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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
背負う罪
18/162

18.ヒーローと無音

これから数章にわたって使われていく伏線⋯⋯というか、アレです。まぁ見ればわかりますとも。

 翌日、学校にて。

 やはりというかなんというか、白ジャージブルマに青コートという相変わらずのカレンが転校してきて、巌人のクラスにはどこか普段とは違った空気が漂っていた。

 今はちょうど昼休み。

 仲の良かった生徒達はコンビニへとカレンへのオヤツを買いに行き、男子たちはそっとその様子を眺めて頬を緩め、衛太はなんとも言えないような顔で目の前の現状を眺める。


「師匠! 試練はクリアしたっすから今日から正式に弟子ってことでいいっすよね!」

「……え? あ、あぁ、そう言えばそうだったな」


 そう苦笑しながら自分の席で昼食にありつく巌人。

 そしてその右隣の席、場所で言うならば窓側から三列目の一番後ろの席になったカレンは、顔を少し赤く染めながら席をくっつけ、楽しそうにサンドイッチを齧っている。

 そしていつも巌人と昼食を取っていた衛太は、そのカレンの様子を見て思わず尻込みしてしまったというわけだ。さもありなん。

 だがしかし、カレンは巌人の忠実な弟子、という名の忠臣である。巌人の友人関係や学園生活を邪魔する気など毛頭ない。


「あ、平岸くんも混ざるっすよ! 師匠の親友ポジションを得ている平岸くんの意見も聞きたいっす!」

「え? いや別にそんなつもりじゃないんだけど……」

「良いから早く来るっすよ!」


 そうして前の席に座っていた衛太は有無を言わさずに机を巌人の机へと合体させられ、結果いつもの風景にカレンがくっつくような状況に落ち着いた。

 まぁ、それらは後々にやってきた『カレンへの餌係』たちによって邪魔されることになるのだが、兎にも角にも、カレンが居ない頃よりも遥かに、クラスには楽しげな笑い声が響いていた。




 ☆☆☆




 その日の放課後。


「ねぇカレンちゃん! 今日クラスの皆でカレンちゃんのおかえり、ってことでどっか遊びに行くんだけど、一緒にどうかな?」


 巌人は荷物を片つけながらも、隣から聞こえてきたそんな言葉に内心こう思った。え、僕なんにも聞いてないんですけど、と。

 それに確か、カレンは誰にもバラさずに転校してきたと言っていたはず。ならば、このクラスの生徒達は案を今日考えて今日実行しようとしていることとなる。何たる実行力であろうか。


 そうして巌人が悲しみ少し、呆れ半分、驚き少しの内心を隠して淡々の教科書を片付けていると、隣の会話が完全に途絶えていることに気がついた。

 気になって横へと視線を向けると、そこには赤い顔で巌人の方を見つめるカレンの姿があり、彼女は巌人と目が合ったと分かると慌ててその視線を逸らした。

 そして、それを見てニタニタと笑みを浮かべるその女子生徒。


「はっはーん、カレンちゃんは愛しの南雲くんが一緒じゃなきゃ行きたくないってわけね?」

「なぁっ!? な、なな、な、何を言ってるんすか!? べっ、別に師匠の事なんて全然好きなんかじゃないっすもん!」


 カレンはそう叫ぶと、頬をぷくぅと膨らましてその生徒から視線を逸らす。そしてその先で苦笑いを浮かべている巌人と再び視線が交差する。


「とりあえずカレンが僕のこと好きじゃないのは分かったけど、別に今日しなきゃならないことも無いし、行ってくれば?」

「し、師匠っ!?」


 もちろん今のは意地悪であり、巌人はカレンの先ほどの言葉が嘘だということには気がついていた。

 なにせ、カレンはあのブラコンな紡に『イワトコンプレックス』と言わしめるほどの人物であり、師匠、師匠とあそこまで笑顔で言われれば、少なくとも『全く好意を抱いていない』わけではない、ということは誰でもわかるだろう。

