42.恋文
「おばっ、おば、お、お化け……こ、こわっ、怖い」
十数分後、なんとか制服に着替え終わった巌人は頭を抱え、体育座りでガクブルと震えていた。
あの後、顔を真っ青にして出てきた巌人を待っていたのは、娘が見つかったと喜ぶ母親と、顔を真っ青にして震える委員長だった。
彼女の言によると、
『な、なんか……ノイズがかかったと思ったら……、お、女の人の、こ、ここ、声がして……。も、もしかしなくても……なにかあった……よね?』
との事だった。
実際、その女性の声とノイズは付近の人も聞いており、それを聞いた巌人の証言にさらに顔を真っ青にした。
その結果──
「ええーっ!? もうここのお化け屋敷やってねぇのかよー!」
「ほんとにぃ? ここすんごい怖いって聞いたんだけどぉ」
そんな客たちの声が巌人たちの耳に届いた。
そう、チキった彼ら彼女らはなんと業務を完全に終了させたのだった。
そうして今に至るわけだが……、
「なっ、何なんだよあれ……勝てっこねぇよ……、神獣級より怖いよ、酒呑童子より怖いよ、ほんと何なんだよあれ……」
「に、兄さん、可哀想……、あと可愛い」
「闘級二百越えより怖いってどれだけっすか……」
「今外から探った感じだと何も居ないんですけどねぇ……。あとカレン、闘級二百って何のことですか」
震える巌人。
そして彼の頭をヨシヨシと撫でている紡。
呆れたような視線を向けるカレン。
そして天耳通、そして天眼通を使用してお化け屋敷の中を探り終わった彩姫。
四者四様の様子を見せる面々だったが、
「おーい、南雲くーん、これ出口に落ちてたんだけど……もしかして持ってきちゃった?」
そう言って委員長が持ってきたのは『お母さん』──否、トラップの一つ、顔の埋め込まれた本であった。
「なぁっ!?」
恐怖に塗れた驚きの声をあげる巌人。
委員長はあろう事かその本を開いたまま持ってきて、その先ほど背後にいたその顔を見て、巌人は何故か、その瞳と目が合ったような気がした。
──数秒の硬直。
巌人の頬をたらりと汗が伝い、
「んー? そんなに熱い視線送っちゃって……、これ特別に南雲くんにあげようか?」
「絶ッッッ対に要らんッ!!」
巌人は気がついた頃にはそう叫んでいた。
☆☆☆
「って言うか何なんだよあの顔、何故か本開いたら埋め込まれてるけど姫とも執事とも繋がりないよな?」
十数分後。
巌人は校庭に出されている出店からたこ焼きを一つ買い、たまたま近くにあったベンチに腰掛けていた。
「ほい、あーん」
「や、兄さん……、は、恥ずかしい」
そう言って拒絶しながらもニマニマしながらそのたこ焼きを口にする紡。傍から見れば年の差こそあれど立派なカップルである。
だがしかし、その二人っきりの空間も長くは続かない。
「なに羨ま……じゃなかった、こんな所で破廉恥なことしてるっすか……。もうなんか慣れたっすけど」
「まぁお二人ですからねぇ……。ちなみにあの本の中の顔は『執事に密かに想いを寄せていたメイド』の成れの果て、って設定です」
「どうりでどっかで見覚えあると思ったよ……」
そう、あの顔はその本が置かれていた次の部屋。そこに映し出された映像で一番最初に館から飛び出してきたメイド。その人の顔に瓜二つだったのだ──どこからそんな人材を引っ張ってきたかは巌人には分からないが。
それぞれカレンからは缶ジュース、彩姫からは焼きそばを受け取った巌人と紡は、すこし横に移動することによって二人が座れるスペースを作り出す。
「おっ、ありがとっす!」
「ありがとうございます」
そう言って紡の横にドンドンと座り込む二人。
順番でいうと、巌人、紡、カレン、彩姫である。こういう所がハーレムモノの主人公っぽくない巌人であった。
そして何だかんだで紡に譲ってあげているカレンと彩姫もそのヒロインっぽくは無いのであった。
「にしても学園祭かぁ……」
巌人はそう言ってパンフレットを広げる。
どこかの生徒が作ったのであろうその若草色のパンフレットはそれぞれの組とその出し物、そして体育館や屋外で行われるイベントの時刻等も詳細に書かれており、その中の『今年のオススメ』のなかにはしかと一年三組のお化け屋敷についても書かれていた。どれだけの人間があそこまで足を運ぶのか……考えただけで申し訳なくなってくる程である。
「ま、それはいいとして」
「いいんすか……」
巌人はカレンの僅かながらのツッコミを華麗に無視すると、そのパンフレットを三人へと向けた。
