24.背負う罪
シリアス成分多目です。
それから一週間が経ち、日曜日の昼下がり。
紡はいつも通り部屋に引きこもっており、巌人とカレンが居間で寛いでいると、びんぽーん! とインターフォンが鳴り響いた。
「あっ! 私が行くっすか?」
「いや、いいよ。僕が行く」
そう、下手にカレンが行けば面倒なことになりかねない。
例えをあげるなら配達員さんに向かって『なんすかこれは!? 師匠を狙った爆弾じゃないっすよね!?』などと言いかねない。流石にそこまでではないと信じたいが。
そんなことを考えていると再びインターフォンが鳴り響き、巌人は「今出まーす」と言いながら玄関へと掛けてゆき──
ガチャッ…………バタン、ガチャリ。
巌人は、外にいた人物を見て──ドアと鍵を閉めた。
「ん? 誰だったっすか?」
「いや、全く知らない女子中学生だったよ。怖いねぇ、顔見せした状態で発動する新型私私詐欺かな?」
「そんなわけないじゃないですかッ!?」
瞬間、ドアが思いっきり開かれた。
見れば鍵の部分が赤い光に覆われており、十中八九件の異能によって無理やり開錠されたのだろうと理解出来た。
巌人はため息を吐きながらも彼女の方へと視線を向けると、彼女はビシッと巌人を指さしてこう告げた。
「見つけましたよ! 黒棺の王さま!」
そこに居たのは、かなり見覚えのある銀髪赤目の少女──澄川彩姫であった。
☆☆☆
その数分後。
巌人は居間へと集まった紡、カレンへと彩姫のことを話した。
と言っても巌人は黒印団をボコった後すぐにあの場を離れたため、彩姫の名前自体も先程知ったばかりであった。
そのため説明は彩姫が行ったのだが──
「そこで巌人さまはこう言ったのです!『あぁ、なんと美しい女子だ。よし、君のためにこの自販機、当たるまで粘ってみよう──』とね!」
「カレン、この女、ぶん殴ってよし」
「分かったっす! 師匠をぶん殴るのは任せたっす!」
そう言ってカレンと紡は立ち上がり、思わず彩姫も身構え出す。
巌人はそんな現場に思わずため息を吐いた。
「いや、この人の言ってることジュース渡したこと以外全部嘘だからな? あとツムよ、お前に殴られるとかちょっと洒落にならないから冗談でもやめてよな?」
「ん、兄さんがそう言うなら」
巌人の声に、紡は大人しく座り、それを見たカレンも「むぅぅっ!」と頬をふくらませながら渋々腰を下ろした。
とりあえず落ち着いた様子を見せる現状に巌人は内心で安堵すると、彩姫へと視線を向けて口を開く。
「おいロリっ子。お前嘘しか言うつもりないなら今すぐ追い出すぞ? あと僕は黒棺の王じゃない」
「ろ、ろろ、ロリっ子ですって!? そこに私以上にロリっ子な妹さんがいるじゃないですか!?」
「当たり前、紡、九歳児。対してあなた、その歳でその体型」
紡の容赦ない言葉にがくりとうなだれる彩姫。
そう、敢えて描写こそ避けてきたが、その体型に比べてなかなかのものを誇るカレンに比べ、彩姫は同程度の身長にも関わらず極一部が全くと言っていいほど成長していないのだ。
──まぁ、だからこそこうして男物のスーツを堂々と着ていられるわけだし、なにもデメリットばかりではない。そう、貧乳はステータスだ。
彩姫自身もそういう言い訳を立ててその現実から逃げてきたのだ──が、紡は一言でそれらの幻想を打ち砕いた。
「さ、さすが黒棺さまの妹さんです……、なんという口撃力、見事の一言です」
「だから違うって言ってるだろうに……」
彩姫は胸を押さえてそう呟くと、巌人は何度言ったかもわからないそのセリフを再び口にする。
すると今度はカレンが、心底不思議そうな顔をこてんと傾げて口を開く。
「でも師匠、あの人型のアンノウンに狙われてるレベルの重要人物っすし、何より魂が棺型だし、信じられないくらい大きかったじゃないっすか。あれって私もそういう事だと思ってたんすけど……」
