62.最終計画
出せた! なんとか間に合った!
※完成したのは十数分前。
数分後。
巌人たちに呼び戻された紡たちはその光景を見て目を見開き、直後にその視線は呆れたようなものへと変化した。
というのも──
「なんでその人、笑いながら気絶してるっすか?」
ということである。
それを聞いて、巌人はつい先程壁に頭を叩きつけて気絶させたバイソンへと視線を向ける。
そこにはニタニタと笑いながら白目を剥き、ダラダラと鼻から血を流しているバイソンが居り、あの茶番劇を思い出した彼はボリボリと頭をかいた。
「えーっと、あれだよ。なんか予想以上に単細胞なバカだったらしく、ちょいと調子に乗らせたら色々喋ってくれてね。嘘言ってるような感じでもなかったし……」
「だから用が終わり次第こうしたと……」
彩姫の言葉に巌人は「ははは……」と乾いた笑い声を漏らすと、先程バイソンから伝えられた『作戦』を思い出し、真面目な表情を浮かべる。
バイソンの言葉が頭を過ぎる。
『今回の作戦は単純明快。俺達の夢に研究者が協力する。その代わりに俺達は色んなところで騒ぎを起こして注目を集めるってな訳だ。それと並行して研究者は壁の外から『あいつ』を呼び込み、作戦のメインに移行するってなわけだ』
そう言ってニヤリと笑ったバイソンは、巌人へと向かってこう告げた。
『メインの作戦はもっと簡単だ。研究者が力を使って街中を破壊し尽くし、それと並行してあいつが──』
そこまで考えたところで、巌人はポツリと呟いた。
「つまるところ、狙いは僕か」
──棺の魂の主、とかいう奴を、ぶっ殺すことだ。
バイソンは確かに、そう告げた。
☆☆☆
それと時を同じくして。
内通者こと『研究者』は『彼女』の首へととある装置を取り付けていた。
「全く……なんで貴女は日本の妖怪なのに日本語を話せないのですか……」
『仕方ない。日本には来たことがないから』
彼女が口を開くと、その首の機械からそのような声が聞こえてくる。
その機械に名前をつけるならば『自動翻訳機』だろうか。
それは日本語を話すことの出来ない彼女を不憫に思った研究者が、珍しく善意から贈ったものであり、最初は彼女も警戒していたものの、危険性はないとわかるとすぐに取り付けてもらうことにした。
(まぁ、彼女が私意外と話すことなんて滅多というか、普通にないとは思うんですがね)
研究者はそんなことを内心で呟いて立ち上がる。
彼は近くにあったスクリーンを操作すると、それと同時にスクリーンにサッポロの監獄。そこに取り付けられている監視カメラの映像が映る。
『これは……』
彼女はその映像を見て声を漏らす。
そこに映っていたのは今まさに監獄から出ていこうとしている集団で。
彼女はその先頭の人物を見て──
『──ッッ!?』
──全身の、鳥肌が立った。
ひと目でわかるその強さ。
その全身から吹き荒れる強者のオーラ。
それは普通の者に分かるものではなく、彼女の『域』に達して初めて感じ取れるもの。
そして、その髪の色を見て確信した。
『黒棺の……王。ブラックパンドラー!』
気がつけば彼女の頬はニッと吊り上がっており、それを見た研究者は首を傾げる。
「黒棺の王ですか? ……あぁ、彼の事ですか? 髪の色から間違えたのかも知れませんが、彼は黒棺の王ではなく無能の黒王のほう……って、なんで日本語話せないのに日本語は分かるんですか……」
『ブラックキング……』
彼女は研究者の言葉を無視してその二つ名を頭に刻み込むかのごとく復唱すると、それを聞いた研究者は嘲笑を浮かべる。
「ハハハッ、確かに読み方だけ聞いていれば強そうに感じるかもしれませんね。ですがその実はあの計画の出来損ない、この世界で唯一の無能力者。異能すら持たない生きる価値のない劣等種族ですよ。イレギュラーな失敗作とでも言いますかね」
『……あの計画?』
彼女の言葉にニヤリと笑った研究者は、自慢するように──それでいて心から誇るかのようにその単語を口にする。
「人類進化計画──ファンタジア」
その言葉に首を傾げる彼女。
けれども彼女の直感は、その言葉に唯ならない嫌悪感を抱いていた。
けれどもそれを見た研究者は肩を震わせて笑い出す。
「フフッ、その反面貴女は完全なるイレギュラーな成功作だ。計画における成功作が『亜人』や『異能』だとするならば、、失敗作はアンノウン──そしてあの無能力者です。さすがの私たちもアンノウンが出現し始めた時には肝を冷やしましたよ。貴女方『人型』は別として、ね?」