「夕方からはカレンと花火大会だろ? だからこそこっちでのキャンプファイヤーは出れないと考えても、屋台巡りや各クラスの出し物、イベントだってバンドが出場してたり……ん? ミスコン……? はお前らでないなら別に意味無いしな……。で、これからどうするかって話なんだけど」
そう言って巌人は三人へと視線を向ける。
だがしかし、何故かそこには姿のない三人。
「ん……今のは……やばい、きゅんてきた」
「……やばいっすね今の。なんすか、遠まわしに私たちのこと褒めてるんすか?」
「どうなんでしょう……、そうなら告白すれば成就する可能性も……」
「「き、却下……」」
「……このヘタレども」
もちろんその会話は巌人へは聞こえていない。
戦闘モードと日常モードのオンオフがあまりにも激しすぎる巌人であった。
「おい、何やってるんだ?」
巌人はベンチの背もたれの後ろでしゃがみこみ、コソコソと話している三人へとそう声をかける。
すると彼女らは立ち上がり、キッと覚悟の決まった表情を浮かべる。
そして──
「「「ミスコン(っすね)(ですね)」」」
彼女らの意見は、それについて話さずとも一致していた。
☆☆☆
『じゃ、三十分後、戻ってきて』
そう言って巌人は開放された。
というのも衣装選びや登録申し込み、その他もろもろと時間がかかり、ミスコンテストの開始時刻が三十分後なのだ。
巌人とてまさか三人が三人とも揃ってミスコンテストに参加するなどとは思ってもおらず、三十分をどう潰そうか悩んでいたところだったのだが、
「おおっ! 巌人じゃねぇか! いい所にッ!」
たまたま近くを通りかかった衛太。
彼は巌人の顔を見ると心底嬉しそうに、それでいて助かったように声を上げると、彼の腕を掴んで近くの人影のない場所へと連れ込んだ。
後半だけ聞けばいかがわしいようにも聞こえるが、ことこの二人に限って言えばそんなことはありえない。
片やシャンプーにしか興味の無いただの変態。
片や女にしか興味の無いオープンスケベ。
よりにもよってこの二人が間違いを起こすのだとすれば、きっと数百年前には世界中がゲイに溢れていたことであろう。
閑話休題。
巌人はいきなりの行動に困惑したが、衛太が懐から取り出したそのハートマーク付きの便箋を見て──
「まっ、まさか……」
「お、おう。実はな……」
「すいません、将来結婚する相手は決まってるんで」
「違ぇよ! 俺からお前へのラブレターじゃねぇからな!? って言うかお前今何つった!?」
衛太はたったその一言から得られるあまりにも多くの情報量に目を回し、呆れたように額へと手を当てた。
「ま、まぁ、それはこの際置いておくとして、だ」
そう言って衛太は巌人へとその便箋を見せる。
そこには『平岸衛太くんへ』と可愛らしい丸文字が書かれており、巌人はそれを見て思わず驚愕した。
「お、お前……まさかっ!?」
「そ〜なんだよっ、これって俺へのラブ……」
「偽物でも……泣くんじゃないぞ」
「だから違ぇって言ってんだろうが! 茶化すなよ!」
二度目の咆哮が響いた。
けれども巌人とて流石にこれ以上ふざけるつもりは無い。
「つまりはアレか、よく少女漫画とかである、学園祭だからって一人で盛り上がってラブレターを送り付けてくる女子生徒。それにどう対応すればいいか、って話か」
「……おまえ、少女漫画とか読むのな」
衛太は巌人の意外な一面に思わずそう声を漏らすと、彼はフッと笑い、中二病のようなポーズをとって口を開く。
「フン、僕をあまり甘く見るなよ下郎が。この僕、南雲巌人は『青春』を求めるあまりありとあらゆる少女漫画を読み込んだ男ッ! 最早青春についての知識でいえば並ぶものは居ないッ!」
そのポーズと言っている内容は酷かったが、衛太は巌人のその謎の自信に感化され、思わず目尻に涙を浮かべた。
「た、助かったぜ巌人! お、俺……こういうのどうしたらいいか分かんねぇし……。やっぱりアレかな、恋愛経験の差、って奴かな……」
そう言って珍しく弱気な態度を見せる衛太。
衛太はこう見えて完全なチェリーボーイである。女性を見て『可愛いな』と思ったことこそあれど、告白したりされたりしたことなど一度もない。だからこそ、何だか自信あり気な巌人へとそう告げて、
「安心しろ、僕なんて恋愛すらしたことないしな!」
衛太はその言葉を聞いて、なぜだか急に不安になってきた。
いろいろと問題発言が!?
次回、衛太のラブレター、果たしてどうなるか!?