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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
不屈の心
27/162

27.告白日和

「ツ〜ム〜ちゃん? 一体何かなこれは?」


 帰宅直後、巌人は頬をヒクヒクと引き攣らせながら紡へとそれらの教科書を見せつけた。

 そこにはそうだと気づいていなければわからない程度の、それでいて大切なところを確実に隠蔽され、偽装されている教科書の数々。

 それらを見た紡は、満足げに腕を組むと鼻を鳴らした。


「んっ、会心の出来」

「ぜんっぜん『んっ』じゃないからな!?」

「兄さんが、私と二人っきりの数日間、過ごすため。不思議とざいあくかんはなかった」


 酷い告白もあったものだ。

 巌人はため息混じりに肩を落とすと、心配そうに見上げてくる紡の頭をわしゃわしゃと撫でた。

 その顔には怒りはなく、ただ呆れたような苦笑いが浮かんでいるばかり。


(まぁ、最近カレンと彩姫が来てうるさかったし、なにより、宿泊研修なんかよりもツムの方が大事だしな)


 巌人はそう内心で独りごちて、


「じゃ、あの二人の説得任せたから」


 背後で修羅と化している、そのふたりを指さしてそう告げた。




 ☆☆☆




 その後、紡の説得は長丁場となった。


「二人とも、わがまま。もう結果は、変わらない」

「どっちがっすか!? 普通に師匠の教科書すり替えたツムさんの方がわがままっすよね!? あと師匠を騙すとか流石絶対者っすね!」

「そうですよ! 流石にわがま……ちょっとカレン? 今私おかしな単語が聞こえたのですが……」


 内容はそんな感じである。

 紡は二人には申し訳ないが、その期間を巌人と二人っきりで過ごしたいと思っている。

 カレンと彩姫は宿泊研修に巌人と行きたいが、かと言って紡が一人になるのは可哀想だと思っている。

 見事なまでに巌人の意志が介入していない会話内容ではあったが──


「……ぐすっ、カレンも、彩姫も……いじわるっ」


 話が平行線をたどることおよそ一時間。

 九歳児相手に十四歳と十六歳が大人気ないというもので、とうとう紡の涙腺が決壊した。

 それには流石のカレンと彩姫も焦ったのか、慌てたようにあたふたとし始める。


 けれども──その涙は本物だ。


 せっかく大好きな兄と一緒にいられると思って楽しみにしていたところにこの二人である。元は紡が原因とはいえ、彼女は未だ小学生。一度舞い上がったその気持ちは落とし所を失って、結果その涙へと変わったのだった。

 彼女は袖でその涙を拭うと、二人の制止を振り切って二階の自室へと駆け上がってゆく。

 そして後に残されたのは、顔面を蒼白にした女子二人。

 そしてそれらを見ながら巌人は、


「お前ら……、九歳児相手になんて残酷なことを……」


 ヒクヒクと頬を引き攣らせながら、そう口を開いた。


「だ、だって仕方ないじゃないっすか!? 私だって師匠との宿泊研修楽しみだったんすよ!?」

「そ、そうですよっ! 私だって……」

「そうかもしれないが、お前らが居候してるからこういうことになったんだろう?」


 言葉を被せるように告げられたその事実に、二人はぐうの字も出ずに押し黙った。

 そう、元はと言えばこの家には巌人と紡が二人で暮らしていたのだ。二人はその暮らしが幸せだったし、何よりも当たり前だと思っていた。

 にも関わらず、馬鹿な親がやらかした。

 二人になんの相談もなしに勝手にカレンへと合鍵を渡し、その上彩姫の滞在まで許可してしまった。

 それは巌人無しでは生きていくことさえままならない紡にとっては、少なからずストレスにもなっていたのだ。


「まぁ、今更引っ越せだなんて言わないよ。ツムもなんだかんだ言っても二人と居れて楽しいだろうしな。けど、ああ見えてもツムは甘えん坊な子供なんだ。だから……まぁ、何をしろと命令する訳じゃないが、そこら辺は分かっておいてくれ」


 巌人はそう言うと、一歩、また一歩とゆっくり階段を上がってゆく。

 ──泣いたツムを甘やかしに行くのは、一体いつぶりのことだろうか?

