52.キャンプ
それからおよそ一週間が経ち、土曜日。
「夏休み……ねぇ」
巌人はそう、呟いた。
そう、フォースアカデミーは昨日の金曜日から夏休みに突入しており、巌人たちは今日からしばらくの間暇になるのだ。
だが──
「別に夏休みだからってやることはないんだよな」
巌人はそう呟いて手元へと視線を落とす。
そこには紡から借りたゲーム機が握られており、巌人はそれをピコピコと押してゲームを勧めてゆく。
今巌人がやっているのは大人気アンノウン討伐ゲーム、アンノウンハンタークロス、略してノンハンクロスである。
そして今巌人のキャラが対峙しているのは、泡狐竜タマキツネ。泡の攻撃をしてくる首の長い狐である。
「よしっ! そこだっ!」
巌人は太刀を使用して連打連打。
柔らかい部位を集中的に、そして執拗なまでに攻撃してゆく。
『you got the mail』
ふと、そんな音が聞こえてきた。
巌人は直感した──うん、気のせいだな、と。
実際には直感でもなんでもなく、ただいいところだから見るのがめんどくさく、なかったことにしようとしているだけなのだが、まぁ色々と直感したのだ。
──このメールを見たら面倒なことになる、と。
ズザザザザッ! ガキィン!
再びノンハンに没中し始める巌人。
そして、再びなるその着信音。
『you got『you『you『yo『y……』』』』』
もう最初の一単語すら言わせてもらえない着信音が可哀相なレベルで鳴り響く着信音。
巌人はため息一つ、ゲーム機をスリープモードにしてそのステータスアプリのメールのマークをタップする。
それと同時にスクリーンが浮かび上がり、その着信ボックスにはゲシュタルト崩壊を起こすのではとばかりの《平岸衛太》の文字が。
「なんだ、衛太なら別にいいか」
巌人は一瞬でそう判断を下すと、ゲームへ再び視線を移そうとして──その直前になり始めた電話の着信音に呆れたようにため息を吐いた。
(一体何のようだよアイツ……今僕ノンハンで忙しいんだけど。泡狐竜の天鱗ドロップしようと頑張ってるんだけど?)
巌人はそう言ってその着信を告げるウィンドウへと視線を下ろし──迷うことなくそれに出た。
「あ、委員長? おはようございま〜す」
そう、衛太かと思いきやその電話の主は委員長だったのだ。
衛太ならばまだしも委員長はオーバーダイSRBの常連購入客だ。無下にはできない。
だからこそ巌人はその電話に出て──
『よぉ、俺のメールに出ずに委員長の電話には出るたァどういう了見だ?』
「……はい? もしかしてどなたかと間違えてないでしょうか?」
『裏声でとぼけんな!』
その電話越しに聞こえてきたのは、他の誰でもない衛太の声であった。
それには巌人も裏声で対応してみたがやはり通じず、一瞬で巌人は諦めるという結論に達した。
「で? 今僕『泡狐竜の天鱗』集めてるんだけど。もしかして狩り手伝ってくれるの?」
『ちげえよ! って言うか何でわざわざあんなに出にくいのを……じゃなかった。とりあえず聞きたいんだが、お前って夏休みなんか用事あるか? ノンハン以外で』
さすがは衛太。
『あ、うん。あるある』と言いつつ『実はノンハンでしたー』という言い訳を真っ先に潰してきた。流石は親友ポジである。
巌人はため息を吐くと、電話越しに「いいや」と呟く。
実際にノンハンを抜かせば巌人には用事らしき用事はなく、ただただ暇な毎日が待っているだけなのだ。
だからこそ巌人はそう告げて──
『ならよ、キャンプ行かねぇか?』
「……はい?」
衛太の提案に、思わずそう聞き返した。
☆☆☆
サッポロにある、タキノすずらん公園。
実際には公園とは名ばかりで、その敷地面積はおおよそ四百ヘクタール──わかりやすく言えば東京ドームおよそ八十五個分である。
サッポロ市民にならば『無料で入れる日』や『ゆるキャラのイラストと着ぐるみの体格差』などと言えば伝わるであろうが。
閑話休題。
そこには悲劇の年以前から変わらず、様々な遊び場などが入っており、サッポロ近辺に住んでいる子供ならば一度は行ったことがあるだろうというメジャースポットだ。
そして、そのタキノすずらん公園の中に入っているものこそ、タキノキャンプ場であり、今回衛太がキャンプ先へと選んだ場所であった。
というのも、
『い、いや……、実は委員長といこうかって話になったんだけどよ……。さ、流石に学生で二人っきりで外泊は……なぁ?』
もう覚悟決めて行っちまえよ。
そう言ってやりたくなった巌人ではあったが、衛太が『どうしても』と渋って聞かなかったため、結果として巌人がそのキャンプに同行することとなった。
のだが──
「……なんでお前らまでここに居るんだ?」
そう言って巌人が視線を向けた先には、見覚えのありすぎる女子三人──カレン、彩姫、そして紡の姿が。
そして、その背後に止まっているタイヤ付きの車。
その車から疲れたような顔をして出てきた彼女──中島先生はため息を吐くと、三人のうち真ん中に立っている紡へとクイッと親指を向けた。
「ソイツに命令されたんだよ。キャンプ場に泊まりたいけど保護者がいないからその代わりになってくれ、ってな。てか、珍しく電話してきたと思えばそういう事かよ……」
そう言って彼女は額に手を当てる。
