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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
戦いを知らぬ男
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66.戦いを知らぬ男

 その叫び声が響き渡り、巌人はふむと頷いた。


「それ……言わないとダメか?」


 彼は、少し考えてそう口にする。

 しかし、それを聞いた玉藻御前は愕然とした。

 ショックを受けたように数歩後退り、呆然としたように頭に手を当てた。


『私程度……本気を出すまでも、ましてや本気で戦うまでもないと。貴様はそう言う訳か……』


 ――失望した。

 最初はこれ程までの強敵に出会えたことに感激し、今まで一度として信じたことのない神にすら感謝する程であった。

 けれど、その男は――ただの外道だった。


『私は戦いを求めていた……。しかし貴様はそれをわかった上でッ、その上で私に一度として攻撃をしなかったッ! それを侮りと言わずなんと言う!? 失望したぞ黒棺の王(ブラックパンドラー)!』


 彼女はそう叫ぶと、キッと巌人を睨みつけた。

 それに対して巌人はボリボリと頭をかいて「そうじゃないんだけどなぁ……」と呟いた。

 それを見て彼女はもう全てを――諦めた。


『貴様が黒棺の王(ブラックパンドラー)か、ブラックキングかなどどうでもいい……。貴様はもう、生かしておく価値がなくなった』


 今この時点に置いても尚、自分の二つ名の間違いを訂正する。

 それは明らかな侮辱行為であり、彼女の切れかかっていた堪忍袋の緒は――完全に、ぶち切れた。



『変異化・九尾モードッッ!』



 瞬間、彼女の身体から膨大なオーラが吹き荒れる。

 彼女の四肢は数段階か巨大化し、首筋から頬にかけて黄金色の体毛が身体を覆い尽くす。

 四肢と同じように巨大化した尻尾は九本に増えており、迸る威圧感が視界を歪め、それらはまるで燃え盛る金色の炎のようにも見えた。

 彼女のその青い両の瞳がギラギラと怒りの炎を燃やして巌人を睨み据える。

 その瞳は告げていた――謝るならば今だ。誠意を見せるならば今しかないぞ、と。

 けれどもそれを受けた巌人は欠伸をし――



『もう、貴様にはなにも求めない』



 瞬間、彼女の姿が巌人の背後に現れた。

 その速度には余裕をかましていた巌人も目を見開き、驚いたように背後へと視線を向ける。

 その『見えている』事実に彼女はなんとも言えない感情を覚え、それを発散するように彼の身体を――蹴りあげた。


『はぁぁぁぁぁっっ!!』


 ドグゥゥンッ!

 一点へと集中されたその一撃は、鈍い音をあたりへと響き渡らせる。

 巌人の身体中へとその衝撃は行き渡り、数瞬後、彼の身体はまるでミサイルのように吹き飛ばされて行く。

 天井すら突き破り、それでもまだ止まる気配のないその勢い。

 彼女はそれを見上げると、ぎゅっと膝を縮めて――飛び上がった。

 彼女は嫌という程に思い知っている――あの男がこれしきでくたばる程にヤワではないということを。


『らぁぁぁぁァァッッ!!』


 生きてるか死んでいるか、意識があるか気絶しているか。

 そんなことはどちらでもいい。どうせ生きているし、意識だってあるのだから。

 彼女はそう考えた上で何も確認せずにドロップキックを放ち、案の定、ガードしたような腕の感覚を足の裏に感じることが出来た。


 ズドォォォォォォォォォンッッ!!


