51.感謝の印
あぁ、風邪引きました……。
ストック切れてきてるのに……。
翌日、日曜日。
巌人は朝早くから家近くの公園にて待たされていた。
──紡と一緒に。
「なんで女子って待ち合わせ好きなんだろうな? 普通に同じ家に住んでるんだから一緒でいいじゃん。なぁ、ツム?」
「ん、ふたりともお子ちゃま。一緒にいる時間がながいほうが、ぜったいにいい」
女心というものがわからない二人であった。
そもそも紡に関してはピチピチでロリロリの九歳女児なのだが、彼女の考え方は『どれだけ一緒にいられるか』である。だからこそこうして一緒にいるわけだが──
「「……あ、きた」」
二人はそう言って視線を公園の入口へと向ける。
そこにはお洒落な服装に見を包む二人の姿があり、それらを見て巌人と紡は、こう言葉を漏らした。
「「ほんと、待ち合わせの意味って、あるのかな」」と。
☆☆☆
合流後、徒歩二分程度のバス停からバスに乗りこみ、ガタゴトと揺られること一時間弱。
巌人たちは、サッポロ駅へと到着していた。
「ほぇぇぇ……初めてきたっすよぉ」
カレンがそう声を漏らし、彩姫も同じなのか物珍しそうに周囲へと視線を向けている。
けれども一番目立つのは──天高く聳えるARタワーであろう。
隣のビックリカメラと内部で接続されており、電機製品はビックリカメラへ、それ以外のものはARタワーへ、そして電車などは地上一階部分から、地下鉄は地下一階から利用できるようになっている。
巌人は落ち着きのない二人から視線を外してステータスアプリに視線を落とすと、ピピピっと幾つか操作して顔を上げる。
「最初はスポーツ館行こうかと思ってたけど……、なんかいい感じのスポーツショップ出来たみたいだしそっち行ってみるか」
巌人はそう言うと、紡の手を引いて歩き出す。
それを見て焦った二人は急いで巌人のあとを付いていくが──やはり、どうしてもその繋がれている手が気になって仕方ない。
二人共分かってはいるのだ。巌人は本気で恋愛をする気がない。自主的に誰かを好きになったりはしない。
だからこそ自主的にではなく『仕方なく』好きになってもらおうと行動しているわけで、巌人が手を繋ぐとすれば『迷わないように』という理由だからに決まっている。
のだが──
にたぁ。
そんな擬音語が聞こえてくるような紡の横顔。
その瞳はしっかりと二人の姿を捉えており、まるで『どう? 羨ましいでしょ』と言っているようにも見えた。
──否、絶対そう思っているに違いない。
と、そんなことを思っていると、三人に巌人から声がかけられた。
「その視線の応酬は別にどうでもいいんだけどさ。どこか行きたいところある? 三人とも」
ビクッ!?
その言葉に三人の身体が跳ねた。
巌人は依然として紡からの好意だけ気付いていないものの、カレンと彩姫がしようとしていることには完全に気がついていた。
だからこそこうして、ちょくちょくそれらの作戦や計画を阻止しているのだ。
例えば今でいえば『三人が手を取り合ってハーレムの主人公』という未来が待っていただろう。阻止して正解だ。
巌人は返事のない様子にため息を吐くと、紡へと視線を下ろした。
「ツムはラノベの新刊とか見てかなくて大丈夫か?」
その言葉にぴくりと反応する紡。
巌人は知っていた。今日が紡の大好きなライトノベルの発売日だということに。
「カレンもせっかくサッポロ来たんだ。ラーメンとかお昼にいいんじゃないか?」
その言葉にぴくりと反応するカレン。
巌人は知っていた。カレンがまだサッポロに来て一度としてラーメンを口にしていないということに。
「彩姫知ってたか? 今日って『君の名を』の上映最終日なんだってさ」
その言葉にぴくりと反応する彩姫。
巌人は知っていた。彩姫がまだ『君の名を』を一度も見に行っていないということに。まぁ巌人もなのだが。
気がつけば三人は完全に大人しくなっており、巌人はそれを見て頬を緩めた。
「せっかくここまで来たんだ。そんなこと考えてないで普通に楽しまないと損だぞ」
その言葉に、うっと声を詰まらせた三人だった。
☆☆☆
その十数分後。
巌人たちはARタワーの中に入っているスポーツショップにて、新たな相棒を探していた。
「これなんてどうっすか?」
そう言ってカレンが持ってきたのは、赤い線の入った白いジャージであった。
「おお、カッコイイんじゃないか?」
それを見た巌人もそう言って好印象を覚えたが、けれども丁度違うジャージを持ってきた彩姫が口を挟んできた。
「でも巌人さま、それだとカレンとお揃いになりますよ」
「あ、ならいいや」
「青も今のとかぶってるっすからね!?」
そう、カレンは冬は青いコートの中に白いジャージを着ており、夏はワイシャツの上に青いジャージを羽織っているのだ。なんとまぁ巌人の好みに被せてきたものである。
巌人は顎に手を当てて考えていると、彩姫の持ってきたジャージへ視線がいった。
そこには胸から下が灰色で、肩から腕にかけてが黒色になっている、どちらかと言うと大人っぽい印象を受けるジャージがあった。
「巌人さまはいっつもあの安っぽい青ジャージでしたからね。今回はちょっとこんなのもどうかと」
そう言って彩姫はそのジャージを巌人に重ねて見た。
着た訳では無いが見た感じだと巌人に似合いそうな感じがして、今までのだらしなさの中に輝くカッコよさから、シックな大人びたカッコよさが目立つようになったそのジャージ。
