3.無能の黒王
三話目にして無双回。
日間が一作目上回ってました! やったね!
二十一年前、世界中の要所要所に防壁が作られ、人間はそれ以外の土地を捨て、防壁の中へと閉じこもった。
そしてその際、その防壁の製作に力を貸したのが、当時のSSSランクの異能力者である。
彼か彼女か、詳細は伝えられてはいないものの、彼の能力は『絶対化』といい、対象を『絶対のものとする』という能力だったと伝えられている。
だからこそ彼は『防壁は絶対に壊れず、アンノウンは防壁の上下からの街への侵入、及び害をなすことは絶対に出来ない』と能力を設定した。
そのため、壁の外からアンノウンたちが侵入できるルートは、唯一人間用に開通している出入口のみであり、今までに幾度となく飛竜のアンノウンが襲いかかって来たこともあったが、それらは全て何かに遮られているかのごとく上空で停止し、その間にこちらから遠距離攻撃のできる異能を撃ち込んで討伐されている。
その他にも、防壁をよじ登ってくるアンノウンや、防壁上を住処とするアンノウンなども現れたものだが、それらも防壁内へと侵入はおろか害を及ぼすことさえできず、結果討伐されるに至った。
つまりは、遥か彼方にそびえ立つあの防壁は、何人たりともアンノウンを通さない、絶対の防御璧となっている訳だ。
──だがしかし、アンノウンとて馬鹿ではないらしい。
《警告! 警告! ワープホールが開きます!》
その警報に巌人たちは目を見開いた。
「ワープホール!? なんでこんな場所に──」
「良いから! 早く逃げるぞ!」
固まりかけた衛太ではあったが、巌人の声に正気を取り戻し、警報の聞こえない地域に向けて走り出す。
ワープホール。
政府の正式な発表によると、アンノウンの持つ能力か、はたまた技術かは明らかになっていないものの、防壁の中に直接アンノウンを送り込む技術こそが、そのワープホールなのだと言う。
そのワープホールは防壁を完全に無視して中へと侵入してくるという厄介さを誇り、そしてその一番厄介なことこそ、どのレベルが出てくるか全くの不明だということである。
運が良ければ怪獣級数体、運が悪ければ神獣級。
そんな言葉が良く似合うワープホールではあったが、どの道今の衛太では怪獣級数体とあった時点で死が確定する。そのため巌人は衛太を連れて逃げているのだが──
「特務は……まだ来てないのか?」
巌人は走りながら考える。
ワープホールはここに開くことはまず間違いない。それだけワープホールの前兆というものはあからさまらしく、まず間違うなんてこと有り得ない。
だからこそ、その地には必ず対アンノウン戦を生業とする異能力特殊警務部隊──通称“特務”が送られてくるはずなのだ。
周囲を見渡す。
ここは住宅街。やはり周囲の住宅や店舗には多くの住人が住んでおり、それら全ての住人が『警報』を聞いて一斉に避難を開始している。
それは本来ならば正解なのだが、今回に限って言えばその住民の数が多すぎた。
正確には場所が悪かった、と言い表した方がいいかもしれないが、恐らく特務は、この人の波に邪魔をされてここまでたどり着くことが出来ないのだろう。
「お、おい巌人! 何止まってんだ、早く逃げるぞ!」
衛太の声が響き、巌人はいつの間にか立ち止まっていることに気がついた。
目に付くのは、必死に逃げ惑う人々と、徐々に人の気配が消えてゆく十字交差点。
見れば足腰の悪い老人が今になって建物から出てきている。小学生だろうか、小さな少年少女たちが恐らく初めてであろう警報に驚き、戸惑っている。
恐らく彼らは──このままでは死ぬだろう。
それになにより……。
巌人は右手を軽く握って、そしてまた開く。
それを数回繰り返して息を吐くと、衛太に向かって笑ってこう告げた。
「いやぁ、シャンプーどっかに忘れてきたから、ちょっと取って帰ってくるわ」
彼の右手に握られていたシャンプーの入ったビニール袋は、いつの間にか無くなっていた。
☆☆☆
「な、何言ってんだ馬鹿! こんな時に……ッ! そんな事言ってる場合じゃねぇだろうが!」
衛太は巌人の言いたいことを察した。
きっと彼は、シャンプーを取りに行く、という名目で特務が来るまでの時間稼ぎをし──あわよくばアンノウンを倒してしまおう、と考えているのだと。
確かに衛太は知っていた。巌人が起こした入学初日の大事件のことを。
