2.無能力者
第二話です。
西暦二一四〇年、四月。
ここは日本国。かつて北海道と呼ばれていた地。
その地に今なお存在する日本の六大主要都市のうち一つ、サッポロの異能力専門高等学校フォースアカデミー。その一年三組の教室。
黒髪天パにメガネの地味な少年──南雲巌人は、チャイムがなるギリギリの時間帯に教室へと飛び込んだ。
それと同時に一斉に巌人へと集まる視線。
けれどもそれらは一瞬で霧散し、クラスには再びホームルーム前の喧騒が戻ってくる──ようにも見えたが、クラス中は密かに巌人の登場にどよめいていた。
そして、それに気づいていて全く動じていない巌人。
──いやぁ、遅刻するかと思ったぁ。
彼は内心そう思いながら出てもいない汗を拭き、自分の席へと歩を進める。
本来ならば何故ここまで腫れ物を目の前にしているような視線を浴びねばいけないのか、と思うかもしれないが、残念ながら巌人は知っていた。これ全部僕のせいなんだよね、と。
彼はそれらをなるべく気にしないようにと席に着くと、それと同時に後ろの席から背中をトントンと叩かれる。
巌人は後ろの席の住人を思い浮かべながら振り向くと、そこには予想通り、黒い学ランを着た灰髪黒目の少年の姿が。
「いよーっす、今日もいい香りしてんなー、さすがは『無能の黒王』!」
その二つ名、もしくは前半部分に再びどよめく周囲ではあったが、巌人はそんなこと、もう言われ慣れている。彼はその少年へとニヤリと笑ってこう告げる。
「おう衛太、今日はバラの香りにしてみたぞ」
巌人はその少年──平岸衛太へとそう言うと、彼は苦笑して「変な趣味してんなぁ」と返してくる。本当にその通りである。
何せ、巌人の入学初日の自己紹介曰く、
『初めまして、南雲巌人っていいます。趣味はシャンプーで、好きなものはシャンプーです。シャンプーの事ならなんでも知ってますのでじゃんじゃん聞いてきてください』
──もちろん、誰一人として近づかなかった。
不幸中の幸い、衛太は何を思ってか近寄ってきてくれているが、まさか自己紹介でシャンプーの事しか語らなかった巌人に自ら進んで近づこうなどと思う者などいるはずも無い。
そんなことを話していると、キーンコーンとチャイムがなって担任が教室へと入ってくる。
「うーし、お前ら席に着けぇい!」
その先生を言葉で言い表すとすれば『赤く髪を染めた元ヤンの先生』だろうか。黒いジャージに背中には竹刀を背負っている、今にも怒鳴り散らして来そうな怖いお姉さんだ。ちなみに名前は中島先生。
もちろん入学初日はたいそう恐れたものだが、それでももうすぐ入学してから一週間が経つ。それだけ一緒にいれば嫌でも慣れるというもので。
「うし、ホームルームは特に伝えることねぇから無しでいい。今日は一日ステータスチェックの日だ。テメェら気張ってけよ?」
生徒達は、そのやる気のなさそうな声に各々返事をして更衣室へと向かうのだった。
☆☆☆
悲劇の年からもう既に百年あまりが経つが、世界は百年という年月の割には変わりすぎていた。
その一つが、今行われているステータスチェックである。
ステータスとは、異能の出現に伴ってそれらの異能のランクや体術のランク、そして総合的な強さである『闘級』の三つに加え、名前、年齢、性別、職業の計七つの個人情報が載せられている。
少し昔と比べれば『強さ』等と野蛮と思われるかもしれないが、残念ながらこのご時世、これらの数値は必要不可欠なのである。
と言っても、そのステータスチェック自体は異能の力を計った後、最後に専門の器具で体術と闘級を計って終了なため、生徒達からすれば早く学校が終わってラッキー、という程度の認識である。
そんな中、巌人と衛太は意味もなく準備運動をしている生徒達を傍目に、ステータスチェック後のそれぞれの数値の目安について、目の前にある掲示板へと目を通していた。
「えーっと? 異能と体術に関してはG、F、E、D、C、B、A、S、SS、SSSの十段階評価で、異能に関しては滅多な事じゃ上がらないが、体術に関しちゃ訓練によって上下する……か。こんだけじゃよく分かんねぇな」
「……どうやってこの学校に入学したんだ?」
──本当に疑問である。
今のは小学生で習うことであり、英語を習い始める中学生にとっては分からなければ恥、というレベルの教養だ。それを今更『よく分からない』等とよく言えたものである。
