41.迷子とお化け屋敷
大して怖くないですよ、多分。
そんな文才ありませんから。
それから時は過ぎ、とうとうその日がやってきた。
『これよりッ! 第何回かは分からない、フォースアカデミーの学園祭ッ、開幕です!!』
場所は体育館。
その司会の女子生徒の声に歓声が響き、轟き、蒸し暑い体育館の中はそれだけで数段階気温が上がったようにも思えた。
そして、その様子を体育館の入口、その一歩外に出たところから見つめる彼。
彼はそれを見て何を思ったかフッと笑みをこぼすと、誰かへ向けた独り言を呟いた。
「とりあえず、僕の『夢』は叶いそうだよ」
彼はそうして、体育館へと踵を向けた。
☆☆☆
「「「嫌ぁぁぁぁぁぁッッ!?」」」
叫び声が響き渡った。
巌人はそれをその自分のクラスの出し物──お化け屋敷の入口に入ったところで聞きながら苦笑いを浮かべた。
今回のお化け屋敷のストーリーとしては、まず燕尾服を着た巌人が入ったところで待ち構える。もちろん姫役ではない。
そのいきなりの登場に驚き、そして普通なその様子にホッとした客たち。
けれども彼ら彼女らは、巌人の腹部を見て思わず目を見開くこととなる。
「ぐふっ……、お、お気をつけを……、旅の方々ッ。この先に行くのでしたら……どうぞこれらを……ッ!」
巌人のセリフである。
彼の腹部は血で真っ赤に染まっており、彼は「ごふっ」と血を吐き出したように演技をしながら彼らに懐中電灯を譲るのだ。
お化け屋敷というのは、その初っ端が要肝心。最初が怖くなければ後々が侮られてしまうし、怖さも半減となってしまう。
けれどもその点に関していえば巌人の技術はかなりの高水準に達している。
倒れた後は死んだ魚のような瞳で虚空を見上げ、瞬きも、ましてや呼吸までもを完全に停止させる。
その上首元と手首にはかなりの厚化粧を施してあり、最悪はかられても脈が分からないという徹底さである。
それには訪れた客たちは皆すべからく頬を引き攣らせ、中には明らかに死んでる様子を見せる巌人を案じて救急車を呼ぶ心優しい女子生徒もいた。それはその直前に死の淵から蘇った巌人に止められたのだが。
──だがしかし、その巌人はあくまでも最初の肩慣らしでしかない。
その先へと続く一本道。
その先へと足を進めた者達が見たものとは──一面に散らばる白骨死体の数々。
それには誰もが思わず声を漏らし、けれども偽物だろうと思い込んで先へと歩を進め、
『カタッ、カタカタッ』
『生者ノ……ニオイ』
背を向けた途端に感じられ始めたその気配と、肩や背中に感じられるその骨の感触。
それらに顔を真っ青に染めた客たちは皆一斉に悲鳴をあげ、さらに奥へと逃走するのだった。
ちなみにそのネタばらしとしては、彩姫が陰からその異能を使って骸骨を操っているだけである。声は衛太のそれらしい声を録音したものだ。
閑話休題。
ようやく恐怖も収まって立ち止まった旅人たち。
彼らの目の前には小さな部屋があり、その壁際には額縁に飾られた写真の数々が。
そこに写るは、幸せそうな笑みを浮かべる水色のドレスを着た少女と、それを微笑ましそうに見つめる先ほどの執事。
それらになんとも言えない感覚を覚えた彼ら彼女らは、その部屋の中心。そこにある机、その上の一冊の本へと気がついた。
その本にはこう書かれていた──執事の日記、と。
先ほど息絶えた執事の日記。これを読めばこの屋敷について何かわかるのではないだろうか。
そう考えてそれを開いた皆々は、
『あぁ、みぃつけたァ……』
その本の中に埋め込まれたその顔に、その声に、再び絶叫を響かせる。
ちなみにそれは機械仕掛けのカラクリであり、投げ出された本は隠れていた生徒が元へと戻す過程となっている。
その後、さらにそこから逃走した彼らが次に辿りついたのは、いくつかの椅子が置かれた小さな個室。
その先へと続く扉は南京錠で固く閉ざされており、それらの椅子の前方に位置する巨大スクリーン。それらを見ればその椅子に座らなければ先へ進まないことくらいは分かるだろう。
