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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
望んだ青春
40/162

40.姫と執事と公爵と

GW終わりましたね⋯⋯(吐血)。

「兄さん、浮気」

「……はい?」


 帰宅した巌人は、開口一番に紡からそんなことを言われた。

 それには巌人も思わず間抜けた声を出したが、それにイラッときたのか、紡は眉のシワを一層濃くする。

 だが、


「なぁツム、浮気は何のことか知らないけど、ツムは若くて可愛いんだからあまり眉にシワ寄せちゃダメだぞ? くっきり残っちゃったらどうするんだ」

「兄……さんっ」


 心配そうに紡の眉間をさする巌人に、彼女は思わずぽっと頬を赤らめた。

 そのくだりにはそれを見ていた彩姫は思わずため息を吐き、巌人の安定したシスコンっぷりと紡の簡単さに呆れを通り越して感心してしまった。

 だが、紡もそうは簡単には流されない。


「はっ!? に、兄さん……めっ」

「ん? どうしたいきなり」


 紡は断腸の思いで巌人の手を振り払う。

 その珍しい行動に巌人は困惑したが、紡は未だに少し赤いその顔で巌人をきっと睨み据えた。


「兄さんっ、私とっ、ずっと一緒にいる、いったっ。なのに、カレンと花火大会。ふたりっきりで……っ!」


 紡の目尻には涙が溜まっていた。

 彼女とてずっと一緒にいるのは物理的に不可能なことは知っている。分かっている。

 それでもあんな告白じみたことをされれば舞い上がってしまうし、何よりも盗聴器から流れ込んできた巌人のイケボ。アレを聞いたら恋する乙女としては羨ま……けしからんという気持ちになってしまうだろう。

 すると巌人は悲しそうに目を伏せる。

 それには「あっ……」と思わず声を出してしまう紡。彼女は声を出してしまったことに気がついて両手で口を塞ぐ。


「カレンは僕が来るまで持ちこたえるために必死になって戦って、右腕まで潰されちゃってたからさ。ちょっとくらいは付き合ってあげてもいいかな、って思ってたんだけど……」