 けれど巌人も、そのカレンからの好意がどの程度のものなのかは知らない。そのため彼女の抱いている感情が『恋』などとは思ってもいないだろう。

 まぁ、それは巌人が誰かから分かりやすい(・・・・・・)恋愛感情を向けられたことがない為なのだが、それはともかく。

 カレンは自分の失言に気が付き肩を落とし、それを見たその女子生徒は巌人へこんなことを言ってきた。


「うーん、やっぱりカレンちゃん、南雲くんと一緒じゃなきゃ嫌っぽいし南雲くんも暇だったら来てくれないかな? ね?」


 瞬間、ガバッと顔を上げるカレン。

 そのあまりの変わりようにそれを見ていた生徒達は皆苦笑いを浮かべるが、巌人だけは顎に手をやって考え込んでいた。

 思い浮かべるは、家で一人待つ自らの義妹。

 彼女の事だから別に少し遅れたところで「おそい、めし」で終わりそうなものだが、だからといって彼女を一人っきりにして他の人と遊ぶなど考えるだけで嫌気がさす。

 だからこそ、巌人は彼女に謝ろうとして──


『you got the mail』


 瞬間、見計らったように自らのステータスアプリに着信が入り、咄嗟にそこへと視線を落とした巌人は、その件名を見て引き攣った笑みを零す。



『今日は、我慢してあげる』



 巌人は明らかに盗聴しているであろうそのメールの通知をスライドして消すと、顔を上げて首肯した。




 ☆☆☆




 その後、とりあえず商店街ゲームセンターまで行こうと決めたらしいクラスメイトたちは、それぞれが固まって歩き出した。

 皆が皆楽しげに話しているが、巌人はその会話には口を挟まず、別に親しい者がいるわけでもないため一人で最後尾を歩いていた。ちなみに衛太は部活らしい。

 そのため流石の巌人も惨めな気持ちになり、時は金なりという言葉をガン無視している現状にため息が漏れそうになる。


 ──だがしかし、こんな時にも暇つぶしは出来るというもので。


 巌人は歩きながら周囲を見渡すと、たまたま自分たちと同じ方向に歩いている、大きな荷物を背負っているお婆さんの姿があった。

 巌人はそれを見るなりその人の方へと駆けてゆくと、そのお婆さんに話しかける。


「大丈夫ですか? お荷物お持ちしますよ?」

「おや? ありがとうねぇ、助かるよぉ……」

「いえ、僕は若いですからね、任せてください」


 年上には基本敬語な巌人である。

 巌人は笑顔でそう言って荷物を待つと、動く床まで彼女をエスコートし、その動きに合わせてゆっくりと歩き出す。

 そうして歩いているとお婆さんは目的地が見えてきたのか動く床から外れ、お礼を言って巌人から荷物を受け取る。


「悪いねぇ。お友達と一緒に遊びに行く途中だっただろうに……」

「いえいえ、お婆さんも悲劇の年を耐え忍び、ここまで街を繁栄させてきた立派な大人です。これくらい手伝わせて頂きますよ」

「おやおや、黒髪の坊や、嬉しいこと言ってくれるじゃないか……。年寄りになると涙脆くなっていけないねぇ」


 そう言って涙を拭き始めたお婆さん。

 彼女は別れ際にポケットから飴を幾つか巌人へと渡すと、その曲がった腰でお礼を言って去っていった。

 それを見送った巌人は生徒達の集団へと戻ると、再び周囲へと視線を巡らせる。


 木の枝に風船を引っ掛けて泣いている男の子とその母親には軽くジャンプしてそれを取ってやる。

 アイスを落として泣いている女の子には同じようなアイスを買って渡してやる。

 どこかで見たような女性がトラックに引かれそうになっているところを再び救ってやる。


 そこまで活躍すれば流石にクラスメイトたちにも気づかれてしまったためそこらで切り上げたが、その巌人の行動が気になったのか、前の方を歩いていたカレンが最後尾の巌人の元へと下がってきた。


