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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
戦いを知らぬ男
56/162

56.無音の脅威

風邪にはご注意を。

特に喉から鼻にかけて。

 翌朝。

 巌人は朝早くからランニングをしていた。

 彼はその特異体質故に鈍るということがほとんど皆無なのだが、けれども肉体的に鈍らずとも頭──行動を選択する頭脳が鈍ってしまえばそれはつまり身体のキレが鈍くなるということ。

 だからこそ、巌人は毎日毎日欠かさずランニングを行い、図らずして日々少しずつ闘級を上げているのだった。


 閑話休題。


 という訳で巌人は朝のランニングを終えてコテージの付近まで戻ってきた。

 のだが──


「今日は……早く帰った方がいいかもな」


 巌人は空を見上げてそう呟いた。

 見上げれば、空にはどす黒い雲が流れてきており、バチバチと雷が帯電している様子も見て取れる。

 このままでは雨が降るのは火を見るより明らかで、巌人は駆け足気味に自分のコテージへと向かった。


 ──まるで不吉の到来を告げるような、そんな遠くからの雷の音を聞きながら。




 ☆☆☆




「まじかぁー、天気予報じゃ二日とも晴れだったんだけどなぁ」


 衛太はそうぼやきながらも朝食のおにぎりを頬張った。

 それに対して委員長は大丈夫と言わんばかりに笑顔を見せると、衛太へと口を開く。


「でも楽しかったよね! 川でバレーボールもしたし、バーベキューもしたし、女子会も……」

「女子会? 委員長たちそんなことしてたのか?」


 そのすかさず行われた巌人の追及に紡とカレン、彩姫はピクリと肩を跳ねさせた。


(あぁ……また僕のこと話したな?)


 そしてその一瞬で大体のことを察する巌人。

 彼はどんなことを話したのか想像してため息を──


 ドガァァァァァァンッッ!!


 瞬間、巨大な爆発音が轟き、大地が揺れ、爆風が吹き付けてきたのか窓ガラスが音を立てて割れてゆく。

 巌人は咄嗟に窓ガラスとカレンたちの間に入り込んでそれらの破片をすべて叩き落とすが、巌人は、その壊れた窓から外を見て──目を疑った。


「おいおい……、ここは壁の外だったのか?」


 そんな冗談でも言ってなければやっていけない。

 巌人はドアを蹴破ってコテージの外に出る。

 目の前に広がっていたのは──地獄絵図。


「ぎゃぁぁぁ!? た、たすけっ……」

「いやっ! やめて! こ、こないでぇっ!」

「うぇぇぇぇんっ、お、お母さぁぁぁん!」


 周囲のコテージは破壊され、爆発によって炎が燃え移ったのか、いくつかのコテージには火がついている。

 さらに視線を動かせばそこらじゅうにアンノウンの影が見当たり、巌人は、今まさにアンノウンにやられそうになっているその少女の姿を発見した。


『Gisss、Gihaaaaa!』


 そう言って襲いかかるアンノウン。

 巌人は咄嗟に近くにあった石を投げてそのアンノウンを絶命させるが、巌人は今のアンノウンを見て冷や汗を流した。


「……今のは、どう見ても幻獣級だろう……? なんであんなのがいきなり目に入るんだよ……」


 そう言いながらも巌人はその少女の元へと向かってゆき、何も聞かずに彼女の頭を優しく撫でた。


「ぐすっ、お、おにいちゃん、だれ?」

「えーっと、まぁ、正義を愛するヒーローってやつだ。だからもう安心していいよ」


 その嘘しか見当たらない言葉。その言葉に一瞬少女はキョトンとした表情を浮かべたが、この状況下だ。彼女は安心したように笑を浮かべ、瞼を閉じた。


「そっか……、なら、安心……だ、ね……」

「うおっと」


 いきなり意識を手放した少女。

 巌人はその身体を優しく受け止めると、直後に追いついてきた中島先生へと視線を向ける。


「先生、ちょっとこの娘を守っててもらえますか? 生きてる人たちも全員ここに連れてくるんで」

「……あぁ、分かった」


 中島先生は少しの沈黙の後にそう頷くと、巌人は自分のTシャツをぎゅっと掴んでいるその少女をなんとか彼女へと渡す。

 それと同時に紡たち他の面々も集まってきて、巌人は彼女らを見渡してこう告げた。


「ツムは単独で生存者の保護とここまでの護衛を、カレンと彩姫は……二人でなら大丈夫だな? 衛太と委員長はここに来るだろう人たちの面倒を見ててくれ。先生じゃ騒がれたりしたら殴りそうだからな」