まさにその通りである。
あれほど大きくてさらに棺型。その上A級隊員からそうだと断言され、さらに人型がわざわざ街中に侵入してくるレベルでアンノウンたちに危険視されている。
それだけ条件証拠が揃えば最早、巌人=黒棺の王、という公式が出来つつあり、それを聞いた彩姫も、詳しいことは分からずとも自分の勘が正しかったことを半ば確信していた。
──だが、巌人にはそれを完全に否定する一手があった。
「なら聞くが、なぜ純白髪の黒棺の王が僕のような黒髪になっている? 僕が異能を持っていないのは世界が認める絶対の事実だぞ」
その言葉に、カレンと彩姫は思わず言葉を詰まらせた。
そう、この世界に存在する唯一の無能力者、南雲巌人が完全な無能力者だということは日本政府や特務も認める事実であり、中には巌人の身体を研究しようと企む研究者も居るほどだ。
だからこそ巌人は再びその事実を二人へと突きつけたが、カレンよりも先に彩姫が次の句をひねり出した。
「そ、そうです! 巌人さまが作っている黒染めのシャンプーを使用して白髪を隠してるんですよ! 絶対者、それも序列一位ともなるとそれくらいコネでどうとでもなるに違いありません!」
「そ、そうっすね、うん、そうっすよ! やっぱ師匠はそのなんちゃらに違いないっす! そろそろ観念して全部ゲロっちゃうっすよ!」
巌人はカレンの『なんちゃら』や『ゲロっちゃう』などと言った単語に反論したかったが、どうせ言っても無駄だろうということでため息を吐き、懐からいくつかの小瓶を取り出す。
「世界最高峰の脱染剤に、脱脂力最強と呼ばれる伝説のシャンプー。その他もろもろに加えてオーバーダイSRBの脱色タイプだ」
それを見てカレンと彩姫は、一瞬でそれが本当のことだろうとを察した。
カレンは『あの師匠がシャンプーに嘘をつくはずがない』という理由から。
彩姫は単に異能を使って分かったから。
いずれにせよ、それらは巌人がこういう時のために世界中から集めた髪の脱色剤であることは確かであり、巌人はそれらを全て二人へと渡すと、ニヤリと笑ってこう言った。
「嫌なフラグは全てへし折っておく性分でね。それ全部使って本当に僕が髪を染めてるか確かめてくれないか」
──結果。
全てを使っても、巌人の髪に変化はなかった。
☆☆☆
「あれだけ啖呵きっといて、結果、完全にはずれ。馬鹿みたい。愚かしすぎて笑えない(笑)」
笑ってるじゃないか。
カレンと彩姫はそんなことも言えないレベルで落ち込んでいた。
その理由は紡の言った通りであり、本当にあれだけ言っておいて、さらに巌人の髪まで洗っておいて成果無しなどと冗談にしても笑えない。
だがしかし、彼が正真正銘の黒髪だと知ってもなお、彩姫には彼が黒棺の王であると確信つける証拠があった。
「で、ですが、あの青い光は間違いなくあの方のものでした! それにその顔! 間違いなくあの方と同一人物です!」
そう、黒棺の王は天パでもなく眼鏡もかけていなかったが、それでも巌人の顔には黒棺の王の面影があり、巌人があの時着用していたマントにも見覚えがあった。それに加えてあの青い光である。
そう叫んだ彩姫を見た紡は目をパチパチと瞬いて、その後ジトっと巌人へと視線を向けた。
「兄さん、もしかして、あれ、使ったの?」
その言葉に巌人は頷くと、ため息混じりに立ち上がり、二階へと上がってゆく。
その行動に思わず首を傾げるカレンと彩姫であったが、一分もしないうちに巌人はその話に出ていた黒いマントを持って帰ってきた。
そして、その口から出てきたのは信じられないような羅列であり──
「このマントの名前は『棺のマント』。かつて僕が黒棺の王へ直々に依頼して異能を閉じ込めてもらった、地球上で二番目に強い防具だ」
その言葉に思わず二人は目を見開いて固まってしまったが、巌人がその先に続けた言葉に更なる驚愕を顕にする。
