160.日が昇り、時代は終わる
その後の人類の対応としては、実に見事なモノだった。
宣戦布告と同時に。
各国が同時に動き出し、いくつかの巨大な地下シェルターへと民を移動させた。
いつからそんなものを作っていたのか。
……おそらくは、電脳王と呼ばれる女の仕業だろうが。
あんなもの、一日二日でどうにかなる代物ではない。
「……最低でも、南雲巌人が力を失った頃から計画されていたね」
白河言外は、顎に手を当て推測する。
しかもあれは、南雲巌人による『絶対化』を受けている。
おそらくは、彼の残した【弾丸】を流用したものだろう。
あればかりは、白河言外の【絶対化】でも無力化できない。
防壁に掛けられた力を無力化はできても、まったく別種の能力に関しては一切の権限を持ち合わせていないから。
「とはいえ、あれも模造品だぜ? 本家本元ほどの能力はねぇ。新型アンノウン、それぞれ1万近くぶち込んどきゃ、数時間もしねぇでぶっ壊せるだろ」
ソファーに座り込んだ男が言う。
真っ白な髪に、暴力性を隠そうともしない瞳。
彼は半笑いを浮かべながら、白河に言う。
「つーか、俺が潰してこようか?」
「王、君はいつだって暴力的だね」
現在、神威会は4名で構成されている。
全てを統括する白河言外。
やる気なさげにソファーで寝てる真弓示現。
そして、目の前に居る王という男。
「いいよ。今日くらいは好きに動いたらいい。人類最後の一日にして、私たちが正真正銘、神として人類に君臨する日だ。勝とうが負けようがそれは変わらない」
「ハッ、負ける気もねぇ癖によく言うぜ、白河の旦那」
そういうと、王は立上り歩き出す。
真弓示現を武の極致と称すならば。
王はまさしく、暴力の権化。
素手の戦いにおいて、真弓示現と戦える数少ない男。
「若いねぇ……死ぬんじゃねーぞ、王くん」
「……初期メンだかなんだか知らねぇが、その内ぶっ殺してやるから覚悟しとけや」
示現にそう吐き捨てた王は、部屋を後にする。
その背中を見送って、示現は上体を起こした。
「おい、止めなくてよかったのかよ? 王くんは新入りだろ。新入社員は大切に育てなきゃブラック企業とか呼ばれちまうぜ」
「大丈夫さ。王は強い。君も知っているだろう?」
「……まあ、知っているけどさ」
示現はそう答え……次の瞬間、背後化の足音に顔をしかめた。
「うっわ」
「人が喋る前にその反応。実に絶望で歪めてみたいね」
背後を振り返る。
そこには白衣の女が立っていた。
彼女のボブカットは白一色。
俗にいう『最上位異能』を保有する証明だが、それよりも目を引くのはその瞳。
ガラス玉、と表現すればいいだろうか。
生命としての様子が一切除外された、虚ろな瞳。
それでいて彼女の顔には常に微笑が刻まれていて。
白かったはずの白衣には多くの血痕が残っている。
「クルス・ランベル。今到着したよ、白河」
「血生臭ぇ。……おいテメェ、またどこぞの家族でも壊してきただろ」
「家族? モルモットの間違いだろう?」
クルス・ランベル。
彼女は人の絶望が好きだった。
人の幸せを壊したい。
全てをめちゃくちゃにして、絶望顔を見てみたい。
彼女の保有する研究所では多くの人間を飼っている。
飼育している。
全てを与え、望むがままに育て。
幸せのピークで……すべてを壊す。
「随分と刺々しいじゃないか示現。同類のくせに」
「はっ、テメェと同類だって自覚してから、俺もだいぶ性格まともになったぜ」
二人の間に火花が散る。
どちらも古くからの付き合いだが、どうしても馬が合わない。
相性が最悪とは、二人のためにある言葉かもしれない。
その様子を苦笑いしながら見ていた白河。
「まあ、人の趣味嗜好はひとそれぞれってことにしようか」
そう言って、彼は窓の外を眺める。
もうすぐ、日が昇る。
そして、人類が――時代が終わる。
「人類進化計画。二度の失敗を経て、ようやく、決別の時だ」
人類を進化させるべく奔走した。
知性ありし、真なる人間に変えるため。
自分以外の『人』と会話するため。
何度も、何度も。
考えて動いて。
一度、取り返しのつかない失敗をした。
それを取り戻すべく戦って。
防壁なんてものも造ったけれど。
結局、人類に味方したのも失敗だと知り。
彼は、こうしてここに立っている。
「ありがとう。そしてさようならだ、人類史」
今日、この日をもって。
すべての過去と決別し。
白河言外は、神となる。
☆☆☆