巌人はそのジャージを鏡越しに自分に重ねて見て「おお」と呟いており、それを見ていたカレンは、あまりにも巌人に似合うそのジャージ見て、そしてそれを持ってきた彩姫を見て悔しそうにしている。
「もうなんか、青ばっかりだったけどこれでもいいかもな」
巌人はそう呟いて──ちょいちょいと、服の裾を引っ張られた。
「しんうち、とーじょー」
そんな可愛らしい声が聞こえてきて、巌人は紡の方へと視線を下ろし──そして、目を見開いた。
「そ、そそ、それはッ!?」
そこにあったのは、上下の完璧な組み合わせ。
上は青というよりは水色に近いジャージで、下は黒色のジャージであった。
気がつけば巌人はそのジャージを手に取ってみており、その自身が求めていたクオリティに目を見開いて笑っていた。
「袖は伸縮性があり袖まくり可能、両ポケットにはジッパー付き、破れにくい上に超発汗性の最先端技術を使ってる超高級品で、しかもその時の温度にかなり対応できる夏から冬までオールグリーンなスーパージャージ……。後ろはうなじまで隠れるようになってるけど……あぁ、帽子を収納してるのか……これは凄いな」
ブツブツブツブツ。
まるで何かに取り憑かれたかのようにそう呟き始める巌人にカレンと彩姫は思わず顔を引き攣らせ、それを見ていた紡は満足そうにこう呟いた。
「ちなみに値段、十八万」
「よし買った!」
巌人はとりあえず、同じものを三着買った。
☆☆☆
「ただいまっす〜!」
「ただいま」
「ただ今帰りました〜」
「おうおかえりー」
言っていることは約一名ほど異なってはいたが、夕刻、巌人たちは南雲家へと帰ってきた。
あの後ジャージを買った巌人たちは、事前に言ってあったとおり映画館へと行って予約のチケットを買い、余った時間に本屋へと向かって発売したてのラノベを購入。そして『君の名を』を見てからラーメンを食べた。
まぁ、その後もメガネ屋でサングラスをかけあって遊んだり、カレンがプールに行きたいと騒いで水着を買うハメになり、その間巌人が一人ベンチで時間を潰したり、紡が迷子になってかなり焦ったり。
様々なことがあったが──
「いやぁ、楽しかった……」
そう、結果としてはかなり楽しかったと言えるだろう。
巌人はそう言ってソファーへと腰を下ろす。
すると、それを見計らったかのように紡、カレン、彩姫の三人が両手を後ろに回しながら近寄ってきた。
それには巌人も首を傾げたが、紡のその言葉に、巌人は思わず目を見開いた。
「あの……、に、兄さん。い、いつも、ありがとう」
そう言って彼女は、背中からチラチラと見えていたその箱を巌人へと差し出した。
「……こ、これは?」
「ん、開けてみて」
巌人の戸惑いの声にそう返した紡。
巌人はその箱を恐る恐る受け取ると、その箱を開けて──さらに目を見開いた。
「兄さん、私のために、その、自分のもの、あんまり買って、ない、でしょ?」
そこにあったのは、巌人が今日の買い物の途中。いいなと視線を向けていた靴であった。
「あと、私からこれっす」
「私からも……これ」
そうしてカレンが渡してきたのは、ジャージの中に着るためのTシャツ。彩姫が渡してきたのは気に入ってはいても結局買わなかった黒いジャージであった。
それには巌人もどう反応していいか分からなくなって、困惑し、意味もなく三人を見上げた。
確かに巌人は、自分のためにあまりお金を使わない。
普段のシャンプーだって自分で作っているシャンプーを改良するのに必要最低限なだけしか購入しておらず、今日のジャージ三枚買いにしても、紡が選んできたものでなければ一枚だけで済ませていたであろう。
巌人とて、別に考えてそうしている訳では無い。
けれども無意識のうちに紡や彼女らの将来のことを考えてしまい、そのような行動を取っていたのだ。
将来、やりたいことが見つかった時に使えるように、と。
「い、いや……まだ、まだあの服も、靴も使えるぞ? 服だってほとんど破けてないし、靴もまだまだサイズ変わってないしさ」
巌人は無理矢理に笑みを浮かべてそう告げた。
けれどもそれを聞いたカレンと彩姫は呆れたようにため息をつくと、その事実を彼へと告げた。
「いや、普通は三年も同じようなもの着続けないっすよ」
「幾つか替えはあるにしても、驚異の貧乏精神してますよね。金持ちなのに」
その言葉に愕然とする巌人。
確かに街を歩けば奇異の視線で見られることはあったが、巌人はそれを黒髪であるからだと思い込んでいた。
紡はそんな巌人の前へと進みでると、彼の目を見つめてこう口を開く。
「兄さんが、私のためにお金使ってたの、分かってた。だから、これは初めての、親孝行。感謝の印」
そう、紡にとっては巌人が兄で──親だった。
父親は三年前に死に、その後色々あったけれども、それでもこの三年間。一番長くそばにいて、ずっと紡を育てて来たのは他の誰でもない──巌人だった。
気がつけば巌人は顔を伏せており、紡はそんな彼へとこう言った。
「兄さん。いつもありがとう。これからも、よろしく、ね?」
どこからか、噛み締めたような嗚咽が聞こえてきた。
以上、感謝の印、でした。
まぁ、今は詳しく語りませんが、ツムが南雲家に住むにあたって巌人はかなり苦労した過去を持ってます。
故に、巌人と紡の過去が明らかになってから読むと、また違った印象を受けるかも知れませんね。