4.絶対者
やっとメインヒロイン登場です!
「ただいまぁー」
巌人はそう言って自宅のドアを開け放つ。
そこは住宅街に建つ大きめな一軒家で、豪邸と言ったほどではないにせよ傍から見れば『金持ちが住む家』と言った感じだろう。
あれから巌人は衛太と共に急いでその場から離れ、なんとか特務からは逃げ切ったのだが、もう既に日はすっかり沈んでおり、家の中は真っ暗である。
「えーっと……確か、ここら辺に、っと」
パチンッ!
手探りで探り当てたそのスイッチを押すと、それと同時に周囲に明かりが灯る。
──そして、目の前に仁王立ちする一人の幼女。
「うわぁっ!?」
流石に巌人も誰もいないと思って電気をつけたら目の前に幼女、という意味のわからない状況には対応出来ず、思わず大声をあげたが、よく良くその姿を見た彼はふぅと安堵の息をついた。
「なんだツムか……、あんまり脅かさないでくれよな」
「お腹減った、めし」
彼女はそれだけ言うと踵を返して二階の自室へと戻ってゆく。
ツム──南雲紡は巌人の義妹である。
義妹というのも、巌人と紡の間に血の繋がりはなく、三年前に紡が巌人の家庭に諸事情により転がり込んできたわけだ。
まぁ、それは顔面偏差値を比べれば分かるというもので。
巌人は黒髪天パの青眼メガネの地味男。
紡は青みがかった肩までの白髪青眼な超美幼女。
共通部分など瞳の色だけであり、もしも兄妹と言ってそのまま信じる者がいれば、それはよほどの馬鹿である。
巌人は居間へと向かって通学鞄をソファーへと投げ置くと、そのまま隣接するキッチンへと向かう。
「何か残ってたっけなぁ……」
冷蔵庫の前にしゃがみこんでその中を覗くと、狂気を感じさせるほどのメロンソーダ。数えるのがちょっと鬱になりそうな本数である。
巌人はそれを見てため息を吐くと、天井へと向かって声をかける。
「おいツムー! おまえ自分のメロンソーダこっちの冷蔵庫に入れたかー? 早くしないと兄ちゃん飲んじゃうぞー!」
ダンッ!
二階の床が蹴られた──恐らく今のは『やめて』との合図だろう。その証拠に階段を駆け下りてくる音が廊下から聞こえてくる。
そして数秒後には紡は姿を現し、不満そうに頬を膨らませた。
「兄さん、ケチ」
「はっはっはー、ケチなのはいいとしてツムよ、ここにあった食材はどこへやった?」
「捨てた。にんじん一本、腐ってたの、入ってたから」
──なるほど、つまりは食材は元から皆無だったという事か。
巌人はやっと前に見た冷蔵庫の中身を思い出して肩を落とした。
「はぁ……、食うもの皆無」
「外食、する?」
そう言って紡が懐から取り出したのは、ビッシリと札の入った茶色い封筒。ちなみに紡の姿はパジャマなので、どこに隠し持っていたのかは不明である。
「って言うか何その大金? 軽く百万はあるよね?」
「ん、前のおしごとの、お給金」
巌人は百万円以上を九歳の幼女に持たせたその相手を思い浮かべてため息を吐いた。あと幼女が言う『おしごと』ってなんだかちょっとアレな響きだな、と思った。
「金はあるから大丈夫だよ。で、どこか行きたいところあるか?」
「びくびくドンキー」
「びくびくドンキーかぁ」
びくびくドンキー。ハンバーグとイカゲソが美味しいよく分からないお店である。ちなみに巌人はイカゲソの方が美味いと感じている。
そんなことを思いながらも巌人は学ランを脱ぎ捨てて、自室へと向かった。
「よしツム、ちょっと着替えてくるからお前もパジャマ着替えとけよ? じゃないとびくびくドンキー行かないからな」
「ん、着替える」
そんなこんなで、南雲一家は外食をすることになった。
☆☆☆
南雲巌人の私服とは、大体上下セットの青ジャージである。
だがしかし、流石に本人も『ださい』というのとには気がついており、一人の時ならばまだしも義妹と出かけるにあたってそれは向いてはいないと言うことは理解していた。
そのため珍しく普通な私服に着替え、義妹である紡と一緒に家を出た。
紡の服装はセンスの悪い巌人から見ても素晴らしい組み合わせであり、その容姿も相まって注目をあつめていた──というか、それ以上に巌人の黒髪が目立っていた。無能力者様々である。
「で、父さんと母さんはなんて言ってた?」
手をぎゅっと握ってくる紡へとそう問いかける巌人。
紡は少しばかり特別な立場の存在であり、その仕事場に南雲家の父と母が通勤している……というか通勤しっぱなしなのである。
そのため家に戻ってくることは一年に一度あるかどうかであり、現状を傍から見れば巌人と紡の二人暮らしのようなものである。
すると紡は、何を思い出したのかニコニコと笑いながら巌人へと口を開いた。
「紡、お母さんに、褒めてもらった」
