60.手掛かり
とうとうストックが切れました……。
かなり体調崩しているので、多分次回から不定期投稿になるかも知れません。
その日の晩。
「それじゃー、彩姫のA級隊員昇格とツムの引きこもり脱却を祝って!」
「「「かんぱーい!」」」
カラーンと四つのコップが当たる音がして、それと同時に彼らはそれぞれのコップに注がれているソレを煽った。
そこには緑色のシュワシュワした液体がなみなみと入っており、それらを一瞬で飲み干した紡は、ぷはぁと息を吐いた。
「やっぱり、ビクドのメロンソーダ、さいこう」
「ツムはメロンソーダだけならカレンより飲むの早いよな」
巌人は紡のそんな言葉を聞いてそう声を漏らす。
あの後、数時間して彩姫は帰ってきた。
流石に巌人をして『美人』と言わしめるだけあり、かなりの男性たちから花束や祝の品などを貰ってきた彼女ではあったが、
『え? 友達や巌人さまでない男性から物もらうとか、正直有り得ないですよ。何入ってるか分からないですし……』
そう言って彼女は、中身も見ずにそれらの全てを小さく押しつぶし、結果として、南雲家の玄関にボーリングの玉のようなアートが一作品加わることとなった。
ちなみに巌人が『なぜ僕だけ名指しなんだ』と聞いてみたところ──
『いやですねぇ、婚約者に決まってるじゃないですかぁ』
と堂々と言ってのけ、ちょっとだけカレンと紡の二人と喧嘩になった。
閑話休題。
と、色々あったわけだが、彩姫がA級隊員に昇格したこと、そしてついでに紡が部屋から出てきたことも祝って、こうしてびくびくドンキーへと外食に来たわけなのだが──
「ご注文は以上でよろしいでしょうか? ぺド様」
「ねぇ! まだそのネタ引きずってたのこの店!?」
巌人は、とてつもなく帰りたくなってきた。
☆☆☆
「で、何でまた巌人様は店員さんに『ぺド様』なんて呼ばれてるんですか?」
いきなり核心を突いてきた彩姫。
巌人はゴホッゴホッとメロンソーダを器官に詰まらせると、それを見た紡はにやりと笑ってこう告げた。
「あまり、目立ってないけど。兄さん、とんでもなく、子どもに甘い。子ども大好き。ゆえに、ぺド」
その言葉に、カレンと彩姫は顔を青く染めた。
「ま、まさか……、師匠にシャンプー以外にそんな性癖が……ッ!?」
「くっ、私としたことが……。そんな性癖を見逃すな……ってあれ? これって私有利じゃないですか? ……言ってて泣きそうになってきましたけど」
「ちょっと待て。なんでシャンプーが性癖になってんだカレン。あと彩姫、お前はもう何も喋るな」
いきなりそんなことを言い出した二人へとそう返してため息をついた巌人は、そう言えば、と言った様子で紡へと話しかけた。
「そういやツム、相手のアンノウンに一体なんて言われたんだ?」
その言葉に、ぴくりと反応を示す紡。
彼女は『銀虎』に言われた言葉を思い出して──直後、あの時間近で見た巌人の顔と、あの言葉を思い出した。
「……な、なな、なんか、お前はアンノウンだー、って。だから、少し考えて、引きこもることにした」
気がつけば紡の顔は真っ赤になっており、彼女は巌人から顔を逸らしながらそう呟いた。
それに対して巌人は眉を顰めると、呆れたようにため息を吐いた。
「なんだそれ。ツムがアンノウンな訳がないだろ」
そう、巌人は本心から口にした。
その時咄嗟に異能を使用した彩姫はその言葉が本当だということを確認すると、安堵の息をついて口を開く。
「まぁ、今更ツムさんがアンノウンだったって言われても何が変わるわけでもないですが、なんでまたそんなこと言われたんですか?」
その言葉に、紡は少し目を見開いた。
「彩姫は、特務しっかく、だね。もしも私がアンノウンだったら、私がどんなに味方であれ、その場で殺すのが特務」
そう、特務とはそういう場所なのだ。
アンノウンは敵。どんなことを思い、どんなことをしていてもアンノウンが人類の敵だという考え方だけは決して曲げず、ただ我武者羅に、盲目を装ってアンノウンを殺戮する。
