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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
戦いを知らぬ男
50/162

50.影魔法

おやっ?

 巌人が衛太と邂逅した通り。

 そこから曲がって徒歩数分のところにある国道。

 巌人はものの数秒でそこまでたどり着くと、それらの光景を見て目を見開いた。


「なっ!?」


 視界に入ったのは、そこらで暴虐の限りを尽くすアンノウンたち。そしてそれから逃げ惑う人々の姿。

 国道を走っていたのであろう車はへしゃげて煙を上げており、間に合わなかったのか、血だまりの中にサラリーマンらしき人影が倒れている。

 久しく忘れていた──アンノウンの脅威。

 警報があるからこそ駆けつけられる。特務があるからこそ平和がある。平和があるからこそ、自分の生活がある。

 なればこそ、


「今の生活を壊されるのは、困りものだしな」


 巌人はそう呟いて、ゴキゴキと右の指を鳴らす。

 左手を前に、右手を頭の横に構えて腰を下ろすと、巌人は息をふぅっ、と吐いて、


「シッ!」


 瞬間、巌人の姿がその場から掻き消え、それと同時に数十体いたアンノウンの内、半数近くの首がねじ切られた。

 舞う鮮血。悲鳴はない。

 巌人は鮮血が舞う中、その右手に掴んでいたアンノウンの首を放ると、残りの残党へと右手を向けてこう告げた。



「これでも本業はこっちだからな。僕の柄じゃないが、この街の秩序だけは守らせてもらう」




 ☆☆☆




 襲い来るアンノウンの群れ。

 この距離だ。アンノウンからすれば巌人の魂の目視は叶わない。故に怪獣級や、せいぜいが幻獣級下位のアンノウンたちは巌人を『魂も見えない格下』だと思いこみ、何の迷いもなく襲いかかってきた。

 そして──命を散らす。


「ほっ」


 軽い拳。

 目前まで来ていた幻獣級のアンノウンはその一撃で絶命し、そのまま勢い余って、背後のアンノウンたち諸共吹き飛ばされてゆく。

 それを見ていたほかのアンノウンたちは思わずフリーズし、その吹き飛ばされたアンノウンへと視線を向ける。

 だが、それが不味かった。


 ガシッ!