 その言葉に紡は想像する。

 地に伏し、脂汗に塗れながらも右腕を潰されたカレンの姿を。

 そう思えば「なんで逃げなかった」と言いたい気持ちにもなる。逃げればそんな目には遭わなかっただろうに。

 だけど一番は──良くやった、という賞賛だった。

 気がつけば巌人は紡の頭を撫でており、彼女はそれに気がついて、少し火照った顔を上げる。

 そこには困ったように笑う巌人が居り、


「僕……どうしたらいいかな。ツム」


 その言葉は、その姿は。

 紡の『恋する乙女』というフィルター越しには、絶世のイケメンがイケボでそう言っているようにしか見えなかった、聞こえなかった。

 だからこそ、紡は気がつけばひしっと巌人に抱きついており、


「こ、ここ、今回、だけはっ、ゆ、許すっ」

「ん? よく分かんないけどありがと、ツム」

「んっ」


 傍から見れば『なんだこの兄妹は』と言った感じであり、実際にそれを見ていた彩姫は呆れ半分、羨望半分でそれを見つめ、カレンは──



「デートっ、デートっ! ふんふふふーん♪」



 嬉しさのあまり、ずっとそう呟いていた。




 ☆☆☆




 その後も学園祭の準備は続いた。

 フォースアカデミーは全世界でも頂点に位置する学校であり、それはつまりそれだけ期待されているということでもある。

 それは、学園祭もまた然り。

 だからこそ中途半端な出来は許されず、生徒達もかなりの力をその準備につぎ込まねばならなくなる。

 だがしかし、それはイコールで楽しんではいけないということにはならないのだ。



「ふっはっはっ! 我はヴァンパイア公爵なり! さぁ、貴様の血は何色だァ!?」



 そう言って内布の赤い黒マントをはためかせる吸血鬼の亜人こと澄川彩姫は、吸血鬼の蝙蝠のような翼を出し、その鋭い犬歯を剥き出しにした。

 彼女から感じられるは、その台詞とは裏腹に氷のように冷たい、それでいてどこまでも美しい可憐さであった。

 それは、なるほど彼女は吸血鬼なのだろうと確信させるには足る雰囲気であり、それを見てあまりのクオリティに歓声を上げるクラスメイトたち。


「イイね! イイよ彩姫ちゃん!」

「ですね! まさか本物の吸血鬼がお化け屋敷に紛れてるとは誰も思わないでしょうし!」


 そう言って沸き立つ女子達と、その吸血鬼の姿をすることによって美しさに磨きがかかった彩姫に見惚れる男子達。

 というのも、彩姫が吸血鬼の亜人だということは数日前にカレンがうっかり口を滑らせてバラしてしまい、引かれるかとも心配した彩姫だったが、


『いや、クソシャンプー野郎にその弟子の魔法少女ときて、今更吸血鬼の亜人くらいで驚かないだろ』


 との総意を経て、なんの問題もなくクラス中に馴染んでいた。ちなみに上記のセリフを言った衛太は巌人に張り倒された。

 たしかに他の学年と多少何かかしらトラブルがある時もあったが、それも巌人が笑顔で「なにか?」と言ったら終結した。もはやこの学園の首領(ドン)である。


 閑話休題。


 という訳で、今何をしているかと聞かれれば単純明快。

 お化け屋敷をするにはそれ相応の仕掛けが必要となるわけで。それは学校側から支給されたそれなりの費用である程度は賄えるが、それでもお化け屋敷と言えば実在し、実際に襲ってくるお化けがいなければ恐ろしさも半減である。

 そのため、今はそのお化けになりきるための衣装合わせの時間となっており、その筆頭がその『本物』である彩姫の吸血鬼であった。

 その他の面々も更衣室となっているカーテンの向こうでそれぞれ着替えをし始めており、


「あー、やっぱり着慣れてない新品のスーツは動きづらいな。これじゃまともに戦えないぞ」


 巌人も、またそのうちの一人であった。

 いつもはしている眼鏡を外し、ボサボサの天然パーマはワックスでカチッとオールバックにまとめられており、その右の眉に残る傷がどこか良いスパイスとなっている。

 そんな巌人がカチッとした燕尾服に身を包み、まるでどこかの執事然とした雰囲気を漂わせている。

 なれば、元々の材料がいいだけに、彼はかなり女子達からの注目を集めまくっていた。

 巌人が姿見の前でキュッとネクタイを締めていると、ぴょこっと、その鏡の中に映り込んでくる存在がいた。


「ふぇー、凄いっすね師匠! なんか今日は一段とカッコイイっすよ! 普段からそうしてれば良いのに……」

「それ、普段からカッコイイって言ってるようにも聞こえるからな」

「へ!? そ、そんな訳ないじゃないっすかぁ〜」


 ──それはそれで傷つくのだが。

 巌人は呆れたような視線を彼女へと向ける。

 そこにはすっかり魔法少女であることがバレてしまったカレンが立っており……、


「……なに、その格好」


 巌人は、その服装を見て思わずそう尋ねてしまった。

 そこにはまるでどこかの国の姫様のようドレスに身を包んだカレンが立っており、その青色のドレスは彼女のイメージカラーではあれど、彼女から感じられる雰囲気は普段の活発なイメージとは一転、まるで深窓の令……


「ふふーん! ちょっと……いや、かなり動きにくいっすけどアレっすね! いざって時はスカートの端破り捨てて……あれ、でもそれって少し動いたらパンツ見えちゃわないっすか?」


