5.オーバーダイSRB
珍しく誤字『報告』です。
ツムちゃん、8歳児ではなく9歳児でした。
普通に書き間違えです、すいません。
──高校生活で望むこと──南雲巌人
シャンプーとは、一体何だろうか。
シャンプー。単にそう言ってもそれぞれ種類があり、思いついたものを書くとしても『高級アルコール系シャンプー』『石鹸シャンプー』『アミノ酸シャンプー』等々、三種類が挙げられる。
だがしかし、今挙げたそれらは悲劇の年よりもさらに前の時代に作られたもの。さすが旧時代、いいものを作ってやがる。もしもタイムスリップができるというのならば、是非とも当時の制作会社にそう言いたい。
閑話休題。
それらに加えて防壁が出来上がってからの比較的最近。新たに『植物性アンノウンシャンプー』『アルペンゴムシャンプー』『世界樹の雫シャンプー』などが新たな時代を切り開いてきた。
だがしかし、僕はあえてそれらを全て切って捨てたい。それは断腸の思いすら通り越した、強いて言うならば自分の義妹を思いっきりぶん殴るような思いだが、僕はあえてそれらを切って捨てる。
そんな、全てを捨ててまで僕が皆に紹介したいシャンプーこそが、『オーバーダイSRB』である。
『オーバーダイSRB』とは、僕が独自に開発して売りさばいている超高性能なシャンプーであり、『普通タイプ』『黒髪に染めて無能力者っぽくなってみよう! タイプ』『脱色タイプ』の三種類が存在する。
特におすすめしたいのが『黒髪に染めて無能力者っぽくなってみよう! タイプ』(以下『黒髪タイプ』と略)である。
この『黒髪タイプ』は通常の『普通タイプ』や『脱色タイプ』のシャンプーよりも効能が上であり、さらに“黒髪に染める”という+αがある。なればこそ、どれがお得かは子供でも分かるのではないだろうか、と僕は愚考する。
ちなみにだが、別に一人だけ黒髪で寂しいから、などという理由からおすすめしている訳では無い。断じて違う。別に普通タイプの手を抜いているとかそういうこともないので安心してくれて結構である。
結論を言おう。
僕は高校生活において、仲の良くなった友人には我が社の制作した『オーバーダイSRB』を贈呈していきたいと思っている。
※備考:オーバーダイSRB、税込千五百円丁度で取り扱っております。お取り寄せしたい方は是非一年三組の南雲まで。
☆☆☆
「おい、なんでお前こんな作文が通ってんだよ」
「中島先生に作文用紙と一緒に“オーバーダイSRB”送ったら喜んでたけど?」
衛太は朝学校へと登校してきた巌人へと一番にそんなことを聞いてみた。
というのも、つい先日が締切だった『高校生活で望むこと』という作文があり、その作文がこの高校のホームページに張り出されているのだが、なんとこの南雲巌人という男は自身で作ったシャンプーをその場でアピールしやがったのだ。完全に迷惑な広告である。
だからこそ衛太はそう聞いたのだが、もはや帰ってくる言葉は意味不明で理解不能。衛太はもう完全に理解することを諦めた。
「っていうかなんだよオーバーダイSRBって。そもそもSRBって何の略だ」
「スーパーレアなブラックヘアー」
「もう黒染めがメインで売り出してるやつじゃねぇか!」
脳みそが腐ってやがる。衛太はそう確信した。
と、そんなことを話していると、珍しく巌人に話しかけるクラスメイトが現れ始めた。しかも女子。
「あ、あの、南雲くん、オーバーダイSRBって……」
「あぁ、受付か? 今なら特別にクラスメイト特典で最初の一本だけ割引してやろう」
「あ、ありがとう! 南雲くんっ!」
───絶句。
衛太は有り得ない現実に思わず絶句していた。
ぱぁぁっと花が咲くようなその女子の笑みと、普通にバックからシャンプーを取り出している巌人を見て、彼は今までにないほどに絶句していた。
「お、おい聞いたかよ、オーバーダイSRBだってよ」
「え!? オーバーダイSRBですって!?」
「オーバーダイSRB……あのオーバーダ(略)」
「そ、それって転売じゃ……」
「馬鹿ね! 南雲君が作ってるに決まってるじゃない!」
「その印にほら!『南』ってマーク書かれてるでしょ!」
「す、すげぇ! 本物だ!」
もはや昨日の腫れ物の空気はなく、そこにはシャンプーで繋がった仲間達の姿があった。
ちなみに衛太は知らなかったが、オーバーダイSRBというのはこの時代のシャンプー界の超新星であり、三年前に突如として現れ、その他の企業から顧客を奪っていった最強のブラックホース。テレビをつければたまにCMも流れているレベルだ。
だが、それを知らない衛太からすればその光景は異常にしか見えず。
「お、オーバーダイSRB……なんか麻薬でも入ってんのか?」
その呟きは、多くの顧客の前に霧散して行った。
☆☆☆
「で、なんで僕呼び出されたんですか?」
放課後、もちろん巌人は中島先生に呼び出されていた。当たり前である。
職員室内にある、いくつかの柵によって隠れている対談室。そこで巌人は中島先生と向かい合っていた。
「んなもん当たり前だろうが。学校でシャンプー販売するなんざ、お前学校舐めて──」
「そ〜いえば! 先生に賄賂的なシャン──」