その修飾語の一切無い簡潔な文章に思わず苦笑いを浮かべたが、その後に告げられたさらなる言葉に巌人は更に苦笑いを強くした。
「お父さん、おんなの尻追ってるから、異能ぶち込んでって。だから全力で──」
「それ父さん死んでない?」
巌人は唐突に父親が生きているかどうか心配になった。
というのも、紡の髪の色は限りなく黒から離れた、純色に近い白色。それは異能の力がとてつもなく強いということにほかならない。衛太のSランクでさえ灰色だったと言えば彼女のやばさが伝わるというものだろう。
そんなことを話しているとその噂のびくびくドンキーに到着した。
店員さんからすれば巌人たちはもう常連さんである。もはや喫煙禁煙さえ聞かれずに案内され、いつもと同じ窓側の席へと案内される。
「ご注文はお決まりですね?」
「ツム? いつものでいいかー?」
「ん、いつもの」
もはや『お決まりですね?』である。そしてそれに対してさも当然のように返事をしている巌人と紡。傍から見れば異常である。
だがしかし、それらの奇異の視線を全て無視した二人は、それぞれ会話を弾ませていた。
「で、ツムはどんな仕事してきたんだ?」
「ん、防壁の上の、アンノウン除去。闘級五十二」
「それ普通に言ってるけど聖獣級だよな? お前よく無事だったなぁ」
「それ、兄さんに言われたら嫌味」
そう言って紡は、巌人へとジトっとした視線を送る。
「兄さん、本当に意味不明。異能も使わず私より強い。正直負けるところが想像出来ない。理不尽の権化。パラドックス男。変態。シャンプー」
「ちょっと? 最後の方酷くなかった?」
「シャンプー狂いのぺド野郎」
「もっと酷くなってるよね!?」
それと同時にコロコロと荷台が運ばれてきて、店員さんが注文した品を机の上に置いてゆく。
「ご注文は以上でよろしかったでしょうか? ぺド様」
「ぺド様!? ちょっ、店員さ───」
「ん、よろしい」
「ちょっと紡ちゃん!?」
そうして止める間もなく店員さんはどこかへと消え去ってゆき、結果そのびくびくドンキーにおいて、巌人には『ぺド様』という二つ名が出来たのだが、それはまた別のお話。
☆☆☆
その後、巌人は店員さんから陰で笑われながらもなんとかその場を乗り切り、会計のお姉さんに『ぺド……ぷぷっ』とか言われながらも、堂々とその場を去ってやった。そう、ああいうのは気にしない方がいいのである。気にしたら負けだ。
「よしツムよ、暫くびくびくドンキーに来るのやめよっか」
「ん、違うびくびくドンキーで、噂流す」
「お願いもうやめて!?」
すると紡は肩を震わせて笑い始め、巌人も「そんな子に育てた覚えはありません」と苦笑してぐしゃぐしゃと紡の頭を撫でる。
──南雲紡。
かなり特殊な生い立ち故滅多に人へと甘えることのない彼女だが、巌人を始めとしたその両親にはこうして心を開き、心からの笑みを見せている。
そして巌人もそれを知っている。誰よりも知っている。
だからこそ彼は紡には甘いし、こうして度が過ぎるイタズラをされようともおふざけが過ぎる、で済ませられる。
──のだが。
「けどまぁ、ちょーっと今のはおふざけが過ぎ過ぎちゃったんじゃないのかなぁ?」
巌人は額に青筋を浮かべながら肩を震わせている紡の頬っぺたを思いっきり引っ張った。
すると流石は無能の黒王、聖獣級すら圧倒する紡もあまりの痛さに暴れ始める。
「わ、わかった! ごめんなさい、兄さん!」
「よし、次似たようなことすれば母さんに怒ってもらうからな」
「それ、絶対イヤ」
怒った母親は怖い。兄妹の共通認識であった。
そうして紡は赤くなった頬を擦りながらも、逆の手でしっかりと巌人の手を握り、少しゆっくりと歩み出す巌人のすぐ横をテクテクと歩き出す。
その姿は、仲のいい兄弟にも見え、年の離れた恋人同士にも見えたが、義妹はまだしも兄な方はアレなわけで。
「なぁツム! せっかくだし薬局寄って──」
「絶対イヤ」
やはり、シャンプーへの想いは兄だけのものであった。
☆☆☆
時刻はそれより少し遡る。
住宅街の一角にて、特務の隊員を含めた警察官たちが集っていた。
彼らの目の前には、聖獣級の撲殺遺体。
「これは⋯⋯どうなってんだ?」
その遺体を見た警察関係者、特にアンノウンとの戦闘を生業とする特務の隊員達は、皆目を見開いてその死体の状態を見つめていた。
司法解剖をするまでも分かるその死因は、頭蓋にくっきりと残る拳の跡。それ以外には外傷は見られず、この聖獣級のアンノウンはたった一撃で沈められたのだと確信できた。
その上──
「で、でました! 種族名、鎖ドラゴン! Sランクの異能に、と、闘級は……な、七十一です!」
瞬間、ざわめきがさらに大きくなり、もしもこのアンノウンが生きていて倒される前に自分が相対したら──と、そう考えた隊員達の顔色が青白くなる。