すると当の本人である衛太は、清々しい程のサムズアップを決めてこう告げる。
「なんか異能が強いっぽいから推薦で入った!」
まさか学校側もここまでの馬鹿だとは思っていなかったのだろう。巌人はそう確信し、少しだけ同情した。学校側に。
だがしかし、その衛太は何を思い出したかハッと目を見開き、ガバッと巌人へと頭を下げた。
「わ、悪ぃ! そんなつもりじゃなかったんだ!」
その声に驚き振り向いた多くの生徒達。
けれども彼ら彼女らは衛太が謝っている相手の巌人を、正確には巌人の髪の色を見て、全てを察して目を逸らした。
この時代において、黒髪は本来存在しないものである。
正確には昔、それこそ異能が発現する前は居たとのことだが、それも現代においては存在しない。
それは異能の力がその身体に何らかの影響を及ぼし、異能が強ければ強いほどその髪の色に変化を与えるからだと言われている。
つまるところ、本来は有り得ない黒髪。
この世界で唯一のイレギュラーである所の巌人は、無能の黒王の名の通り──異能という力そのものが欠如しているのだ。
だからこそ衛太は巌人の前で『異能の力だけで入った』と言ってしまったことを後悔し──
「……は? え、何が?」
意味がわからないと言った表情の、巌人の声に思わず目が点になった。
「いや、無能力者の負け惜しみに聞こえるかもしれないけど、異能って所詮はただの道具でしょ? 百均のハサミと一緒さ。目の前にダンボールがあって、それぞれの生まれつき優劣の異なるハサミを持ってたとしても、ダンボールなんて所詮は紙だ、手で千切ればいい話じゃん」
立て板に水の酷い理論である。
けれども巌人は実際にそう思っているし、便利な異能に憧れこそすれども嫉妬などしたことも無い。
衛太は巌人の顔を見てその言葉が本心なんだろうと察して、素直に尊敬した。もしも自分が世界で唯一、異能を使うことが出来ない存在だったとすればこんな事を言えるだろうか。
そんなことを思って──
「どうしても謝りたければシャンプー奢ってくれ」
最後の最後で、全部がぶち壊しになった。
☆☆☆
「ふっへっへー! どうよ巌人! お前に言ってもしょうがなさそうだが見ろ! この俺の闘級をな!」
その日の帰り道、約束通り薬局でシャンプーを買った後、衛太はいきなりそんなことを言って腕を突き出してきた。
その腕に光るは腕時計型の他機能付きステータスアプリ。通話やメール、検索などもこれ一つで済み、なによりも要肝心な最後に更新した際のステータスがこれで確認することが出来る。
だからこそ国民全員にこのステータスアプリの着用は義務付けられており、ステータスがある以上これさえあれば身分証明にもなる優れものだ。
そんな身分証明にもなりうる個人情報をいとも簡単に見せてきた衛太だったが、巌人はそのステータスを見て目を見開いた。
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名前:平岸衛太
年齢:十六
性別:男
職業:学生(高校生)
闘級:十六
異能:殺戮罰怒[S]
体術:D
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「おお……これけっこう凄いんじゃないか?」
そう、衛太のステータスは学生にしてはかなり高かったのだ。
まず体術に関しては高校生にして上から七番目の評価であり、異能に至っては上から三番目だ。体術は秀才、異能に至っては十分に天才の域である。
──その上、この闘級だ。
闘級に関しては、それぞれがアンノウンと比較されて評価される場合が多い。
アンノウンには下から順に、怪獣級、幻獣級、聖獣級、そして神獣級と分かれており、それぞれの目安として、一地区、一都市、一国、世界が危機に晒されるとされている。
ちなみにそれぞれの最低闘級が、怪獣級が十、幻獣級が三十、聖獣級が五十、神獣級が百とされており、闘級だけで言えば衛太は上手くやれば一地区を破滅させられるだけの力を持っているということだ。
だからこそ巌人はそう言ったのだが、褒められたはずの衛太は眉に皺を寄せており、ムスッとした表情を浮かべている。
巌人はそれを見て「どうした?」と問い返すが──
《警告! 警告! ワープホールが開きます!この地区からは避難してください!》
それと同時に鳴り響いた警報によって、その言葉は打ち消された。
三人称って難しいですねぇ。