32.嫌な予感
少し変更しました。
天才科学者アルベルトは、そのスクリーンに映し出された映像を見て肩を震わせていた。
その顔に浮かぶは──正しく焦燥。
「馬鹿なッ!? この研究所付近の警備に回していた『ロッキングスター』にこの研究所が誇る機械化兵団までやられただと!?」
そのスクリーンに映し出されていたのは、その実力派アンノウンの死体と、無残に破壊され尽くされた機会の兵士達。そして、大地を突き破って研究所へと繋がっている、巨大な穴。
それは先程、件の研究対象が一撃で開けた穴であり、核弾道ミサイルが直撃しても大丈夫だろうと考えていた彼は焦りに焦りまくっていた。
『や、やばいんでやんすかね! ボス!』
「うるさい! 分かっている!」
彼は話しかけてきた助手アンノウンの『ケンジン』にそう叫ぶように返すと、目の前のテーブルへと両の拳を叩きつけた。
それと同時に机の上に塔のように溜まっていた資料の束がバサバサと崩れ落ちる。
『クソッ、こうなると分かってさえいればアイツを残しておいたものをッ!』
そう、アイツ。
一、二時間ほど前にとある場所へと送り出したこの研究所の最高傑作のうち片方。
送り出した以上必ず絶対的な破壊を約束してくれるはずだが、それはつまり、それだけ今の研究所の防衛戦力が少ないということでもある。
彼はギリッと歯を食いしばると、焦燥から一転頭を切り替えて振り返る。
「いずれにせよ相手は人間だ! その上移動速度も早くはない! 早急に研究所内へと罠を仕掛け、どんな手を使ってでもここまでたどり着く前に捕縛しろ!」
それはきっと正しい選択。
けれども彼の脳内には、『逃げろ』と警報が鳴り続けていた。
☆☆☆
「相変わらず馬鹿げた筋力値してんなぁ」
そう呟く中島先生は、その大穴を見上げていた。
それは先程『ほいっ』という軽いかけ声とともに拳で開けられたものであり、それをやったのはもちろん巌人であった。
中島先生本人もかなり筋力特化な脳筋タイプだと自他ともに認めているが、それでもなお巌人のソレには遠く及ばない。
この大穴でさえそうなのだから、もしも巌人が本気で攻撃を繰り出したらどうなるのか……。
「案外、星が割れたりしてな」
「……ん? 何の話ですか?」
その声にそちらへと視線を向けると、いつの間にか全滅している機械の兵士達の軍勢があった。彼女は思う。あれ、感知する前に戦い終わってるんだけどどういう事だ? と。
それに加え、そういえば巌人が戦っている光景を見たことがないな、と思ってしまった中島先生だったが、
「……よく見たら、その機械の兵士共も怪獣級くらい行ってるんじゃねぇか」
そう、巌人が今倒した兵士達はどれも単体で怪獣級、中には明らかに幻獣級であろう兵士も転がっていた。闘級にして四十前後だろうか。
それをあっさりと倒してしまう巌人も巌人だったが、もしも万が一この幻獣級の兵士が下っ端の下っ端だったとすれば……。
中島先生はそう考えて思わず背筋を冷たい汗が伝うのを感じた。
(もしも万が一そんな事があったとすれば、この研究所は特務が思ってる以上にヤベェ所なんじゃねぇのか……? まぁ、そんなことは確率的には万に一つにも有り得ねぇ事だろうが)
そう、万が一つにもそんなことは有り得ないのだ。
もしもそんな事があったのだとすれば、最悪この研究所は神獣級を従えているということにもなりかねない。そうなればその時は巌人も本気で……。
そこまで考えたところで、果たして神獣級でさえ巌人の『戦闘』の相手が務まるだろうか、と考えてしまった。
その理由は幾つかあるが、
「今は、ンなこと考えてる暇は無さそうだな」
中島先生は、背中の竹刀を手に持って構える。
通路の先からは幾つもの息遣いが聞こえ始めており、巌人もそれに気がついたのか、そちらへとじっと視線を向けている。
五……十……二十体近くはいるだろうか?
ポツポツと通路に等間隔で設置されている照明、それを頼りに目を細めると、中には明らかに怪獣級下位のアンノウンまで紛れていた。これでとりあえずは先ほどの最悪の考えは潰れたであろう。
ということで、不安が消えたならば後はやることはただ一つ。
「私が七体、その間に他は頼んだ」
「……なに楽しようとしてるんですか」
そう言い合いながらも、二人はその群れへと駆け出した。
☆☆☆
「なんだあの化物共はッ!?」
そんな悲痛に塗れた叫び声が響いた。
もちろん声の主はアルベルト。
彼の視線の先には、スクリーンに映し出された、文字通り瞬殺されたこの研究所の警備班。二人が走り出して全滅するまでにかかった時間、およそ四秒弱である。
(くっ、やはり力押しでは難しいか……ッ!)
アルベルトはそう内心で吐き捨てて歯を食いしばると、その警報を鳴らす頭脳を無視して、無理矢理に引き攣った笑みを浮かべる。
「だがしかしッ、これはどうかなッ!?」
その言葉と同時に、スクリーン上に変化が訪れる。
今現在進行形で辛うじて生きていたアンノウンたちが皆喉に手を当てて苦しみ出し、それと同時に二人のうち片方──赤髪の女性も眉にシワを寄せ始める。
それを見たアルベルトは、今まで快進撃を続けてきた二人の歩が止まりつつあることにほくそ笑んだ。
「ふっ、ふははっ! どうだ!? さすがの貴様らと言えど真空状態には耐えられま……」
ドガァァァン!!