 たまたま巌人のそばにいたアンノウンは肩を掴まれるような感覚を覚え、そちらへと視線を向けようとして──その前に、視界が回った。


「うぉぉぉらっ!」


 瞬間、その掴んだアンノウンを武器のようにした巌人は、そのアンノウンをハンマーのように薙ぐと、それと同時に周囲にいたアンノウンたちが吹きとばされ、絶命してゆく。

 巌人はそれを確認した後、既に息絶えたその死体を放ると、やっと正気に戻って襲いかかってき始めたそのアンノウンの群れへと視線を向ける。

 そして──



「『影刺』」



 瞬間、それら全てのアンノウンが、足元から生み出された黒い槍によって串刺しにされた。

 それには思わず巌人も目を丸くしたが、その槍が全て影の上から生み出されているのを見て、一人の存在に思い至った。


「あぁ、そういうこと」


 巌人がそう言って手についた血を払うと、それと同時にカツカツとヒールの音が聞こえ始めた。


「やっぱりあれよねぇ〜、息子が自分より強いってわかってても世話焼きたくなるのが親心、ってものよね〜」


 そんな間延びした声が聞こえてきて、巌人はそちらへと視線を向ける。

 そこには赤髪ロングに赤い瞳をした一人の女性が立っており──



「なんだ、来てたんだ……母さん」



 旧名、鐘倉月影。現、南雲月影

 そこに居たのは、防衛大臣兼、巌人の実の母親であった。




 ☆☆☆




「にしても、巌人が近くにいてくれて助かったわぁ〜」


 月影は笑みを浮かべてそう呟いた。

 周囲には特務の隊員達と、何台もの救急車が集まってきており、応急手当を受けた被害者たちが次々と救急車に乗せられて行っている。


「まぁ、僕も遅くなったから」


 巌人はそう呟くと、今さっき救急車で運ばれて行ったサラリーマンの姿を思い出す。

 運が良ければ助かるだろうが──普通に考えれば病院に着く前にその命は散ってしまうだろう。

 こういう時に嫌でも考えてしまう。自分があの銃を使えば助かるのに──と。

 巌人はため息をつくと、空気を変えるべく月影へと話しかけた。


「にしても、相変わらずえげつない威力だね。さっきの」


 そう、さっきの。

 先程の能力は異能でもなければ科学技術でもない。

 言うなれば──魔法である。

 まぁ、これがあるからこそ巌人や紡もカレンの『魔法』を割とすぐに信じたのだが、この魔法はカレンの使う魔法ほど優しくない。


「あぁ、影魔法(・・・)のことかしら?」


 月影はなんでもないと言ったふうにそう言った。

 月影の血統──鐘倉の一族に伝わるソレは、暗殺術に特化した最凶の魔法だと言われている。

 今に至ってはこの世界で使えるものは月影以外には存在しないが、かつて、悲劇の年の十数年前までは両手で数えるほどにはその魔法の使用者がいた。

 けれども、それらはとある日を境に消滅した。

 天災、テロ、化学薬品の爆発、他国の軍事攻撃。

 様々な推定が飛び交うが、分かっているのは数分にして一つの都市が破壊し尽くされたということのみ。

 ちょうどその都市に住まいを構えていた『鐘倉』の一族はそれによって滅ぼされ、たまたま家を開けていた一人の娘だけが生き延び、そして血を繋いできた。

 また、国が勢力をあげてもなお見つけることの出来なかったその原因。それは今に至っても尚何一つとして明らかになっていない。

 だからこそ月影は防衛大臣として、アンノウンの撲滅を急ぐと共にその事件について追っているのだが、やはり依然として手がかり一つ掴めないのが現状である。


 閑話休題。


「でも巌人だって私の血を受け継いでるんだから、練習すれば使えるのよ〜? たぶん」

「最後の三文字がいらなかったな……」


 巌人はそう言ってため息をつく。

 巌人は幼少期、それこそ異能すら開花していない、文字通りの物心ついた時から月影に魔法について教えて貰っていた。

 だが、結局今に至ってもその力を使えるには至らず、結果として至った結論こそ──


「まぁ、僕には魔法の才能はないんだよ」


 巌人はそう、なんでもないと言ったふうに呟いた。

 それに対して月影は頬に手を当てると、わざとらしくこう口にした。


「あらまぁ……、魔法の才能もなくて異能の才能もないなんて……、我が子ながら哀れなまでの才能の無さね? 驚異の凡人っぷり?」

「……舐めてんのかお前」


 巌人は舐めてるとしか思えないその言葉(・・・・)に思わず青筋を浮かべる。

 けれども巌人はその怒りを何とか堪えると、月影から視線を外して周囲を見渡す。


「にしても……今回のこれはどういう事なんだ? 母さんたしか無音のワープホールについて調べてたよな?」


 すると彼女は周囲を軽く見渡すと、誰も聞き耳を立てている者がいないことを確認してから口を開いた。


「結論を言えば可能性は十分に有り得るわね。巌人と中島ちゃんに頼んだ研究所からあふれでてた可能性もあったけれど……今回のを見たらその可能性は低いわよね」


 そう言って彼女は顎に手を当てる。

 彼女は目を閉じてしばらく悩んだ様子を見せ、そして結論が出たのか、目を開いてこう告げた。



「あまりゆったりしてもいられないのだけど、まずは私の方で心当たりをもう少し調べてみるわ。もしも力が必要になった時は……お願いしてもいいかしら?」



 巌人はその言葉を聞いて、渋々といったふうに頷いた。




 ☆☆☆




「ただいまぁ」

「おかえりっす! 思ってたよりはやかっ……」


 巌人が帰ってきたことに気付いて居間から出てきたカレンは、巌人の服装を見て目を見開いた。

 巌人の手にはベットリと血がついており、その青いジャージには返り血のような赤色が染みていた。

 それを見て思うことはただ一つ。


「し、しし、師匠っ! ついに誰か殺っ……」

「てないからな?」


 巌人はいきなりとんでもないことを言い出そうとしたカレンにそう言葉を返すと、返り血に染まったジャージをその場で脱ぎだした。


「ぬほぁっ!? い、いきなり何するっすか!? セクハラっすか!?」

「はいはい、どうでもいいからツム呼んできてくれないか? これちょっと燃やしたいからさ」

「へ? 分かったっす!」


 巌人はそう言って愛用の青いジャージへと視線を下ろした。

 それは三年前に買ってからずっと使い続けているものであり、巌人からしてもかなり愛着を持っている方であった。

 まぁ、その実は九百九十八円で買った安物なのだが、それでも捨てるには惜しい。

 けれど──


「他のはまだどうとでもなるけど、ここまでアンノウンの血が染み込んだら、もう臭い落ちないだろうしな……」


 巌人は自分の全身を玄関の姿見で見て、ため息を吐く。

 中に着ているTシャツも、上下のジャージも、靴も。すべて三年前に買ったものだ。

 それらもかなりボロボロだが、巌人が見ていたのは、その血に濡れた拳と髪、そしてジャージであった。

 今の帰り道、この姿を見られないように細心の注意を払ってきたのだが、そのお陰で随分と時間がかかってしまった。これだけ時間が経てば匂いを落とすのは不可能だろう。

 だからこそ巌人はため息を吐き、


「ただ今帰りましたー……って、玄関で何やってるんですか?」


 丁度カレンの姿が見えなくなったと同時に背後のドアが開かれ、先ほどの現場に行っていたのであろう彩姫が家の中へと入ってきた。


「いやなに、さっきアンノウンを大量撲殺してな。そのせいで僕のジャージがご臨終なさったわけだ。あとおかえりー」


 その言葉だけで大体の事情を察した彩姫は、呆れたように口を開いた。


「なるほど……、道理で半分以上のアンノウンの首がねじ切られてた訳ですね。あとただいまです」

「……道理で? なんか彩姫が僕にどんな印象を持っているかが気になってきたんだけど……」


 巌人がそんなことを呟くと、それと同時にドタドタと階段を降りてくる音が聞こえてきた。


「兄さん……またなにか、やらかした?」

「ふっ、街の平和を守っただけさ」


 紡のジトっとした視線にそう返した巌人。

 その言葉に更にジトっとした視線がまた一つ加わることになったが、残るひとり──彩姫は何かを思いついた様子で、こう口を開いた。



「あ、それじゃあ明日、巌人さまのジャージ買いにお出かけしませんか?」



次回、感謝の印。

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