「何にでも真剣に取り組むのが私っすよ!」

「この二人に負けるとか絶対イヤですから却下です!」


 巌人は思わず額を抑えて項垂れた。

 ――そういや……、コイツら負けず嫌いだったな、と。

 巌人は必死に頭を悩ませる。

 このままこの場にいるのは地獄でしかない。

 けれどもツイスターゲームにはルーレットを回す役――つまりはここにいる人物が少なくとも一名必要なのだ。

 ならば自分はこの状況下、ここに残らなければいけないのだが――なら、いっその事ルーレットだけ回して違うことに集中するか?

 ……いやしかし、そんな事をやってしまえば三人から物理的な攻撃を喰らうに違いない。

 巌人の頭脳は超高速で思考し始め、その速度はあの玉藻御前との戦闘時の数倍は行っているだろう。それを彼女自身が知らないことが唯一の救いである。


 閑話休題。


 そんなことを考えながらもルーレットを回していた時、突如としてカレンが艶やかな悲鳴をあげた。


「ひゃぁぁぁぁっ!? ちょ、な、なにしてるっすか彩姫ちゃん!? ど、どこ触って」

「? 普通に体勢を維持するのがキツかったのでそのご立派なお胸様に顔を置かせてもらっているだけですが」

「ふぁぁっ!? ちょ、ま、マジでやめるっすよ! それはさすがに反則っす!」


 巌人も言ってやりたかった。

『それは反則だろう!』と。

 巌人は咄嗟にティッシュを取って鼻に詰めると、モゴモゴとした鼻声で口を開いた。


「おい彩姫。それ以上カレンのお胸様に顔ダイブを続けてみろ。反則行為で退場と見なすぞ」

「クッ……、致し方ありませ……って、なんで鼻にティッシュ詰め込んでるんですか?」


 彩姫はそう呟いて胸から顔を離す。

 巌人はその彩姫からの言葉をあえて無視すると、そのぷるぷると震えている紡へと視線を向けた。


「なぁツム。おまえ体力ないんだからもう限界なんじゃ……」

「やっ、ち、違う……。限界は超えるもの。限界なんてとうの昔にやぶりすててきた」

「妙にカッコイイ台詞だけど、今やってるのって所詮はツイスターゲームだからね?」


 巌人はそう言いながらもルーレットを回す。


「はい次、ツム右足が赤ね」

「――ッッ!? な、なんて非情な……」


 その容赦なき天命に紡は愕然とし――そして、覚悟を決めたような表情を浮かべた。

 彼女の視線の先には、自分の上に覆いかぶさっているカレンと彩姫の姿があり、彼女はそれを見てにやりと笑みを浮かべた。


「ふ、ふふっ……負けるくらいなら、いっそ……」


 その言葉に全てを察するカレンと彩姫。

 二人は咄嗟に紡を止めようとして――


「ふっっっ!!」


 ――間に、合わなかった。

 紡の掛け声とともに二人の姿はぶぉんと吹き飛ばされてゆき、二人が床へと叩きつけられると同時、紡はガクリと地面へも手足を投げ出した。

 そして、紡は満足げに一言。


「引き分け……か」

「「どこがっすか(ですか)!?」」


 カレンと彩姫の叫び声が響き、それを見ていた巌人は思わずと言ったふうに苦笑する。

 視線の先では二人が倒れている紡へと襲いかかっており、紡は必死な顔で防御に徹しているが、けれども彼女らの顔に浮かぶのは楽しそうな笑顔。


「馬鹿なんすか!? 負けると思った途端に自爆とか舐めてるんすか!? 私の努力を返すっす!」

「クッ……、ならばもう一度ツイスターゲームで勝負です!」

「や、体力つきた」

「「逃げる気か!?」」


 そんな声を聞きながら、巌人は頬杖を書いて窓からその雲一つない青空を見上げる。

 というわけで、今日も今日とて南雲家には、いつもと変わらぬ日常が流れていたのであった。

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― 新着の感想 ―
『限界は超えるもの。限界なんてとうの昔に破り捨ててきた』  …なんだろう、どこかで言った事があるような…?
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