「このマントに付与されている異能は単純明快。物理以外の全ての攻撃を無効にし、消滅させるという能力だ」
なんだそのチート防具は。
思わずそう言ってしまいたくなる程ぶっ飛んだ性能をしているそのマント。
その性能を聞いてカレンの頭は完全にパンクしてしまったが、けれども辛うじて彩姫はその言葉の端々に隠された様々な事実を拾って肩を震わせていた。
「と、ということは! 巌人さまは黒棺の王様にあった事があるのですか!? って言うかあの方の異能ってそういう能力だったんですか!?」
そう、巌人の言葉からわかることと言えば、巌人が黒棺の王へと直々に依頼した──つまり顔を合わせたという事実と、その黒棺の王の異能の正体くらいなものだ。
けれどもそれらは彩姫にとっては最重要な事であり、彼女は気がつけばそう叫んでいた。
すると、今までほとんど口を挟んでこなかった紡が、ぽつりとこう呟いた。
「酷いこと言う。その程度の能力と一緒にされちゃ、黒棺もかわいそう」
──その程度の能力。
それは『彼の能力はその程度ではない』と言っているようなもので、その能力だけでもSSSランクは間違いないと確信していた彩姫さらなる驚きを見せ、そう口にした紡へと問いただそうとした。
けれども──それが叶うことはなかった。
「悪いが、これ以上はかたることは無いな」
それと同時に巌人からかつてないほどの威圧感がほとばしり、それを前にしたカレンと彩姫はもちろん、絶対者である紡でさえも背中を冷や汗が伝った。
彼女──紡は知っていた。
見事なまでにその感情を隠しているが、巌人には『黒棺の王』という単語が禁句だということに。
「南雲巌人は黒棺の王とは全くの別人物だ。それ以上でもそれ以下でもない。これ以上詮索して、その上紡にまで迷惑かけたら……」
──お前、消すぞ?
その言葉には、確かな怒りが篭っていた。
☆☆☆
その日。
彩姫が涙目になりながら家から去り、カレンがなんとも言えないような表情をしながら眠りについた頃。
巌人は、自らの部屋でポツリとひとり立っていた。
キィィッ──
その部屋の扉が開かれたような音がした。
巌人は振り返ることなく息を吐くと、独り言のように言葉を紡ぎ出す。
「あの子には、ちょっと悪いことしたかもな……」
思い返すは、数時間前、巌人の殺気をぶつけられて涙目になっていた彩姫のこと。
そして数年前、トウキョウで助けた少女のこと。
「縁って言うのかな。一目見て思い出したよ、あそこまで白色に近い銀髪にあの赤い瞳、そうそう居やしないだろうしさ。まさかここまで追ってくるとは思ってなかったけど」
巌人はそう呟くと、窓へと寄り、その夜空に浮かぶ綺麗な満月を見上げた。
そしてそれと同時に、背後から声がかかる。
「私は、もう兄さんのこと――」
──もう許してる。
そう続けようとして、されど口にはできなかった紡。彼女を前に巌人は精一杯笑みを浮かべると、優しげに声を返す。
「ありがとうな、ツム。けど、それでも……」
けれども、精一杯の優しさの中には隠しきれない悲痛が滲んでおり、巌人の手は、震えていた。
その手は血に汚れ、渇きに乾いて黒色に染まっている。
知らず知らずに罪を重ね、気がついた時にはもう取り返しがつかなくなっていて──
目を閉じれば、瞼の裏にあの時の光景が未だに浮かぶのだ。
怒りに震える白髪青眼の幼女の姿と、その目の前で何を思うでもなく、ただ無気力に立ち尽くす白髪青眼の少年の姿が。
巌人は拳をぎゅっと握ると、背後へと──紡へと振り返ってこう言った。
「これは、僕が背負った罪だ。幾ら時が経とうが、多分忘れることなんて出来ないんだよ」
僕が背負う罪。
紡はその言葉を聞いて、悲しげに目を伏せたのだった。
なんだか巌人について明らかになるにつれ疑問が増えていきますね。巌人と紡の過去については六〜七章くらいを予定しています。
次回! 後日談です!