──私たち。
その言葉に眉を顰めた彼女。
意味はわからずとも確信できた。
アンノウン──つまるところ正体のわからない自分たちを作ったのはこの研究者とその仲間たちであり、きっとこの研究者は全てを知っているのだろう、と。
そしてなにより──
『なんの計画かは知らない。けど、私は何かの実験体になった記憶はない。成功作だなんて……気分が悪い』
そう、それはまるでモノのような扱いだ。
彼女はその言葉を受けて苛立ちを覚え、そう怒りを顕にした。
それには彼も思わず冷や汗を流したが、けれどもその口が止まることは無かった。
「そ、それはそうでしょうね。貴女もあの失敗作も、それにこの世界中にいるすべての人々。その全員が我らの実験体であり、それを自覚出来ていない」
彼女は思った。
何を言っているんだこの男は、と。
逆にそれを見た研究者はこれ以上は無駄だと察したのだろう。彼女から視線を外してスクリーンへと視線を向ける。
そこには刻一刻とこちらへと向かってくる面々の姿があり、それを見て凄惨な笑みを浮かべた彼は──
「クックック……失敗作共がどこまで対抗できるのか……。せいぜい拝見させていただきましょうかね」
☆☆☆
「とか、死亡フラグ建ててたりして」
いきなり変なことを言い出した紡。
それに対して巌人はため息をつくと、さも当然とばかりに口を開く。
「仮にも『研究者』って呼ばれてる存在で、しかも今の今まで母さんから隠れて色々やってた訳だし、この状況下でそんな馬鹿みたいなこと言うわけないだろ」
「そうっすよ! 流石に師匠のことを髪の色だけで弱いって決めつけるとか──」
「間違いなくカレンより馬鹿ですね」
「そうそう……って今なんて言ったっすか!?」
ノリツッコミ。
カレンも器用なことを覚えたものである。
二人がいつものように騒ぎ始め、それと同時に月影が巌人へと再び疑問を投げかけた。
「にしても巌人、さっきのバイソンとかいうテロリストが言ってた『研究者』って一体誰のことなの?」
そう、結局巌人は彼女らに『研究者』の正体を教えていないのだ。
──否、正確には教えられない、のか。
巌人はため息を一つ漏らすと、先ほどのバイソンを思い出して口を開く。
「いや、あの男は知らなかったみたいだよ。あんな程度の器、研究者からしたら使い捨ての駒でしかなかったんでしょ? ならそんな奴に自分の正体を明かすわけがないじゃん」
「い、言われてみれば……」
そう、バイソンは研究者の正体について知らなかった。
それについては確かに残念だが、けれどもその代わり、この後に始まるその『計画』については教えてくれた。
研究者──正確にはその配下の魔王クラブスターがバイソンを駒へと仕立てあげ、武器などの支援をしたわけだが、彼はなんの計画も教えずに協力させるほど卓越した話術は持っていなかった。
故に、致し方なく教えてしまったのだ。
「さて、そろそろかな」
巌人はサッポロの中心部。
そこにある特務札幌支部。
巌人は月影へと視線を向ける。
「母さん、たしかここってこの出口以外、外に出れるところなかったよな?」
「? ええ、中には大切なものもあるから、盗まれた場合も鑑みて、ここ以外からは外には出れないようになっているわ」
巌人はその返事を聞いて安堵すると、くるりとみんなの方へと振り返った。
彼の顔に浮かんでいたのは──疲れたような苦笑のみ。
「実はさ、あの人研究者の名前や容姿こそ知らなかったけど、その研究者の居場所と最終計画の日時だけは知ってたみたいでさ」
瞬間、周囲へと警報が鳴り響く。
《警告! 警告! ワープホールが開きます! この地区からは避難してください!》
それは紛れもなくワープホールの警報。
目を見開く彼女達。
それを見た巌人は、背後の入口を指さしてこう告げた。
「最終計画の日時は今日、今さっき。内容は特務のサッポロ支部内。そこが無人な時を意図的に作り出し、その隙にアンノウンを大量に召喚すること……だってさ」
その守を無視して玉座を取りに来るような方法に、紡たちは呆れや驚愕を通り越して──フリーズした。
今回の目玉はなんといってもアレですね。
人類進化計画。
最終章まで引っ張り続けるので末永く宜しくお願いします。