31.人造アンノウン
ストックがないと告げた途端に激減する総合ポイント。泣きそうになりました。
サッポロ郊外の研究所にて。
白衣に身を包んだ男──アルベルトは、そのスクリーンに映し出された映像を見て肩を震わせていた。
その顔に浮かぶ感情は──正しく歓喜。
『いやぁ、昼からずーっと色んなところ回ってるんですけど、ビックリするくらい売り切れてましてねぇ。もういっその事壁の外に出ていって自分で捕まえようかとも思っちゃいましたよー。まぁ嘘ですけどねー』
それはかつて、自らを利用しようとしてきた哀れな自称魔王。彼へと取り付けてあった監視カメラとマイクから送られてきた映像であり、しばらく姿を見ないなと確認してみればこの通りである。
『あ、蟹じゃん』
瞬間、それこそ何度も再生、停止、巻き戻しを繰り返し続け、偶然に奇跡が重なってようやくその影が捉えられる程。それほどまでの速度でその男は変異化した魔王へと襲いかかり──そして、一撃で沈めた。
──圧倒的。
その力は飽きれるほどに圧倒的なものであり、絶対的なものであり、何よりも、惚れ惚れするほどに美しかった。
「や、やっと見つけたぞ! 私が目指す最強への道標!」
彼は歓喜に声を震わせた。
彼は昔から、執拗なまでの虐めを受けてきた。親からは虐待され、クラスメイトからは暴言と暴力の嵐。そして就職先でもそれは変わらなかった。
だからこそ彼は決心した──この理不尽な世の中を、自分は理不尽な暴力によって破壊し尽くそう、と。
そしてそのためにとった行動こそ──武力を創り、侵略すること。
けれども、それには彼の黒棺の王、英傑の王、死の帝王、業火の白帝──俗に言われる絶対者たちが必ず立ちふさがる。
それは果てしなく高い壁であり、彼は研究者故、数多くの高性能サイボーグを創り上げることに成功したが、それでも尚せいぜいがB級下位の特務隊員と互角のものだった。
だがしかし、最近になってその夢が加速し始めた。
そのきっかけこそが、彼の元へと『魔王』を名乗る人型のアンノウンが姿を現したことだ。
彼の言によると、この街には彼とは別にもう一人、向こう側の勢力が侵入しており、魔王やその人物が動きやすいよう、アルベルトにも協力してもらいたい、との事だった。
その理由は単純明快──この街にいるとされる黒棺の王を討伐すること。
それらの言葉には長年『変人』だの『狂人』だのと言い続けられてきたアルベルトも思わず凡人のように目を剥いた。
けれども魔王の提案は彼にとって魅力的であり、さらに彼は、アルベルトへと大量の錠剤の入っている瓶を手渡した。
『これは、いわゆるアンノウンを人工的に生み出すのに必要なモノだ。使い方はお前ならわかるだろうと奴に言われてきている。お前はせいぜい、その錠剤を使用してアンノウンを作り出し、標的が出てきやすいように破壊工作を行っていればいい』
その言葉に彼は内心で歓喜した。
このアンノウンやその後の相手がどうやって自分までたどり着いたのかは分からない。けれども彼らは間違いなく自分の力を見誤っている。こんなブツを与えた時点でそれはもう確実だ。
彼は魔王の提案をのむと、その日から寝る間も惜しんでアンノウンたちを作り上げ始めた。
最初は怪人級すら危うい、それこそアンノウンにすらなれない出来損ないしか出来なかった。
──だが彼は天才だった。
数日もしないうちに彼は怪獣級、幻獣級のアンノウンの製造に成功し初め、彼はさらに品種改良を続けることにより、言葉を話す下位種すら創り上げた。
それは野生には存在しない──まさに彼のみが生み出せる存在であった。
けれども、
『言葉が話せるからなんだ!? それは単に世界征服のための通過点でしかないだろう! 言葉が話せても弱ければなんの意味もない!』
そう、それらは最強とは程遠かったのだ。
諦めきれない彼はその後も延々と、それこそ気が遠くなるほどの時間をアンノウンの製造へと務め、けれども最強へは到れず、せいぜい至れたのはA級隊員と互角の怪物のみ。
これではまず絶対者の四人には太刀打ちできない。
彼はそう考え、頭を悩ませ──そして気分転換にその映像を見て、そのヒントを得た。
「コイツだ……、俺の全ての細胞が告げている! コイツは、コイツは強い! この男の身体をベースに新たなアンノウンを創り出す! それは果てしなく難しく、そして長い道のりだろうが……もしも出来れば、間違いなく俺はまた一歩夢へと近づける!」
彼はスクリーンに顔をぶつけるような勢いでそう叫ぶと、再び「クックックッ」と肩を震わせ始める。
確かにこの男は強い。もしかしたらこの街にいる黒棺の王というのはこの男のことなのかもしれない。
だがしかし──相手はあくまでも人間だ。
「毒ガス、真空、水攻め……、人間を壊す術などいくらでも知っている。なればこそ! この機を逃す理由はない!」
彼はそう笑みを浮かべて、
『ぼ、ボスっ! し、侵入者です!』
「…………は?」
噂をすればなんとやら。
その研究所に、破滅が一歩一歩と近づいていた。
☆☆☆
時刻を遡ること数時間。
昨日、紡と飽きるほどに遊んだ──と言っても巌人が紡と過ごす時間に飽きるはずもないのだが、それくらい。それこそ風呂以外はずっと一緒にいた巌人は、早速中島先生との待ち合わせ場所である近くの公園へと向かっていた。