 巌人はそんなことを思って頬を緩めると、階段を上がってすぐ。そこにある紡の部屋の前で立ち止まった。


「おーい、ツムよ、兄ちゃんが来たぞ〜」


 そう呼びかけると、ギギギッと小さくドアが開かれ、その隙間からは巌人によく似た青色の瞳が巌人のことを覗いていた。

 そして、すぐにバタンと閉まるその扉。


「や」


 簡潔すぎる拒絶の言葉。

 けれどもその言葉には歓喜の感情が微かに滲んでおり、やはり口でどうこう言っていてもその中身はただの甘えん坊なのだろう。

 巌人はその言葉に「そうかぁ……」と大して悲しんでもいないように呟くと、その扉の横の壁、そこを背もたれのようにして座り込む。

 そして口にするは、簡潔でわかりやすい言葉。


「なぁツム、兄ちゃん宿泊研修の間はこの家にいることにするよ」


 正確には補習でずっとというわけにはいかないし、そもそも補習は決定しているのでそれは確定事項なのだが、巌人は今一度紡の前でそう口にした。

 すると扉の向こうからはガタンと物音がして、紡が何をしているのか想像した巌人はその可愛さのあまりより一層頬が緩んでしまう。


「ツムは本当に可愛いなぁ」

「──ッッ!?」


 そして、それをついつい口にしてしまう巌人。

 ガタンガシャーン! と扉の向こうからは色々な音が聞こえ、数秒してゆっくりと、そして確かに扉が開かれる。


「に、兄さん……それ、ほんとう?」


 その扉の隙間から顔を覗かせる紡は、不安二割、興奮二割、歓喜六割と言った様子でそう尋ねる。

 すると巌人はもちろんだと言わんばかりに笑みを浮かべる。


「当たり前だろ? 僕がツムに嘘をついたことなんてあったか?」


 そう、巌人はツムへと基本的に(・・・・)嘘はつかない。

 悪意のある嘘など以ての外だし、つくとしても彼女を慮っての嘘である。それが優しいのか残酷なのかは別として、巌人は紡へと自らの全てをあけっぴろげにしている。

 それゆえに紡も巌人へは絶対的な信頼を寄せており、紡は首がちぎれんばかりに首を横に振る。


「兄さん、ぜったい、嘘つかない」

「だろ? ツムにだけ(・・・・・)は嘘なんてつかないよ」

「……私に、だけ?」

「おう」


 すると紡は、顔を赤く染めてモジモジとし始める。

 紡は巌人が嘘と誤魔化しを周囲へと撒き散らし続けていることを知っている。

 その正体を隠し、その過去を隠し、自らの感情を隠し、その本性(シャンプー)を隠し……てはいないが、今の南雲巌人は嘘で凝り固まっている。

 だからこそ彼からの『嘘はつかない』という言葉に、そして『ツムにだけ』という言葉に、紡は心の底から歓喜した。

 彼女は赤く染まった頬を見せぬようにと俯き、けれどもチラッ、チラッと巌人の方を上目遣いで盗み見る。

 そして、それを見た巌人は最後に笑ってこう告げた。



「大丈夫、僕は(・・)ずっと、お前の隣に居るからさ」




 ☆☆☆




 結局その後、紡は顔を真っ赤にして部屋に閉じこもってしまった。

 翌日、翌々日と経つにつれて彼女も徐々に巌人の前へと出没するようになったが、どこか巌人と紡との間には距離が空いており、巌人がそれを詰めようとすれば紡は顔を真っ赤にしてどこかへと逃げ出していった。

