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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
戦いを知らぬ男
59/162

59.各々の成長

「おーい、なんか進展あったか?」


 巌人は階段を上がりながら二人へとそう声をかけた。

 すると、目尻に涙をため、今にも泣きそうな様子の二人がガバッと巌人の方へと顔を向け、ヒシッと巌人の服へと縋り付いて来た。


「ダメっすよぉー! 何言っても返事一つないっす! もう私たちには打つ手なしっすよぉー!」

「そうですよ! 巌人さまとイチャイチャしてる感じの合成音声を流しても効果なかったんですよ!? 一体私たちにどうしろと!」


 今とても気になることを彩姫が言った気がするのだが。

 巌人はそんな考えを言ったん頭から払うと、紡の扉の前まで歩を進めた。


「おーいツムー。兄ちゃん来たぞー」

「……」


 ──無言。

 その言葉に返事はなく、巌人は困ったように頭をかいた。


(はぁ、これはなかなか手強そう)


 そう内心で呟くと、カレンと彩姫の方へと視線を向けた。

 彼女らも巌人の言いたいことを察したのか、そそくさとあえて足音を立てて一階へと降りてゆく。

 これで二階は巌人と紡、二人だけの空間となったわけだが──けれども、その壁の厚さ数センチが果てしなく遠いのだ。

 それは何度かこの状態の紡を見たことがある巌人は分かっていたし、だからこそ──


 キィィィィッ。


 ゆっくりと開かれたその扉に、目を見開いた。


「兄さん、だけ。それなら、入っても……いい」


 扉の奥の暗闇からそんな声が聞こえてきて、巌人は困惑しながらもその扉の奥へと歩を進めた。


「えっと、おじゃましまーす」


 紡の部屋。

 それは巌人が最初にこの部屋を紡へ案内した時以降一度として立ち入ったことのない場所であり、紡もこの部屋だけは自分で掃除をしていた。

 故に、巌人は自分の家の中のはずなのに奇妙な緊張を覚え──いきなり襲ってきたその衝撃に、彼は踏みとどまることも出来ずに吹き飛ばされた。


「ぐふっ……」


 つい先日の悪魔人の一撃よりも重いその一撃に、痛みこそなくとも巌人はそんな声を漏らした。

 そして──自分のお腹の上に乗っているその存在に、首をかしげた。


「ツム……だよな?」

「……や、ちがう」


 そこにあったのは──布団だった。

 掛け布団。

 丸くなった掛け布団が巌人の腹部には乗っており、その掛け布団はすぐに巌人の上で広げられた。

 掛け布団からは巌人の顔と足の先だけが出ていて、その中にいた何者かは、ぎゅっと巌人の身体へと抱きついてきた。


「ほら、やっぱりツムだ」


 巌人は布団越しに紡の頭を探り、撫でた。

 それによってぴくりと布団の中の彼女は反応したが、巌人は、その『震え』を感じ取り、少しだけ目を見開いた。


(泣いて……いるのか?)


 その言葉は言わなかった。

 じわっ、とゆっくり着ていたTシャツが濡れてゆく感覚があって、丁度そこには彼女の頭があった。

 そして、彼女が震えている。なれば、そんな言葉は不要であり、巌人は優しく、ゆっくりと彼女の背中をさすった。


「なんで引きこもっちゃったのかは分からないけど。まぁ、そんなに一人で背負い込むなよな。前にも(・・・)言ったろ? 僕はツムの兄ちゃんだ。嫌なことは、全部兄ちゃんに任せていいんだよ、って」


