45.オレンジ色
日間、ジャンル1位でした!
ちなみに全体では10番台でした〜。
その後、気絶した状態で『五点』と書かれた札を持たされた池前が病院へと搬送され、それと並行して閉会式が行われた。
ミスアカデミーに選ばれた彩姫は制服姿で登壇し、ステージ下に集まっている観客の中には、巌人と悔しげに顔を歪める二人の姿があった。
「むぅ、彩姫……可愛かったけど、確かに。でもなんかずるい」
「そうっすよね! なんにもズルしてないっすけど! 強いて言うならばウェディングドレスって所っすかね?」
「そこだっ」
そう言って言葉を交わす器の小さい二人。
負けたのだから素直に認めればいいのに。
巌人はそう言おうかとも思ったが、ランキング付けされた上で敗北したのだ。言い訳を言っていなければやっていけないだろう。特に惨敗したカレンは。
そんなことを巌人は考えて、
『そういう事でミスアカデミーの澄川さん。優勝賞品の“ここから先の学園祭を誰か一人と過ごせる”権利、誰に使いますか?』
「ぶふぅっ!?」
吹いた。
そんなことは聞いていなかった──否、きっと意図的に知らされていなかったのだろう。
そして、彩姫がそれで誰を選ぶかなど火を見るよりも明らかなことである。
ステージ上の彩姫は眼下の巌人を見下ろすと、笑顔を浮かべてこう告げた。
『もちろんっ、巌人さまでっ!』
そうして巌人は、花火大会までの時間を彩姫と一緒に過ごすこととなった。
☆☆☆
「あぁ……もうほんっとに最悪ですよ……。なんで初めての告白をあんなチャラ男に奪われないといけないんですか……」
彩姫はそう言って肩を落とし、それを隣で見ていた巌人はなんとも言えない表情で苦笑いを浮かべる。
「まぁ、アレだ。別に減るもんじゃないだろ」
「減るんです! ほんっとにデリカシーないですよね、巌人さまって」
──なん……だと?
巌人は励まそうと思って裏目に出たことや、さらには彩姫の返事の速さに愕然とした。
前にも言った通り、彼は少女漫画の愛読者──それも学園ラブコメを読み漁った猛者である。
実際には十読んだうちの一吸収しているかというレベルなのだが、それでもなんとなく『僕は乙女心マスター』と言ったような気分でいたのだ。
だからこそ、この学園祭という大行事で即答で否定されたことにそう反応を示した。
そして終いには──
「……え? まさか巌人さま、女心わかってるとか思ってない……ですよね?」
「ぐはぁっ!?」
巌人は情け容赦ないその言葉に頭を思いっきり殴られたような衝撃を受け、思わず膝をつく。
そして、その様子を見て彩姫は確信した。
(あの巌人さまが膝を……!? って言うことは本気で女心わかってるとか思ってたんですかこの人っ!)
巌人がその時の彩姫の愕然とした表情を見なかったのは、本当に不幸中の幸いであったろう。
そうして話していると次第に注目が二人へと集まってきた。
それは、こうして堂々とミスアカデミーとその相方が話しているのだからある意味当たり前のことであり、巌人と彩姫はそれに気がついて顔を見合わせる。
けれども二人の浮かべていた表情は全くの正反対で。
巌人の顔には、困ったような表情が。
彩姫の顔には、何かを企んでいそうな笑みが。
彩姫はチョンチョンと巌人のそばまで寄ってくると、耳に口を寄せてこう告げた。
「せっかくです。二人っきりになれる場所、行きましょうか」
その言葉には、どこか蠱惑的な響きがあった。
☆☆☆
「うわーっ! 思ってたより広いですねっ!」
彩姫はそう叫ぶと、楽しそうに駆け出して行った。
場所はフォースアカデミー、普段は立入禁止となっている屋上──と言っても今も立入禁止なのだが、巌人のジャンプ力や彩姫の異能の前にはそれも意味をなさないだろう。
という訳で、巌人はボリボリと頭をかいて彩姫の走っていった方へと視線を向ける。
そして次の瞬間──巌人の目は見開かれた。
「す、凄いな……これは」
視線の先に広がっていたのは地平線の彼方に沈みかけている太陽と、それらに照らされてオレンジ色に輝く街並み。
それは巌人が今まで見てきたどんな光景よりも美しく、巌人はその光景を前に、思わず圧倒されてしまった。
「凄いですよね……。地球上はアンノウンに支配されてるっていうのに、なんだかこの景色だけはずっと、それこそ昔から変わってないんじゃないか、って思います」
気が付けば彩姫が隣に立っており、巌人はその言葉に「うん」と首肯してみせた。
これほどまでに綺麗で素晴らしい光景。
けれどもきっと、この光景は世界中に溢れているものの一つで、アンノウンに支配されている壁の外にはきっとこれよりも素晴らしい景色が広がっている。
「こんなの……初めて見たよ」
