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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
戦いを知らぬ男
65/162

65.衝突

巌人VS玉藻御前!

 パリィィンッ!

 巌人の眼鏡、そのレンズが砕け、その破片が床へと落ちてゆく。

 それを見た巌人は壁に半ば埋まりこんだ状態ながらも眼鏡を外そうとして――


 ズダァァァッッ!


 瞬間、巌人の腹部に彼女の飛び膝蹴りが直撃し、壁に幾筋ものヒビが刻まれる。

 けれども玉藻御前は察した──全く効いていない、と。

 彼女は笑みを浮かべて巌人の頭をつかむと、壁に足を埋めながら走り出す。

 ズダダダダダダダッ!

 とてつもない速度で壁ダッシュをしながら、彼女は巌人の顔面を壁に押し当てる。

 すると一種の拷問の出来上がり。

 巌人の頭が押し付けられた壁は砕け、玉藻御前は流石にこれは効くだろうと笑みを浮かべて――


「あぁ〜、眼鏡割れちゃったじゃないか」


 瞬間、巌人の腕が壁に突き刺さる。

 単純に力の強さが出たのだろう。走っていた彼女は思わず巌人の手を離し、開放された巌人は壁から手を抜き去って地面へと着地する。


「あんなに頭引っ張りやがって……禿げたらどうすんだよ。シャンプー使えなくなるじゃないか」


 心配するとこ、そこ?