 その言葉に、彼女はコクリと反応を示した。

 それを感じた巌人は笑みを浮かべると、布団の中に手を突っ込み、ぎゅっと彼女を抱きしめた。

 それには紡も思わず身体を跳ねさせたが──それよりも先に、涙が溢れてきた。


「ぐすっ、に、兄さんは……、私のこと、嫌いになったり、しない? ……私の前から、居なくなったり、しない? ……ぐすっ、私のこと……」


 尚も言葉を続けようとする紡。

 巌人は──彼女の頭を軽く叩いた。


「あいたっ」


 そんな可愛らしい声が聞こえてきて、それと同時に巌人は上体を起こして、その布団を取り除いた。

 すると、紡の目の前に数センチには巌人の顔が。

 そして彼は、彼女へとこう告げた。



「ばーか、僕はツムが大好きだよ。それはどんなことになっても変わりやしない。望むならずっと一緒にいるし、ずっと味方で居続ける。だから、さ。そんな分かりきったこと今更聞くなよな」

「──ッッ!?」



 その言葉に顔を真っ赤にして暴れ出す紡。

 彼女は巌人の手を振り払うと、布団を退いて立ち上がる。


「はぁ、はぁ……」


 彼女は真っ赤な顔を隠しもせずに巌人の前で仁王立ちする。

 それには巌人も思わず困惑し──その直後、彼女は何か呟いた。


「……と」

「……はい?」


 そのあまりにも小さな声に巌人は聞き直す。

 すると彼女はなお一層顔を真っ赤にすると、両目を瞑ってこう叫んだ。



「で、でーとっ! いろいろっ、終わったらっ、私とでーとっ! 絶対に! ぜったいぜったい! でーとするのっ!」



 巌人と紡の間に、沈黙が舞い降りた。

 紡は顔を真っ赤にして荒い息を吐いており、巌人は思いもよらぬ言葉に完全にフリーズしている。

 一階からは今の声が聞こえたのかドンガラガッシャンと音が響き渡る。

 そして──


「あ、えっと。うん、わ、わかった……」


 巌人はなんとか、そう返すのが精一杯だった。




 ☆☆☆




 その翌日。

 巌人は朝から居間にて、頭を抱えていた。


「昨日のあれは一体……」


 そうして思い出すは、昨日紡が言ったあの言葉。


『で、でーとっ! いろいろっ、終わったらっ、私とでーとっ! 絶対に! ぜったいぜったい! でーとするのっ!』


 紡があれほどまでに感情を表に出すというのは珍しいことで、巌人は考えこそまとまらないものの、少しだけ頬が緩むのを感じた。


(あんな、無表情だけだった紡がなぁ……)


 三年前は巌人にも無表情しか向けてくれず、何を考えているのか、巌人をしても全くわからなかった彼女。

 それでも色々あって、結局兄妹として上手くやっていけるようになってきたわけだ。

 故に、あそこまで感情を表に出した紡に対して困惑はすれど、それ以上に成長を感じて、本当に、嬉しく思えて仕方が無い。

 巌人は机の上の水の入ったコップに口をつけながらも、何となく室内の無音が気になってテレビの電源をつけた。

 のだが──


『はい、それでは今回のゲスト、つい先日の活躍を認められてA級隊員として認められた澄川彩姫さんです!』

『あ、えっと、どうも……。こんにちはです』

「ぶふっ!?」


 吹いた。

 巌人はガバッとテレビへと視線を向ける。

 そこにはサッポロでおなじみのアナウンサーたちに囲まれた彩姫の姿があり、巌人は気がつけばテレビの前に陣取っていた。


「ふはぁー、おはようっすー!」


 それと同時に起き出してくるカレン。

 彼女は返事がないことに少し疑問を覚えて巌人の方へと視線を向け──


 《澄川彩姫さん、生中継インタビュー》


 その文字を見て、テレビの前まですっ飛んできた。


「なぁ、カレン」

「……なんすか?」

「彩姫って……B級になったばっかりだよな?」

「そ、そうっすね」


 そのカレンの答えを皮切りに沈黙が溢れ出す。

 そう、彩姫は件のキャンプ、その数日前にB級へと上がったばかりであり、その時見た彩姫の闘級は三十五だったと二人共記憶している。

 だが──


『今日は特別に澄川さんがそのステータスを見せてくれるということです! それでは、宜しいですか?』

『は、はい、分かりました……』


 そうして彩姫はステータスアプリを操作すると、一つのスクリーンを映し出した。


 ──────────────

 名前:澄川彩姫

 年齢:十四

 性別:女

 職業:学生(高校生)・特務A級隊員

 闘級:五十二

 異能:六神力[SSS]

