63.戦いを望む者
今回は『彼女』視点が多めです。
ワープホールの警報が止み、それと同時にいくつもの雄叫びが入口の奥から聞こえてくる。
そして、彼女らはやっとフリーズから立ち直った。
「って! なんでそんなこと分かってたのに今までゆっくりしてたっすか!? 分かってたなら他の特務隊員なんかを呼び出して……」
「やだなぁ、こんな小さな入口を守るのにそんなに大勢必要なわけがないだろ? プライドが高い特務なら逆に自分の手柄欲しさに出張ってきて足手まといになるだけだろ」
「「「ぐふっ!?」」」
巌人の情け容赦ない言葉に胸を抑えて蹲る三人――彩姫、月影、そして秘書さん。
けれども実際にはその通りで、ここに居るのは巌人に加えて絶対者である紡、A級隊員の彩姫に間違いなく実力はA級隊員以上である月影、それに加えて物理だけならA級クラスのカレンに、一応は戦うことの出来る秘書さんだ。
これだけの勢力にC級が一人混じったところで足手まといにしかなるまい。
酷く冷静で――この上なく正しい巌人の言葉。
それは面々の慌てかけていた心の火を鎮火し、それぞれの頭に冷静な思考を呼び戻した。
「……こほん、で、巌人。研究者の正体はわからないって言ってたけれど、特務に誰もいない時を見計らった、ということは少なくともその研究者だけは中に残ってたということよね?」
「あっ、それならば私の方で調べることが可能ですよ。少しお時間頂くことになるかも知れませんが……」
月影の言葉にそう返す秘書さん。
そう、秘書さんならば特務のネットワークに入り込み、今日誰が休んで誰がどこにどんな仕事に行き、そして誰が残っているのか、全てを把握することが出来る。
ならば、その残っているただ一人が研究者であることは間違いないわけだが――
「いや、そんな事しなくてもすぐ分かるでしょ」
巌人はそう呟いて、背後のその建物へと視線を向ける。
次第にアンノウンの気配が強まってゆき、耳をすませなくともその雄叫びと足音が聞こえ始める。
そんな中、巌人の視線はまっすぐ、とある場所へと向いていた。
「まさか、ここまで『強い』奴が入り込んでたとはな」
その言葉に彼女らは眉を顰めた。
巌人は言った――強い、と。
これまでどんな敵も片手間で、弄ぶかのように滅ぼしてきた彼が告げる『強い』という単語。
それが意味することとは――
「神獣級……出張って来たか」
彼の瞳には、その場所から吹き荒れるそのオーラが、しっかりと映っていた。
☆☆☆
――神獣級。
その言葉を聞いて月影は確信した。
きっと巌人は一人で行こうとするだろう、と。
だからこそ、心配した。
今の巌人は全盛期ではない。その力は全盛期だった頃の半分――いや、それ以下と言ってもいいだろう。
そんな巌人が神獣級相手にどこまでやれるのか。
また、巌人が強いと断言した相手――間違いなく闘級は百どころでは済まない。間違いなく人型だ。
そんな相手に対して――
(巌人……。貴方は神獣級の、それも人型を……、本当に相手にすることが出来るの……?)
彼女は三年前の彼を知っている。
故に、前回と同等……又はそれ以上も有り得る相手に、過去を抱えた彼が拳を握ることが出来るのか。
どうしても、彼女には断言できなかった。
それに何より――
(実の息子に、また三年前と同じ『責任』を背負わせるわけには、いかないわよね)
彼女はフッと笑みを浮かべると、身体の中でその力を――魔力を練り上げた。
「『影分身』」
瞬間、彼女の身体からあふれでた魔力が形を成し、月影と瓜二つの『影分身』をその場に作り上げる。
それにはカレン、彩姫、秘書さんも目を見開いて驚いたが、それを見た巌人の反応は――苦笑だった。
「なに、母さん付いてくるつもり?」
「もちろんよ。本体はこっちに残るけれど、せめて影分身だけは連れていきなさい」
それに対して巌人は反論しようとして――止めた。
巌人は月影の瞳を見た。
そこには決して消えぬ覚悟の炎が灯っており、その炎を前にいくら言葉を重ねても無駄なことは巌人が一番よく分かっていた。
巌人はため息を漏らすと、紡たちへと視線を向ける。
「ツム、カレン、彩姫。ここは任せていいか?」
その言葉に「うぐっ」と言葉を詰まらせる彼女達。
本音を言えば『一緒にいたい』だろう。
わざわざ危険な場所に行こうという好きな人を放っておけるはずもない。
だが――
「……はぁ、わかった。どうせいまの兄さんは、なにいっても聞かないし――」
「わ、分かったっすよ! 私は師匠の弟子っすし、言われたことはきちんとまもるっす!」
「分かりました。……あんまり、無茶しないでくださいね?」
その言葉に巌人は頬を緩めると、月影の影分身を連れ、踵を返して駆け出した。
その後ろ姿を見て、紡は言えなかった一言を、こそりと呟いた。
「心配するほど、兄さんは弱くない」
☆☆☆
その映像を見た彼女は、そのスクリーンを前に何をするでもなく立っていた。
(あの人……絶対に私のことを見ていた)
そう、巌人はあの時、寸分違わず彼女の方向へと視線を向けていたのだ。
その映像を見た時から、彼女は確信していた。
『パンドラだかキングだか知らない……けど、あの男は強い。それこそ、私が戦えるほどに』
それは希望的観測、または願望とも呼べるだろう。
久しく――否、初めて見るあれほどの強者。
彼は自分と戦えてほしい、血湧き肉躍る様な戦いをしてほしい。なにより――自分に勝ってほしい。
久しく忘れていた感情が彼女の中に現れ始め、その炎は消えることを忘れたかのように次第に燃え広がってゆく。
『いい、これでこそここまで来た甲斐が有る……ッ』
戦いたい。
一刻も早く。
早く来い。
来い来い来い来い来い来い。
気がつけば彼女の顔には歓喜と興奮の入り混じった笑みが浮かんでおり、彼女はドクドクと高鳴る胸へと手を添えて――
「クックック……、まさか鐘倉さんまで来るとは思いませんでしたが……、これで二対二。私と彼女で完膚なきまでに叩き潰してあげましょう! ついでにその失敗作もな!」
――その、邪魔者の存在を思い出した。
二対二?