「……あれ?」
一瞬、瞬きをしていた間のことだった。
大音量の破壊音が鳴り響き、目を開けた時にはもう既に天井には穴が穿たれており、せっかくコソコソとシャッターなどを使って作り出した真空状態はもう既に消え失せていた。
そして、それを見て机に拳を叩きつけるアルベルト。
「なんだアイツらは!? 真空状態で行動できるとか馬鹿じゃないの!? それでもお前ら人間か!?」
本当にその通りである。
実際には中島先生は真空状態にかなり焦っていたのだが、巌人が『あれ、なんか息苦しくない?』と天井を殴りつけた結果、このような結果となったわけだ。
アルベルトは折れそうになる心を必死に鼓舞すると、少し離れたところにあるパソコンを目にも止まらぬ速さで打ち込み始め、先程の罠よりもはるかに凶悪で、致死性のあるトラップを幾つもの仕掛け始めた。
「ふ、ふふふっ、真空が通じないのならば毒ガスを混ぜればいい! それでも効かぬというのなら落とし穴の底に致死性の毒沼でも作ればいい! それでも効かぬというのならば、物理的に回避しようがない物理攻撃でもすればいい!」
そう言って彼は、もう完全に引き攣ってしまっているその顔で、多少強引に笑みを浮かべる。
そう、真空状態に耐えられるのならば、それはそれだけ研究者としては嬉しい誤算だろう。それだけ彼の体には力が眠っているということなのだから。
そう言い聞かせて彼はトンッとエンターボタンを押し、そのスクリーンへと視線を移行する。
そこには、先ほどとはうってかわってだいぶ先行しているその少年と、後ろからついていく赤髪の女性の姿があり、
「くくっ、第二トラップ! 幻獣級中位のアンノウンでも三秒で死に至る超致死性の毒ガスだ!」
瞬間、彼めがけて思いっきり毒ガスが噴出される。
そのガスは空気に触れれば五秒足らずで無害化されてしまうという特性を持っているが、それ故にこうしてなんの配慮もなく使用することが出来る。
──やったか?
彼は内心でそう呟いて、そのスクリーンへとどんな変化も見逃さないように視線を向けて、
『ん? なんだこのガス。身体に悪そうな……、はっ!? まさかこれが噂に聞く受動喫煙って奴か!?』
「お前は本当に人間か!?」
煙たそうにそのガスの中で息をしているその男へと、アルベルトは思い切りそう叫んだ。
本当に人間か。言い得て妙である。
彼が悔しげに歯をきしませている間にも彼は次のトラップへと引っかかっており、
『うおっ』
その言葉と同時に彼の踏んでいた床がパカッと抜け落ち、彼の身体はその下に溜まっていた毒沼へと落ちてゆく。
そして──
『うおっ、なんか服溶けそうな沼だな』
そのダイヤモンドよりも硬いはずの内壁に、思いっきり腕を突き刺してそれを回避したその男を見て、彼はもう色々と諦めた。
「よし、お前達。今から全兵力を最終ルームへと集めろ。おそらく次のも破壊されるだろうから、なるべく早急に、迅速に行動しろ」
『『『い、いえっさ!!』』』
彼はそう告げてスクリーンへと視線を戻す。
そこにはその落とし穴から這い出てきた研究対象と、彼へと手を伸ばす赤髪の女性の姿が。
彼はそれを見て覚悟を決めたように息を吐き出すと、
「仕方がない。全面戦争だ」
そう呟いて、踵を返した。
☆☆☆
毒沼から這い出た巌人は、次のトラップ──押しつぶそうと落ちてくる天井を片手で受け止め、全方位から発射される毒矢を全てを手で叩き落とし、その他のトラップも全て物理的に突破してきた。
それはもはや人間の所業ではなく、後方でそれを見ていた中島先生は諦めたような、そして懐かしそうな乾いた笑みを浮かべていた。
だがしかし、その弛緩した空気も直後に一転した。
「お、おい巌人ッ!」
「はい? 何ですかいきな……」
ドゴォォォン!!
巌人が最後までその言葉を言うことはなく、彼の身体は廊下の壁に叩きつけられ、周囲に酷い破壊音が鳴り響いた。
巌人がまともに攻撃を受けたことにも驚愕した中島先生であったが、先程まで彼が立っていた場所で手を振り下ろした状態で立っているその存在。
その佇まいに、彼女の背中を冷たいものが伝った。
『ふむ……? ボスが言っていた捕獲対象とは今殺した男で相違ないのか? だとすればあまりにも脆弱。研究に値する存在だとは到底思えんな』
そこに居たのは、巨大な象。
但し、二足歩行で、鎧や服も着ており、そして何より──立っているだけで感じられる、その圧倒的な強さ。
──勝てない。
中島先生は直感した。
自身の今の闘級が五十と少し。対してこのアンノウンは間違いなく聖獣級。その上その中でも中位から上位に位置する存在だろう。少し前の鎖ドラゴンよりも上──情報として聞いている魔王クラブスターと同格のようにも感じられる。
(どうする……逃げるか?)
巌人のことは心配していない。
彼とて全盛期ではないしにろ、あの程度の不意打ちで死ぬような男ではない。
だからこそ彼女は逃げようかと考え、
『この程度が相手ならば、俺もアイツについて行って、件の学校の生徒でも皆殺しにしてくれば良かったな……』
その言葉は、嫌な予感を引き起こすには十分過ぎた。
次回、『約束』です!
やっと巌人の見せ場が出てきます!(予定)