 体術:D

 ──────────────


「ご、ごじゅっ……」


 それを見たカレンは思わずと言ったふうに声を漏らした。

 つい先日までカレンと彩姫の間にはほんの少ししか闘級の差がなかった。

 にも関わらず、今の彩姫は魔法少女と化したカレンよりも更に十も闘級が上なのだ。

 カレンはがくりと肩を落として、顔を伏せる。


(今じゃ……、弱いのは私だけ、っすね……)


 そんなことを内心で呟いたカレンではあったが、ふと、サワサワと頭を撫でられるような感触があった。

 それは前に紡がやってくれた行為で、彼女は紡も起きてきたのかと顔を上げる。

 そして──


「大丈夫だカレン。確かに今は彩姫に差をつけられちゃってるけど、成長速度ならカレンの方がずっと早い。だからあんまり落ち込むなよ、な?」

「はうっ!?」


 カレンはその言葉に顔を真っ赤にして、胸を押さえながら四つん這いで逃げ出すと、ソファーの影に隠れて顔を出した。


「な、なんすかいきなり!? 師匠が慰めるとか変なもの食べたんすか!? それとも私に惚れちゃったっすか!?」

「え、いやぜんぜん」

「はぅぅっ!?」


 今度は別の意味で胸を押さえるカレン。

 その様子を見て巌人はつまらなそうにテレビへと視線を向けると、ふんと鼻を鳴らした。


「ふん、慰めて悪かったな。僕だっていつまでもこのまんまじゃいられないし、ちょっと頑張ってみたんだけど……。どうやらお気に召さなかったみたいだ」


 巌人には、決して忘れられない過去がある。

 赦されても消えない罪がある。

 決して拭えない罪悪感がある。

 それゆえに恋愛を諦め、彼女らを悲しめ、妹に心配をかけた。

 だからこそ彼は思う──このままではいけないのだ、変わらねばならないのだ、と。

 故に、その罪を忘れられなくても、その罪悪感を少しでも薄くする努力をせねばなるまい。

 彼女らが少しでも報われるように、妹がもう心配しなくても大丈夫なように。


 だからこそ、ほんの些細なことではあるが、巌人はこうして少し勇気を出してカレンのことを慰めてみたのだが、待っていたのは逃走と『惚れちゃったっすか』である。

 巌人がむくれるのも無理ないことである。

 それにはカレンも思わず目を見開き、ちょっとニマニマとしながらも巌人へと近づいて行った。


「えっと、アレっすよ、嬉しかったんすけど……その、いきなりそんなことされたら照れるっていうか…………。っていうか今日の師匠、なんか可愛いっすね」

「……」


 気がつけばカレンは巌人からジトっとした視線を送られており、カレンは引き攣った笑みを漏らす。

 そして──


 カシャッ! カシャカシャッ!


「「……はい?」」


 いきなり聞こえ始めたそのカメラのシャッター音。

 そちらへと視線を向ければ、ソファーの影からカメラをこちらへと向けて激写している紡の姿があり、



「もくげき。すねる激レア兄さんと、それを見て照れてるカレン。気分的には超激レア、そしゃげで当てた気分」



 そう呟いて、彼女はてくてくと居間から出ていった。

 それを黙って見送った二人は──



「「って! その写真どうするんだ(すか)!?」」



 ドタドタと、急いでその後を追って行った。


巌人も成長したいんです。

過去を二人に話す日も遠くない……かな?

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