47.望んだ青春
やっと巌人の過去が少しだけ明らかになります。
2章かどこかの『背負う罪』から続いてますね。
都市公園で例年行われている花火大会。
毎年毎年、花火が始まるまではそこらの露店で食べ歩きするのが花火大会の定石ではあったが、けれども今年は少しばかり異なっていた。
この、射的ゲームの露店の周りには人混みが集まっており、その中心にいる数名のうち一人、カレンは「こほん」と咳を一つして声を上げる。
「じ、じゃあ、そのクマさんでお願いするっす」
そう言ってカレンが指さしたのは、景品なのかそうでないのか、その景品たちのど真ん中に鎮座している巨大なクマのぬいぐるみ。
その大きさは『抱き枕サイズ』と言ったところだろうか、
その選択に露店の親父はニヤリと笑みを浮かべ、チャラ男は少し冷や汗を流す。
けれども、そのチャラ男は隣から送られてくる『え、ヒビってんの?』という視線を青筋を浮かべた。
「いいぜ! やってやんよ! さぁ先はどっちからだ!?」
そう、チャラ男は叫ぶ。
すると巌人は、ムカつく笑みを浮かべると掌を上にして彼へと向けた。
「あぁ、どうせ無理でしょうからお先にどうぞ」
その言葉は『自分はできないから』という意味合いにも聞こえたが、その顔から見て取れるのは『いや、どうせお前無理だろ?』という嘲笑だけだった。
そう、この男は無理だと知った上でチャラ男に恥をかかせようとしているのだ。
それをなんとなく悟ったチャラ男ではあったが、それと同時にこう思った。
(俺に恥をかかせるダァ? 確かに無理だろうがそれはお前も同じこと! せいぜい恥をかくことだな!)
そう言って彼は笑を浮かべると、その銃を持ってそのクマの人形へと向けて、二発連射した。
本来ならばこれは当てることすらも難しいゲーム。当たるか当たらないかで全てが決まると言っても過言ではない。
だがしかし、的の大きさとチャラ男の銃の腕前も相まって、その弾丸はどちらもそのクマの眉間へとクリーンヒットした。
それには観客たちもざわめき、勝負が決まったかと、そんな思考が頭を過ぎる。
だが──
「ちょっと動いただけか……チッ」
チャラ男はそう言葉を吐き捨てると、その銃をその台の上へと置いた。
そう、二発連続の同部位へのクリーンヒット。それでさえ彼の大クマには少し動かすだけしか効果はなく、あわよくばこのまま倒してしまおうと考えていたチャラ男は舌打ちをする。
だが──
(だが! あと数回、俺のターンが回ってくれば俺の勝ちだ! 今ので確信した、倒せずともあのクマは動かせる!)
そう内心で笑みを浮かべ、彼はそのクマの位置を確認する。
そこには確かに最初の位置から動いているクマの姿があり、あと数回同じことを繰り返せば間違い無く机から落ちるだろう。
(クックック……、何故わざわざ射的ゲームなんざ選んだのかは知らねぇが、それが俺の得意中の得意分野だとは知らなかったんだろうなァ? ククッ、悪いが勝ちはもらったぜ!)
そう内心で呟いた彼は巌人へと視線を向ける。
そして──彼の姿を見て、背筋に冷たいものが走った、
「ふぅぅぅぅ……」
彼は付けていた眼鏡を外すと、肺に溜まっていた空気をすべて吐き出す。
そして空気を吸うと同時に銃を握りしめ、構える。
左手で銃を持ち、半身になってその銃を構え、片目を閉じてその標的を睨み据える。
それは本来の構えから考えれば素人丸出しのものであった。けれどもその佇まいを見たその場の人たちは思わず息を飲み、気が付けばその場からは音が消えていた。
「標的クマ人形、目算距離26100mm、目算弾速40m/s、推定許容誤差0.002mm……」
ブツブツと、巌人がまるでなにかに取り憑かれたかのごとく呟き出し──数秒後。
「行けるか⋯⋯ファイアッ!」
瞬間、彼の手にしていた銃が二連続で発砲音を鳴らし、それと同時に初弾がクマのぬいぐるみの片足に直撃する。
──片足、よりにもよって片足だ。
それに思わず困惑したカレンではあったが、直後に彼女は戦慄することとなる。
足へと着弾したその弾丸。
それは見事な角度で跳弾し、二発目に放たれた弾丸に寸分違わず衝突した。
瞬間、お互いに完璧な角度で衝突したそれらは、お互いの力をお互いへと伝え合い、再度、同じ場所へと先程以上の速度で放たれてゆく。
片や、巌人が構えていた手のひらの中に。
そしてもう片方は──
ズダァァンッ!
