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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
戦いを知らぬ男
67/162

67.後日談―各々の覚悟―

後日談です。

 その後、特務がその事件について隠し通すことは出来なかった。

 というのも、巌人が蹴りあげた『神狐黙示撃ルナール・アポカリプス』や、最後に彼女を殴り飛ばした時の爆音、また鐘倉大臣の入院など、様々なものが民衆に目撃、あるいは聞こえてしまっており、それを『ちょっとした爆発事故です』などといった理由で誤魔化せるはずもない。

 そのため重要なところ――この街に潜り込んでいた内通者の存在――などを隠して特務は全てのことを明かし、民衆は数体の聖獣級や二体の神獣級が現れたことに愕然とした。

 そして、痛々しい格好の鐘倉大臣が口にしたこの言葉が、さらなる波紋を呼ぶこととなる。


『今回特務の本部に現れた神獣級二体を討伐したのは、特務最高幹部の絶対者(ワールド・レコーダー)黒棺の王(ブラックパンドラー)です。その他にも同じく絶対者である業火の白帝(ヴォルメカイザー)やA級隊員の入境学、澄川彩姫、また一般人からも強力な助っ人が特務に協力して下さり、住民への被害は最小限に抑えることが出来――』


 ブチッ。

 巌人は流れていたその録画をテレビの電源ごと止めると、それを見た月影は「ぶーぶー」と口を尖らせた。


「もうっ! せっかく私がこんな重症を受けてる中頑張って出た記者会見なんだからっ! 巌人も最後まで見てちょうだいなっ!」

「いや、そもそも重傷負ったのとか油断した母さんが悪いって話だし。あと影分身途中で消えてたし」

「うぐぐっ……」


 月影は巌人の情け容赦ない言葉にそう声を漏らす。

 場所はサッポロの中央病院。

 月影は一度記者会見に臨んだものの途中で傷が開いて病院へと逆戻り。今はこうして絶対安静の状態で監視されている。

 そして一応息子としては見舞いにこないわけには行かない巌人は、こうして仕方なく月影の看病をしに来ているわけだったが――


「……あら? てっきり巌人なら『僕は黒棺の王じゃなーい』とか言うのかと思ったけど」

「言わないよ……、何その口調」


 月影の言葉を巌人は否定した。

 果たしてその否定はどちらに対する否定か。

 月影はそんなことを考えて「ふぅ」と息をつくと、それと同時に、巌人が顔を俯かせた。


「実はさ……相談があるんだけど」

「……あら、巌人にしては珍しく素直ね」


 月影は珍しく弱気な巌人にぱちくりと目を瞬き、思わずと言ったふうにそう呟いた。

 けれど――



「そろそろ、あの二人に、僕とツムと、アイツ(・・・)と特務と……全員の。三年前の事件について、話そうと思うんだ」



 その言葉に、彼女は全てを理解した。

 巌人は両膝に置いた拳をぎゅっと握りしめると、何度も何度も自分に言い聞かせ続けたその言葉を吐き出した。


「変わらなきゃ……ダメなんだと思う。カレンと彩姫が僕の過去を知りたそうにしているのは知ってる。それでも核心に迫ってこない優しさにも気がついてる。なにより――ツムが僕のことを気遣ってくれていることが、嫌という程に伝わってくる」


 そう言って巌人は胸をぎゅっと押さえつけた。

 月影はその姿に、三年前の彼の姿を重ね見た。

 今になって思う――当時十三歳だった少年が背負うには、その罪はあまりにも重すぎて、辛すぎるものだったのだろう、と。

 そして心底後悔する――なぜあの時、自分は『母親』としてではなく『防衛大臣』として動いてしまったのか、と。


(はぁ……、嫌われるのも当たり前よね……)


 逆にここまで心を開いてくれている現状が奇跡に思えて仕方が無い。それほどのことを彼女はしでかしたのだ。

 月影は内心でそう呟くと、巌人へと真っ直ぐに視線を向ける。


「私が何かを言えるような立場じゃないことは分かってるわ。けど、その事実を二人へ伝えたところで、それはあくまでも二人が自己満足するだけなのよ? 貴方は何も――救われない」