 そして残ったのは、胸を押さえて蹲る巌人。

 そんな巌人は、学校に来てもなおその痛みを引きずっていた。


「ぐふっ……、あ、あれが噂に聞く反抗期って奴か……」

「いや、どう考えても違うっすよね」

「ですねぇ〜」


 カレンと彩姫にその考えを一刀両断された巌人。彼はそのズキズキと痛む胸の痛みをこらえながらも顔を上げる。


「まぁ、それはこの際置いておくとして、二人はもう準備出来てるのか? 明後日だろう? 宿泊研修」


 その言葉に、ぴくりと反応を示す二人。

 そう、第一回の定期考査が終わればすぐに宿泊研修がやって来るのだ。

 今日のうちにその定期考査の答案用紙が返却され、見事なまでに白と赤の目立つその用紙に巌人が肩を落として、鼻で笑ってきた衛太を張り倒し──そしてその翌々日が宿泊研修なのだ。

 だからこそ巌人は、件のことも含めた上でそう口にした。

 すると二人は、


「まぁ、どうせ一泊二日っすし、行くのはサッポロの郊外の訓練場っすし、準備は最低限で充分だったっすよ」

「あれ? カレン、たしか最低限とか言って下着だけしか入れてなか……」

「あ、ああ、あとから入れたっすよ!!」


 酷い告白、二度目であった。

 巌人はカレンへと可哀想なものを見るような視線を向けると、彼女は心外だと言わんばかりに憤慨する。


「師匠! 彩姫ちゃんは敬語使ってるくせに色々嘘つきっすよ! あんまり簡単に信じないでほしいっす!」

「いや、彩姫のことを信じたことなんてほとんど無いぞ」

「な、なな、なんですと!?」


 彩姫は知ってしまった、その言葉が本当だということに。

 彼女はがくりと肩を落とすと、それを見た巌人は少し焦ったように口を開く。


「あ、でもあれだぞ。あまり信じてはいないが、かなり頼りにしてるんだぞ? ツムは引きこもってるしカレンは……えっと、まぁ……うん。アレだろ?」

「な、なんすかその言い方はっ! 私でも傷つくっすよ!?」


 そして再び憤慨するカレン。

 巌人はそれを軽く受け流すと、


「まぁ、信じて欲しければまず様付けやめろ」

「え、嫌ですけど」


 即答であった。

 巌人もきっと「し、仕方ありませんね……」となるだろうと思っていただけに思わず目を丸くしたが、当の彩姫本人は意味がわからないとばかりに、



「いや、私が巌人さまをさま付けしてるのは惚れてるからですし、それをやめろと言われても……」



 その言葉に、クラス中が静寂に包まれた。

 その様子にコテと首を傾げる彩姫ではあったが、一番最初に気を通り戻したのはなんとカレンであった。


「な、ななな、なっ、何をいきなり言ってるっすかぁぁぁぁ!? ばっ、馬鹿なんじゃないんすか!? 正直そんな気はしないでもなかったっすけどなんでこんな……」

「いえ、この数週間、巌人さまと一緒にいて分かりましたが、いつまでも想いを明かさないよりは早い段階でぶちまけてしまう方が有効的だと思いますよ?」


 そう言って彼女は巌人の方へと視線を向ける。

 それに釣られてカレンや唖然としていた生徒達も巌人の方へと視線を向けて──


「あ……えと、その……なんて言っていいのかな、あー、うん、その、ありがと……な?」

「し、師匠ーーーっっ!?」


 そこには、赤く染まった頬をポリポリとかいている巌人の姿があった。

 そして響き渡るカレンの叫び声。

 それらを見た彩姫はニヤリと予定通りに進んだ現状に笑みを浮かべ、けれども隠しきれない羞恥に顔を赤く染めながら、



「後になってもいいですから、お返事待ってますよ、巌人さまっ♡」



 巌人の耳に口を寄せて、そんなことを呟いた。

あの巌人を赤くするとは⋯⋯彩姫、恐ろしい娘っ!

何故だろう、彩姫も可愛いけどツムの可愛さが天元突破してる気がする。

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