巌人は数秒たって、初めてまともに言葉を発した。
けれども彩姫はその言葉を聞いて首を傾げると、巌人へと不思議そうな視線を向ける。
「……え? た、たしかに綺麗ですけど、さすがに初めて、って言うのは……」
その言葉に巌人は彩姫へと視線を向ける。
彩姫は見た──その瞳の奥に悲しげな光が灯っているのを。
それを知ってか知らずか、巌人は彼女から視線を外し、再びその夕焼けへと視線を向けた。
「まぁ……昔の僕は、こんな景色を見る余裕はなかったんだ。もしかしたら目にしたことはあるのかもしれないけど、少なくとも僕の記憶には──ない」
巌人はその頃──曰く『昔』からその馬鹿げた身体能力と馬鹿げた頭脳だけは変わらなかった。
だからこそ、その頭脳を──情報の処理能力持っている巌人が忘れるのだとすれば、それは記憶に残る価値のない無駄なデータ以外は考えられない。
だからこそ巌人は、その『ない』という部分を強調して口にして、フッと笑みを浮かべた。
「まぁ、アレだな。入学して一年も経たないうちにこれだけの景色が見れたんだ。確かに綺麗だけど、こんな事で動揺してたら命がいくつあっても足りないな」
そう言って巌人は瞼を閉じる──まるで、この光景を脳裏にインプットしているかの如く。
暫く、二人の間を沈黙が占める。
そして、数秒後。
「あの……巌人さま」
その声と同時に、巌人の右手に冷たいその手が絡められる。
それはとても弱々しい力。彩姫らしくないその様子に巌人は少し困惑し、瞼を開いて彼女へと視線を向ける。
「よ、宜しければ、私と色々な景色を見に行きませんか? 高校を卒業して……巌人さまが大学に行きたいというのなら、その大学を卒業してから。二人で、こんな景色をいっぱい見に行きましょう!」
彩姫は、顔を真っ赤にしてそう叫んだ。
普段から好意を示してくる癖にこういう時だけは恥ずかしがる。そんな姿に巌人は思わず笑みを浮かべ、その握ってきた手をぎゅっと握った。
それに尚一層顔を真っ赤にする彩姫ではあったが、巌人は彼女の顔を見て、そしてその夕日へと視線を向ける。
そして──
「オレンジ色、だな」
何を思ったか、ただ一言そう呟いた。
☆☆☆
「それじゃ、そろそろ下に戻るか」
夕日もかなり沈んできて、巌人は校舎の屋上から下の様子を見下ろしながらそう言った。
眼下のグラウンドではもう既にキャンプファイヤーの準備が進められており、少し離れた場所へと視線を向けると、花火大会へと行くのか何人かの生徒達がポツリポツリと校門から外へと歩を進めている。
巌人もカレンと花火大会へと行く約束がある。だからこそそろそろ巌人も帰って支度をしなければならない。
そう『カレンと』だ。
「巌人さまは、カレンのこと、どう思ってますか?」
唐突に、彩姫からそんなことを問われた。
そちらへと視線を向けると、真っ赤な顔を隠すように俯いている彩姫の姿があり、巌人は少し悩んだ後にこう返した。
「うーん、まぁ、可愛いとは思うよ。馬鹿で間抜けな部分もあるけど、保護欲は沸いてくるよね」
無難な答えであろう。
嘘はついていないし──なにより、何一つとして彼女の求めていた答えを明確にしていない。
好きとも言わず、嫌いとも言わず。
彩姫はその『ヘタレ』とも言える答えに悔しそうに歯を食いしばると、巌人の手を──離した。
「分かり辛かったですか? ならはっきりと言いますが、私とカレン、どっちが好きですか?」
そう言って彼女は顔を上げる。
彼女の目尻には薄く涙が溜まっており、巌人はそれを見て悲しそうに目を伏せると、首を横に振る。
彩姫は、巌人のその様子で全てを察した。
彼は今のこの関係性が何よりも楽しいのだろうと。そして、彼女が望んでいるこの環境を崩したくない。だからこそ、全てわかった上で『ヘタレ』を演じているのだ。
たしかにあの家は楽しい。明るくて、暖かくて、どこかほんやりとする空気が漂っている。
彩姫もその空気が大好きで。
──それ以上に、巌人の事が愛おしくてたまらない。
「巌人さま、私はあなたの事が大好きですっ! 結婚を前提にお付き合いして頂けませんか?」
気が付けば彩姫の口からはそんな言葉が漏れ出ており、彼女は言い終わってから自分が言った言葉に気が付き、ハッと口を両手で押さえた。
彩姫は──巌人は、分かっていた。
その答えを言ってしまえば、それがどちらに転ぼうと今の関係性が崩れるのは間違いないことであり、巌人にそれを回避する術は無いのだということを。
息を吸う──吐き出す。
深呼吸を数度繰り返して彼は最後に息をふぅ、と吐き出すと、彩姫へと視線を向け、その赤い瞳を見つめ返す。
そうして巌人は口を開く。
「僕は──」
次回! 花火大会!
あえて何も言うまい。