 その過去を語るということ。

 それはただの傷の舐め合いで、きっとその先に待っているのはカレンと彩姫――二人からの同情だろう。

 同情された所で何も変わらない。惨めさは薄れない。罪悪感は消えない。巌人は――何も救われない。

 巌人はそれを全て分かった上で苦笑すると、それでも、と語り出す。


「それでも、僕はきっと言うと思うよ。でなけりゃ僕は、先へと進めない」


 行動しなければ変化は起きやしない。

 変化が起きなければ成長なんて出来やしない。

 その言葉に月影はため息を漏らすと、呆れたように口を開く。


「もしかしたら、その話を聞いた二人が巌人のこと嫌いになっちゃうかもしれないわよ?」


 巌人は立ち上がる。

 彼は頬を緩めると、さも当然とばかりにこう告げた。



「それで二人が幸せになるなら、僕はそれでも本望だよ」



 それは、罪に塗れた黒歴史。

 関わった全員が『罪』を背負い、結果として誰も報われず、最も努力した少年こそが一番――救われなかったのだ。




 ☆☆☆




 時は遡り、巌人と玉藻御前の戦いが終わった十数秒後。

 場所は壁の外。

 以前は人が行き来していたその街は今や見るも無残な姿で放置されており、天高く聳え立つ巨大なビルディングも巨大なつるが巻きついている。

 街中にはアンノウンが蔓延り、そこら中から怪物の鳴き声と息遣いが聞こえてくる。

 そんな中、突如として空に一筋の黄金色の閃光が走り、直後、周囲にとてつもない破壊音が鳴り響いた。


 ズドォォォォォォォォォォンッッ!!


 周囲には砂埃が撒き散らされ、周囲にいた野生のアンノウンたちは皆尻尾を巻いて逃げ出してゆく。

 次第にその砂埃は止んでゆき、その場所に見えてきたのはあまりにも巨大なクレーター。

 その中心部には一人の金髪の女性が横たわっており、彼女ら腹部を押さえて「がはっ」と血の塊を吐き出した。


 ――ま、まさか、ここまでとはな……。


 彼女――玉藻御前は生きていた。

 あの攻撃を食らう直前、咄嗟に後ろへと飛んだのが幸いして、あれほどの一撃にも関わらず受けた傷はせいぜいが『重傷』程度。瀕死にまでは至っていない。

 それこそが彼女が『強者』である証なのだが、今の彼女を占めていたのは底の見えない歓喜だけだった。


 ――やっと、やっと見つけた! 私のマスターを!


 首に取り付けられていた機械は既に壊れており、彼女の口からは日本語ではない言語が溢れ出してくる。

 けれども彼女は気にしたふうでもなく、なんとかといった様子で上体を起こした。

 ズキンッ!

 瞬間、身体中が激痛を脳へと訴え、腹部に関していえば肋骨が何本も折れているのか特に痛みが酷いようだ。痛みからして下手をすれば背骨にまでヒビがいっている可能性もある。

 彼女は苦痛に顔を顰めると、その異能を発動させる。


 ――ぐっ……、ち、治癒……。


 瞬間、彼女の瞳が光を放ち、それと同時に腹部から淡い光が漏れ始める。

 彼女の異能――呪祝眼。

 その能力は『呪術』と『祝福』を司る能力で、強化(バブ)弱化(デバブ)に加えて回復能力、果ては攻撃術式まで展開することが可能なまさに『万能』の異能である。

 と言っても本来の使い道は『家事全般』に対してなので、ここまで戦闘に使いこなせている彼女は異常と言っても差し支えないだろう。


 彼女は傷を治し終えて立ち上がる。

 治し終えたと言えども未だに痛みは引かず、彼女はフラフラとしながらもなんとかそのクレーターから脱出し、そのアスファルトの道路へと両足をつく。

 もう既に変異化は解けており、カランカランっと乾いた下駄の音が無音の街に響き渡る。

 そして、彼女はその街を見て目を見開いた。


 ――あ、あれは……ッ!