 そう言って彼はふぅと息をつく。

 瞬間、見計らったかのごとく背後の物陰からアンノウンが飛び出してきて、それを見たカレンたちは思わず目を見開き、対処しようとして──



「うるさい」



 放たれるは、巌人の軽い裏拳。

 それによってそのアンノウンは一直線に吹き飛ばされてゆき、一瞬で視界から消えてゆく。

 それをぼうっと眺めている面々に、巌人は淡々とこう告げた。



「殺される覚悟もなしに殺しに来たわけでもあるまいさ」



 その瞳には、冷たい光が灯っていた。




 ☆☆☆




 巌人が駆け出してゆき、紡もそれとは違う方向へと駆け出して行った直後。


「カレン! 私が生存者を見つけて障害物を取り除きます!」

「分かったっす! なら私はいち早く駆けつけて近くのアンノウンを蹴散らせばいいっすね!」


 そう言って彩姫はその瞳には赤い光を灯させた。


(『天眼通』っ!)


 瞬間、彼女の瞳はコテージ、木々、岩など、全ての障害物を透視し、その状態で彼女は視線をスライドさせる。

 北には巌人が、南から西にかけては紡が行っているため、彩姫は南から東にかけてを散策し──とある一箇所に人達が集まっていることに内心でホッとした。


「カレン、ここでは死者はいません。みんな一箇所に集まって──」


 ──一箇所に集まる?


 その言葉を思い返した彩姫は、頬を冷や汗が伝うのを感じた。

 一箇所に集まる。

 それはそれでいい判断だろうが、守る側としてはこれほど厄介なことは無い。

 それはつまり、この範囲内にいるアンノウンの全戦力がそこへと集結するということなのだから。


「ま、まずい! カレン、少し異能を使って時短しますよ!」

「ふぇ? わ、わかったっす!」


 そう言って彩姫は、カレンを異能で持ち上げて高速移動を始めた。




 ☆☆☆




「『業火滅却』」


 瞬間、紡の掌から召喚された神炎がそのアンノウンの群れを燃やし尽くし、それを見て紡は背後へと視線を向けた。


「ん、今のうち。中心近くのひろば」

「は、はいいぃっ! あ、ありがとうございます!」


 そう言ってその子供連れの家族は駆け出してゆき、その中島先生の居る広場までの経路に敵の気配がないのを確認した彼女は、再び視線を前へと向ける。


「うわ……。はずれ、ひいたかも」


 そう言って彼女は視線を左右にスライドさせる。

 そこには数多くのアンノウンの群れ──少なく見積もっても百体は下らないだろう。

 しかも中には怪獣級に混じって幻獣級の怪物までいる始末。A級隊員でもこの場を乗り切るのは不可能に違いない。

 その上──


『ほう……? なかなか威勢の良いのが居るではないか』


 そうして現れたのは、一頭の巨大な銀色の虎。

 人の言葉を話す──それはつまり聖獣級かそれ以上の証明であり、詳細は分からずとも、紡はそれを見て目を細めた。


(カレンと彩姫、今の二人なら、聖獣級、下位なら、大丈夫だとは思うけど……)


 そう、あの二人はあの時──極白クマと戦った時よりもさらに強くなっており、闘級が五十前後の敵ならば二人で力を合わせば倒せるはずだ。

 ──余程のイレギュラーさえなければ、の話だが。

 紡は軽くため息を吐くと、その虎へと話しかけた。


「そこの、銀色のとら。ここに、お前より強いヤツ、どれだけ来てる?」


 その言葉に眉を顰めるその銀色の虎。

 それは間違いなく『自分より強い存在』という単語によるもので、すぐに答えないところを見るにそれは本当に来ているのだろう。


『……ふんっ、我──“銀虎”よりも強い存在など存在せぬと言いたいところだがな。北に二体来ておるわ。それに、東には我の同胞が居る。強さは我より少し劣るが、いずれにせよ貴様らが死ぬ未来は変わらんさ』


 その言葉を聞いて、紡は確信する。


「とらのそうてい闘級、多分五十五以下。そのどうほうなら、あの二人でも勝てるし──」


 ──北に関しては、どんなやつが来ようと関係ない。


 紡はその手に神炎を呼び出すと、銀虎率いるその群れへと向かってこう告げた。



「まぁ、三分もてばいいほう……、かな」



 そうして西で『業火の白帝』と『銀虎』の決戦が始まった。




 ☆☆☆




 ドゴォォォンッ!

