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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
戦いを知らぬ男
54/162

54.兄の定義

「あーっ! こんなところにいたっすね!」


 場所は多くのコテージが集まっているキャンプ場の中心地。そこにある一つの店。

 巌人はそんな声が聞こえてきて振り返る。

 そこには水着の上からパーカーを羽織ったカレンが立っており、巌人はその道具一式を受け取って彼女へと向き直った。


「ん? どうしたカレン。こんな所で」

「どうしたもこうしたもないっすよ! なんで気づいたら居ないんすか!? せっかくだし師匠も一緒に遊ぶっすよ!」


 そう言って巌人の腕を引っ張るカレン。

 けれども巌人は悲しげに顔を伏せる。

 それにはカレンも思わず目を見張り──


「すまない。僕、泳げなくて……」


 その言葉に、なお一層目を剥いた。


「お、泳げない……? あ、あの、師匠が、っすか?」


 もちろん泳げないなど真っ赤な嘘である。

 けれどもカレンは巌人の雰囲気にアッサリと騙され、気がつけば可哀想なものを見るような目で巌人の事を眺めていた。


「あぁッ、僕だって本当はみんなの中に混ざりたいさ! けどッ……僕には、どうしても水が怖くて仕方ないんだ……ッ!」


 その巌人の切実な言葉に──


「「嘘ですね(だな)」」


 そんな言葉が挟まれた。

 その声に視線を向ければジトっとした視線を送ってくる彩姫と中島先生の姿があり、彼女らはその揺るぎなち証拠を口にした。


「特務の研修には『嘘感知』っていう必修科目がある。そこの馬鹿ほどの精度は無理だが、まぁ、今みたいな見え透いた嘘くらいは一瞬だぞ」

「ついでに言えば、私の異能でも嘘って出てますね」


 そう、特務の研修にはいくつかの必修科目があり、その中に含まれているのが巌人の身につけている『嘘感知』である。

 相手の動きや様子、声のトーンなどから嘘かどうかを判断し、あらゆる場面で有利に事を進める。それを目的とした科目だ。

 巌人はその言葉に「チッ」と小さく舌打ちすると、カレンへ向けてこう告げた。


「まぁ、アレだ。カレンもたまには人を疑う、ということを覚えた方がいい。でなければいずれ人型に出会った時にまんまと騙されかねないぞ」

「はっ! 今のも修行だったんすね!? さすが師匠っす!」


 ──だから人を疑えって言ってるのに。

 巌人は早速騙されているカレンを眺めながら内心で呟く。

 また、その様子を見て更なるため息を吐く彩姫と中島先生であったが、いつの間にか来ていた紡がちょいちょいと巌人のジャージの裾を引っ張った。


「兄さん。それより、それ、なに?」


 そう言って紡は巌人の手にしているそれへと視線を向ける。

 彼は巨大な箱を肩に背負い、その手には大きめなビニール袋が握られている。

 そのため傍からはとてつもなく目立っているのだが、



「やっぱり、キャンプって言えばバーベキューだろ?」



 巌人は何でもないというふうに、笑みを浮かべてそう告げた。




 ☆☆☆




 じゅぅぅっ、と肉の焼ける音が響き、程なくして漂ってきたその胃袋を掴む匂いに、およそ二名ほどが声を上げた。


「うほぉー! 肉肉肉っ! 肉っすよー!」

「スゲェ肉だ! 俺肉なんて見たのお前らが持ってきた弁当以来だぜ!」


 そう、カレンと衛太である。

 南雲家では何のためらいもなく使われている肉ではあるが、野生動物の絶滅した今、動物の肉というのは貴重も貴重、世界でもごくひと握りの王侯貴族しか食べられるものではなく、故にこのご時世、一般家庭が肉を食べるのは祝い事の場でしか有り得ない。

