58.疑惑
その爆発音を聞いて、彼女──紡は振り返った。
「北……じゃない? なら、彩姫、かな……?」
『余所見をするとは余裕だな!』
瞬間、彼女の前まで掛けてきた銀虎がその大きな腕を振りかぶり、紡目掛けて振り下ろした。
──だが、
「ん、そのとおり」
ピタッ!
その腕はある場所を境に完全に動きを止め、銀虎は思いもしなかった現状に思わず目を剥き、彼女の姿を見て──驚愕した。
『な、なな、なんだッ、その腕はッ!?』
銀虎のその腕は、紡の片手によって受け止められていた。
それだけでも驚愕するべき事象なのにも関わらず──彼女の肩から先に生えていたのは──異形の腕。
筋肉が幾重にも重なり、長い爪のあるその白い腕は正に『鬼の手』とでも言うべきもの。
それを見た銀虎は、一つの可能性に行き着いた。
『ま、まさか貴様! 人型のアンノウンか!?』
その言葉に、紡はピクリと反応した。
先ほどの神の炎とでも呼ぶべき白い炎。あれは間違いなく異能だった。なれば、紡が生命体である以上二つ目の異能──ここで言うところのこの『鬼の手』は本来ありえないものだ。
故に、銀虎はその鬼の手を人型アンノウンの『変異化』によるものだと推測した。
さすればこの現状にはすべて辻褄があうわけだが──
「……はぁ、わざわざ何を言うかと、思ったら」
彼女は呆れたようにため息を吐き、その受け止めていた手を離した。
直後に銀虎は彼女から距離を取り──そして、その言葉に困惑した。
「紡はれっきとした人間。アンノウンじゃない。それはいまここで、兄さんの妹として生きてる以上──絶対のしんじつ」
紡は、迷うことなくそう告げた。
確かに彼女の異能は傍から見れば『人型』と取られてもおかしくないものだ。
だからこそ銀虎はその言葉に困惑し、結果としてその言葉が嘘なのだと思うことにした──思い込まずにはやっていられなかった。
『嘘だな! 貴様はれっきとしたアンノウン──つまりは我らと同じく“人間を殺す”側の存在だ! それはどんな過去を経て、どんなぬるま湯の現状に浸かろうとも決して拭い得ない真理だ!』
その言葉に紡は顔を伏せた。
その様子を見た銀虎は確信した──やはりこの少女はアンノウンか! と。
けれど──
「もういいや」
瞬間、彼女の手のひらの上に、巨大な白い太陽が生み出された。
そのあまりの熱量に銀虎の身体中から吹き出した汗はすべて一瞬で蒸発してゆき、次第に銀虎の毛皮から嫌な匂いの煙が立ち上ってきた。
「私は人間。過去は関係がない。そして、それをわざわざ、お前に証明する必要も──ない」
その言葉に銀虎は目を目を見開き、彼女へと視線を移して──背中に怖気が走った。
その瞳に映るのは、冷たい炎。
その瞳は、まるで自分を生き物とも思っていないような、圧倒的な強者が絶対的弱者へと向けるソレだった。
気がつけば周囲のアンノウンたちは皆その熱の余波だけで命を散らしており、それを見た彼は、再び彼女へと視線を向け、嘲笑を浮かべた。
『なるほど、初めから貴様相手に勝機など皆無だったということか。どうりで貴様からは余裕しか感じられなかったわけだ』
彼はそう呟いて目を瞑る。
それは『死』を覚悟した者の佇まい。見覚えのあるソレを見た紡は、彼へと容赦なくその太陽を放った。
「『業火炎星』」
瞬間、その太陽が彼の身体を包み込み、その場所に巨大なクレーターを形成した。
そこに唯一残ったのは、寂しげに佇む一人の幼女だけ。
彼女は視線をあげる。
そこにはただ、黒くて青空の見えない曇天だけが広がっており、彼女は悲しげに、こう呟いた。
「兄さん……、私、人間に見える……よね?」と。
☆☆☆
「おいおいツム……。お前どんな技使ってんだよ……」
その白い太陽を遠くから眺めていた巌人は、頬を引き攣らせてそんなことを呟いた。
──業火炎星。
紡の誇る最強の一撃で、遠くから見えたアレはかなり手加減されていたようだが、それでも間違いなく付近の植物の生態系は滅亡したであろう。
「まぁ、あの気味の悪い足の生えた魚も死んだだろうし、結果オーライって感じかな」
けれども。
巌人は顎に手を当てて考える。
果たしてあの紡が雑魚相手にあんな大技を使うだろうか? と。巌人は一番気配の強い方角へと来たためここの二体よりも強いわけがないのだが──
「なら、なんか嫌なことでも言われたか……?」
巌人はその結論に至った。
彼は顎から手を外し、肩で息をしている目の前の二体へと視線を向けた。
「なぁ、あっちの方角にいる奴って性格悪かったりする?」
『あぁ!? そんなの知るかってんだよ!』
そん返事をすると同時に雷撃を飛ばしてきたのは雷神マン。
巌人はそれを再び弾くと、それと同時に襲いかかってきたその悪魔の手をデコピンで迎え撃つ。
ドギャァッ!
