28.吸血姫
その翌日。
珍しくも彩姫が「今日はちょっと用事があるので先に行っていてください」と言って巌人を送り出し、何だかんだでカレンもそちらへとついたため、巌人は久方ぶりに一人で学校へと登校していた。
そしてそんなことになれば、もちろん最近影の薄くなってきた親友ポジが動くわけで──
「ハッハッハァー! とうとう貴様も見放されたかクソリア充が! ヘェッ! ザマァ見やがれっ!」
「……出番が少なかったせいか、落ちぶれたな、衛太」
「うるせぇ! 今回の宿泊研修! お前がいないとなるともはや男キャラは俺しかいない! つまりッ! 今回の主役はお……」
「はいはい、お前の人生なんだからそれでいいんじゃないか?」
巌人は衛太の心の叫びをそう一蹴すると、自分の机の横にカバンをかけ、その中から昼食を取り出そうとして──
「あ、そう言えば⋯⋯」
今日は、コンビニで昼食を買ってきていないことを思い出した。
というのも、カレンと彩姫が必死になって「昼食は自分たちが用意する」と言って聞かなかったのだ。朝のアレを鑑みればもはや見え透いた伏線である。
巌人は目の前で「お前もとうとう見放されたか、いやね? 俺だってお前みたいなモブ男がモテ始めたことにはちょっと奇跡的なアレを感じ……」と喋っている衛太へと、容赦なく真実を告げた。
「あ、なるほど。手作り弁当か」
「バ○スッッ!!」
衛太は怨嗟のあまり、破壊の呪文を唱えながらその手に握った硬球を床へと叩きつけた。
ちなみに平岸衛太、野球部所属である。
☆☆☆
その昼休み。
巌人は衛太から怨嗟すら生ぬるい怨念のような感情を向けられながら、その重箱を眺めていた。
もちろんそれは、巌人が予想したとおり手作り弁当なのだろうが──
「なぁ、これさすがに多すぎない?」
巌人は目の前の、十段近く積み重ねられたそれを見てそう呟いた。
もちろん内心では『ほとんどカレンが食べるんだろうなぁ』と思っていたのだが、けれどもその真実は小説よりもよっぽどに面白く──笑えなかった。
「ふふん! 師匠に食べてもらうためだけに頑張って作ったっす!」
「ええ、それはもう朝早くから起きて頑張りました。遠慮せず全部食べちゃって大丈夫ですよ?」
絶句。
これほどまでにその言葉がふさわしい状況も珍しいだろう。
全部食べられるわけがないだろう。
口に出すとすればその一言に尽きるのだろうが、ここまでいい笑顔を浮かべている女子二人──その上一人はつい先日告白まがいのことをされてちょっと意識しちゃっている相手だ。そんなことを言えるはずもない。
その結果──
「お、おう……僕は……、巌人はウレシイヨ?」
とんでもなくぶっ飛んだ嘘を口にした。
そんなことをしても彩姫の能力の前には無力なのだろうが、今日この時に限って言えば彼女はその能力を使用していなかった。不幸中の幸いである。
ゴクリ──
巌人の喉がなり、彼は机の上ではなく床に置かれたその重箱の、その一番上の段から順に開いてゆく。そして、何故かその度に静まり返ってゆくクラス中。
まぁ、もちろんその理由は分かっているわけで……、
「……なにこれ?」
「「お弁当っすよ(ですよ)?」」
否──断じて否である。
一番上から、白米、白米、白米、唐揚げ、唐揚げ、ブロッコリー、バナナ、マヨネーズ、ヨーグルト、カレー、ともはや意味もわからないこの組み合わせ。
上の方の白米や唐揚げで埋め尽くされた一箱や、その下のブロッコリーやバナナがそのまま入っていた二箱。そして最後の三つに関しては完全に液体である。良くもまぁ漏れなかったものだ。
兎にも角にも何を言いたいかといえば、
「お前ら……弁当って何か、知ってるか?」