それらを目撃した人々は、そんな効果音を耳にした。
実際には聞こえずともその見事な一撃はクマの体重を支えていた足が後ろに吹き飛び、クマのぬいぐるみは見事な反時計回りの回転を見せる。
そして、そのぬいぐるみは鎮座していたその机の端まで辿り着き──
「射的ゲームって言うのは、最大威力を放って回転させて、机から落とした方が勝ちなんだ」
その言葉と同時に、そのクマのぬいぐるみは机から転がり落ちた。
☆☆☆
その後、チャラ男たちに土下座をさせた巌人たちは、なんだか清々しい気分で山道を歩いていた。
カレンの腕の中には景品でとったクマのぬいぐるみが抱かれており、彼女はニマニマと笑みを浮かべていた。
「にしても凄かったっすね! 師匠があんなに銃使えるなんて思ってもいなかったっす!」
「えーっと、一回見せたことあるんだけどなぁ」
巌人はそう言って思い出す。
極白クマが宿泊研修先を襲った時、自宅から持っていった一丁の銃のことを。
あの銃は──あの引き出しに保管されている武具は、彼が二度と使うまいと自ら封印したものだ。
それを、棺のマントに続いて二度目の使用だ。
持っていった弾丸は『復元』だけだったにしろ、使ったということの言い訳にはなるまい。
巌人はそう考えてふぅと息を吐くと、それと同時に山道の途中にある駐車場へとたどり着いた。
普段は山道の運転に疲れたドライバーたちがここに車を止めて休憩するのだろうが、運がいいことにここには人の気配はなく、花火を見る絶好のスポットとなっていた。
「うん、ここがいいかもな」
巌人はそう言ってその柵へと軽く体重をかけて眼下を見下ろすと、そこには色鮮やかな明かりを灯している町並みが。
それを見て巌人が頬を緩めると、それと同時に遠くの方から『ヒュゥゥゥ』と音が鳴った。
顔を上げる。
それと同時に夜空に咲く、巨大な火の花。
「ほへぇぇ……」
ふと、そんな声が聞こえてきて隣へと視線を向ける。
そこには打ち上げられた花火を眺めているカレンの姿があり、その光に照らされた彼女は、巌人から見ても美しくて、とても魅力的だった。
巌人は思い出す。彼女と初めて出会った時のことを。
タナカ電機へと冷蔵庫を買いに行く途中、巌人は彼女と出会った。
微かに明かりの灯る夜道、彼女はダンボールの中で丸まって寝ていたのだから、今考えてもそれはそれは衝撃的な出会いだったように思える。
その後も彼女が紡と仲良くなって、同じ飯を食べて、そして同じ時を過ごした。
「僕……カレンに会えて良かったよ」
「ふぁっ!?」
気が付けばそんな言葉が口から漏れており、それを受けたカレンは思わずそんな叫び声を上げた。
けれども巌人はカレンへと視線を送ることはなく、彼は頬を緩めてその夜空を見上げる。
今も尚花火が次々と打ち上げられてゆき、その美しさは昨年見たそれよりもよほど綺麗に見えた。
(僕も少しは……、変わってきてるって事かな)
最初に──妹が出来た。
その三年後に弟子ができて、居候ができて、友人ができた。
昔、自分が夢に思い描いていた『青春』。それが今やほとんど出来つつある。
だからこそ今が楽しいし、昔からは考えられない今が、愛おしく思えて仕方ない。
そしてきっと、その変化はみんなのおかげなのだ。
だからこそ巌人は内心でそう呟いて──
「わっ、私もっ。師匠に会えて良かったっすよ!」
突如として、隣からそんな声が上がった。
あまりにも大きい、それこそ花火が上がっていてもなお聞こえるその声に巌人は目を見開き、彼女へと視線を向ける。
そこには顔を真っ赤にしているカレンの姿があり、巌人は、その姿に彩姫の姿を重ね見た。
(あぁ、そうか……)
巌人は直感した。
そして思った、このままにしておくよりかは、自分の思いをはっきり伝えた方がいいのだろうと。
それが自分のためにならなくても、少なくとも彼女のためにはなるだろう。