 巌人の蹴りで地が砕け、今まさにその女性へと襲いかかろうとしていたそのカマキリのアンノウンはバランスを崩す。

 その凶刃はギリギリのところでその標的から逸れ、生まれたその一瞬によって巌人はその眼前へと到着した。


「ふっ」


 一撃、上から下へと向けた軽いチョップ。

 そのアンノウンはその一撃によって命を散らし、大地に赤い鮮血が跳ねる。

 そして、茫然自失とした様子のその女性。

 明らかに容姿の似ている彼女へと向けて、巌人は先ほどの少女について聞いてみた。


「あの……もしかしてここに来る途中で女の子とはぐれませんでした?」

「は? えっ? も、もしかしてあの子を見たんですか!? あ、あとありがとうございます!」

「あぁ、あの子ならたまたま居合わせた特務のA級隊員が保護してますよ。大丈夫だから安心して……」


 巌人は慌てたようにそう叫びだした彼女の両肩へと手を添えてそう告げると、彼女は数度の深呼吸の後になんとか落ち着きを取り戻した。


「わ、私……アンノウンから逃げる途中であの子とはぐれてしまったみたいで……。本当に、本当にありがとうございます……っ」

「いえいえ、最悪の状況も考えていたので、本当に生きててくれてよかったですよ。一人でよく頑張りましたね」


 巌人は目尻に涙を浮かべる彼女へそう言って手を差し伸べて──



「──ッッ!?」



 巌人は、その女性を抱えてその場から飛び退いた。

 直接、数瞬前まで巌人たちがいた場所に巨大な拳が激突し、その地面に巨大なクレーターを穿った。


「ひぃっ!?」


 それにはその女性も思わず悲鳴を上げ、巌人はその拳の主を見て目を見開いた。


「チッ、人型(・・)か……」


 そこに居たのは、目深にフードをかぶった、黒いローブに身を包む人間──否、アンノウンであった。

 そのローブの袖からは悪魔のような巨大な腕が伸びており、なるほど人型なのはひと目でわかるだろう。


「ほう? 今のを避けるか。しかもその魂──なるほど、貴様があの男の言っていた『障害』か」

「障害……? 一体なんのことだ?」


 そういった巌人であったが、その答えよりも先に、その黒い雲から巌人へと強烈な雷が落ちた。


「くっ……」


 巌人は咄嗟にその場からその女性を抱えたまま回避すると、それと同時に落雷が大地へと激突する。

 それには黒ローブも心底驚いたように声を上げ、その雷からも声が上がった。


「なにっ? 天災の類すら躱すとは……」

『おいおい旦那ぁ、こりゃ俺達には荷が重いんじゃねぇのかぁ?』


 その場に落ちて、帯電していたその雷。

 次第にその雷は形を形成してゆき、数秒後、そこには雷を纏う人間の姿が成されていた。


「正体不明の人型に、そっちは……人型と言うよりは、意志を持った雷って言った方が正しいかな」


 ──まぁ、すこしだけ厄介なことには変わりない。


 巌人は内心でそう呟くと、女性をその場に下ろし、優しげにこう呟いた。


「ひとつ、お願いします。今からアイツら倒すんで、この場から絶対に動かないでもらえますか?」

「へっ? あ、はいっ! っていうか倒せるんですか!?」


 その言葉を受けて巌人は立ち上がる。

 その顔には『気負い』というものは感じられず──


『ヒャッハー! 女が下りた! とりあえずあっちから仕留めてやるぜっ!』

「ま、まてっ! 雷神マン!」


 その雷──雷神マンは巌人たちへと向けて雷を放つ。

 雷は基本的にどんな相手にでも通じる最強の矛。故に雷神マンは確信していた。


『これを躱したってことは耐えきれねぇってことだ! ほら躱してみろよ! その代わり後ろの女は死ぬけどなぁ!』


 雷神マンは自信満々にそう叫んで──



「まぁ、大丈夫だと思いますよ」



 直後、巌人は手の甲で──その雷を弾いた。


「『「んなぁっ!?」』」


 その一連の流れにその場にいた者達全員が目を見開いた。


「な、なな、なんだと!? す、素手で雷を弾くなど……ッ! き、貴様! 一体何者だ!」


 その黒ローブは気がつけばそう叫んでおり、それを受けた巌人は、握り拳を構えてこう告げた。



「何者って……。ちょっと強いだけの一般人だが」



 ただ一つ言えるのは、そこらの一般人は、この状態を『少しだけ厄介』とは表現しないであろうということだけだった。

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