36.不屈の心
タイトルはまんまです!
やっと来た彼の見せ場!
平岸衛太の父親は、自衛官であった。
彼は幼少期からその背中を見て育った故、物心ついた頃には正義を愛し、不正を疎み、何よりもヒーローに憧れた。
彼は幸い、異能がSランクと天才級だったため、多少勉強は苦手だったけれども、なんとか思い描いたとおりのレールを進んでゆき、つい数ヶ月前、憧れへと至る第一歩、フォースアカデミーへの入学を果たした。
──のだが、
『初めまして、南雲巌人っていいます。趣味はシャンプーで、好きなものはシャンプーです。シャンプーの事ならなんでも知ってますのでじゃんじゃん聞いてきてください』
そんな頭のイカれた男と、あろう事か前後の席関係になってしまった。
衛太は直感していた──この男に関われば面倒なことになりかねない、と。
実際にそれは正しいことであり、彼は黒髪ということも相まって、入学初日に多くの生徒達から絡まれた。
それにはさすがの衛太も呆れたものだ。
自分が無能力者──つまり戦うことの出来ない弱者だと分かっているのならば、それに相応した対応をしなければならない。無能力者ならあそこまで目立つ言動をしなければ良かったのだ。
内心で、彼はそう考えて──その常識を、ぶち壊された。
『いやぁ、皆さん演技が得意ですねぇ』
そう言ってのけたのは、全ての相手を武力で、腕っ節で、力ずくでねじ伏せ、それら小さな丘のごとく地に伏す生徒達の上に座り込む、無能力者だった。
そして、彼はその姿を見た時、何か、心の中に炎が灯ったような気がした。
自分はヒーローに憧れた。
ヒーローってのは、ああいう場面で迷うことなく飛び出していける勇気のある者の事だ。
強さなんてのは二の次だ。自分がその結果どうなるかなんざ気にしちゃいけねぇ。
弱くても、ダサくても、ボロボロで満身創痍でも、身体を張ってみんなの前に立ち続け、その背中で仲間全員を鼓舞し、希望を垣間見せる存在こそが──自分の目指した、ヒーローだ。
その日から、衛太はその少年になにかに付け話しかけることにした。
話してみると案外面白いヤツで、入学初日に二つ名を手にするという偉業を達成した上、出身からつい先日までいたはずの中学校すら不明のよく分からない存在ではあったが、それでも彼は少年と友達になることになんの躊躇いもなかった。
『コイツと一緒にいれば、俺はきっと、胸を張って自分をヒーローと名乗れる存在に……なれる気がする』
そんな期待を胸に彼は努力を続け、地道に闘級も上げ、異能の使い方にも習熟し、そして彼と共にあり続けた。
その結果、聖獣級との戦闘現場に立ち会ったり、着々とハーレムを築きつつある彼の人生に立ち会ったりしている訳だが。
「今回のは……ブッチギリでとんでもねぇな」
衛太は極白クマへと視線を向けて、そう呟いた。
今までのピンチには、必ず隣に巌人が居た。
最悪彼に頼めばなんでも解決する、という精神的な、そして確実的な命綱があったからこそ色々な行動に出られたわけだが──今回に関していえば、命綱無しでバンジージャンプに挑もうとしているようなものだ。
運が良ければ途中で巌人に回収され、運が悪ければそのまま崖下の岩肌に衝突してスプラッタ。
正にここは──生きるか死ぬかの分岐点。
けれども彼の顔には隠しきれない笑みが浮かんでいた。
『なにを……笑ってるんだな?』
満身創痍にも近い様子の衛太を見下ろして、極白クマはそう不思議そうに、そして苛立ちを隠そうともせずにそう告げた。
それに対して衛太は、殺戮罰怒を杖のようにして立ち上がる。
そして、自らを鼓舞するためにこう言うのだ。
「ここが俺の人生の分岐点だ。生きて英雄か死んで一般人か……。今この時くらい根性見せろよッ、平岸衛太!」
今日、彼は生まれて初めて──英雄の選定に挑戦する。
☆☆☆
「うぉっらぁぁぁっ!!」
グシャッ!
衛太はその掛け声を最後まで言い終わるよりも先に、極白クマの横薙ぎの一撃によって吹き飛んだ。
『なぁんだ、雑魚じゃんか〜』
その言葉に、その光景に。
それを見ていた生徒達は目を見開いて恐怖に怯え、それを痛みに震えながら見ていたカレンと彩姫は、その明らかなオーバーキルにギリッと歯を軋ませた。
──死。
ないしは気絶だろう。
衛太には確かに才能がある。けれどもそれは現時点では開花していない蕾だ。それがあれほどの攻撃を何度も喰らえばどうなるか……そんなものは目に見えている。
だからこそ、極白クマも踵を返して、
「がはっ……、はっ、おいおい……、んだよ、そのヘナチョコなパンチは……。雑魚にそう言われるなんざ、テメェは一体なんだ? 牛の糞か?」
ブチィッ!