その最中、巌人は手元へと視線を下ろしており、昨晩彼女から送られてきたメールを読んでいた。
「えーっと……『サッポロの郊外にアンノウンを意図的に作り出す研究所が発見された。そこの付近の監視カメラには、恐らくはお前が倒したんだろう“魔王クラブスター”が出入りしている映像も残っており、その危険性は壁の中の住民に危険をきたすため、早急に対処、及び殲滅するべし』って、これ、普通に特務隊員に送れよ。なんで僕に送るんだか……」
「あ? んなモン今この街に私より強い存在がお前とお前の妹、お前の母さんに、んで学しかいねぇからだろうが」
巌人がその言葉に視線をあげると、視線の先にはビシッと黒いコートを羽織った中島先生が、公園の外周部にある塀の上へと腰掛けており、彼女は巌人が自らを発見したと分かるなりシュタっと地へと降り立った。
「……何ですか、忍者ごっこでもしてるんですか?」
「馬鹿、お前がまだこっち側だった頃なんざ、ああいうのが日常茶飯事だっただろうが」
「……えっと、そうでしたっけ?」
「その顔……バッチリ覚えてやがるな?」
中島先生はそう言ってジトっとした視線を巌人へと向けると、スタスタと歩いて近くに止めてあった自動車のボンネットへと腰をかけた。
その真っ赤な車はそこにあるだけでも嫌に目立っており、近くを通りかかる人や車の運転手は、必ず決まってその車へと驚愕の視線を向ける。
なにせ、
「まだ使ってるんですか? そのタイヤ付きの車」
そう、その車は『タイヤ付き』だったのだ。
このご時世、異能ばかりが目立って科学は完全に日陰者となってしまったが、それでもなお科学は異能に置いていかれないよう、アンノウンに対抗できるようにかなりの進化を遂げてきた。
その成果のうちの一つが今や常識となったタイヤのない車であり、今やタイヤ付きの車など、燃費は悪いし、操作性には劣るし、音はうるさいし、排気ガスは出るし……。まぁ、言うなれば粗悪品でしかないのだ。
だがしかし、この中島智美A級隊員は好んでタイヤ付きの、それこそ一昔どころか数世代前の車を使っており、それは傍から見ればアンティーク好きの変態か、ただの変態である。
まぁ、彼女の場合は、
「あァ? 何でもかんでも新しくすりゃァいいってモンでもねぇだろうが。浮く車なんざ動力部にほんの少しでも異常があればその時点でおじゃんだぜ? ならある程度融通の利くこっちの方が私好みだ」
と言うだけなのだが。
巌人は相変わらずな中島先生のセリフに、その答えは分かっていたとばかりに「そうですよねー」と返事をすると、その車の後部座席の扉を開ける。
それには中島先生も思わず頬を引き攣らせる。
「お前もちょっとは遠慮ってものを……」
「何言ってるんですか、相手はこの街の中にいる危険因子でしょう? なら早く移動するに限るじゃないですか」
「……ご最も」
そうしてため息をついた中島先生は、運転席へと乗り込み、
「目指すは片道一時間短縮だな」
そう言って、思いっきりアクセルを踏み込んだ。
ちなみにだが、目指す先は通常の車では片道二時間の郊外であった。
☆☆☆
その一時間後。
中島先生は宣言通り、一時間短縮して目的地へと到着した。
しかしながらその代償は大きく、道中何度も警察の車を振り切ったし、何だかアンノウン的なものを思いっきり跳ねて窓には緑色の血液が付いているし、何よりも乗っている人物が巌人だったからこそ無事だったものの、アレは普通の人間には到底耐えきれるものではなかった。
なるほど今回の件にA級最上位の入境学が付いてこなかったわけである。
巌人はそんなことを考えながらも、目的地についたその車のドアを開け、降車する。
場所はカレンたちが宿泊研修で向かった郊外のちょうど正反対側の防壁近くであり、二つの場所を繋げるとちょうど円の直径になるだろう。
周囲を見渡せば木々が目立ち、なるほどなかなかどうして山奥に入ってきたものである。民家は遠くの方に見えるのみだ。
「で、こんな所にその研究所とやらがあるんですか?」
巌人はどこにもそんなものは見当たらないとそう呟くと、中島先生は巌人へと視線を向けて──
『キッハハッ! こんな所に人げ……ぶふぉぁっ!?』
視線の先で、いきなり草むらの中から飛び出してきたよくわからない生物を撲殺した巌人を見て、ふむと一度頷いた。
「今のは……せいぜいが幻獣級下位程度か? それが喋るとなると……どうなってんだ? 一体」
そう、言葉を話せるのは聖獣級以上の、その中のごく一握りである上位種のみ。
少なくとも今のような『雑魚』が言葉を話すなど、巌人や中島先生からすれば今までの経験をひっくり返す一大事だ。
「分からないですけど……まぁ、少し厄介なことになりそうなのは確かですよね」
「ほんと、お前を呼んでおいて正解だったかもな」
中島先生は巌人の言葉へとそう返すと、車に積んであった竹刀を背負って森の中へと足を踏み入れる。
そして一言。
「そら行くぞ巌人。件の研究所は、」
──この森の、地下にある。
そう言った彼女は、久しい強敵の気配に、戦闘狂の表情を浮かべていた。
次回! 内容は未定!
さぁ、執筆頑張るぞい!
※エタることはないと思いますのでご安心を。