そうして嫌々ながら──本ッ等に嫌々ながらそれらの席へと腰を下ろす旅人たち。
そして、それと同時に流れ始めたその映像。
それは最初、姫がどこかの庭で楽しげに遊ぶ微笑ましい映像だった。恐らくそれを撮っているのはあの執事だろう。
思わずそう頬を緩ませた彼ら彼女らは──
『キャァァァァァァッ!?』
画面の中から聞こえ始めた、その悲鳴に体をビクッと竦ませた。
画面では執事がその悲鳴の方向を向いたのか、城の中から駆け出してくる幾名かのメイドたちの姿があった。
そして──その奥から現れたゾンビの数々。
「「「ひぃっ!?」」」
その『リアリティ追求しすぎだろ』と言わずにはいられないその映像に、おもわず悲鳴をあげる生徒達。
そして──突如としてその映像にノイズが走る。
『なぁんで、逃げるノォ?』
ノイズが走った直後、その画面に映し出されたあの顔。
それは先程の本で見たあの顔。その本能が告げる恐ろしさに旅人たちは三度絶叫をあげる。
とまぁ、その後も色々とストーリーがあり、彩姫を始めとした遠距離でモノを動かせる異能持ちを中心として様々な嫌がらせを行い、相手の精神の尽くを破壊し尽くしてゆく。
(まぁ、このお化け屋敷は霊体が居ないだけマシだな)
巌人は内心でそう呟くと、それと同時にチリーンとベルが鳴り響いた。
一回のベルの音。
それは『一名様ご案なーい』という意味合いのものであり、巌人はそのベルを聞いてすぐに一つの懐中電灯を取り出した。
「にしても一人でこれに挑むのか……。ただのボッチか、それともただの命知らずか……」
巌人はそう呟いて、演技に入る。
ガララッ。
扉が開かれる音がして、それと同時に巌人はフラフラと歩き出す。腹を押さえ、ごふっ、と吐血したように見せかけ、そして膝をつく。
さすれば誰も彼もがそれに何かしらの反応を示すわけで。
巌人はその駆け寄ってくる足音を聞いて、
「にっ、にに、兄さんっ!? し、死んじゃ、死んじゃやだっ! い、今すぐきゅうきゅうしゃっ、えと……、きゅうきゅうしゃって、何番だっけ?」
その聞き覚えのありすぎる声に、巌人は素直に土下座した。
☆☆☆
「……迷子?」
お化け屋敷に紡がやって来て十数分。
紡は今現在進行形で女子生徒たちからチヤホヤされており、それに加わりたくても混ざれない女子達と、それ以外のその時間担当の生徒たちがそこには集まっていた。
お化け屋敷の入口には『緊急時発生中ゆえ、只今停止中』との看板が立てかけられており、そして、その巌人の言葉に戻るわけだ。
「うん……、どうやら保護者のお母さんと一緒に来ていた娘さんがお化け屋敷の中で迷子になっちゃったらしくてね……。だから今一旦営業を停止してるわけなんだけど……」
巌人の言葉にそう反応する委員長。
けれども視線は巌人の方へと向かっており、その瞳にはビシバシ『探しに行ってくれないかな?』との意志がこもっていた。
というのも、このお化け屋敷は製作者側でさえ『怖い』と感じてしまうほどにクオリティが高く、どんなトラップがあると分かっていても並のお化け屋敷以上に怖いものがあるのだ。
まぁ、骸骨などに関しては動かす彩姫が休憩中のため発動しないが……、
「はぁ……、分かったよ。今から行ってくるけど、もしも途中で出てきたとかなったら教えてくれよ」
「うんっ、ありがとね、南雲くんっ」
ちなみに紡、カレン、彩姫には同行をすべなく断られた。
☆☆☆
「はぁ……、何で僕が一人でこんな所に……」
巌人はその暗い道を懐中電灯で照らしながら歩いていた。
彼は最初の執事ゾーン、骸骨ゾーンを難なく超え、その写真をくるりと見渡してから次へと進み、さらに件の映像を思いっきりビクッとしながら眺め、そしてその先へと足を進めていた。
ここから先に存在するのは、基本的に何故か館がゾンビに襲われたのか、姫はどうなったのか、最後にどんな結末が待っているのか、という説明会を無駄に恐ろしく行っているだけである。