 訂正しよう。ただのアホである。

 巌人は見た目だけはいい(人のことは言えない)カレンを見てため息を吐くと、たまたま近くを通りかかった委員長へと話しかけた。


「あ、委員長……って委員長もすごい格好してるな……」

「へ? あぁ、これの事かな?」

「うん、けっこう似合ってるよ」

「そう? えへへっ、ありがとっ」


 そう言ったお下げの委員長は自らの服装を見下ろし、照れたように微笑んだ。

 彼女の今の服装はまるで魔法少女──否、魔女のようであり、その手にはしっかりと箒が握られていた。お化け屋敷にどう組み込んでくるかは不明だが、その格好はまさに魔女のソレである。

 巌人は委員長の格好について語るのも程々に、話しかけた本題について口にした。


「でさ、僕が執事。カレンが……なんだ。お転婆な第六王女とか? で、彩姫がヴァンパイア公爵。これお化け屋敷でどう噛み合うんだ?」

「なんすかその微妙な立ち位置!?」


 カレンは思わずそう叫んだが、何だか確かにそんなふうに見えなくもないことに気がついた委員長は、「あは、ははは……」と空笑いを浮かべながら巌人へと視線を向けた。


「えーっとね。お姫様なカレンちゃんと執事な南雲くんのペアの所に、血に飢えたヴァンパイア公爵が襲撃するっていうシナリオでね。今回のお化け屋敷はその廃墟と化したお姫様宅での事なんだよぉ〜」

「あぁ、通りで」


 その言葉を聞いた巌人は、思い出したかのようにぽんと手を叩いた。

 巌人が今日まで制作してきた壁や装飾は、そのどれもが『廃墟と化した豪邸』という単語がふさわしいものであり、半分ほど組みあがったそのお化け屋敷の方を見れば、最早そこは別世界である。本当にお化けが出そうだ。

 巌人がそんなことを思って苦笑いをしていると、委員長はなにか思いついたようにパンっと手を叩いた。


「あっ!」


 その言葉に巌人やカレン、その他の生徒達も委員長へと視線を向けて、



「ねぇ、姫と執事と公爵の役割、三人でちょっとだけ変えてみたら面白いと思わない!?」



 その言葉に、何故か巌人の背を冷や汗が伝った。




 ☆☆☆




 チ〜ン。


 こんな効果音が似合う光景もなかなかないだろう。

 けれども、その光景を見た生徒達は皆一応にそんな効果音を幻聴してしまった。

 それら視線の先には、だらりと肩を落とし、水色のドレスに身を包む──巌人が居るのだから。


「……なぁ、これって僕着る意味あった?」


 その言葉に誰もが黙し、笑うのも忘れて視線を逸らす。

 数の暴力とその場のノリというのは怖いもので、元々は冗談半分で提案したソレではあったが、いざ姫様モードで出てきた巌人は少々──いや、かなり気味が悪かった。

 それを強調しているのが、細身ながらも筋肉の盛り上がっているその腕から肩甲骨にかけて。そして分厚い胸筋である。

 こんなもの、よほどのマニア以外は見たくもないだろう。

 ──よほどのマニア以外は、だが。


「うぉーー! し、師匠の胸筋とか初めて見たっすよぉー! 凄いっすね凄いっすね! ちょ、ちょっとだけ触ってもいいっすか!?」

「なっ!? わ、私にも触らせてくださいっ! カレンだけに触らせるのは羨ましいというか不公平というか……」


 そう言ってペタペタと巌人の胸筋と二の腕を触り出すカレンと彩姫。

 カレンの服装は吸血鬼のソレへと変化しており、逆に彩姫の服装は巌人のものと同じく燕尾服となっていた。

 そして──


『you got the mail』


 その着信音に、嫌な予感を覚えてステータスアプリへと視線を下ろす巌人。

 そこには最愛の妹からのラブコール。



『兄さん、その女装、家で見せて』



 巌人は生まれて初めて、紡のお願いを却下した。


次回、ホラー注意報。

書いててブルりました。作者並みにお化けが苦手な人物が居るかは分かりませんが。

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