「あのっ! え、えっと! そ、その……」
何を言いたいのだろうか? 答えはは分かっている。
もしもそれを言わせてしまえば、きっと彼女は傷つくだろう。
だからこそ、巌人はその言葉に、口を挟んだ。
「なぁ、カレン」
そう言って巌人は、星の煌めく夜空を見上げる。
「これは、僕の友人の、ちょっとした昔話なんだけどな」
「い、いきなりなんすか……」
カレンは半ば覚悟が決まった中、いきなり始まった昔話に、そう非難の声をあげた。
その言葉に、少しだけ頬を緩める巌人。
けれども彼からは引くような気配はなく、彼は息を吐いて語り出した。
「昔々、多分三年くらい前。地球上には今の僕よりもずっと強い、世界最強の少年がいた」
その言葉に思わず『嘘だ』と口にしそうになるカレン。
けれども巌人の姿を見て何を思ったか、その言葉をなんとか飲み込んだ。
「少年は強かった。彼の前に立ちはだかる敵はすべて皆殺され、彼に敵対する勢力は敵味方ともにどこにもいなかった。全く恐ろしい奴も居たもんだよ」
そう言って彼は苦笑する。
けれど──
「ある日。少年はアンノウンを一人──殺した」
その言葉には拭いきれぬ悲しさと後悔が滲み出ており、その言葉を聞いたカレンはとあるアンノウンの名前が頭に浮かんだ。
「強かった。本当に強かった。その強さに恐怖もした。あんなの、初めてアンノウンを見た時以来だった。けど──勝利した」
そう言って彼は、右眉に残ったその傷へと手を伸ばす。
かつて事故で傷ついたと騙ったその傷。少し考えればわかることだ。機械ごときでこの男が傷つくはずがないことくらい。
彼は眉から手を離すと、その事実を、少年がその身をもって味わった絶望を──口にした。
「だけど、少年は殺して初めて知った。そのアンノウンにも家族がいて、娘がいて、人間と変わらない感情を持っていたことに」
その言葉に、カレンは思わず目を見開いた。
「その日からだ。少年は異能が使えなくなった。使うのが恐ろしくなった。誰かに向けて、異能を使うことが出来なくなった」
そうして彼は、自らの手に視線を下ろす。
その手は震えており、巌人はその震えを鎮めようと、その手をもう片方の手で押さえつけた。
「殺してやるって、何度も何度も言われたよ。僕も死んだ方がマシだと思った。なにせ、その手は血に汚れ、渇きに乾いて黒色に染まっていた。知らず知らずに罪を重ね、気がついた時にはもう取り返しがつかなくなっていて──」
──残ったのは、ただの虚無感だけだった。
巌人はそう告げて、空々しい笑みを浮かべる。
「少年は、その後色々あって日常生活を送れるほどに復活した。大切な存在が出来た。そして、その子に言われたんだよ」
──兄さんには、夢がひつよう。そして、夢中になれる趣味も。だから、なんでもいいから、考えて。
巌人は、その言葉を一言一句違うことなく覚えている。
だからこそ少年は考えた。
「望むは青春、趣味はシャンプー」
そして──
「少年は決めた。絶対に恋愛はしない、って」
それは彼なりに考えて出した結果だった。
『人』を殺した。けれども人々からは崇められ、一人の女の子から恨まれた。殺してやるとも告げられた。
その後も色々とあったわけだが、最後に彼が至ったのは、自分では他人を幸せにすることなど出来ないのだ、ということだった。
だからこそ、他人と恋愛をしない。誰かと付き合ったりしない。責任も取れないのに、幸せにもできないのにそんなことが出来るはずもない。
だからこそ、彼は──巌人は、カレンへとこう告げた。
「悪いが君の気持ちには答えられない。僕が将来結婚するとしたら、きっとシャンプーくらいが相応しい」
彼が望んだ青春は、きっと少女漫画のように煌めくものだったのだろう。
けれども彼の青春に──恋愛の二文字は無いのであった。
巌人はめちゃくちゃ優しいんですけどね。自分に厳しすぎるだけなんです。
次回、後日談です。