フルスイングとデコピンが衝突した結果、フルスイングを放ってきた黒ローブの肩から先が見事に吹き飛び、その悪魔の手がゴロゴロと転がってゆく。
「ぐぁぁぁぁっ!? こ、この『悪魔人』の全力の攻撃をっ! あろう事かデコピン!? デコピンだと!?」
そう叫びながら肩を押さえる黒ローブ──改め悪魔人。
巌人は耳の穴に指を当ててその頭にガンガン響く声をシャットダウンすると、欠伸を一回。
その後に、彼は結論を出した。
「うん、心配だからさっさと片付けるか」
瞬間、巌人の姿が掻き消える。
それには思わず悪魔人も目を見張り、あたりを見渡して──雷神マンのすぐ後ろ。そこでニヤニヤと笑っている彼を見て、気がつけば声を上げていた。
「ら、雷神マン! 後ろだっ!」
「はい、ちょっと遅いかな」
瞬間、雷であるはずの雷神マンの頭蓋をガシリと掴んだ巌人は、地面へと彼の顔面を叩きつけた。
たったそれだけで一国を揺るがすレベルのアンノウン『雷神マン』はその命を散らし、それを見ていた悪魔人は研究者の言っていたことを思い出した。
『この国のこの都市には特務の最高幹部が二人に、A級一位の入境学、そして内閣総理大臣に特務の長たる日本国防衛大臣まで居るのです。落とさない手はないのですが──もしも最高幹部のどちらかと鉢合わせた場合はすぐ逃げてください。おそらく彼女でなければ太刀打ちできませんから』
その言葉を思い出して、現状と照らし合わせる。
『彼女』とは一度会った。確かに勝てるわけがないと思えるほどに圧倒的だった。彼女に勝てる存在などいやしない、そう思えるほどには。
だが──
(勝てる気がしない──いや、この男が負ける姿が想像出来ない。苦戦する姿さえ、想像すら出来ない……)
巌人はそれと同等──否、それ以上に圧倒的だった。
気がつけば巌人の姿はすぐ目の前まで迫っており、悪魔人は、引き攣った笑みを見せてこう呟いた。
「まったく、運が悪いことこの上ない」
悪魔人は、その言葉を最期に命を散らした。
☆☆☆
こうして、タキノキャンプ場を襲ったアンノウンたちは掃討された。
後からその場に駆けつけてきた特務隊員達はそのあまりのアンノウンの多さに息を飲み、それぞれの各所で総勢四体の聖獣級アンノウンの死体を発見した。
その他にも幻獣級アンノウンが十二体、その他怪獣級の死体も原型をとどめているだけでも百体余りが見つかり、その一件は史上最大の襲撃事件として世界中へと知れ渡って行った。
そして、その影に隠れてあまり目立つことは無かったが、その襲撃事件における被害者の数が奇跡的なまでに低かったのだ。
それは半数近くが丁度朝の朝食が行われていた多目的ホールに閉じこもっていたことと、その場に特務のA級隊員、B級隊員、そして先日聖獣級を倒したとされる少年が居合わせた為だとメディアには放送されたが、それぞれ巌人と紡に助けられた人々はそのメディアに不信感を抱きながらも、二人へと惜しみない感謝と賞賛を送った。
そうして日々は過ぎ、一週間後。
巌人はニュース番組を映し出している居間のテレビの電源を切ると、それと同時に腕のステータスアプリ。そこから映し出されているスクリーンへと視線を下ろした。
「やっぱり海外では『無音ワープホール』の『無』の字も無いな。母さんは何か掴んだのか?」
そのスクリーンに映し出されていたのは巌人の実の母──鐘倉月影であり、彼女は困ったようにため息を吐いた。
『詳しいことはなーんにも。ただ、そのアンノウンが言っていたらしい“研究者”っていう存在。そして海外──いや、この街以外には一度も無音ワープホールが開いてないってことからも、やっぱり考えられることはただ一つね』
彼女はそう呟いて、巌人と視線を交差させる。
そして──
『「内通者の存在」』
巌人と月影は、全く同時にそう呟いた。
月影は巌人が同じ意見だったことに眉間を疲れたように揉むと、その答えに至った理由を淡々と告げてゆく。
『この街に内通者が居ると考えれば、内側からこの街の発見装置へと妨害電波を流し、その隙にワープホールを開くっていう手段が可能になるわ』
「普通に無音のワープホールが開発されたとなると、サッポロ以外の街に現れていないのはおかしいしね。その説が最有力候補なんじゃない?」
巌人はそう言うと、それと同時に階段の方から聞こえてきた声に耳を傾けた。
「ツムさーん! ほらお菓子っすよぉー」
「早く出てこないと巌人さまといちゃついちゃいますよー」
その声を聞いてため息を吐く巌人。
月影もその言葉が聞こえたのか、困ったように眉を寄せた。
『もしかして……ツムちゃん、引きこもっちゃった?』
「あー、うん。数日前から」
そう、あの件から数日経ったある日、紡は自らの部屋に引きこもってしまったのだ。
昔──三年前の紡が引きこもり真っ盛りだっただけあって巌人はあまり動揺こそしなかったが、それでも心配はしていた。
「さて……どうしたものか」
巌人は『頑張って!』とサムズアップしている月影を眺めながら、そんなことを呟いた。
疑惑、でした。
真実か否かはご想像にお任せします。