22.黒印団
ストックが減ってきました〜、やばいですね、切実に。
その翌日の日曜日。
サッポロの街中で、巨大な黒旗が風に揺れていた。
その旗には『黒印団』と真っ赤な文字で描かれており、その旗を見た人々は、その下を見て目を見開いて固まった。
「異能とはなんだ!?」
その言葉にその旗とその下に集う集団へと更なる注目が集まりだし、その言葉を叫んだ男は満足げに頬を緩めて叫び出す。
「異能とは、言わば人々の生ける明るい時代を滅ぼし、破滅させてきた悪き呪いだ! アンノウンが現れると同時に異能が現れた! だからこそ異能は世界では快く受け入れられているかもしれない! だが、異能のせいでアンノウンが現れたとは考えられないだろうか!? それに加え、異能力が弱い者達よ! 異能の出来によって左右される人生は楽しいか!? 答えは否! 断じて否だ!!」
男は両腕を大きく開き、まるで含んで聞かせるかの如くさらに言葉を続ける。
「この時代は異能によって支配された! 国は異能を前提としたものへと改変され、世界は異能なしでは続かないものへと変化した! こんな暮らしのどこが良いのだ! 俺は今の時代が苦しくて苦しくて仕方がない!」
そして、その黒髪の男と、その背後の黒髪の集団は、声を揃えてこう言った。
「「「世界を変えろ! 世界を異能のない時代へと戻すのだ! 世界の腫瘍を切り落とし、元の安全で幸せな! 黒髪が占める世界へと!」」」
大人数の合唱が響き渡り、そのあまりの熱量に待機が震える。
それを見て周囲の人々は思わず息を飲み、目を見開く。
そしてそれらの様子を見た男──バイソンは、スゥと息を吸ってこう叫んだ。
「世界を変える! そのために今日、我ら黒印団は日本の内閣総理大臣を! 殺害するッ!!」
そうして黒髪のみで構成された黒印団は、足並みを揃え、迷うことなくサッポロの中心部へと向かったのだった。
☆☆☆
その数分後。
特務のサッポロ支部、その自室に滞在していた彩姫は、ベットに横たわりながら怒っていた。
というのも、つい先日の職場見学会、彩姫は件の無能の黒王が来るものだと思って待っていたところ、なんとその本人は暗黙の了解など知ったことかとばかりに違う場所へと見学へゆき、しかも聞くところによればその先は『シャンプー会社』との事だった。
(もうっ! 何だか楽しみに待ってた私が馬鹿みたいじゃないですか! 絶対会って文句言ってやります!)
彩姫は心の中でそう言って上体を起こす。
待っていたのに来なかったこと。特務になど興味はないというその姿勢。全く読めないその思考。
色々と思うところはあれど、彩姫は『会って確認すればいい』と考えており、いつまでこのサッポロ支部にいられるかは分からないが、それでもトウキョウへと戻される前には会いに行こうと考えていた。
彼女はふと自分の部屋が思っていた以上に静かなことに気がつき、たまたま近くにあったテレビリモコンを手に取り、その電源をつける。
『こ、こちら現場からお送りしております! 今現在、サッポロの街中にて“黒印団”と名乗る男性たちが暴動を起こしております! どうやら話によると、異能によって支配されたこの世界を元に戻す、と意味のわからない発言をしているらしく、彼らは今現在サッポロの中心部にある特務署へと向かっております! 目的は内閣総理大臣の殺害、だそうです!』
「…………はい?」
彩姫は、思わずそんな声を出してしまった。
なにせ、彩姫が今現在いる場所がそのサッポロの中心部にある特務署、そのすぐ隣に建てられている特務寮であるからだ。
そしてなにより──
「な、なんであの人たち……全員が黒髪なんですか?」
そう、テレビに映っている男達は皆、黒髪だったのだ。
この時代、黒髪というのは無能力者の証明であり、能力者に普通の染料を使用したところで、その黒い色素は数分も経たずに落ちてしまう。
それが異能を会得する代わりに人類が背負ったことでもあり、それはどんな染料を使ったところで覆るものではない。
そう考えたところで、テレビからこんな声が聞こえてきた。
『彼らの黒髪についてですが、どうやら数年前に発売され始めた“オーバーダイSRB”というシャンプーの、黒髪タイプなるものを使用したというのが有力的な考えです。噂によれば一度使用すれば脱色剤を使用しない限り落ちないというもので、それはサッポロに住む無能力者が発明したものだと言われています』
瞬間、彩姫の肩がピクリと跳ねた。
『あ、今更なる情報が入りました! どうやら黒印団は炎系統の異能と火炎放射器を使用しているらしく、先程この場に駆けつけてきた警察官たちはそれらにやられてしまったようです! 以上、現場からお送りしました!』
その声と共に画面がどこか違うニューススタジオへと変わり、どこか見覚えのあるメガネのアナウンサーと女性アナウンサーがそれについて話し合っている。
彩姫はふぅと息を吐くと立ち上がる。
「現状、特務の隊員としては上司に判断を仰ぎ、その後その場所へと訪れるのが定石でしょう。ですが、もしかしたら頭の悪い隊員はその場へと直行してしまうかも知れませんよね」