上記のように言葉にすれば簡単だが、その恐ろしさは『これからが本番』と言っているようにも感じられる程であって、委員長たちが怖がっていたのもここから先があるがためであった。
「よし……行くか」
そう言って巌人は足を踏み出す。
ここまでは隅から隅までくまなく探してきた。なればこそ、ここから先に件の少年がいることは目に見えており、それはつまりよほどのキチガイでなければどこかで頭を抱えて震え上がっているということでもある。
「ったく……、遠距離から仕掛けを解除するなんかでも作っておけよな……」
そう言いながら巌人が歩いていると、突如として自らのステータスアプリに着信が入る。
視線を落とす──相手は委員長だ。
「はい、もしもしこちら巌人」
巌人は『もしや見つかったのでは?』とその電話の通話ボタンを押すと、流れてきたのは──ノイズの混じった音声だった。
『あっ……ズザッ……とく……ズザザッ、ズザッ……み、ズ……ザッ……たから……ズザザッ……い…よ……ズザッ』
直後に響く、ブチッという効果音。
それは電話が強制的に切られたということにほかならず、巌人はあの真面目な委員長がそんなことをするだろうか? そう考えて──笑うことにした。
「はっ、はっはっは! い、委員長もおちゃめな悪戯するじゃないかっ、全く困った子猫ちゃん、だ…ぜ……」
後半になるにつれて勢いが無くなってゆき、巌人の背中に冷たいものが伝った。
──あれ、もしかしてこれヤバイやつじゃない?
そう考え至った時にはもう既に巌人は歩き出しており、彼の中ではもう『迷子<脱出』という公式が出来つつあった。それどころか自らが迷子にならないことを祈るばかりである。
「お、おおーいっ! 迷子の子はいませんかぁー!? はやっ、はやくっ、なるべく早く出てきてくださぁーいッ! ちょっと真面目にお願いします! 僕を助けると思って!!」
気がつけば巌人は涙目でそう叫んでおり、けれどもそれには返答は無かった。
ただただ不気味な静寂が辺りを占め、巌人が諦めかけたその時──
「ぐすっ、お母さん……どこ行ったの……?」
そんな、子供の声が聞こえてきた。
それは微かな声だった。それこそ巌人が耳を澄ませてやっと聞こえる程度の声だ。
だからこそ巌人はその声から相手との距離を逆算し、やっとここから抜け出せると笑みを浮かべて走り出した。
「おおーいっ、ここだぞ! 見つかってくれてどうもありがとう!」
何ておかしな言葉であろうか。
けれども霊体が苦手な巌人にとってこの状況下は悪夢でしかなく、しばらくしてその後ろ姿を見つけた彼の中では今までにないほどの歓喜が生まれつつあった。
「なぁ、大丈夫か? 兄ちゃんが助けに来たぞ」
「……助けに、来てくれたの?」
壁の方へと向いて体育座りをしていた少女は、微かに巌人へと顔を向けてそう告げた。
けれどもその横顔は微かにしか見えず、巌人が身を乗り出そうとした途端、彼女はタイミングよくその顔を戻して立ち上がった。
紺色の髪を腰まで伸ばし、白いワンピースを着ている彼女。
彼女は俯いたまま巌人の手をそっと握った。
──瞬間、巌人の背筋に怖気が走った。
「き、きき、君……、て、低体温なんだねぇ〜」
そう言って精一杯笑みを浮かべる巌人。
けれどもその笑みは最高に引き攣っており、その言葉を聞いた少女は頷くと同時に口を開いた。
「ねぇ、お兄ちゃん」
そう言って彼女は顔を上げる。
その手からは氷のように冷たい温度と柔らかな感触が伝わってきて、その顔には──その眼窩には、青い炎が灯っていた。
『お母さんが、お話したいって』
巌人はその少女が指さした背後。
その背後を錆び付いたブリキ人形のようにガチガチと振り返って──
『執事サァン、みぃつけたァ……』
そこには、中に浮かぶ薄汚れた一冊の本。
巌人はそれに埋め込まれている顔を見て、その『お母さん』と瞳があった。
「いっ、いい、いやぁぁぁぁぁぁぁッッ!?」
こうして巌人は、お化けが苦手となった。
次回はラブレターを貰います。誰が、とは言いませんが。