 視線の先、錆び付きつるの絡み付いた緑色の像があった。

 人間の社会に詳しくない彼女でもひと目でわかるその女神の像は、かつて世界で最も大きな先進国の――自由の象徴。


 ――こ、ここは『アメリカ』なのか!?


 彼女は気がつけばそう叫んでいた。

 アメリカのニューヨークといえば、悲劇の年に度重なるアンノウンの襲来を受けて滅んだ都市の名前だ。

 だがしかし、今注目すべきはそこではない。


 ――かなりの威力だったと身に染みてわかってはいたが……、まさか、この十数秒で……。


 彼女は驚愕半分、呆れ半分と言った様子でそう呟くと、たまたま近くに落ちていた一冊の厚めの本へと目が行った。


 ――こ、これは……?


 そこには英語でこう書かれていた――English、と。

 けれどもそれを読めない彼女はその表紙を見て、その表紙に取り付けられている黒い板――ソーラーパネルをツンツンと指先でつついた。


 ――ふむ……、やはり人間の文明はよく分からないな。


 彼女はそう呟いて本を開く。

 そこには様々な絵、そしてその名称が英語が書いており、その名称の下には黒いボタンが付いていた。

 彼女はそれらを眺めていると、一番最初に描かれているその絵へと目が行った。


 ――これは……リンゴか? もう何十年と食べた記憶もないが……、なかなかによくできた絵だ。


 そこに描かれていたのは真っ赤なリンゴ。

 彼女は『食べたいなぁ』とそのリンゴの絵へと手を添わせ――そのボタンに、触れてしまった。


『apple』


 ――ひゃいっ!?


 変な声が出た。

 気がつけば彼女はその本を落としてしまっており、キョロキョロと焦ったように周囲を見渡した。

 そして、最終的に視線はその本へと向かう。


 ――も、もしや……今の言語はこの本から出てきたのか?


 彼女はその本を拾い直す。

 再び先ほどと同じボタンを押すと、やはり同じ『apple』という英語が発音される。


 ――リンゴ……、あ、あぽー? も、もしやこのボタンはこの国の言語なのではなかろうか?


 彼女はその可能性に至る。

 そう、その本はソーラーパネルの付いた半永久的に使い続けられる幼児向けのものであり、言葉も話せない幼児がこれを使って英語を覚えるのだ。

 そして、それをじっと見つめる大の大人。


 ――個人的には今すぐあの方の元へと向かいたいところ……。だが、仮に行ったとしても言語は通じず、その上防壁があるため中にすら入れない。言語の問題があるため交渉をすることも出来ないし……。


 そんな時、彼女の頭の中にある言葉が過ぎった。


『頭を冷やして出直してこい』


 それは巌人が彼女へと言った言葉。

 それを思い出した彼女は、目を見開いてその幼児向けの本へと視線を下ろした。


 ――まさかっ! 頭を冷やして来いと言うのは時間がかかっても良いという免罪符! そしてこんな貴重で難しそうな本がたまたまこんな所に落ちているはずがない! ……ということはッ、これらは全てあの方の御気遣い!?


 そんなわけが無い。

 そこに巌人が入れば間髪入れずにそう言ったであろう。

 けれどもたった一人、誰もいない街で勘違いを引き起こした彼女を止めるものは――どこにも居ない。


 ――ふんっ、なればやってやろうではないか! この超高難易度のミッションをクリアし、見事あなたの元まで戻ることをここに誓いましょう!


 彼女は一人でそう叫ぶと、その黒いボタンを押して復唱する。



『apple』

「あ、あぽー!」



 果たして彼女が彼の元にたどり着くのはいつになるのか。

 とりあえず、果てしなく長い旅になりそうなことだけは、確かである。



前半と後半の温度差が激しい!

果たして玉藻ちゃんはいつになったら帰ってこられるのか!?

そして巌人は過去を話せるのか!?


次回からは新章開幕!

次章の題名は『棺の再臨』です。

とうとう彼が登場するか……?

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