中島先生の言葉を聞いて巌人もなんとなく事情を察したが、けれども彼は、頬をひきつらせて苦笑いを浮かべていた。
なにせ──
「……あれ、今日のこと、僕って何一つ教えてないよね?」
そう、その事についてである。
巌人は今回の件について三人には何一つとして知らせていない。と言っても別に主だった理由はなく、強いていうとすれば、ただ衛太と委員長のデートということなら大人数でない方がいいだろう。そう思ったからである。
だからこそ彼女らには何一つとして情報を与えず、今日も『衛太の家に泊まってくる』と言って家を出てきた。
故に──困惑した。
「なーんで、情報漏れてるのかな……?」
巌人の言葉にソロソロと視線を逸らす紡。
巌人は知っていた。その行為をする紡は決まって後ろめたい何かを隠しているということに。
そして、知っていた。引きこもりとメロンソーダしか目立っていない紡だが、その実彼女は彩姫と同等かそれ以上の天才だということに。
気がつけば巌人の姿は紡の目の前まで移動しており、彼は片手で紡のほっぺたを、両側からムニュっと押さえ付けた。
「ふにゅっ」
「ツムちゃーん? プライバシーって知ってるかな?」
「ひ、ひらないっ。つむ、こどもひゃから」
絶対に目を合わせてたまるか。
そんな意思が見て取れる紡の様子に巌人はため息を吐いた。
巌人の特技の一つとして、他人の言葉や視線、仕草から嘘を判別することが出来る、というものがある。
しかもその精度はかなりのものであり、仕草だけでもかなり特定できるのだが、じっくりと相手の目を見て行ったそれは最早『読心』の域に達する。
それゆえに彼女は必死に視線を合わせないように首を横へと向け、その必死さを見た巌人は別の道を辿ってその真実へと至った。
「言っとくけど、そこまで目を合わせたがらなかったらそれはそれでわかりやすいからな?」
「はっ!? ふ、ふかく……」
紡はガクリと肩を落とし、それを見た巌人は衛太と委員長へと視線を向ける。
「なんだか悪いな、二人とも。……なんか余計なのまで付いてきちゃって」
「余計なのってなんすか!?」
カレンの叫び声が聞こえたが、それは華麗にスルーされた。
衛太と委員長は微妙な──歓喜六割、困惑二割、そしてその他二割と言ったような表情を浮かべると、どこかホッとしたようにそれに頷く。
そして、それを見た巌人は一言こう呟く。
「チッ……、このヘタレが」
「お前に言わたくねぇよ!」
限りなく正論すぎるツッコミであった。
☆☆☆
「ほぉ? なかなかのもんじゃねぇか」
それらを見た中島先生はそう呟いた。
そこには隣接して作られている二つのコテージがあり、その外見はいかにも『キャンプ』と言った感じであった。
巌人もその初めて見るコテージに思わずその外装をキョロキョロと眺めてしまい、たまたまその様子を見ていた彩姫がクスリと笑った。
「巌人さま、なんだか子供っぽいところありますよね」
そして、その言葉によって正気に戻る巌人。
彼はすぐさまその行動を取り止めると、肩にかけていたそのバックをグッと背負い直す。
「まぁ、アレだ。何をするにもとりあえず荷物中に置いてからだろ」
「そりゃ正論だ」
巌人の言葉に中島先生がそう肯定し、巌人と中島先生は歩き出す──同じコテージへと向かって。
「って! なんで同じ方来てるんですか!?」
「あ? 世の中空いてる方から詰めるのは常識だろうが。お前まだ常識すらマスターしてなかったのか?」
「してますよ! だから言ってるんでしょ!」
巌人はさも当然とばかりにそう告げてくる中島先生の背を押してコテージから離すと、彼女へと踵を向けて先ほどのコテージへと歩き始める。
そして──
「ここには男女がいるんだから、こういうの普……」
「そうっすね! やっぱりここは私と師匠のコテージと、その他諸々のコテージに分けるべきっすね」
気がつけば、巌人はカレンにアイアンクローをかましていた。
「ちょ、いたっ、痛いっすよ師匠! 今初めて師匠からまともな攻撃を受けてるっすよ!? 何でっすか!?」
「……本気で言ってる?」
「う、嘘っす! 嘘言ったっすから離してくださいっす!」
そう言ったカレンは、ギシギシと頭蓋にくい込んでくるその五本の指から何とか開放されると、それと同時に逃げるように彩姫の背後へと隠れてしまう。
「ううう……、せっかく師匠と一緒に寝られるチャンスだったッスのにぃ……」
「カレン、巌人さまは恥ずかしいんですよ。ほら見てください。何気に前に私たちが送ったジャージ着てるでしょう? 好感度は確実に上がってますよ」
「あ、ほんとっすね! このまま行けば何かしらのイベントが起こるに違いないっす!」
その丸聞こえな会話に思わずため息を漏らす巌人。
確かにこの前のプレゼントには驚いたし、それ以上に嬉しかった。だからこそ、その前と比べれば確かに好感度が上がっているといえば上がっているのだが──
(それを認めるのも……アレだしな)
巌人は内心でそう呟く。
この好感度の微上昇が恋に繋がるとは思えないが、認めてしまえばそれはそれで負けたような気分になる。
だからこそ、巌人は嘲笑を浮かべてこう告げた。
「まぁ、確かに好感度は上がってるけどさ」
──友人として、だけど。
二人は泣きながら、もう片方のコテージへと走り去っていった。
作者は○ンハンクロスはやった事ありません。
巌人が羨ましいです。