20.職場見学会
今回も(ほとんど)出てこない巌人。
何やってるんだアイツは。
その数日後。
彩姫はどこか上機嫌で、自分の部屋のベットに腰をかけていた。
足はブラブラと振られ、その緩んだ口からはとあるシャンプーのCMソングが流れ出ている。
それは、前までの『黒棺様ラブ』な彩姫からは想像もできないその上機嫌さだが、その理由の主なところは巌人が原因であった。
何があったかと聞かれれば、あの後彩姫はそのワープホールの調査ということで件の商店街へと向かったのだが、そこで周辺の人へと話を聞くと、彼らが話したのは何故か巌人ついてのみだったのだ。
曰く、子供を助けている姿をよく見かける。
曰く、老人の荷物を持ちながら「この時代を作ってくれてありがとう」と言っている姿を見かけた。
曰く、交通事故を未然に防ぎまくっている。
曰く、迷惑していた暴力団の闘争を止めた。
曰く、娼婦の恋愛相談に乗ってあげた。
その他もろもろ、もはや『ヒーロー』とさえ呼ばれていたその巌人の噂を色々と聞き、結果として彼女はさらに巌人への評価を上げていた。
「時は金なり。そんな大切な時間を使って人のために無償で働き、結果たくさんの人々の命を救った過去を持っている……。なんて、なんて素晴らしい人なんでしょうか!?」
酷い勘違いである。
確かに巌人はヒーローと呼ばれても差し支えないほどのことをしてきたが、けれどそれは全ては自分とシャンプーのためを思って行ったことである。
にもかかわらず、それを上手い具合に勘違いし、結果巌人への評価をさらに上げてしまった彩姫。もはや巌人が可哀想と言っても差し支えないレベルである。
けれどまぁ、結果としては変わらないため、きっと何とかなるのではないだろうか。彼女が彼と会わない限りは。
だがしかし、こんなフラグを立てたところで彼と彼女の運命が変わるわけもなく。
「ふふっ、職場見学会がたのしみですっ!」
そうして二人は、微妙なすれ違いを続けるのだった。
☆☆☆
そうして日々は過ぎ、見学会当日。
特務のサッポロ支部、その訓練室に集められた彩姫とその他の隊員達。総勢三十名あまり。
内訳としては、C級隊員が二十八名、B級隊員が二名という、傍から見ればとんでもないアンバランスさではあるが、B級といえば幻獣級と互角に戦うことの出来るという、言わば人類トップクラスの集団である。ちなみにA級からは人類の枠を超えている。
そのためB級が二名も居れば普通の都市を守るには十分であり、その都市の防衛に当たれる実力を持つ戦力がこの場に集まるということは、それだけフォースアカデミーの生徒達が将来有望であるという証明にもなる──のだが。
「ふん、なんで俺達がガキ共の相手をしなきゃなんねぇんだよ。俺なんて非番だったんだぜ?」
「だからだろうが、暇なヤツを集めてこうしてストレス発散をさせてやる。上層部直々のご命令、って奴だよ」
「はっ、今年もちょっくら揉んでやるとするかァ!」
B級隊員二人の目の前だというのにも関わらずそう言って騒ぎ立て始めるC級隊員達。
と言っても全員が全員そういうわけではなく、彩姫を始めとした堅実派の隊員達はそれらを黙って睨みつけており、今騒いでいるのはおおよそ十名と少しだろう。
だがしかし、それらの人々も元からそういう性格をしていたわけではなく、特務へと入った途端に特別視され始めたことによる増長に、何故か強いアンノウンと出くわさないこの街に配属されたこと、そして『街を守ってやっている』という立場。
それらの様々な要因が重なりに重なって彼らの今の外骨格を形成しており、やはりそれは、数少ない特務の汚点でもあった。
彩姫はそれらの様子を呆れ果てたように眺めながら、それと同時にこうも思った。
(……何故、B級隊員のお二人は注意しないのでしょうか?)
そう、今この場にいるB級隊員の二人は誠実さとその実力で有名な二人である。こんな現状は一時として許しておかないのがこの二人であり、間違っても今のように黙って腕を組み、目を閉じている様な人物ではない。
(買収された……ことは無いでしょうし、ならば、二人よりも上の立場にいる何者からか命令されている……?)