それが特務という存在で──だからこそ、巌人は特務が。その長たる月影が苦手なのだ。正確にはそれは『過去形』なのだが。
彩姫はその言葉を聞いて苦笑すると、巌人へと視線を向けてこう告げた。
「確かに特務は失格かも知れませんが、私が目指すのは巌人さまや黒棺の王さまに相応しい女性です。お二人なら、ツムさんが敵だったとしたら、特務に対立してでも──それこそ世界を敵に回してでもツムさんの味方になりますよね」
「何を今更。当たり前だろ」
即答だった。
その言葉に紡は何を思い出したか頬を緩めて、ぎゅっと片手で巌人の袖をつかんだ。
「兄さん、カッコイイ。惚れそう」
「おう、兄ちゃんカッコイイだろ? 何回でも惚れちゃって構わないぞー」
巌人は紡の言葉にそう軽口で返す。
それと同時にゴロゴロと台車の音が聞こえてきて、いつの間にか船を漕いでいたカレンがガバッと起き上がる。
「肉っ! 私の肉の匂いがするっす!」
「はいはい、落ち着いてくださいねぇ〜」
そう言ってカレンたちが騒ぎ出したのを見て、紡はこっそりとこう呟いた。
「もう、三年前から惚れ続けてる」と。
☆☆☆
「あぁん、もうっ! 私も巌人たちとドンキーいきたーい! 私も行きたい行きたい行きたーい! もうほんとに学はダメダメね!」
「なんでこっちに言葉の槍が飛んでくるんですか……」
入境学は、彼女──鐘倉月影の我が儘を聞いて呆れたようにため息を漏らした。
「はぁ、僕たちは無音のワープホール、及びそれに関係する内通者について調べてるところですよね? その……イワト? とかいう人のところには行けませんよ。と言うか行かせません」
「もー! 学のケチー!」
「……」
彼は『仕事しろよこのアマ……』という怒りの声をなんとか飲み込むと、その映し出されているスクリーンへと視線を向けた。
「今わかっていることを整理すると、まず最初に起きたのが防壁の上に住み着いた聖獣級のアンノウンについて。これについては『業火の白帝』である紡ちゃんが討伐しました」
「ちなみにツムちゃんってば私の娘なのよー!」
「……まじですか」
学はその新事実に思わず手を額に添えてため息を漏らしたが、すぐに気を取り直して次の説明に移った。
「次に、突如として街中に出没した『鎖ドラゴン』という聖獣級アンノウン。これは監視カメラにこそ映っていませんでしたが、付近の録音装置がたまたま捉えた音声が一つあります」
そうして彼はリモコンを操作すると、それと同時に彼の鎖ドラゴンの録音された声が響き渡った。
『フハハハハ……、長年溜め込んだ異物素の力により、ようやく我がこの街に入り込むことが出来た……やっと、やっとあの忌々しい彼奴と相見える時が来たようだ』
それを聞き終えた学はその音声をきると、その言葉に混じっていたそれらの単語を思い出す。
「こので言うのは『異物素』に『忌々しい彼奴』……ですね。異物素についてはワープホールを開くのに必要なエネルギー……と仮定できますね。そして後者に関しては……」
「まぁ、間違いなく『黒棺の王』よね」
「ですよねぇ……」
学はそう言ってガシガシと頭をかいた。
彼の中ではとある推測が有力だった。
それは、この街に黒棺の王が住んでおり、それ故にほかの街に比べてアンノウンの襲撃が少なく、更に防衛大臣と内閣総理大臣がここに住んでいる、という推測だ。
そして、壁の上のアンノウンと鎖ドラゴンは『黒棺の王』を討伐しに来た──あるいは確認しに来た先遣隊。
そして──
「時間軸的にはそれより前。このアンノウンも先遣隊と言ってもいいかもしれませんね」
そう言ってスクリーンに映し出されたのは、黒いコートを羽織った人型のアンノウン──魔王クラブスター。
「このアンノウンは人類史上三体目に発見された人型のアンノウンであり、紡ちゃんが取り逃がすも、その後何者かによって討伐。その死体の一部が街の裏路地にて見つかっています」
「それもパンドラちゃんねー」
「パンドラちゃんですか……」
こうして思い返してみると、どれだけこの街の脅威が彼によって取り除かれているのか再確認できる。学は自分の無能さに少し歯噛みした。