 故に、今まで一般家庭にいた衛太はその肉に叫び声をあげ、この数ヶ月で数十キロ単位の肉を平らげてきたカレンも何故か叫び声をあげた。

 巌人はそれを横目で見ながらも肉をトングで裏返してゆく。


「まぁ、今回は何故か(・・・)動物やアンノウンの肉が大量に入荷されててな。おかわりはいくらでもあるからとりあえず落ち着け」

「意味わかんねぇけど、今日ほど神様という存在を信じたことは無いぜ! ありがとう神様!」

「ありがとうっす! マクベス先生!」

「……ん? 誰それ?」


 そう言って衛太とカレンが叫び、それに紡と委員長が近づいていく中、巌人はトングを置いて少し離れた位置にあるベンチに腰をかけた。

 そして、それと同時に近づいてくる気配が一つ。


「巌人さま、お話宜しいですか?」


 そう、彩姫である。

 巌人は先ほどの川での出来事を思い出しながらも、黙ってベンチの横の方へと座り直した。

 すると彼女は頬を緩めて隣へと腰を下ろし、巌人の腕へと両手を絡めた。

 それには思わず巌人も頬を引き攣らせたが──


「そう言えば、数日前に特務へと黒棺の王(ブラックパンドラー)さまから依頼がありましてね。ちょうどこのタキノキャンプ場へとアンノウンの肉を卸したんですよ」

「……へぇ、珍しいこともあったもんだ」


 棒読みもここに極まれり。

 巌人は彩姫から顔を逸らしながらそう呟くと、それを見た彩姫はクスリと笑みを浮かべた。


「巌人さま、私があの人の情報を見逃すはずないって分かってましたよね?」


 そう、彩姫は今でこそ丸くなった──というか、黒棺の王本人らしき人物が近くにいるため丸くなっているが、その実は極度の黒棺の王ファンである。

 そんな彼女が半ば大々的に動いた黒棺の王の行動を見逃すはずもなく、それを巌人が想定していなかった、というのはあまりにも出来すぎている。

 だからこそ彩姫は考えた。


「巌人さまは何らかの方法で(・・・・・・・)黒棺の王さまへと命令ができると仮定します。なれば貴方は、ツムさんが巌人さまの動向を逐一探っていると知らずとも、私がその動きに気が付き、ここへと来ることは──事前に分かっていた」


 その言葉に巌人は苦笑する。

 それが何よりもの答えで、彩姫は呆れたように口を開く。


「私だって常に異能を発動してるわけじゃないんですからね? そう、さらっと騙しにかかってくるのやめてください」

「何のことか分からないけど、とりあえず嫌だ」


 巌人はそう言って笑みを浮かべた。

 それを見た彩姫はため息を漏らすと、



「巌人さま。まさかとは思いますが、ツムさんに自分は必要ない、とか思ってませんよね?」



 その言葉に、巌人の笑みが凍りついた。

 彩姫は見ていた──巌人が踵を返したその瞬間を。

 その後ろ姿はとても儚げで、それでいて嬉しげで、なによりも、悲しげであった。


「私には巌人さまとツムさんにどんな過去があるのかは分かりません。けど、巌人さまがツムさんのこと大好きで、ツムさんが巌人さまのこと大好きなのは見てれば分かります」


 その声に巌人は彩姫へと視線を向ける。

 彩姫は彼へと更に言葉を続けようとして──その瞳を見て、思わず息を飲んだ。

 なにせ、その瞳に映っていたのは──



「何馬鹿な事言ってんだよ。必要かどうかは分からんが、僕がツムのこと大好きなのは当たり前だろうが」



 その瞳に映っていたのは──優しさだった。


「必要かどうかはツムが決めることだ。ツムが必要ないって言えば素直に姿を消すし──ツムが居なくならないでって、そう言ったから。だからこそ僕はここにいる」


 彼は視線を前へと向ける。

 そこには巌人の姿を探しているのか、キョロキョロと、不安そうに辺り探している紡の姿があった。

 その手は何か、そこにあるはずの何かを探しているようにワチャワチャしており、巌人はそれを見て立ち上がる。


「大切な妹がそばに居る。なら妹が暮らしやすいように努力するのは僕の仕事で、妹が望むことをしてやるのが僕の仕事だ」


 そう言って彼は、彩姫へと顔を向けて笑って見せた。



「いつも妹の味方でいて、そんでいつも妹が大好きだ。それが兄ちゃんってもんだろ?」



 その言葉に、彩姫は呆れたように、そして心底安堵したように息を吐く。

 そして──頬を緩めてこう呟いた。



「なんで私、こんな変態のこと好きになっちゃったんでしょうね……」と。




 ☆☆☆




 たたたっ!

 そんな足音がして巌人は視線を前に向ける。

 そして、直後に襲ってくるポフンという軽い衝撃。


「兄さん……みつけたっ」

「おう、見つかっちゃったなぁ」


 視線を下ろせばぎゅっと身体に抱きついてくる紡がそこには居て、その可愛らしさに巌人は頬を緩めた。

 巌人は頭をグリグリと押し付けてくる紡の頭を軽く撫でると、徐々に彼女の体からは力が抜けてゆき、彼女は嬉しさを隠しながらに顔を上げる。


「兄さん……また、あいびき」

「ん? 合い挽き肉がどうした? ツムが大好きなハンバーグでも作ってやろうか?」

「……兄さんの、ばか」


 そう言って紡は巌人のお腹を軽く叩く。

 けれどもそれには力は込められておらず、巌人は紡をヒョイっと抱き抱えて見せた。

 それには思わず紡も顔を赤くして軽く暴れ始めたが、けれどもすぐにその心地よさを知り、まるで借りてきた猫のように大人しくなった。


 義兄と義妹。

 彼と彼女の関係はまさにそれである。

 けれども傍から見ればその姿は全くの別に見えて──



「まるで、父と娘ですね……」



 彩姫はそう呟いて、座っていたベンチから腰を上げた。


次回、急展開!

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