『というわけで、敵方の主たる戦力は四人ですね』
モニターに映るのは一人の魔術師。
かつても見た自室で、なんの憂いもなく紅茶を飲むその姿。
それを見て、彩姫は思わず苦笑いする。
「き、緊張感というものはないのですか……」
『はい。私は記録盤と接続している以上、リアルタイムで世界全てを把握できます。そこに予想外という言葉は無く、ゆえに緊張もありません。既知で埋め尽くされた世界において――』
「あー、はいはい。もういいよ。だいたいわかったからさ」
面倒くさいことを言い出した魔術師――アイ。
彼女の言葉をかぶせるようにかき消したのは、英傑の王と呼ばれる女。
「で。すべてを知ってる貴方が、南極大陸への突撃部隊を考えてくれた、って聞いたけど」
そういって、彼女は周囲を見渡す。
――場所ははるか上空。
ステルスを搭載した、防衛省のジェット機。
その中には、アイが選出した数名が集まっていた。
英傑の王、枝幸紗奈。
業火の白帝、南雲紡。
獄王ディアブル。
電脳王、東堂茜。
まごうことなき、原人類が出せる最高戦力。
……の、はずなのだが。
「ちょっと待ってほしいっす。なんで私がこの中に入ってるっすか?」
カレンは言った。
言わずにはいられなかった。
そして、その隣にいた二人も同じく口を開く。
「そうだぜ。現役隠居したただの教師が混ざっていい場面じゃねぇだろ」
「同じくです。私も……いってみれば、彼女らに混ざれるほど強く在りませんし」
今日も変わらずジャージ姿の中島先生と。
南雲の母にして特務の長、南雲月影。
人類の中ではトップクラスに位置するであろう実力者二人。
されど、相手の最低戦力が『神獣級』という意味不明な状況下で、はたして戦力になるかと聞かれれば……二人とも自身はない。
「あら、私ある所に月影さんあり。死地は一緒ですよ」
「うるさいわよ茜。秘書なら自分の身を賭して私を守るべきです」
「あら、まるで捨て駒みたい」
電脳王、東堂がそう笑う。
驚くほどの緊張感のなさ。
彼女はモニターへと視線を戻すと、この場に居ない人員に言及する。
「死の帝王や、入境さんは人類側の防衛ということですね? まあ、絶対者3人の内、2人もこちら側に回しただけ、かなーり危険な賭けだと思いますけど」
『そうでなければ、勝負の土俵にも乗れないと考えました。本来であれば電脳王、貴方も防衛に回したかった。けれど、それでは何もかも間に合わないのは確実です』
間に合わない。
それは、神威会を倒すより先に人類が滅ぶということだろうか。
「……それよりも、大丈夫なんでしょうか。神威会を倒したところで……、シェルターへと攻め入るアンノウンが止まるという保証はないですよね?」
「そ、そうっすよ! それなら攻めてくる敵を倒してから、南極に行った方が――!」
彩姫の疑念に、カレンが追随する。
おそらく、だが。
まもなく、アンノウンによる一斉襲撃が行われる。
既に日を跨ぎ、午前の3時。
この時間まで『ない』ということは、日の出とともに攻撃が始まると考えていいかもしれない。
けれど。
その攻撃が、神威会を叩いたところで止まるとは限らない。
確証がない限り、防衛に専念し、アンノウンの掃討に力を入れるべきじゃないか。
しかし、その意見に否定を示したのは――獄王だった。
「それは安心するがいい。新型のアンノウン……というより、神威会の配下となっている全的勢力。それら全てが『遠隔操作』されてるはずだ。……一体どうやれば、あれだけのアンノウンを操作できるのかは知らんがな」
「つ、つまり……!」
「ああ、その『操作異能者』さえ倒せば、アンノウンの戦線は崩壊する。……特に自我薄き新型とやらは、野性のままに味方同士争いーー結果としては自滅するだろう」
他のものからの発言ならばまだしも、それはアンノウン、獄王ディアブルが発した言葉。
それに対し、映像に映るアイが否定しない時点で、彼の言った言葉の信ぴょう性は高いだろう。
極王ディアブルは、画面のアイを見る。
「問題は、いかに早くその異能者を殺すかだ」
『物騒ですが……まあ、その通りです。そして、南雲防衛大臣と、中島教員。お二人をこの場に招待した理由に、その相手が深く関わってきます』
アイは二人……特に南雲月影へ視線を向ける。
その視線に、彼女は少し戸惑っていたけれど。
直ぐにその目には、憎悪が宿った。
『敵の名はクルス・ランベル。月影氏、貴方の実家【鐘倉家】を潰したアンノウンこそ、その女の正体です』