彩姫はやっとその考えまで思考が回り、そしてその考えから、更にこうも考えた。
一体その相手とは──賢者と愚者のどちらか、と。
しかしながら、その答えは次の瞬間には明らかになった。
「はーい、そこの君たち、ギルティね」
瞬間、B級隊員二人の姿が掻き消え、それと同時にそれまで愉悦に顔を歪めて話し込んでいた隊員達が一斉に地に伏した。
「うぎゃぁぁぁぁぁ!?!?」
「う、腕がっ! 腕が……っ!?」
「カハッっ!? し、死ぬ……」
一斉に倒れ伏した者達から悲鳴が上がる。
彩姫は目で追うのが精一杯なそれらの動きに思わず目を剥き、その二人の姿を追った先で見た光景に絶句することとなった。
そこには宙に浮かぶ無数の剣と、その内に一つだけ紛れている盾に腰をかける、見覚えのある人物の姿があった。
──入境学。
過去に『鬼王』中島智美直々の部下であった人物で、彼女が引退して三年、かつての彼女をも上回る強さを持つという、正真正銘、絶対者に最も近い存在。
その強さは巌人や紡が居るせいで目立ってこそいないが、彼は地球上でも数少ない、聖獣級を打倒できる人物である。
その上この人物はチャラチャラとしている割にはとても正義感が強く、上層部や各国の王族からも認められている程の誠実さを持つ人物でもある。
と、そこまで彩姫は考えたところでこう思った。もしかしなくてもこの人がその『上の立場の人間』なのではないか、と。
──だがしかし、その彩姫の考えはいとも簡単に否定された。
「いやぁ、うるさくしちゃって悪いねぇ。上層部、つまるところ日本の内閣総理大臣と防衛大臣、その上『業火の白帝』に『黒棺の王』にまで君たち嫌がられるらしくてねぇ。特に一位様から伝言の伝言なんだけど『調子に乗るな、消すぞ?』だってさー」
その言葉に、周囲は思わず息を飲んだ。
内閣総理大臣と防衛大臣の、この時代における国家の二大トップの名前が出ただけでも十分なのに、さらにあの業火の白帝に黒棺の王である。そんな面々に嫌がられているとなると、最早それは物理的な生死に関わる一大事である。
「まぁ、てなわけで君たちしばらくの独房入りと減給ね。別に逃げてもいいけど、その場合は絶対者二名によるサーチアンドデストロイになるから、言動には十分気をつけてねぇ〜」
もちろん、隊員達は顔を真っ青にして首肯した。
☆☆☆
彩姫は内心で、歓喜していた。
というのも、あの日、助けられた時から追い続けて背中すら見えなかった黒棺の王。彼の名前がここ、サッポロ支部に来て一週間足らずで二度も聞くことが出来たのだ。
その上防衛大臣に至っては彼自身とも連絡が取れるとのことだった。正直手を選ばなければあと一月とせずにその背中まで手が届くだろう。
まぁ、それに関しては彼女自身、彼のことは自らの力で見つけ出したいと思っているため、防衛大臣に頼むなどという選択肢はないのだが。
それに比べて無能の黒王である。
当初こそ嫉妬により快く思ってはいなかったものの、調べれば調べるにつれ彼の魅力が明らかになってきた。
正義を愛し、不等や偏見を嫌うその心。
幻獣級さえ瞬殺するその実力。
無能力の縛りに囚われない剛健な精神力。
最初の一つに関しては間違いすぎていて失笑するレベルなのだが、確かに彼の特徴を箇条書きしてみるとなかなかのハイクオリティさであろう。
そして彼女は、もうすぐそこまで迫っている職場見学会へと思いを馳せる。
(フォースアカデミーの生徒達が職場見学会にて特務に来ることはほぼ暗黙の了解です。今までその暗黙の了解から外れた生徒は一人としておらず、きっとその生徒のうち一人である彼もその中に入っているはずなのです……)
そう、もうすぐその人物と相見えることが出来る。
彩姫は、不思議と彼のことを知れば知るほどその存在が気になっていくことを自覚していた。
こんな感覚は彼の黒棺の王以来であり、もしかしたらその無能力者は彼に匹敵する何かを持っているのかもしれない。そう彩姫は心のどこかで思っていた。
そして、それらを裏打ちする噂の数々に、あの防衛大臣さえ認めるその実力。
(早く……会ってみたいです)
もはや彩姫の中では、彼の存在は黒棺の王程ではなくともかなり気になる人物になっており、彼女自身、何故そんなことになっているのかこそ分からないものの、きっと──きっとその姿を見ればその理由も分かるに違いない。
彩姫は心のどこかでそう直感しながらも、今開かれたそのドアへと視線を向ける。
その先頭は黒いジャージを着たどこかで見たような教諭が歩いており、その背後に制服を身にまとった生徒達がずらりと並んでいる。
彩姫は大袈裟にならない程度に首と目を動かして生徒達を見渡し、どこかにいるであろう“黒”を探す。
探して、探して、探して…………あれ?
気がつけば頬をたらりと冷や汗が流れており、彼女が浮かべていた『期待』から来る笑みは、もはや影も形もなく引き攣っていた。
(ま、まさか……ですよね?)
彩姫は一番嫌な考えが頭を過ぎり、その教諭、中島先生の言葉で確信した。
「その……悪いな。実はだが、二名ほどここ以外に行った馬鹿が居るんだが、そいつらが内の一番の有望株でな」
気がつけば、彩姫は天井を見上げており、皆の目もはばからずにこう吠えた。
「に、逃げやがったなぁッ!?」
そうして巌人の評価が“気になる相手”から“一発殴りたい相手”へと移り変わる。
果たしてランクアップかランクダウンか、それは二人が相見えるまでは分からないことであった。
☆☆☆
「ふわっくしょいッ!」
「師匠!?」
巌人は自身のくしゃみを敏感に察した弟子が差し出してきたティッシュを受け取ると、鼻をずずずっとかんだ。
「師匠がくしゃみ……珍しいっすね? 誰か噂でもしてるっすか?」
「いや、知らないけど花粉症とかじゃないか? 五月だし」
巌人がカレンの言葉にそう返すと、彼女は何かハッとしたように目を見開いてこう叫んだ。
「なるほど! 師匠のような格上にも花粉症などの間接的なダメージは入ると、そう言うことっすね!」
「…………だからって、僕で試すなよ?」
「もちろんっす!」
そうして二人は、職場見学のビルの中へと入っていったのだった。
すれ違ってますねぇ。