極白クマの身体から、何かが切れたような音がした。
『あァん?』
振り返った先。
そこには身体中から血を流し、死に体でありながらもなお立ち上がる──衛太の姿があった。
それには生徒達も目を見開き、極白クマは嘲笑した。
『くっ、ふははははっ! 何それ! 満身創痍で立ち上がる自分カッコいいって奴!? 面白いね君! そして最高に──嫌いなタイプだ』
瞬間、彼は衛太の背後まで一瞬にして移動し、それと同時に、彼の身体へと軽く跳ね上げるような拳を繰り出す。
ゴキバキッ!
耳をすませば衛太の身体からは骨が折れ、肉が潰れるような音が聞こえるようで、衛太は悲鳴すら上げることなく宙に打ち上げられた。
そして、それを見て息を吸い込む極白クマ。
『そういや、僕の異能、見せてなかったよね』
その言葉に、その行動に、嫌な予感を覚える彩姫。
(ま、まずいっ!)
彼女は必死になって衛太へと手を伸ばし、異能を発動させる。
そして──それと同時に発動される、彼の異能。
『北極ブレスッッ!!』
瞬間、超威力の咆哮が放たれた。
☆☆☆
あまりにも膨大な冷気。
砂煙が止み、やっとそれに気がついて目を開いた生徒達は、その光景に絶句していた。
──陽の光。
本来、屋内に位置するこの訓練場において絶対に目の当たりにすることが出来ないソレが、今は大量に降り注いでくる。
それはつまり──どういう事か。
「か、壁が……」
誰かが呟いた。
その──巨大な大穴が穿たれた、その内壁を見て。
それは紛うことなき『北極ブレス』の影響であり、その奥に位置していた山肌は抉れ、荒れ果て、凍りついていた。
──聖獣級。
一体で国を滅ぼすに足る力を持つというその存在。
その定義は決して間違いではなく、鎖ドラゴン、魔王クラブスター、鬼象、アルベルト。
今まで彼らが邂逅してきた存在は、本来『絶対者』という存在なくしては排除できない国家の危機であった。
そして、この極白クマもまた然り。
そんな極白クマは、その北極ブレスの跡を見て、一言こう呟いた。
『なんで、お前生きてるの?』
彼の視線の先には、少し上向きに放った北極ブレスから辛うじて回避した様子の衛太が居り、彼の身体には赤い光が纏わり付いてていた。
──赤い光。
それを見て最初の岩石による攻撃を思い出した極白クマは、今度はその視線を先程まで気にもしなかった一人の少女へと向ける。
『なーんだ、一番の雑魚かと思ってたら、案外役に立つ能力持ってるのね。ちょ〜っとイラッときちゃったんだな』
そうして彼は彩姫へと身体を向けて、
「逃げるのかッ、この白熊野郎!」
ガギィィンッ!!
その言葉と同時に幾度となく叩き込まれてきた頭部の傷へと金属バットがクリーンヒットし、その鈍い痛みに彼はそちらへと視線を向ける。
するとそこには、何とかといった様子で立っている衛太の姿があり、彼が件のバットを投げつけたのだろうと言うことはすぐに理解出来た。
『お前……そんなに殺して欲しいの?』
再び、極白クマの拳が衛太の体に突き刺さる。
「がハ……ッ」
力もかかっていない一撃。
それは単に吹き飛ばして殺しに行くのが面倒だったための一撃だった。
それでの瀕死の衛太は膝から崩れ落ち、額を地面へと叩きつけた。それは傍から見れば土下座にも似た無様な格好だったろう。
『お前さぁ、弱いくせにさっきから何なのだ一体。ヒーロー気取りって奴? ウザイからとっとと死んでくれないかなぁ?』
極白クマは、心底つまらなさそうにそう告げた。
衛太の周りには徐々に流れ出た血溜まりが広がっており、間違いなく彼の死はもう目前まで迫っていた。
けれども──彼は笑った。
「俺が……ッ、弱ぇことくらい、自分が世界で一番……、分かってんだよッ」
彼は両腕を地へと付き、けれども力が入らず血で滑り、それでも諦めずに──頭を、地へと叩きつけた。
「確かにそうさ……、俺はヒーローに憧れてるッ。皆の前に立って、どんな理不尽な悪もその身一つで退治する……、そんな、カッコよくて、最高に輝いてるヒーローにッ!」
そうして思い出すは、彼の後ろ姿。
自分は最初、ヒーローに憧れて──あの時の彼の後ろ姿に憧れた。
もうダメだ、助からない。
そんな弱者たちにその背中一つで希望を分け与え、まるでそのピンチを嘲笑うかのように絶望を打ち払う──あの背中に。
自分もいつか、ああいう存在になってみたい。
皆を救いたい。希望を分け与えてやりたい。
絶望を──打ち払いたい!