 爆音が響き渡り、巌人の身体がさらに上へ上へと吹き飛ばされてゆく。

 玉藻御前は近くの突き抜けた床へと着地すると、それを見上げて苦々しく顔を歪める。


『まだ……これでも死んじゃいない――ッ!』


 彼女はその床を蹴りあげると、その巌人のあとを追ってゆく。

 次第に上空からは光が漏れ始め、先ほどの攻撃がこのビルの天井を突き破ったのだろうと彼女は考えた。

 すると予想した通り、数秒後には彼女は屋上へと飛び上がっていた。

 そして、それを見上げる巌人の姿。


『くっ……やはりッ!』


 彼女は屋上へと着地すると、相変わらずの様子の彼へと視線を向けた。

 着ていたジャージは既に壊れている。両手の部分は肘より先がなくなっており、ジッパーが壊れたのか前の部分が開け放たれている。

 ズボンは膝より下が破れてなくなっており、靴も随分と煤けているように見えた。


『そんなにボロボロで……貴様はまだやるつもりか?』


 ここまで至るまでに、玉藻御前は巌人へと幾度となく攻撃を繰り出し、その半数以上が直撃、あるいはガード越しに当たっている。

 いくら表面上平気そうにしていても、徐々に力の上がってゆく玉藻御前の攻撃を浴び続けたのだ。彼女は彼の身体のうちにはダメージが溜まっているものだと考えていた。

 だが――


「ボロボロって……それジャージの話だろ? よく見ろよ、僕はまだピンピンしてるぞ」


 彼はそう、最初と変わらぬ様子で口を開いた。

 それには思わず玉藻御前も目を見開いて唖然とした。


(あ、あれだけ攻撃を受けておいてノーダメージ……だと!? い、いやっ、そんなことはあり得ない! なにせ、なにせ私は……)


 そこまで考えたところで、彼女は彼へと視線を向けた。

 自分は――強い。

 それは紛れもない事実。

 ならば、自分とこの男とでは、一体どちらの方が強いのだろうか?

 そう考えてしまうと、彼女は一度諦めたソレを、どうしても拾わずにはいられなかった。

 カランカランっと、下駄の乾いた音を響かせながら彼女は歩き出す。

 彼我は距離にして十メートル前後。

 すぐにその距離は詰まり、彼女は巌人の目の前でその歩みを止めた。

 そして、やはり全く攻撃する気配のない巌人。

 それを見てフンと鼻を鳴らした彼女は、ぶっきらぼうに口を開く。


『貴様……名をなんと言う?』

「……南雲、南雲巌人、だけど」


 いきなりの問いかけ。

 巌人は困惑しながらもそれに答え――

 ガシッッ!

 ――次の瞬間、胸ぐらを掴み上げられた。


『ならば問おう! 南雲巌人とやら! なぜ貴様は攻撃をしてこない! 私がこれほどまでに戦いを望んでいるというのに! 何故そこまで頑なに拳を握らない!? それはどのような理由があっての事だ!』


 どのような答えでも、きっと納得はしないだろう。

 そんな確信めいた気持ちはあった。

 けれども、どうしても自分はこの男と戦ってみたいのだ。

 自分は変異化し、既に実力のほとんどを出している。それに対してこの男は全くの未知数。

 実力を出しているのか、はたまた隠しているのか。隠しているというのならばどれだけの実力を持っているのか。

 何一つとしてわからない――まさに正体不明(ブラック)だ。

 だからこそ、彼女はその正体不明に自分を打倒しうる可能性を垣間見た。なれば、その可能性を自分の激情で流してしまうのはあまりにも勿体ない。

 だからこそ彼女はそう問い掛けたのだが――


「アンタさ……、色々勘違いしてるっぽいけど」


 巌人はまず最初にそう呟いて、その胸ぐらをつかみあげている彼女の手を、ガシッと握った。



「僕は、悪意がある相手にしか暴力は振るわないよ。それに、君は女性だ。そんな相手に拳は振るえないよ」



 その言葉に、同情するようなその瞳に、玉藻御前は何故か顔が紅く火照るような感覚を覚えた。

 気がつけば手を離して後退っており、彼女はまるで何かを確認するかのように自らの両の手を頬に当てた。


(そ、そんな扱いをされるだなんて……)


 どくっ、どくっ。

 先ほどの言葉を聞いた時から心臓が妙に高鳴る。

 