 月影はその言葉にそう問い返したくなった。

 けれども巌人は至って真面目で、彼は割れたメガネを外して捨てると、目を見開いて固まっている玉藻御前へと視線を向けた。


「あとアンタ、最初に壁に埋め込まれた段階で眼鏡外そうとしてたんだから、ちょっとくらい待ってくれてもいいんじゃないの? がっつく女は嫌われるぞ」


 ノーダメージ。

 それどころか全く相手にされていなかった。

 その事実に彼女は呆然とし――けれども、直後には楽しそうな笑みを顔に貼り付けた。


『そうでなくては――ッ!』


 彼女はその瞳をギランと光らせる。

 瞬間、巌人の身体を倦怠感が襲い、彼は思わず「おおっ?」と声を漏らした。

 呪祝眼の能力――弱化。

 対象の身体能力を低下させるという能力で、それは物理的な戦闘をメインにしているものにとっては決定的な一撃でもある。

 その上――


『強化!』


 瞬間、彼女の身体から溢れ出る威圧感が一段階上昇し、タダでさえ辛いのにそれが上昇したのを見た月影は「うぐっ」と声を漏らした。

 それを横目で見ていた巌人はため息を吐く。


「これだから戦闘狂は……」


 巌人は視線を前へと向ける。

 そして――その変化に目を見開いた。


『一本目じゃ勝てなそうだから、次は三本』


 気がつけば彼女の威圧感は先程よりもさらに上昇しており、その黄金色の尻尾が一本から三本へと変化する。

 そして――


「――ッッ!?」


 巌人はとっさに右腕を上げてガードする。

 直後、寸分違わすその部分に激突する回し蹴り。

 それには巌人も目を見開いて驚き、十数メートル吹き飛ばされて着地する。


『……へぇ? 私に変異化させただけでも驚きなのに、まさか三本目を受け止めるだなんて……』


 巌人は彼女へと視線を向ける。

 そこには先程よりも楽しそうな笑みを浮かべる彼女の姿があり、その緋袴の下から見える足は狐のソレへと変化していた。

 ――変異化。

 彼女はそう言った。

 けれどもそれは単なる変異化ではなく、かつて相対した『悪魔人』が使ったような部位限定の変異化。

 今回でいえば足を変異化する代わりに尻尾が三本に増えたわけだが――


「なんか、九本まで増えそうな気しかしないなぁ……」


 巌人は右腕へと視線を下げて苦笑する。

 そこには先ほどの一撃で腕の部分が吹き飛んだ青色のジャージがあり、そのガードした腕の部分には軽く痕が付いていた。

 巌人はそれを見て疲れたようにため息を吐くと、



「とりあえずアンタ、これ数万円したんだからその分のお金返せよな」



 返ってきたのは飛び蹴りだった。




 ☆☆☆




 一方その頃。

 地上では溢れる敵たちを紡と月影がメインとなって倒していっていたのだが――


「くっ……そろそろっ、魔力切れかしらっ?」


 月影は辛そうにそう呟いた。

 魔力切れ。

 それはゲームなどでよくある『MP』が尽きるのとはまた別の意味を持ち、魔力というものが切れてしまえばその人物はその場で否応なしに意識を手放してしまうのだ。

 そうなれば巌人に付けた影分身は消え、その上この戦線の戦力がガクリと落ちてしまう。

 そうなれば紡にしわ寄せが行くのは間違いないことで、母親としてそれはできれば避けたかった。

 だからこそ彼女は撤退しようと踵を返し――


『油断大敵。そう吾輩の辞書には書いてある』


 瞬間、彼女の胸から刀が生えた。

 ――否、背中から刀によって串刺しにされたと言うべきか。


「か、母さんっ!?」


 紡があまりの異常事態にそう叫ぶ。

 彼女はゴフッと口から血を吐き出し、視線を背後へと向ける。

 そこには時代劇の侍のような天蓋を被ったアンノウンが居り、その六本の腕の一つに握られている刀が月影の胸から生えているようだった。


『瀕死の者をいたぶる趣味はない。大人しく死を待つがよかろう』


 そのアンノウンはそう告げると、刀に突き刺さった月影の体を手首のスナップで投げ捨てた。

 それによって月影の身体にはさらなるダメージが入り、咄嗟に動けた彩姫が異能を発動して助けようとし――



「全く……僕くらいは呼んだらどうですか」



 それは、閃光のようでもあった。

 突如として到来した盾が空中で月影の身体を受け止め、ゆっくりとその体を地面へと下ろす。

 それにはその六本腕もぴくりと反応を示し――空を見上げた。

 そこには空中に浮かぶ一本の剣と、その上に立っている一人の男性の姿が。

 それに習うように紡、カレン、彩姫、秘書さんも視線を空へと向けて――カレン以外の三人は、その姿に目を見開いた。


「あ……、えっと……」

「「入境学さんっ!?」」


 とっさに名前が出てこない紡。

 そしてそれを上書きするかのようにカレンと秘書さんは叫んだ。

 その様子に彼――入境学は苦笑すると、月影へと視線を向けた。


「現状、何がどうなってこうなってるのかは知りませんが、こうなってる時点で僕くらいは呼んでくださいよ。……そこの紡ちゃんには勝てませんが、僕だって結構強いんですから――」


 彼はため息混じりにそう言って――


『良くも吾輩のいい感じのカッコいい登場を上書きしてくれたな! この際は万死に値すると吾輩の辞書には書いてある!』


 瞬間、高速で接近したその侍アンノウンが入境へと踊りかかる。

 六本の腕に持った刀がそれぞれ別々の方向から彼へと襲いかかり――


 ガギィィンッ!


 直後、それら六本の刀はすべて、空中で何かに弾かれたかのように後ろへと吹き飛ばされた。


『なにっ!?』


 その侍は、何とか刀を離すことだけは阻止した。

 けれどもそれによって六本の腕が大きく弾かれたような隙だらけの体勢になってしまい――その隙を見逃す、彼ではなかった。


「よく分かんないけど、とりあえず君は敵っぽいよね」


 瞬間、彼の周囲に何本もの剣が生み出され、それがそのアンノウンの体に突き刺さる。


『がはぁっ!?』


 侍アンノウンの身体は勢いよく地面へと激突し、彼は口から大量の血を吐き出した。

 六本の腕はすべて銀色の剣によって磔にされており、その両足は巨大な大剣によって切断されている。

 それを冷たい視線で見下ろす彼は、手を前方へと突き出して口を開く。


「『展開、単激砲・黒』」


 瞬間、彼の目の前には大きな魔法陣が展開され、その中から巨大な黒い砲台が顔を見せる。

 それを見て目を見開くアンノウン。

 入境はニヤリと笑みを浮かべ――



「『油断大敵』とは言い得て妙だね、お馬鹿さん」



 容赦なく、その砲弾を打ち下ろした。




 ☆☆☆




『はぁっ、はぁっ、はぁっ……』


 彼女は荒い息を吐き出した。

 もう既に尻尾は六本目。

 両足に両腕が黄金色の体毛を持つ狐へと変化しており、その等級は優に三百を超えているだろう。

 そんな彼女は、そのキッとその相手を睨み据える。

 けれども彼は何でもないというふうにその視線を受け流し、それが更に彼女の激情に油を注ぐ。


『グァァァぁぁぁッ!!』


 彼女は雄叫びを上げると、全速力で彼へと駆け出した。

 踏み込みで地は砕け、瓦礫が舞い上がる。

 拳を振りかぶり――下ろす!

 瞬間、唸りをあげて彼女の拳が彼めがけて放たれ、その大地すらも割るだろうという一撃は――


「フ――ッ!」


 巌人の掌がその拳の真横から当てられる。

 直後にその拳はあらぬ方向へとベクトルを変化させられ、それによって彼女は思わず体勢を崩す。

 それは絶好のチャンスだろう。

 これ程までのハイレベルな攻防において、その隙は彼女も内心で冷や汗をかくほどには決定的で、それを見逃すこの男でないことは嫌という程にわかっている。

 だが――攻撃が、飛んでこない。

 彼女は体勢が直ると同時に後ろへと飛び退ると、彼の今までの行動を思い返えして、歯軋りした。


 彼女は、戦いを望んでいた。

 戦いに飢え、強者を求め、いつの日か現れるであろう自らを打倒する存在を待ち続けた。

 そして――今目の前には、その強者が存在する。

 何度か攻撃を食らえど六本目にもすぐに対応し、玉藻御前をして『危うい』と――なによりも『楽しい』を感じさせるほどの、その強さ。

 だからこそ彼女は歓喜した。

 けれども。

 けれども、その先に待っていたのは――



『貴様っ! 何故……何故っ! 一度として攻撃してこない!』



 ――侮りとも取れるその行動と、ただの失望だけだった。


攻撃をしない巌人!

月影の嫌な予感が的中か?

次回『戦いを知らぬ男』。

この章もやっと締めです。

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