「心は折れない! 正義は消えない! 希望は潰えない! それが俺だ!」
彼は叫んだ。
もう身体は限界を超えている。
自分で分かる──もう『死』がそこまで近づいていることに。
けれども、絶対に心だけは折れてたまるか。
正義を、消させてたまるか。
希望を、潰させてたまるか。
負けて──たまるかってんだ。
彼は立ち上がる。
もう身体中の骨はバッキボキだ。立っているだけで死にそうだ。
それでも彼は、立ちはだかる。
生き様を誇れ、希望を見い出せ、正義を燃やせ。
彼は限界すら超えた身体に鞭をうって、その相手へと──死の足音へとこう告げた。
「俺はお前にはッ、絶対に負けねぇ!!」
瞬間、彼は走馬灯を見た。
今まで生きてきた自分の記憶。
高校に入っての、仲間達との生活。
合図もなしに自らへと放たれた、その拳。
そして──見覚えのある、後ろ姿。
「悪い、待たせた」
ドスゥゥゥゥンッッ!!
とてつもない風が吹き荒れ、極白クマの拳が何かに衝突する。
砂埃が吹き荒れ、それと同時に感じられ始めた──絶対的な存在感。
『なっ……な、何だっ!? なんだお前はっ!?』
砂埃が止んだ。
そこには怯えたように顔を引き攣らせている極白クマと、その拳を片手でしっかりと掴んでいる黒髪の少年の姿が。
「し、師匠……」
「い、巌人さまっ!?」
少年──巌人は、その声に拳を離して振り返る。
そして、そのカレンの腕を見て、衛太の姿を見て、地に伏す彩姫を見て──腰に差していた銃を取り出す。
「良かった、一応持ってきておいて」
ダンッ、ダンッ、ダンッ!
彼は容赦なく弾丸を打ち込んだ。
──三人に対して。
『「「「⋯⋯はっ?」」」』
その行動には思わずその場にいる全員が目を剥き、巌人の正気を疑って──直後に輝き出した、三人の姿を見て更に目を見開いた。
「『復元』」
青い光が三人を包み込み、数瞬後には、三人の身体からはありとあらゆる傷が消滅していた。
その信じられない現状に叫び声をあげそうになった面々ではあったが、
「おいお前、余程死にたいらしいな?」
瞬間、辺りを包み込んだその濃密な殺気に、思わず息を詰まらせた。
息をするのが苦痛に感じるまでのその殺気。周囲にいるだけでもこれなのだから、それを実際に受けている極白クマの恐怖は計り知れない。
『じ、自分はっ、ぼ、ボスに命令されただけでッ!』
「だから? そのボスはついさっき殺してきた。ついでに研究所にいる全てのアンノウンも僕の知り合いが撲滅済だ。なら全責任はお前にある訳だが?」
瞬間、さらに膨れ上がるその威圧感。
知らず知らずのうちに、彼は巌人の背後に禍々しい黒い棺を幻視してしまっていた。
それは、濃厚な死のオーラを振りまく黒棺。
そのオーラに触れただけでも死に至る。そんなはずはないとわかっていても、それでも尚その幻覚が怖くて怖くて仕方がない。
気がつけば、極白クマの身体中からは膨大な量の油汗が吹き出しており、身体はガクガクと震えに震えていた。
そして──
「今すぐ死ぬか、嬲られて死ぬか。好きな方を選べ」
その言葉に、彼の理性が決壊した。
『うがぁぁぁぁぁぁっ!!』
彼がしたのは──巌人に殴りかかるという愚行であった。
それには巌人もフッと笑みを浮かべて、
「なるほど、今すぐに殺してほしいらしい」
彼の姿が、一瞬にして極白クマの背後へと移動した。
何故わざわざ背後まで移動したか。
そう考えたここにいる全ての存在は、彼の近くにいるという事の危険性を察した。察しずにはいられなかった。
衛太は彩姫によってその場から逃がされ、それを見た巌人は、ニヤリと笑ってこう告げた。
「さっきお前、僕に『誰だ』って聞いたな」
そうして彼は、ヤクザキックをぶち込んだ。
「僕はただの、通りすがりの知り合いだ」
周囲に、溢れんばかりの爆音が響き渡った。
☆☆☆
「ったく、アイツの化け物感ったらありゃしねぇな」
巌人が大急ぎで去っていった後、中島先生はその戦闘跡地にてそう呟いていた。
視線の先には、一撃で沈んだ『鬼象』の死体と、ほとんど跡形もなく消え失せた研究者アルベルトの死体。
そして──その背後。
「そーいや、まだ昼間だったっけなぁ」
そこには、そこらの架空上の怪物くらいなら通れるんじゃないか、思わずそう考えてしまうような巨大な穴が穿たれており、そこからは明るい光が差し込んできていた。
明らかに今までの部屋とは材質からして違うこの部屋に、しかも以前に開けた穴よりも大きな穴を穿つ──それも一撃で、だ。
なるほど『化け物感』とはよく言ったものだ。
けれども彼女には、巌人の理不尽なまでの強さを表現するのに、最適な言葉を一つだけ知っていた。
「言うなれば、正に『天変地異』」
そう言って、彼女は困ったように頭をかいた。
「アイツ、三年前のあの時と同じくらい怒ってたからな……。加減間違って山をいくつか吹き飛ばしてなきゃいいけど」
彼女はすぐに知ることになる。
その嫌な予感が、一言一句違うことなく正しいという事実に。
あの銃も黒棺の王の能力が込められたものです。彼の能力が更なる謎に包まれましたね。何なんだあのチート武器は。
次回、後日談! 彼女のサービスカット有り!