黒髪、つまりは無能力者であることを本当の最初こそ驚かれたものの、それはつまり、異能の使えない落ちこぼれだということでもある。
だからこそ、自分の異能にコンプレックスがある者、巌人の事が気に入らなかった者、単純に性格の悪い者達は、教諭たちが何故か必死で止めるのをよそに、巌人へと異能を使った集団リンチを仕掛けた。
相手は全学年から集った総勢百人以上の大軍。それに対してこちらは天パメガネの黒髪野郎である。
もちろん結果は火を見るよりも明らか。
──だったのだが。
『いやぁ、皆さん演技が得意ですねぇ』
巌人は、それら総勢百人を全ての腹パン一撃で沈め、結果誰ひとりとして異能を使わせる暇もなく、文字通り完封し返したのだった。
その結果に誰もが目を剥き『絶対コイツ能力者だろ』と思ったものの、教員達に聞いても首を横に振るばかりで、本人に聞いても過去の話はもちろんステータスすら『いや、無能力者のステータス見て何すんのさ?』とか言ってはぐらかされる。
もちろんやられた面々は全員すべからく病院へ緊急搬送され、それらを診た医者曰く『男女関係なく鳩尾を的確に強打されて呼吸困難に陥ってました』との事だった。もはや言い訳のしようもない。
だからこそ、衛太も巌人が強いことは、闘級が高いことは知っている──けれど。
「お前は強いさ! けど異能がない! 無能力者だ! いくら強くたって、武器がッ! 異能が無けりゃアンノウンには勝てやしない! そんなのお前だって分かってんだろうが!」
アンノウンを倒すには異能が効果的であり、それ以外の攻撃は異能に比べて遥かに効きづらい。
そんなことは衛太でも知っている一般常識であり、世界の普遍的なルールだ。
だからこそ衛太は必死になって巌人を止めようとしたのだが──
「いや、お前こそ何言ってんの? マジでシャンプー取りに行くだけなんだけど。ついでに子供や老人達の避難も手伝うけどさ」
「……は?」
そう言って巌人はテクテクと歩き出す。
衛太は知らなかった──巌人が末期のシャンプー狂いだということに。
たしかに彼の目的には逃げ遅れた人たちの救助も含まれているが、それでもなお第一優先はシャンプーである。
もしも殺されかけている子供と殺されかけているシャンプーがあるとすれば間違いなくシャンプーを選び、殺されかけている子供と平穏無事に落ちてるシャンプーがあれば『子供を見殺したあとのシャンプーは味が落ちる!』と叫びながら子供を即助けた後、急いでシャンプーを取りに行くレベルのシャンプーコンプレックス野郎である。もはや変人を通り越して変態だ。
まぁ、言うなれば『シャンプー忘れたから取ってくるついでに避難を進めよう』ということである。
まぁ、それでも衛太の言ったことは全て正しく、素手でアンノウンに対抗するなど最低でも『肉体強化・強』などの異能が必要不可欠だ。
にも関わらず、無能力のその身であえてアンノウンの現れるであろう場所へと向かう巌人。
ただの変態か、それとも本心を隠す勇者か──否、ただの変態であろう。もはや論ずる必要の欠片も無い。
「……ったく、俺も、変な奴と知り合っちゃったもんだな」
衛太は迷いなく歩き出す巌人の背中を見て色々と諦めると、頭をボリボリとかいてその後を追うのであった。
☆☆☆
巌人と衛太その後周囲の老人や小学生たちに現状と避難経路を教えながらも走ってきた道を辿っていた。
「いやぁ、なかなか見つかんないな、僕のシャンプーちゃん」
「……俺、シャンプーにちゃん付けしてる奴初めて見た」
そんなことを言いながらもキョロキョロと周囲を見渡す二人。彼らがそれぞれ思っていることは違えど考えることは同じだった。早くシャンプー見つかってくれ、と。
けれども探せど探せどそれは一向に見つからず、結果薬局の付近まで探しに来たが見つかることは無かった。
そこまで来て巌人は考える。
可能性としては、誰かが拾った、人の波で流された、見落とした、のいずれかだろうが、恐らくは最初と最後は無いだろうと彼は思う。自分で言っちゃなんだが、僕以外でこんな緊急時にシャンプー拾うやついないだろうしな、と。全くその通りである。
「な、なぁ。そろそろ帰ろうぜ? シャンプー見つかんなかっただろ?」
衛太の情けない声が聞こえてきて巌人は少しの逡巡の末に頷いた。
「確かにこのままじゃ特務に見つかって補導される可能性あるしな……。アンノウンが片付いてからもう一回来るしかないかぁ」