「悪かった! 悪かったから声潜めてくれ!」
瞬殺である。賄賂を受け取った時点でもう彼女の敗北は決していたのだ。
巌人がニヤリと笑うと中島先生はハァと深いため息を吐き、幾分か老け込んだような顔で口を開いた。
「いやな、流石に今回は私も悪かったが、お前が責任を負わなくちゃならねぇんだよ。流石に私も校長相手に直談判できねぇしよ……」
「だから言ってるんですよ、なんの用で呼ばれたんですか、って」
するとそれを聞いた彼女は目を見開き、思わずその口からこんな言葉が漏れた。
「お前……相変わらず頭がキレるんだな」
「バラしますよ? 舐めてるんですか」
「あ、いや悪い。そんなつもりじゃなかったんだ……」
中島先生は、内心で巌人の頭蓋の中にはシャンプーが詰まっているのだろうと思っていた。だからこそここまで先読みしていたであろう彼の言動に心底驚き、思わずそう言ってしまったのだ。まぁ、当たり前のことである。
彼女はコホンコホンと数回咳をすると、先程までと打って変わって真剣な表情を浮かべて口を開いた。
「実はな。六大主要都市のうち一つ、センダイにあるフォースアカデミーの生徒が留学生──じゃねぇか、交換生としてうちに来ることになってな。そいつが一年生だって言うから、うちとしてもソイツの案内係とホームステイ先は同じ一年生の中から選ぶつもりなんだが……もう分かるだろ?」
交換生徒制度。
それぞれサッポロ、センダイ、トウキョウ、ナゴヤ、ヒロシマ、フクオカの六大主要都市にあるフォースアカデミー。それらから希望する生徒を他の都市の生徒と一時的に交換する制度である。
中島先生は巌人へと言外に『その生徒のホームステイ先はお前の家だ』と言っているわけで、いくら弱みを握ったところで、一教師に過ぎない中島先生にその校長の決定をどうこうできるはずもない。つまりは、面倒くさい事態になりたくなければ頷く他選択肢はないのである。
それに何より──巌人とってそれもある意味『青春』の一ページになり得る可能性を持っている。
「はい、分かりました。で、その人どんな人なんですか?」
すると中島先生はふぅと安堵の息をつき、手元のプリントをめくっていく。
「歳は十六歳で、左手の甲に異能の紋があるらしい。体術はBランク、異能は最低ランクのGランクで、能力名は『創水』だ。水を作り出す能力みたいだな。それ以外はなーんにも書かれてねぇが、Gランクってことは茶髪か紺髪か。多分どっちかじゃねぇか?」
その言葉を聞いて、思わず巌人は目を見開いた。
それは、相手の異能がGランク──つまり、自分の同類であるところ落ちこぼれだから。
──ではなく。
「……いや、十六歳で体術がBランク? それ信憑性ある情報ですか?」
そう、彼が驚いたのはそこである。
正直いえば、巌人自身や義妹の紡が居るためあまりそう思わないかもしれないが、高校一年生で体術がBランクなど、正直いって神童もいいところだ。
本来ならば成人して、日々鍛錬を積んで技術と応用を身につけ、その上でやってたどり着くのがAやBランクであり、高校の三年間において、天才のたどり着ける限界がBランクとされている。ちなみにSランクからは立派な人外だ。
それを一年生の、それも入学して一週間も経っていないこの時期でBランクなどと……とてもじゃないが信じられるランクではない。
──だがしかし。
「見てわかる通り、これって政府が寄越してきた情報なんだよなぁ」
中島先生はそう言ってそれらの書類の入っていた封筒を手に取る。そこにはデカデカと日本政府の判子が押されており、その情報が確かなものなのだと証明している。
つまるところ、だ。
「僕の同類、ってことですか」
「正確には劣化版、って感じだろうがな。だからこそ政府もお前に情報渡してきたんだろ?」
そうに違いないだろう。そう巌人は確信していた。
日本政府は巌人の近接戦闘力がずば抜けていることを把握している。まぁ、元々は異能関連からの繋がりで知ったのだろうが。
「異能の使えない無能力者に、異能が最弱の天才児。いい組み合わせなんじゃねぇか?」
「後者はともかく前者、それだけ聞いたら超雑魚じゃないですか」
そう言って二人は苦笑いすると、お互いソファーから立ち上がる。
「交換生は明日明後日、つまり土日のどっちかに到着するらしい。豪華なことに特務のA級隊員が警備する飛行機での到着だとよ」
「なら僕がその人を家に泊めるのはは月曜日から、ってことでいいんですか?」
「あぁ、それまではホテル泊まりだとよ。滞在期間は一週間だから、ある程度食料とか買い込んどけよー」
そう言って中島先生は踵を返して職員室の自席へと戻ってゆき、巌人も職員室からそそくさと退出してゆく。
交換生徒。
正直どんな相手が来るかも不明で、極論をいえば男女どちらが来るのかさえも分からない。
けれど、それもきっと自分が望んだ『青春』なのだろうし、何が起こるかは分からないが、まぁそれも一興だ。
巌人は内心でそう思って笑みを浮かべると、少し軽くなった足取りで廊下を歩き出す。
「うん……買い物しなきゃ」
そんなことを、呟きながら。
オーバーダイ(訳:染めすぎる。
まさか自作していたとは⋯⋯作者も驚きです。