彼女はそう言いながらも部屋着を脱ぎ捨てる。
その小さな臀部には異能の紋が浮かび上がっており、下着姿となった彼女はロッカーに入っていた上下セットの男物の黒いスーツを取り出し、着用し始める。
スーツの下にはあらかじめ防弾チョッキから膝当て、肘当てなどの防具を装備し、警察機関の隊員達に配られているレーザーガンを腰のベルトへと差し込む。
その上このスーツは、特務の上層部が期待株の彩姫へと送り付けてきた高級装備であり、かつて黒棺の王が倒した聖獣級上位のアンノウンの素材から出来ている。
──何よりもこれは、彼の黒棺の王の戦闘服がモチーフとなったものである。
彩姫は姿鏡に映ったその姿を見てうんと頷くと、その足で部屋を出て、その現場へと駆け出した。
そして──その姿を影から見つめる防衛大臣と、A級隊員、入境学。
「どうします? 僕がバレないように追いましょうか?」
入境がそう鐘倉大臣へと問いかけると、彼女は頬を緩めて首を横に振った。
「いいえ、私の分身を付けておくわ。っていうか、彩姫ちゃんが着くまで敵が残ってるか疑問だわ」
「……え? もしかしてもう既に誰か送ったんですか?」
その言葉に、鐘倉大臣は返答しなかった。
けれどもその顔には楽しげな笑みが浮かんでおり、その瞳の奥で燃える黒い炎を見て、思わず入境は冷や汗を流した。
「ほら、貴方にはワープホールについて調べてもらわなきゃ行けないんですから。さっそく色々と調べに行きましょう」
「え、今からですか?」
「もちのろんです」
そう言って彼女は歩き出し、入境もその後を急いで追い始める。
けれども彼はしばらくして立ち止まると、彩姫が走っていった方を見つめる。
そう、やはり彼にこう思わずにはいられなかったのだ。
(い、一体この人……誰を送ったんだ?)
彼は、無性にその現場に行きたい気持ちが湧いてきた。
☆☆☆
巌人は朝早くに起きてしまったこともあり、つい先程までトレーニング室へとこもっていた。
その後軽くシャワーを浴び、もはや自らの生活の根幹となりつつあるシャンプータイムを経て、今現在、彼はタオルで頭を吹きながら、居間のテレビリモコンを探していた。
時刻は午前七時前。
昨日遅くまで居間のテレビゲームで勝負していたらしい紡とカレンは、未だ近くのソファーで眠りこけており、恐らくは昼近くまでは起きはしないだろうと考えられる。
「リモコンリモコン……っと」
巌人はソファーの上にあったリモコンを手に取ると、それをテレビへを向けて、電源ボタンを押した。
そして──その事実を知る。
『こ、こちら現場からお送りしております! 今現在、サッポロの街中にて“黒印団”と名乗る男性たちが暴動を起こしております! どうやら話によると、異能によって支配されたこの世界を元に戻す、と意味のわからない発言をしているらしく、彼らは今現在サッポロの中心部にある特務署へと向かっております! 目的は内閣総理大臣の殺害、だそうです!』
「………………は?」
巌人はテレビで放送されているその生放送を見て、思わず目を見開いた。
そこに映っていたのは、見覚えのありすぎる髪色の集団と、黒印団と赤文字が描かれた黒い旗。
そして極めつけが──
『彼らの黒髪についてですが、どうやら数年前に発売され始めた“オーバーダイSRB”というシャンプーの、黒髪タイプなるものを使用したというのが有力的な考えです。噂によれば一度使用すれば脱色剤を使用しない限り落ちないというもので、それはサッポロに住む無能力者が発明したものだと言われています』
それを聞いて、巌人は思わず頭を手をやった。
「オーバーダイSRB……だと?」
オーバーダイSRB。
それは今さっき浴室で自らが使用したシャンプーの名前であり、我が家の地下深くで製造しまくっている己がもっぱらの収入源である。
頭に被せていたタオルがはらりと床へと落ち、雫が髪から頬へ、そして顎を伝って床へと落ちてゆく。
それはまるで──シャンプーの涙。
(シャンプーが……泣いている)
異能によって支配されたこの世界を元に戻す。それは確かに言い得て妙であろう。今や異能がなくては世界は成り立たず、アンノウンもろくに倒せやしない。
だからこそ、別に巌人としてもそのような思想自体は否定はしないし、その思想であの総理が殺されるとしても『あの馬鹿を殺せるものなら殺してくれ』と言うであろう。
だがしかし──
巌人は眼鏡をテーブルの上へと置くと、自らの部屋へと歩を進める。
部屋に入ってすぐの場所にある自らの勉強机。
それに数段備え付けられている引き出しの最下段。巌人は迷う素振りもなくその引き出しを開く。
そこにあったのは、一丁の銃にベルト。そして上下セットの黒いスーツと白いワイシャツに黒ネクタイ。それに合った黒色の革靴と──一着の、黒いマント。
巌人はそのマントのみを手に取ると、三年ぶりに手にしたそれをギュッと握りしめ「悪いな」と言ってこう呟いた。
「その思想、シャンプーのために潰させてもらう」
もしもシャンプー狂いのシャンプーを犯罪に利用したら?
──答、完膚なきまでに潰される。
シャンプーの涙とか馬鹿なんじゃないですか?