それを横目で見た月影は、影魔法で影を操り、そのリモコンの次のボタンを押した。
「次が中島ちゃんに頼んだ研究所ねー? たしかその魔王なんちゃら、って奴が出入りしてたのよね?」
「あ、はい。研究所内部にあった監視カメラには魔王クラブスターと研究者であるアルベルトが会っている映像が移されていました。それと、街中に出没した件の幻獣級もこの研究所から溢れてきたようです」
「ならここも黒。パンドラちゃんを潰しに来た魔王が陽動、あるいは本命として作っておいた手札、って感じかしらねー」
その後、フォースアカデミーの宿泊研修先の破壊跡地の画像が流れたが、それに関しては既に『アルベルトの独断』という結論が出ており、それを裏付けする資料も研究所から発見されている。
だからこそ学はその映像を飛ばし──その次の映像を見て、眉を潜めた。
「次は街中で突如として出現したアンノウンの群れについてですね。これについてはたまたまその場に居合わせた無能力者『無能の黒王』が足止めをしている間に鐘倉大臣が駆けつけた、という解釈でいいですね?」
「あー、面倒だしそれでいいわよー」
その言葉に若干違和感を覚えた学だったが、『この人はこういう人だ』と気持ちを切り替えると、その現場について調べ手わかったことを語り出す。
「これが無音のワープホールの最初の被害となった事件ですね。その現場の地面には穴らしきものは無いため、地中からの侵入は考えられず、空からも侵入は不可能だと立証されています。故にこの一件で特務も本格的に動き出した訳ですが……」
「残念ながら、事件が相次いでしまった」
その言葉と同時にスクリーンが移し替えられる。
そこに映っていたの、無残に荒らされたキャンプ場の様子で、それを見た月影は目をスッと細めた。
「確か聖獣級が四体。そのうち二体は闘級七十超えの怪物で、うち片方は人型。それ以外にも幻獣級や怪獣級。死体の原型が残っているだけでも数百匹の大軍勢。良くもまぁ、ここまでの被害に食い止めてくれたものよね」
その言葉に学は手元の資料へと視線を移す。
「資料によると、その場に居たのは、業火の白帝である紡ちゃん、A級隊員の中島さん、当時B級隊員だった澄川ちゃん、聖獣級アンノウンを倒したとされる平岸くん、そして先程も言った無能の黒王。その他フォースアカデミーの生徒二人だけです……、ね……」
それらの名簿を見て、学は少し引っかかるものを覚えた。
(あの紡ちゃんと言えども、北に二体、東に一体、そして西に一体と、全く別の三方向に点在してた聖獣級を一人でこれほどまでに犠牲を抑えながら倒せるのか……? 中島さんはずっと被害者の保護に回ってたみたいだし……。澄川ちゃんも倒せたとしてもせいぜいが一体くらいなもの……かな?)
どうしても引っかかる。
もしも彩姫が聖獣級のうち一体を倒したとして、その他残るは人型も含めて三体。うち一体は全身を雷で構成されている厄介なタイプのアンノウンだ。
それらをあの娘が、民間人を守りながら、その上一人で倒せるとでも言うのだろうか?
答えは簡単に出る──否だ。
(なら……その他にも誰かが、その場所にいた? それも、実力者である紡ちゃん以上の何者かが……)
この街に住んでいる人物で、しかもその場に居て、絶対者である紡よりもさらに強い。
そんな存在は考えるまでもなく明らか。
「ま、まさか……この中に、黒棺の王が……?」
学はその可能性に考え至った。
彼はその名簿へと視線を落とし、そして──
バタンッ!!
突如として部屋のドアが開け放たれ、それと同時に月影の秘書の女性が月影の元へと駆けてくる。
「あら秘書ちゃん。何か新しい情報が手に入った……みたいね?」
その言葉に彼女は肩で息を整えながらも頷くと、
「く、件の地下研究所からっ! 黒印団の用いていた火炎放射器、それと全く同じものが見つかりました!」
月影は黒幕の尻尾が鼻先をかすめたような気がして、ニヤリと凄惨な笑みを浮かべた。
やっと繋がった……。