「流石っすね師匠! 困っている人を見れば見逃せない! あのお婆さんとの会話とか感動したっす!」

「……まさかあの距離から聞こえてたのか?」

「師匠の声ならどこででも聞き取ってみせるっす!」


 カレンの謎の自信に思わず眉間を揉んでしまった巌人だったが、とりあえずその言葉を否定しておくことにした。


「別に困っている人を見逃せないわけじゃないよ。なんて言うか、この街で生きてく上での習慣みたいなものだ」


 巌人はそう言うと、ポカンと口を開けて不思議そうな表情を浮かべたカレンへと視線を向けて、こう口を開く。


「なぁカレン。僕みたいな黒髪の無能力者、普通に街を歩いていたらどうなると思う?」

「えーっと……珍しがられるんじゃないっすかね?」


 珍しがられる。

 確かにそれは正しいが、けれども模範解答ではない。

 巌人は静かに首を横に振ると、その自ら経験してきた模範解答を提示した。


「弱者だと、世界で一番の弱者だと侮られるんだ。で、街を歩けば十数分に一度はそこらの人間に絡まれ、住人達もそれらを見て見ぬふりをする」


 その言葉にカレンは思わず息を呑む。

 それはカレン自身が『Gランク』ということで侮られた過去を持つからこそ分かることだが──それよりも、当時巌人に絡んだ者達の末路を想像すると少し哀れになってくる。


「きっと、師匠にその場でボコられたんすね」

「……あれ、気にするところそっちなんだ」


 その通りだからなんにも言えない巌人であった。

 巌人はそのふやけた空気を咳をすることによって払うと、周囲へと視線を向ける。

 周囲から感じられるは、昔感じていた侮蔑の視線ではなく、どちらかと言えば有名人やヒーローを見るような、感謝や好意の視線。


「おう黒髪、この新作おやき一つ持ってけぃ!」

「あー、ヒーローの兄ちゃん! この前はありがとー!」

「ようヒーロー、可愛い娘連れてんじゃねぇか! もしかして彼女か! めでてェな!」

「あら黒髪の坊やじゃない、この前はありがとねー」


 周囲の人たちから様々な声をかけられ、巌人はそれら一つ一つに応じてゆく。

 この商店街は言わば巌人のホームグラウンドであり、普段買い物する時に必ず通る道でもある。それはつまり、それだけ人助けもしている土地でもあるという事だ。

 巌人はそれらに手を振ってゲームセンターの中へと入ると、それに付いてきたカレンへと向かってこう告げた。



「まぁ、街にも馴染んでシャンプーの顧客も増える。ウィンウィンで万々歳ってやつだ」



 ──情けは人のためならず。

 巌人からすれば、情けは自分と、シャンプーの売上のためである。




 ☆☆☆




 そんなこんなで、生徒諸君はゲームセンターへと到着した。

 と言っても巌人とカレンがついた頃にはもう既に皆が皆散らばっており、巌人は内心で『これカレンのために開かれたんじゃ無いのかよ』とため息を吐いた。

 巌人は今回の主役である隣のカレンへと視線を下ろすと、そこには目をキラキラとさせながら巌人の方を見つめてくるカレン。

 どうやら先ほどのテキトーな言葉が功を奏したらしく、師匠になったんだから何かしなきゃな、と思っていた巌人にとっては願ってもない展開であった。


(まぁ、あれはもう習慣みたいなものだしなぁ)


 巌人は内心で独りごちると、一応遊ぶべく手持ちの札をコインへと交換してゆく。

 巌人自身あまりこういう場に来ることはないが、ガヤガヤとうるさい機械音が客のうるさい声をかき消している。まぁ、どっちにしろうるさいのだが。


「よしカレン、今日は引越し祝いってことでコインは僕が奢ってあげるよ。実際には居候だけどな」

「いいんすか!? こんな所来たことないからよく分からないっすけど、とりあえずありがとうっす!」

「……あんま無駄使いするなよ?」

「分かったっす!」


 何故だろう、とても不安である。

 巌人はそんな感想を抱いたが、別に金ならば腐るほど持っている。金持ち喧嘩せず、金を持っているならいいじゃない。

 そう考えると、巌人は後ろをぴょこぴょことついてくるカレンを連れて、とりあえず近くのゲーム機へと寄っていく。

 そうして二人が辿りついたのは、悲劇の年より前から愛され続けてきた“音ゲー”であり、今現在目の前にあるのはその代表作『太古の達人』である。

 太古の文明の遺跡から出現した赤と青の太鼓型アンノウン。流れてくるそれらを上手いタイミングで太鼓を叩くことによって討ち滅ぼす、そんなゲーム。そしてそれらのアンノウンをどれだけクリティカルで殺せたかによって得点が入るのだ。まさにこの時代を代表するゲームである。


「よしカレン。これでひと勝負行こうじゃないか」

「師匠と勝負っすか!? 望むところっす!」


 そう言って二人は同時にバチを手に取り──



 ドゴォォォォォン!!



 ──突如として、ゲームセンターに爆発音が響き渡った。


「なぁっ!? もしかしなくてもこの感じ……アンノウンっすか!?」


 そう言ってカレンが視線を向けた先、そこには巨大な蟻を二足歩行にしたようなアンノウンが立っていた。


 ───────────

 種族:アリンコソルジャー

 闘級:三十二

 異能:創剣[B]

 体術:C

 ───────────


 幻獣級。

 まず間違いなく特務のB級隊員でなければ太刀打ちできないとされるそのアリンコソルジャーは、近くの子供たちへと視線を移して──


「うるさい」

「グギャァッ!?」


 いつの間にかその場所へと移動した、巌人のバチによって頭を叩き潰された。

 それには思わず店内もシーンと静まり返り、それによって外の騒ぎまでもが室内に響き始める。


「キャー!? あ、アンノウンよっ!?」


 その声にとっさに反応したカレンは、思わず目を剥き、思うよりも先に身体が動いていた。

 かつてアンノウンと対峙した時は、そのどちらもがすぐ近くに巌人や紡と言った強者の姿があった。

 本来ならば今回だって巌人のことを待つ方が得策だ。けれどもそれを待って人が殺されでもすれば、きっと後になって死ぬほど悔いることだろう。

 だからこそカレンは外に飛び出て──


「師匠! 時間稼ぎす」

「お前らさぁ、こっちは太古の達人やってるんだから、せめて出てくる時間くらいは考えてくれよ」


 ──そこには、頭部をバチで叩き潰されたアリンコソルジャー三体の姿があった。

 カレンは今頃になって気がつく、何体いようと師匠がその場に居合わせた時点でもう終わってるのだ、と。


「よしカレン、太古の達人やろうぜ」

「うっす! 負けないっすよ!」


 巌人とカレンは驚きのあまり沈黙する周囲を完全に無視してゲームセンターの中へと入っていく。

 その際、カレンの頭の中にはこんな疑問が過ぎった。



(そう言えば……警報、鳴ってたっすかねぇ?)



 果たしてそれは、無音の登場であった。


一応巌人が言っているのは嘘ではありませんよ。普通にいい人です。

ただ、察しのいい人ならこのネタが誰かのすれ違いに使用されるとわかっちゃうかも知れませんね。

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― 新着の感想 ―
[一言] 体術化物が太古の達人やったら確実に全良な希ガス
2021/10/03 15:36 あ゛あ゛あ゛あ゛
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