そして何より、その化物を一撃で沈めたその人物に。畏怖や敬意を通り越して、恐怖した。
「だ、誰が一体こんなことを……」
誰が一体こんなことをしたのだろうか。
そんな疑問は口にしても無駄だろうし、ここにその正体を探れるものも存在しない。可能性として付近の防犯カメラになら映っている可能性もあるが、このレベルで手がかりどころか尻尾すら掠めないとなると、恐らくはどんな表の顔をしていてもその裏に隠れているのは相当に頭のキレる賢人だ。まず間違いなく映っていることはないだろう。
そんな特務隊員たちの疑問だったが──
「そんなの、絶対者以外に存在するわけないよ」
その声に、それまで気配を察知できなかった面々は驚き目を見開いて背後を振り向き、そしてそこにいた人物に絶句した。
「え、A級隊員、入境学……さん?」
「正解っ、はっじめましてー!」
そこに居たのは、エリート集団であるところの特務、さらにその数少ない上層部に位置するA級隊員、その代表格である入境学という男であった。
特務は世間からは絶大な人気を誇っており、毎年多くの入団希望者が続々とその試験に挑んでいる。
だがしかし、その大半はテスト半ばで敗退することとなる。
体力テスト、学力テスト、面接テスト、実地テスト。ただでさえとてつもなく高い水準のそれらのテストに加え、それらの全てが八割以上でなければ合格とはならない。稀に上位に位置する隊員の口添えでそれらのいずれかを免除される者もいるが、それも数年に一度のことである。
だからこそ世間からは人気があると同時に『エリート』という評価を得ているが、その中での順位争いは過酷を極めている。
最低ランクのC級隊員でさえ最低闘級が二十であり、B級隊員は三十五、A級隊員に至っては五十である。そしてそのほんのひと握り、世界でも有数と言われているA級隊員の中でもトップクラスの実力を誇る男こそ、今目の前にいる入境学という男なのだ。いわゆる有名人である。
入境はふむと顎に手を当てると「ちょいちょい」と言っても隊員達を避けてその鎖ドラゴンの遺体を──正確にはその頭部をのぞき込む。
「このレベルの化物を一撃で粉砕し、さらに威力が有り余って地面にまでダメージがいってる。こんなこと出来るのはまず間違いなく絶対者しかいないでしょ」
彼は再びそういった──絶対者、と。
──絶対者。
それは地球上に四人しか存在しない、文字通り人間という枠を超えた絶対の力を持つ人外の化物たちの総称である。
それらは噂でも最低でも闘級が八十を超えているとされており、彼の者達はそれ以下のA級隊員とは文字通り一線を画し、彼ら彼女らは“特務”という機関の最上位。つまるところの最高幹部に位置する。
人でありながら、軍人でありながらも絶対的な発言権を持ち、上位二人に関しては一国の王でさえひれ伏し、力を請うとされている。
特務の隊員達はA級隊員の口から告げられたその名を聞いて思わず息を飲む。
けれどもそれを見た入境は笑って手をブンブンと振ると、彼らが考えているであろうことを真っ向から否定した。
「いやいや、もしかして『絶対者ってみんなこんな感じなのかー』とか思ってるかもしれないけどそんなわけないからね? 僕もつい先日序列四位様の仕事に付いてったんだけど、もうそりゃあ勝てるかー!? って感じだったけど、流石にここまでじゃなかった」
その言葉に、違う意味で息を飲む隊員達。
序列四位『業火の白帝』の二つ名を持つ、正体不明の絶対者。その姿は極一部の者しか知らないとされており、つい先日まで防壁の上に巣づくっていた聖獣級もまた、その序列四位によって討伐されたとの噂が流れていた。
──だがしかし、入境は『ここまでじゃなかった』と言った。
それに加え、序列の二位と三位は現在日本国には居らず、身元と名前、顔が割れており、実力も異能も完全に露見している。
なればこそ──その犯人も特定できるというもので。
「序列一位『黒棺の王』だろうね。噂じゃチートみたいな異能を持つ純白髪の男性らしいけど……まさかこんな小さな島国の、それもこんな田舎にいたなんてねぇ……」
──黒棺の王。
僅かな外見しか明らかになっておらず、彼の通った後には生物一つ残らなかったとされている伝説上の人物。
三年前にとある神獣級のアンノウンと戦い、その後突如として消息を絶ったとされているが、未だに特務における貢献度ランキングではダントツの一位を維持し、最高幹部の頂上に居続ける──まさに生ける伝説。
「人の口に戸は立てられぬ。こりゃあ噂になるねぇ。世界最強の伝説さん?」
入境はニヤリと笑みを浮かべて、そう呟いたのだった。
南雲紡ちゃん、9歳です。
色々な彼らの秘密については後々明らかになっていきます。