私と彼女で?
誰だそんなに無粋な真似をする輩は。
彼女は男――研究者へと視線を向ける。
『私は、彼との一対一を望んでいる。貴方の出番はない』
「ん? ……くくくっ、まさかあの黒髪の事でも気に入ったのですか? 分かりました、彼だけは生かしておいて上げましょう。まぁ、戦意を失う程度には骨を折らせてもらいますがね?」
彼女は確信した――ここが潮時だろう、と。
ため息を一つ漏らすと、彼女は彼の方へと歩き出す
『幾つか。私をここへ連れてきてくれたこと。そして、この機械をくれたこと。この二つにはとても感謝している』
グサァッッ!
瞬間、彼女の腕が研究者の胸から飛び出し、彼はいきなりの状況に目を見開き――ゴフッと、血を吐き出した。
「な、何を……」
『正直言って、最初から目障りだった。セクハラしようとしてくるし、目つきはいやらしいし、体臭は酷いし。なによりも。その程度の弱さで私よりも上だと――私を従えた気になっていた』
彼女は自分を打ち倒したものにしか従わない。
だからこそ、あくまでも絆という概念の存在しない協力関係、それを築いただけで自分を従えたと勘違いしていた研究者が――彼女はかなり、嫌いだった。
彼女は腕を抜くと同時に彼の体を前方へと放り投げ、
『浄化』
瞬間、その血に汚れた腕が光に包まれ、直後にはその汚れはすべて浄化されていた。
「くっ……、それが『呪祝眼』の能力、ですか」
研究者はなんとか立ち上がりながらもそう言葉を紡ぐ。
あの傷で立ち上がったことには彼女も驚き目を見開いたが、あれだけ研究だの実験だのと言っていた彼だ。自らの肉体を改造していても不思議じゃない。
その証拠に――
「クククッ……ま、まさかここで裏切られるとは思いもしませんでしたが、止めを刺さなかったことを後悔しても……遅いですよ?」
グチュッ、グチャグチャッ、グチョッ、グチャッ。
聞いているだけで不快感を煽るようなそんな音と共にその胸の傷が次第に塞がってゆき、数秒後にはその傷は完全に再生していた。
そして──更なる変化が起きる。
「クククッ、まさかあの研究者もどきが私と同じような結論に至るとは思いませんでしたがね」
瞬間、彼の肉体が内から膨張し、その人の身体を、皮膚を突き破って異形が姿を現し始める。
時間にしておよそ数秒。
まるで巌人がかつて相対したアルベルトの『アンノウン化』のように彼もまたアンノウンと化しており、その異形となった『研究者』は言葉を紡ぎ出す。
『クックック……、残念なことに私はあの方々のように《選ばれし者》にはなれませんでしたからね。ですが、私をあのアルベルトと同じように考えてもらっては困りますよ……?』
それを見た彼女は目を細めると、その馬鹿げた闘級の変化に覚えた疑問を投げかける。
『……なぜ、あのひ弱な人間が、神獣級に?』
そう、その力はかなりのものであり、彼女はなんとなく、その力が聖獣級よりも神獣級に近いのではないか、と推測した。
その言葉に気を良くしたのだろう。
『クハハハハッ! そんな答えは決まりきっているでしょう! 私は選ばれた存在! 頂点にこそ位置できませんでしたが、それでもかつてこの地を跋扈していた愚かな人間とは一線を画す上位種族! 支配者階級! だからこそ私たちは人類進化計画を立案し、結果として失敗こそしましたが以前よりはよほどいい世界へとこの星は変貌した! 今まで傲慢に生き続けてきた人間どもが恐怖に顔をひきつらせて死んでゆく姿は、今思い出しても涙が出るほどに素晴らしかった!』
その言葉に彼女は眉を顰める。
確かに人間は敵だ。自分たちアンノウンを見つければ、それがどんな個体であろうと迷わず殺しにくる。考えるまでもなく敵。
だが――
『そんな敵も……、お前のような下衆と比べれば、幾分かマシに見える』
その言葉に研究者はケラケラを嘲笑し――
『うるさい』
瞬間、彼女の姿が一瞬にして彼の背後へと移動し、それと同時に研究者の首が宙に跳ねた。
ドシャッとその首が床へと叩きつけられ、それと同時に轟音を鳴らしてその身体が地へと沈む。
──一撃。
その結果にため息を吐いた彼女は、その入口の方へと視線を向ける。
耳をすませば二人分の足音が遠くの方から聞こえてくる。
『神獣級も、やっぱり相手にならなかった。……貴方は、私を失望させないで、ね?』
彼女は笑みを浮かべて、そう呟いた。
『彼女』はラスボスや『研究者』の上にいる人たちを除けばこの作品のアンノウン最強クラスです。
これは巌人も苦戦の予感……?