──あ、もう一回来るつもりなんだ⋯⋯。
衛太は心の中でそう呟き、巌人の人間性や常識性についてもう本格的に諦めた。
そうして彼らは踵を返し、本格的にこの場から去ろうと走り出して──
ジ……ジジ……ジ……ジジジ……
振り返った目の前に──ワープホールが開いていた。
「「なぁっ!?」」
二人はその光景に驚き目を見開いた。
巨大な──目算で直径二十メートルはありそうな黒い渦。
それは学校の教科書でも見たワープホールそのものであり、また学校では本来ならば大きくて十メートル、通常サイズが五メートル程度だとも習っていた。
「や、やばい……んじゃないか? これ……」
「あぁ……やばいかもしれない」
その大きなワープホールを見上げてそう言う衛太。
そのワープホールの下の部分を見てそう言う巌人。
微妙に視点がずれていたがそれはともかく、二人はこの状況を何とかしなければ、と思っていた。
──だが、それらを行動に移す前に、そのワープホールに変化が訪れた。
『フハハハハ……、長年溜め込んだ異物素の力により、ようやく我がこの街に入り込むことが出来た……やっと、やっとあの忌々しい彼奴と相見える時が来たようだ』
そんな声が聞こえてきて、それと同時にワープホールの渦の中から化物が顔を出した。
「ひぃっ!?」
幾百もの鋭い牙の生えたその大きな口は白い息を吐き、その真っ赤な瞳が大地を見下ろしている。
漆黒色の鱗に覆われたその体躯。身体中には鈍色の鎖が巻き付かれていた。
──それは伝説上の生き物、ドラゴン。
その上、このアンノウンは言葉を話す。それはつまるところアンノウンの上位種であることを示しており──
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種族:鎖ドラゴン
闘級:七十一
異能:黒炎[S]
体術:A
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──その強さは、かなり度を超えている。
☆☆☆
闘級七十一。
それは聖獣級の闘級五十を遥かに超えており、その強さを誇るこのアンノウンは本来ならば一国を滅ぼすことさえ容易な、正真正銘の化物である。
もちろんそんな化物を前にすれば人は恐怖し、絶望し、やがて生きることを放棄する。
それはもちろん衛太も例外ではなく──
「あ、すいません。ちょっと足下シャンプーあるんで気をつけてもらっていいですか?」
──もちろん、巌人の変態性は通常運転だった。
『なに? シャン……おい、今何と言った貴様? この我を前にしてなんとい──』
「いや、そういうのいいんで。あ、今取りに行きますんで動かないでもらえます?」
『は? あ、えっと、この穴から出るだけ出て大丈夫か』
「あ、気をつけてくだされば」
鎖ドラゴン、まさかの無能力者に完封される。
その様子にへたり込んでいた衛太は目を剥き、鎖ドラゴンもよく分からない現状に疑問を覚えていた。
だが、それと同時に鎖ドラゴンは感じていた。自分を前にして一歩も引かぬ精神力と謎の自信。そして自分の本能がこの男に逆らうなと警鐘を鳴らす。こいつはきっと只者ではない、と。
そう内心確信した鎖ドラゴンは彼の言葉に従いながらもその身体を注視して。
──そうして彼は、真実に辿り着く。
『なっ!? き、貴様っ!? まさか、絶──』
ブチュッ!
シリアスから一転、奇妙な音が鳴り響く。
『「「……あっ」」』
三人の視線は鎖ドラゴンの体に巻き付いていた鎖の先へと向かい、その視線の先には──押しつぶされた薬局のビニール袋。
瞬間、異様なまでの威圧感と殺気が、衝撃波を伴って周囲に吹き荒れた。
その中心には、顔を伏せた巌人の姿が。
そうして鎖ドラゴンは確信する──この男の正体を。
「ぶっ殺す」
瞬間、巌人の姿が掻き消え、鎖ドラゴンの眼前に現れる。
南雲巌人──れっきとした無能力者。
彼は異能が使えない。
にも関わらず、異能使い百人を完封し、鎖ドラゴンさえをも恐怖させ、過去を調べようにも何一つとして明らかにならない。
その様は、まさに正体不明。
異能が無く、黒髪で正体不明。そして何より強すぎる。
そんな彼を生徒達は敬意と畏怖を込めてこう呼んだ。
「無能の黒王……」
巌人の拳が鎖ドラゴンの頭蓋を砕き、聖獣級が一撃で大地へと沈んだ。
以上、無能の黒王でした。
※異能も体術も、Sを超えたら人外です。