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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
棺の魂
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6.拾ってくださいダンボール

 その後、部活にも入っていない巌人は同じ轍を二回踏まぬようにとスーパーへと買出しにやって来ていた。


 その交換生徒が月曜日から我が家に止まることになると予定して、その生徒がどのような人物かは定かではない。

 もしかしたら(オーガ)のような巨体かもしれないし、紡の様な体型の合法ロリかもしれない。学生なので違法っぽいが。

 だからこそ一応はオーガが来ると仮定して動かなければならず、自分と紡の土日の食料は少量でもいいとしても、それでも尚大量の食料を買い、そして自宅まで戻る必要があった。


 まず第一に、家まで持ち帰る分には問題ない。

 巌人はかなり地味な割に身体を鍛えているし、物理的に不可能な体積であればタクシーを数台レンタルすればいい。さすが金持ち、いい感じに嫌味な思考である。

 そして第二に、お金の問題。これも問題なし。

 正直紡のお仕事だけでも一生遊んでいけるだけの金が入ってきているし、何よりも巌人本人のシャンプー事業が捗りすぎているのだ。全て製造を一人でこなしているためガッポガッポなのである。

 なればこそ、もはやそこには問題はなく、強いていえばレジまで持っていくまでが問題だが、そこら辺は店員さんに頼めばいい話。


「えーっと、まずは主食から……」


 主食は、米、そして大量の食パンを購入した。もちろん消費期限が遅いものを選択してある。実はパスタ系の麺類とも迷ったのだが、もしも次々にお代わりを要求してくるオーガが相手だったならば、その麺を茹でる時間が命取りとなる。戦場(キッチン)無駄な(茹でる)時間などありはしないのだ。


「次に野菜……」


 野菜は長持ちするようなキャベツやトマト、人参、ピーマンを主に買い込み、それらを使えるように野菜炒めの元やサラダドレッシングを買い込んだ。サラダドレッシングに野菜を浸して食う化物かもしれないしな、と。


「次に冷凍食品……」


 次に冷凍食品、これ重要だ。

 オーガ相手に自分の作った料理だけで満足させようなどと思ってはいけない。アイツらは腹の中に溜まった飯の消化速度まで尋常ではないのだ。下手すればやっと満足したな、と思って自分が飯にありつこうとした瞬間『オラ、ハラヘッタ』である。ちなみに巌人の中ではオーガはアンノウンの上位種という設定だ。

 だからこそ、彼はもうそれはそれは大量の冷凍食品を買い込み、レンジの前で数分間待っているオーガを他所に自分の飯を食べる作戦を立てた。完璧である。


「次に肉類……」


 肉類。これこそオーガの主食である。

 もういつの間にか泊まりに来るのが生徒ではなくオーガということになっているが本人は気がついていない。

 そのため日持ちしないお惣菜には目もくれず、冷凍の出来てさらに日持ちしそうなものを直感で選んでゆく。それも大量に、だ。ちなみにこのご時世、野生動物が激減したため肉は超貴重な高級食材である。


「次に魚類……」


 論外だ、オーガは魚は食わぬ。巌人は一蹴した。

 ならば何故さっき野菜を買ったのだろうか、そこに知り合いがいれば必ずそんなことを聞いたはずだが、残念ながら巌人の中からもう既に正気は失われつつあった。


「最後にジュース、そして菓子類……」


 これは微妙なところである。

 オーガと言えど、そのオーガは人間に混じって生活ができる上位種の中の上位種。もはや人型(・・)とも言っていいほどの化物だ。

 そんな奴ならば菓子やジュースを腹に入れるなど朝飯前で、きっと裏で友達から料理をもらったグー○みたいにリバースしてるにちがいない。勿体ないが仕方ない。買っておこう。馬鹿げた思考である。


 そうして気づいた頃には巌人の周囲には十を超える買い物かごが点在しており、それらには上手い具合に食料が積み上げられていた。

 もう既にそれは曲芸のレベルであり、店員からは『凄いけど商品で遊ぶなよ』と、客からは『写真撮っとこう』などと思われていた。


「うん、流石にそろそろ大丈夫だろう!」


 そう満足げに呟いて巌人は、付近の定員さんへと声をかける。

 ちなみにだが、買い物の合計金額にはたまたま綺麗な数字となり、その後の方にはゼロが沢山ついていた。




 ☆☆☆




「馬鹿。オーガなんて来るわけない、そもそも、冷蔵庫、これ入らない」


 帰って事情を説明した巌人は、無表情の紡にそう言われて、やっと正気を取り戻した。

 まず一つ、来るのはオーガじゃない。ただの生徒だ。

 そして二つ、買いすぎて冷蔵庫に入らない。

 そして三つ、紡が人見知りなことを忘れていた。

 巌人は四つん這いになってガクリとうなだれると、とりあえず、紡に事後報告をしておくことにした。


「悪いツム。知らない奴が泊まりに来ることになった」

「ん、どうせ話さない、別にいい」

「悪いな、お詫びになんか欲しいことあるか?」

「貸し一つ」

「達観してんなぁ、九歳児」


 巌人はとりあえず起き上がると、玄関に散りばめられている荷物を眺めて、ひとまず冷凍食品や、優先順位の高いものだけを冷蔵庫へと入れておくことにした。それ以外は紡の部屋の専用冷蔵庫──はメロンソーダで埋まっているだろうから、後で新しい冷蔵庫を買ってこよう。ムダ遣いにムダ遣いを重ねる。まさに悪い大人の例である。


