37.後日談 ―創滅銃―
その後、小一時間ほどで特務の防衛大臣率いる隊員達が到着した。
けれども、そこにあったのは辛うじて身体の端部のみが残されている聖獣級アンノウンの遺体と、そのアンノウンに破壊されたとされる跡だけだった。
特にその破壊跡が酷く、その訓練場から防壁の近くまで、いくつもの山々が跡形もなく吹き飛ばされているとの情報がメディアに出回った。流石に防壁には傷一つ付いていなかったそうだが。
特務隊員達はその現場に居合わせたとされる生徒達に話を聞いて回ったが、彼らは決まって何かを恐れるようにそのアンノウンの恐ろしさを語り、そして──
「よーっす、ヒーロー。今日も目立ってんなぁ」
「今日からだよ馬鹿野郎!」
衛太の人気が、爆上がりした。
アンノウンと対峙したとされる生徒達はここ数日間は精密検査に慌ただしく、一年生のほとんどがそちらに回ることからも、学校は土日明けの今日から再開されることとなった。
のだが、
「なんで俺があの白熊倒したことになってんだよ!? めちゃくちゃ特務の人たちにスカウトされたぞ!? 悪いけどありがとうなクソ野郎!」
そう、あの後、
『皆、もしも僕の情報が出回ったら……その時は自宅周辺がああなることを覚悟しておいてくれ』
と巌人が脅して去った結果、印象的すぎた衛太の活躍が前面に出ることとなり、生徒達は口裏を合わせることなく同じことを言ったのだ。平岸衛太があのアンノウンを倒した、と。
まぁ、その結果衛太は精密検査に加えてメディアからも取材を受け、実際には巌人が倒したと知っている一年生の生徒達からもかなりの人気が出始めていた。
だからこそ衛太は巌人の手柄をとってしまったことに謝罪を謝礼をしたのだが……、
「いや、あんな雑魚いつでも倒せるし……。別にそんなに手柄が欲しい理由でもないしな。もし必要になったら壁の外でも行って大量に狩ってくるから別にいいよ」
そのあまりにもスケールの大きい言葉に、衛太は思わず肩を落とした。
「お前ェ、俺があの白熊相手にどれだけ頑張ったと……」
「ちなみに研究所にはアイツより強いヤツ二人居たぞ。しかも片方は僕に攻撃を喰らわせるレベル」
「そっちが来なくてほんとに良かったッ!」
衛太はそう、切実に告げた。
正確には巌人の油断と、鬼象の驚嘆に値するほどのスニーキングスキル。それらが集まって初めて成り立った巌人への攻撃だったのだが、それを知らない衛太は真面目に自分の運勢値に感謝していた。
キーンコーン──
丁度いいタイミングでチャイムが鳴り響き、少しして中島先生が教室に入ってくる。
生徒達は泊りがけで昨日まで精密検査を受けていたため、あの二人とは巌人や紡もあれ以降会っていないのだが、遅刻か欠席か。両隣の席が空席となっていた。
(まぁ、復元弾を使ったんだし大丈夫だろ)
巌人は元気満々の衛太へと視線を向けながら、そう考えた。
☆☆☆
「「お帰りなさいませ、ご主人様っ!」」
「……何やってんの、お前ら」
帰宅後、巌人は困惑していた。
あの後、いつになったら学校に来るのか、カレンと彩姫を待っていた巌人だったが、何故か二人は最後の授業が終わっても尚学校には来ず、不思議に思って自宅へと帰ってきて──待っていたのがコレである。
目の前には、ミニスカメイド姿のカレンと彩姫。そしてそれを──というかカレンの胸を疎ましそうに見つめている紡。
帰宅一番にこんなものを見せられれば巌人のような反応をするのは当たり前であろう。
それに対して二人は、
「いやー、結果として全部師匠に助けられたっすから、その恩返しってことで色々してあげようかな、って感じっす」
「あと、助けに来るのが遅かった上に、精密検査中に一度もお見舞いに来てくれなかったので、巌人さまに目いっぱい甘やかしてもらおうかと思いまして」
酷い言い分である。特に後者。
だからこそ巌人は胡散臭い笑みを浮かべて、控えめにそれを拒絶した。
「いやぁ、いいよいいよ。相手は聖獣級だったんだろ? あの穴を見ても。だったら充分持ちこたえてくれた方だって」
「はい、確かにそうですね。私なんて受けた一撃が思った以上に身体の急所という急所にクリーンヒットしたせいで一度異能を使うだけで死にそうでした。ですからお詫びを……」
「いやいや……」
「いえいえ……」
瞬間、二人の笑顔が凍りついた。
そして──
「逃がしませんよぉ! この一週間近く一緒にいられなかったんです! もっと私を甘やかしてくださいっ!」
「嫌だ! はな、離せこのロリっ子! ちょ、ズボンに掴まるふりしてベルト外さないで!?」
「……は、はて、何のことやら」
「たすっ、助けてツム! 痴女に襲われる!」
シュタッ!