この弁当を作り上げた二人の脳内は、少なくど巌人にとっては理解不能なものだったという事だ。
巌人の言葉に「うぐっ」と顔を引き攣らせる二人ではあったが、その隙にも更なる追撃が。
「まず一つ、箸が入ってない」
「「あうっ!?」」
「二つ、なんで一つの箱に一種類なんだ?」
「「うぅっ!?」」
「三つ、このバナナ……腐ってない?」
「「ひぃっ!?」」
──撃沈。
酷い。ここまで酷い弁当を見たのは初めてだ。
巌人はそんなことを思ってため息を吐くと、呆れたように席から立ち上がる。
その行動に、思わず目を見開くカレンと彩姫だったが、二人もこの弁当が『何か違う』ということくらいは分かっていたらしく、悔しげに、そして悲しげに目を伏せて黙り込む。
そして、
「ほら二人とも、購買に箸買いに行こう。……って、購買に箸売ってたっけ……?」
その言葉に、ガバッとその顔を上げる。
その視線の先には顎に手をやって考え込んでいる巌人の姿があり、彼の様子からは『食べない』という選択肢は見受けられなかった。
それは決して『情け』や『可哀想だから』などといった理由からの行動ではなく、ラノベ主人公のように二人を慮ったが為の行動でもない。
言うなれば──自分のため。
「色々ダメな部分はあるけど、その唐揚げは美味しそうだよな。ちょっと食べるのが楽しみになってきた」
そう言って彼はにししと笑う。
果たして彼が二人の感情を理解した上で笑って見せたのか否かは、神のみぞ知るところであった。
☆☆☆
その翌日。
宿泊研修を翌日に控えたその日の夜。
巌人たち三人は、彩姫によって居間へと集められていた。
というのも、
「で、なんだよ、大切な話って」
そう、彩姫は夕食が終わると同時に真剣な顔をして三人へとそう話を切り出し、その時間を作り出したのだった。
一瞬巌人も「もしや、また告白関連か……?」などと少し緊張してしまったが、その緊張感が漂う張り詰めた表情を見て、そうではないだろうと考えた。
そして、それを聞いた彩姫は、
「今日は、その……三人に、今まで黙っていたことについて話したいと思います……」
今まで黙っていたこと。
その言葉だけを聞けば悪いことをしたようにも聞こえるが、色々とワケありの三人にとっては違う意味に取れた。
巌人で言うところの、黒棺の王。
紡で言うところの、過去と父親。
カレンで言うところの、最弱の異能。
きっと彩姫にもそれにあたる『何か』があるのだろう。
咄嗟にそう三人は考えて──
「皆さんは……亜人、って存在、知ってますか?」
その言葉で、全てを察した。
──亜人。
それは文字の通り人とは異なる生命体。
彼らは通常通り、人の子として生まれてくる。
けれども、彼らは決まって怪物の力をその身に宿して生まれてくるのだ。
例えば、ドラゴンの鱗や能力を持つ竜人。
例えば、魚の能力を得て下半身が変形した魚人。
例えば、動物の能力を得て耳が変異した獣人。
それらの、人とは少し異なった人達を総じて『亜人』と呼び、なぜ彼らがそういう姿で生まれてくるのかは未だに解明されていない謎でもある。
だからこそ一昔前は『アンノウンからの刺客』だの『呪われている』だの『怪人』だのと疎まれ、差別されていたが、四十~五十年ほど前に彼らの人権は確立された。
と言ってもそれら亜人の個体数が少ないことは事実であり、一つの街に一人居れば珍しいというレベルである。
そして、きっと彩姫が言いたいことは──
「実は私……吸血鬼の『亜人』なんです」
彼女は、目をぎゅっと瞑って告白した。
今や亜人の人権は確立されており、昔のように亜人をあからさまに非難すればすぐさま警察がとんでくる。