 自分こそが絶対的な強者だった。

 自分より強いものなどいなかった。

 生まれながらにして頂点。

 生態系の頂上に立っていた。


 そんな玉藻御前が味わう、初めての同情、見下し、女扱い。

 自分を上回る――絶対的な強者の予感。


 獣としての本能が。

 女としての直感が、生まれて初めて動き始めた。


『ま、まさかっ!?』


 その考えが頭を過ぎる。

 彼女は巌人へと視線を向ける。

 彼は何やら眉に皺を寄せて何か考えているような様子で、呻き声を漏らした。


「や、やっぱりさっきの訂正。基本的に(・・・・)、暴力は振るわないに脳内補正しといてくれ」


 巌人の脳内には色々な光景がよぎっていた。

 紡のほっぺたを引っ張っている男。

 カレンを投げ飛ばし、アイアンクローをかましている男。

 お巫山戯が過ぎる彩姫に鉄拳を落としている男。

 それらを鑑みて彼は確信した――うん、基本的にだな、と。

 けれどもその言葉は彼女へは届いていなかったらしく、彼女はコホンコホンとわざとらしい咳を数回すると、巌人へと向かって口を開く。


『た、確かにそれは一理ある……かもしれない、な。女性に手を上げないのは立派な心がけ……だな。うん』


 ――だが。


 彼女はそう言って肺の中の空気を吐き出すと、数回深呼吸をして、キッと目を見開いた。



『私は戦いを望んでいる。貴方(・・)のその考え方は素晴らしいと思う。けれども私からお願いしたい。それでも尚――私と、戦ってほしい』



 巌人は玉藻御前へと視線を向ける。

 その青い瞳には絶対に揺るがない覚悟の炎が灯っており、先程までの攻防も含めて、彼女がそれだけは絶対に譲らないのだろうということは嫌でも理解出来た。


「……どうしても、なのか?」

『どうしても、だ』


 巌人が何とかひねり出したその言葉に即答した彼女。

 それには巌人も思わず苦笑して、疲れたようにため息を吐いた。


「あ〜くそ。これで『女に手を上げるクズ』とか呼ばれ始めたらどうするんだよ。もう僕立ち直れないぞ」


 そう呟いて、巌人はため息を漏らす。

 そうして彼は――拳を構えた。

 それには思わず玉藻御前も楽しげな笑みを浮かべ、後ろに飛んで距離をとる。

 そして、それを見て巌人は一言。


「あんまりなぶりたくも無いからな。最短で終わらせる」


 そう言って彼は腰を下ろす。

 彼女はその様子に更なる笑みを浮かべると、両手を巌人へと向けて重心を下げた。


『やっとその気になったか! 再び気が変わってもらっても困る! 次の一撃で決めさせてもらうぞ!』


 ――貴方が、私の()()()()に相応しいかどうか。


 瞬間、彼女の手のひらの前には巨大な光球が生み出された。

 それは次第に大きさを縮小してゆき、バチバチと帯電のような現象が起き始める。

 けれどもそれが『帯電』でないことは一目見れば明らかであり、その余波によって頑丈に出来ているはずのこの建物の天井がいとも簡単に吹き飛んでゆく。

 どういう原理か、それらの破片が重力を無視してパラパラと浮かび上がり、その漫画でも稀にしか見ないその超常現象に巌人は思わず目を見開いた。


「これはまた……とんでもない」


 巌人をして『とんでもない』と言わしめるその光球。

 玉藻御前はその言葉に歓喜の声を上げた。


『流石は私が見込んだ男! この技は私が編み出した最強の攻撃術式! この技の前には海すら干上がり星すら砕かれる! さぁ、貴方の力を見せてくれ!』


 そして、彼女はその技を放つ。



神狐黙示撃ルナール・アポカリプスッッ!!』



 瞬間、その光球が一瞬にして膨れ上がり、小さな太陽となって巌人へと襲いかかる。

 その太陽を前に空気中の水蒸気は一瞬にして蒸発し、まるでその太陽の周囲の空間そのものが歪んでいるかのごとく見える。


(さぁ、これを前に貴方はどうする!?)


 玉藻御前はそう内心で呟いて彼へと視線を向ける。

 すぐそこまで『神狐黙示撃』は迫っており、その必殺の一撃へと視線を向けた彼は――



「うぉっっらぁぁぁっっ!!」



 ――思いっきり、ソレを蹴りあげた。


『んなぁっ!? ば、馬鹿なッ!?』


 玉藻御前の放った『神狐黙示撃』はそのまま真っ直ぐ上空へと昇ってゆき、それを思わず目で追ってしまった彼女は、彼の接近に気がつくことが出来なかった。


「馬鹿って言われても、出来るんだから仕方ないだろ」


 気がつけば巌人の姿は目の前まで移動しており、彼はぎゅっと拳を握りしめた。

 それは彼がこの戦闘で見せた、最初で最後の攻撃の意志。

 その拳に、玉藻御前の全ての細胞が告げる――それだけは、絶対に受けてはいけない、と。

 そんな中、巌人は迷うことなく、その拳を振り抜いた。



「一応街中に攻めてこようとしたんだ。頭を冷やして出直してこい」



 瞬間、町中に響き渡るほどの爆音が轟き――

 最後にその場に残っていたのは、拳を振り抜いた姿の巌人だけだった。

勝てなかったか……玉藻ちゃん。

ちなみに最後の技はイメージ的には『元気○』です。

次回、後日談。

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