巌人から直々のお願いにその場に降り立った紡。
彼女は目にも止まらぬ速さで彩姫へと肉薄し、気がついた頃にはメイド姿の彩姫は組み伏せられていた。
「クッ……やはりツムさんが最大の壁ですか」
「兄さんの、貞操まもるのは、妹のせきむ」
妹に貞操を守られる兄など、兄の名折れもいい所である。
巌人は外されかけていたベルトを元に戻すと、組み伏せられている彩姫の前にしゃがみこむ。
「まぁ、アレだ。出来ることなら融通きかせるから、あんまり強硬手段には出ないでくれると嬉しいな」
そう言って巌人は苦笑いを浮かべる。
それを見た彩姫は……、
「はいっ! 一緒にお風呂に入りたいです!」
「「却下!」」
紡とカレンの声が響き渡った。
☆☆☆
「何故こうなった……」
巌人は風呂場で頭を抱えていた。
あの後、ふと気がつけば『助けが遅かったから何か一つお願いを聞くべき』という彩姫の意見が通り始めており、阻止せねばと考え至った頃にはその考えは決定してしまっていた。
それには紡も血の涙を流し、天才の話術というものを心の底から呪った。
だがしかし、それで何かが変わるわけでもなし。
「はい巌人さまー、お背中洗いますねー」
ぺたぺたっ。
そんな音が響いて、巌人の背中に二つの手の平が当てられる。
きっと『なぜタオル使わないの?』と聞いても『私は使わない派ですから』と返されて終わるだろう。
巌人は鏡越しに彼女へと視線を向ける。
すると鏡越しに巌人を見つめていたらしい、バスローブ姿の彩姫と視線が交差した。
そう──バスローブ姿である。
「巌人さま……そんなに見たいんですか?」
彩姫は何を勘違いしたか、ぽっと頬を赤らめてそう呟く。
それには思わず巌人も叫ぶように否定した。
「違っ……、あ、いや、正確に言えば違くないけど今は違う! 断じて否だ!」
「そ、そうですかっ⋯⋯、そうですよね」
気がつけば鏡に映っている巌人の頬を赤く染まっており、それを見た彩姫の頬も真っ赤に染まっていた。
──なんだこのラブコメは。
思わずそう問いかけてしまうような展開。
ぺたぺたと、背中を洗うその手の微かな音だけが木霊するその恥ずかしい沈黙。
巌人はその空気に耐えられなくなったのか、珍しく空気を読んで口を開く。
「そ、そう言えばっ、精密検査はどうだったんだー?」
声が思いっきり裏返っていた。恥ずかしいことこの上ない。
けれども彩姫もかなり緊張していたのか、それには一切触れずに口を開く。
「そ、そうですね……。巌人さまの使った銃のおかげで何ともありませんでした。って言うか昔に負った大怪我あったんですけど、もう一生消えないって言われてたそれも消えてました。……一体なんだったんです? あの銃は」
そう言って彩姫は探りを入れてみる。
すると巌人は困ったように苦笑して、たった一言こう告げた。
「『創滅銃』」と。
──創滅銃。
その名前だけ聞けば創造と破滅を司る銃となるだろう。
けれども彼女の直感はそうではないと告げており、彼女は少し今までの情報を洗ってみることにした。
巌人の『棺のマント』に付与された異能は『物理以外の攻撃の無効』であった。
だからこそ、黒棺の王の異能はそうなのかもしれないと思ったが、紡自身がそれを否定した。言外に『その程度じゃない』と。
だからこそ彩姫は困惑し、つい先日のあの回復を見て、実際に受けて、更なる困惑の坩堝に落ちた。
(消失系の能力? それなら巌人さま本人が異能を持っていないことにも理由がつく……。けど、あれは回復系の能力でした。……なら、消失と回復の両方を合わせ持つ異能……? そんな異能あるわけありませんし、もしもあったとしてもそれは二つの異能を持っているということ……。さすがにそれは有り得ないでしょうし……)
二つ以上の異能を持っているということ。
それに限りなく似た異能を持っている幼女がかなり身近に居るのだが、それを知らない彼女は困惑し続けた。
だからこそ、巌人からかけられた言葉に、焦ってしまった。
「そういや、その傷ってどこの傷だったんだ?」
「へっ!? あ、はいっ、お腹の傷です!」
鏡越しに彩姫へと告げられたその言葉。
それに焦った彩姫は思考に没頭していたためによく考えることもなしに──立ち上がって、その腹部を巌人へと見せた。
「ぶふっっ!?」
瞬間、吹き出した巌人。
彩姫はその行動に疑問を思い、鏡越しに巌人が見たであろう自分の腹部へと視線を下ろして──
「…………あっ」
バスタオルが退けられて開けっぴろげになっている、自らの裸体を目撃した。
瞬間、彩姫はあまりの現状にフリーズし、そして数秒後。
「いっ、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?!?」
真っ赤になって、浴室から逃げ出した。
余談だが、巌人が彩姫と再び会話するまでには、一週間近くの時間を要した。
以上、彩姫ちゃんのちょっとしたサービスカットでした。ラブコメりやがって。
次回、新章開幕!
多分恋愛メインの章になる気がします。
もしかしたら告白も⋯⋯?