けれどもそれらが人間とは明らかに別の存在だということは確かであり、非難こそされずとも、亜人は人間からは、必ずと言っていいほどに避けられる。
けれども巌人たちに自身の正体を明かしたのは、巌人に自分を信頼してもらうためと、三人を騙しているような自身に嫌気がさしたため。
そして何より──
「「ほーん?」」
「えぇっ!? 反応薄いっすよ二人とも!?」
──きっと彼らは、そんなの気にしないだろうという確信を得られたからである。
「いや、別に亜人って言っても獣耳や尻尾が生えてたり闘級が人より大きかったりするだけだろ?」
「ん、それに、絶対者にも、亜人いる」
そうして二人が思い浮かべたのは、犬耳のような狼のような耳が生えた、闘級が軽く百を超えているあの人間兵器。
その力の前には紡でさえ膝をつく。
なにせ、彼女は今の巌人を相手に出来る数少ない人間のうち一人なのだから。
閑話休題。
彩姫はそのいつもと何ら変わらない彼らの反応を見て安堵の息をつくと、それと同時に巌人から声がかかった。
「でもさ、吸血鬼の亜人──彩姫の場合はどちらかって言うと『吸血姫』って感じかもしれないが、世間一般に広まってる吸血鬼の能力や弱点はどうなってるの? 変身能力とか、十字架とか」
「あっ! それ私も気になるっす!」
変わらないにも程がありますよ。
彩姫は内心でそんなことを呟くと、顎に手をやって考え込む。
「基本時に弱点はほとんど無いですね。十字架も平気ですし、ニンニクは食べれますし、綺麗な水とか普通に飲んでますし。能力としては、回復能力は確かに高いですね。前に骨折した時は一日で治りましたし。変身能力は……まぁ、翼とか隠したり出来る程度ですね」
でも──
彩姫は顎から手を退くと、三人から目を逸らして、
「一番は、生きてく上で血の摂取が必要だってことですかね……」
そう、少し寂しげに口を開いた。
そう、吸血鬼にとっては血の摂取は生きていく上で必要不可欠なことなのだ。
今でこそ半月に一度ほど政府から血パックが送られてきているが、彩姫にとってはその行為は『人』と一線を画すものに思えて仕方がなく、控え目に言っても忌み嫌っていた。
のだが──
「へぇー、なんか凄いんだな」
巌人は頬杖をつきながらそう言った。
「確かに亜人っぽくなかったから驚いたけど、だからって別に何が変わるわけでもないんだろ? 彩姫は彩姫だ。吸血鬼だって明かしたのは信頼して欲しかったからだろ? そんなことをするヤツに悪いヤツはいないよ」
ツーと、彩姫の頬を暖かい何かが伝った。
彼女は今の今まで、知り合ってきた人たちには自らが亜人だということをひた隠しにしてきた。
というのも、小学生、それこそ黒棺の王に助けられるより以前にその事実を理由にいじめられたからであり、未だにこの世界から亜人差別が抜けきっていないことを知ったからだ。
だからこそ、半ばわかってはいたものの、それでも大切な、そして大好きな彼らにその真実を明かすことに彼女は内心でかなりの不安を抱えていた。
そして──その不安が、今消え去った。
「亜人なんて一種のステータスだ、獣耳生えてたり鱗生えてたり翼生えてたり。人間よりも余程優れてるんだから、お前はどうだーって胸張って生きてればいいんだよ」
気がつけば彩姫は肩を震わせて泣いており、紡とカレンがその背中を撫でている。
巌人は「あれ……やらかしたか?」と内心震えながら、
「……こ、ここまで惚れさせたんです。責任もって、結婚してくださいね……?」
「「「はいは……はぁっ!?」」」
南雲家に、驚きの声が響き渡った。
義妹、魔法少女ときて亜人と来ました。
彩姫の追い上げがすごい。