「なぁツムよ、貸し二つにしてあげるから手伝って?」


 巌人は、きっとその通りになるだろうと思ってそう告げた。

 けれども紡から返ってきた思いもよらぬ言葉に、巌人は少し面食らうこととなった。



「いい、私たち、家族。だから手伝うの当然」



 ──家族だから。

 それはかつて、巌人が南雲家に来たばかりの紡へと言った言葉であり、彼女が義妹になった一因でもある。

 巌人はその言葉に少し昔を思い出して、少し頬を緩める。


「⋯⋯お前って本当、変わったよなぁ」


 紡はそれに対して何も言わなかったが、けれどもその頬は巌人同様緩んでいて、恐らくは巌人と出会った当時のことを思い出しているのだろうと思われた。

 まぁ、当時からすれば笑い事ではなく、まさに『最悪』という言葉が良く似合う邂逅だったのだが、それでも今からすれば笑い事である。


「んじゃ、とっとと荷運びしますかね」

「ん、手伝う」


 そうして二人は、せっせと玄関とキッチンを往復し出したのであった。




 ☆☆☆




 その日の晩。

 少し早めの夕食を食べ終わり、食器類を水に漬け込んだ巌人は、予定通り大きな冷蔵庫を買うために道を歩いていた。

 目指すは大手チェーンの『タナカ電機』という店であり、パッと見ガラス張りのような外装の小洒落た店である。


 カーブがかった下り坂、その下のT字路を左へと曲がり、右にコンビニが見えたところで右に曲がる。すると緩い傾斜の坂道だ。

 途中にあった巨大な『拾ってください』のダンボールを華麗に無視し、巌人はその登りを経て国道に出た。

 そして右を見れば最早そこは『たなーかでんきっ♪』というメロディが聞こえてくるタナカ電機である。


「営業時間は……確か九時までだったか」


 そう思って巌人はタナカ電機の中に入口のすぐ前まで来てみると、すぐ目の前に営業時間が書いており、まだまだ時間があることに気がついた。


「喉乾いた……。一階でも寄ってくか……」


 そう言って彼はタナカ電機の中へと足を踏み入れる。

 タナカ電機は基本的に、一階に休憩所やトイレ、自販機などが置かれており、そこからエスカレーターによって二階と繋がっている。少なくとも巌人の行ったことのあるタナカ電機はそうであった。

 巌人はエスカレーターをスルーして奥の方へと歩を進めると、曲がってすぐのところにあった自動販売機の前で立ち止まった。

 考えるは、家にいる紡の事であった。けれでも彼女は自室の冷蔵庫にかなりの量のメロンソーダが保管されているはずだ。そも、水の代わりにメロンソーダを飲んでいるような彼女がメロンソーダを切らすはずもない。


「コーヒーでいいか」


 巌人はとりあえず自分の分だけ買うことに決めると、懐から財布を取り出して小銭を投入。ぱっと視界に入った高級そうなコーヒーを購入した。流石は金持ちである。

 彼はすぐ近くにあったベンチへと腰をかけると、ふぅと背もたれに体重をかけて息を吐き出す。

 そして──


「……ってあれ?」


 ふと、先程通ったところで見た『拾ってください』の巨大ダンボールを思い出した。

 犬を入れるならば、大人や大型犬以外ならばダンボールのサイズも小さなもので十分だろう。にもかかわらず、先程見たダンボールは、人がまるまる一人入ってもまだまだ余裕のある──例えるならばそう、子供の(オーガ)に使うような拾ってくださいダンボールであった。

 そこまで考えたところで、巌人はふと引っかかる。

 オーガ……だと? と。


 何やら少し嫌な予感がして巌人は来た道を引き返す。

 すぐ左に向かって緩い傾斜の下り坂。視界の先には先ほどのダンボールが既に見えており、暗がりとはいえ住宅街。拾ってもらうには丁度いいであろう。


「……でもまぁ」


 巌人は、ダンボールの前にたどり着く。

 先程はスルーしたが、今度はその中を覗き込む。

 するとそこには左手の甲(・・・・)に異能の紋が浮かぶ、茶髪(・・)の女子が丸まって眠りについており。



「流石に人間は……ねぇ?」



 巌人は、その前情報の通りの少女を見て、そう呟いた。

第二のヒロイン登場です!

次回、お家にお持ち帰りです。

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