159.警告
――獄王ディアブル。
その名を紡は覚えていた。
南雲巌人と真正面から戦い。
その上で、相打ちまで持って行った男。
横槍が入ったことで【黒棺の王】に敗れた彼だったが――。
『……やめた。お前は殺さないでおくよ』
いつかの彼の言葉を思い出す。
獄王の頭へと銃口を突きつけながら。
それでも青年は、目の前の敵を殺すことをしなかった。
曰く『これだけ強いなら、きっといつか役に立つ』との事だった。
あの時は、そんなわけがないと思った。
誰もが思った、殺すべきだと。
けれど、偶然か必然か。
南雲巌人が倒れた今。
その『いつか』は訪れていた。
獄王はその場へと降り立った。
驚きに目を見開いて彼を見る三人と。
目を細め、警戒を示す真弓示現。
「……うわぁ、めんどくさそう」
「我らが製作者側にそう評価されるのであれば、余程なのだろうな」
彼はそう言うと、コートのポケットから両手を取りだした。
「ご、獄王……!」
「安心しろ、妹君よ。俺は必ず義理は返す。命を救われたのなら、相応の返礼をせねば気が済まない。故に……此度『製作者側』を潰すまでは協力するさ」
それに、と。
彼は指を鳴らした。
その音は目の前の空間で連続して弾け……反射し、威力を増幅させた上で黒いアンノウンへと襲いかかった。
【ぎゅぐげっ!?】
たったの一撃。
それで決着は着いた。
黒く堅固な外殻は簡単に砕け、その体には巨大な風穴が空いている。
――不可視にして不可避。
音速の小さな衝撃を何倍にも増幅し、放つ。
言葉にすれば簡単なことでも、現実に起こせば凶器となる。
「あ、あの体を……」
「す、凄いっすね……」
二人をしての反応をよそに。
獄王ディアブルは、目を細めて示現を見る。
「これが新型だと? この程度の雑魚が、我らの辿り着くべき姿とでも言うのか」
「いやー、参ったな。あれでも並大抵の人間、並大抵のアンノウンより強いはずなんだが。……それこそ、絶対者の居ない国に送れば、それだけで滅ぶぜ?」
示現はそう笑うと。
――瞬間、その姿が掻き消えた。
「――ッ」
正確には、視線で追えぬような速度で走り出した。
向かう先は、獄王ディアブル。
目を見開いた彼の周囲へと、無数のワープホールが浮かぶ。
それらを一瞥、すぐに視線を戻したディアブルだったが。
視線の先から、真弓示現は消えていた。
「……チッ」
思わず舌打ちがこぼれる。
真弓示現には『一瞥』だけの隙で十分。
それだけあれば、死角に入るのは実に容易い。
周囲へと視線を巡らせたディアブル――の、すぐ背後で。
「それに、おまえも強いって言えるほどじゃねぇだろ」
時空の隙間から、拳が生まれる。
背後を振り返るディアブル。
その瞬間には、異能は発動されていた。
「ああ、貴様もな。真弓示現」
顔面へと直撃したはずの拳は。
次の瞬間、鮮血と共にはじき返された。
「おっ」
空間の歪みから示現が現れる。
彼の拳は皮膚が裂け、肉が露出し、血が滴っている。
それでも『原形を留めている』のがおかしいのであって。
大してダメージを感じさせない示現の様子に、ディアブルは歯噛みする。
「嫌になるな……」
ディアブルはそう呟き、そして、炎が瞬く。
一直線に示現へと駆けた焔は彼の体を飲み込むと、その背後十数メートルにわたって炎の海を吐き出した。
「油断しない。……それはお前にも、だけど。こいつは異能をうしなった兄さんと同格だと思ったほうがいい。なんせ、敵でいちばんつよいかもしれない相手」
「で、あろうな。手加減されてこれでは笑えもせん」
反射で拳が砕けなかった。
それはつまり、それだけ強靭な肉体強度を誇るということ。
そして同時に、南雲巌人ほど一撃の威力は重くないということの証明でもある。
だが、それを補って余りある技術と、機動力。
速度の面では確実に南雲巌人を上回る。そんな予感が二人にはあった。
やがて炎が止むと。
その向こう側から、無傷の示現が現れる。
「馬鹿にしてるつもりはないんだぜ? 俺よか弱いお前らでも、二人もいたらそれなりに厄介だし。此処が戦場なら、本気で、一切の手加減なしに潰してやるところなんだが……」
だけど、と。
彼は目を細め、遠くの空を見上げる。
「すぐこの後に【祭り】が控えてるってのに、こんな所で発散しちまうのもちょいと考えものだろ?」
「……まつり、だと?」
紡は嫌な予感を覚え、問い返す。
それに対して示現は笑う。
「白河の居場所、知りたいんだろ? なら教えてやるよ。……まぁ、教えるっつーか、その『反射男』も、それを伝えるために来たって感じだが」
「……?」
ちらりと、視線だけ獄王へと向ける。
対して彼ら頷き返すと、示現を睨みながら『この場に来た理由』を語る。
「つい先程、【神威会】を名乗る組織より、全世界へと宣戦布告があった」
「……っ!?」
驚き、視線を示現へと向ける。
彼はヒラヒラと手を振ると、気軽に、悠々と、世間話をするように言う。
「攻めるのは【明日一日だけ】。だから、今日は生まれ育った街に別れに来たんだ。明日が終わった頃には……もう、人類は一人として生きちゃいねぇだろうしな」
「……宣戦布告時に、白河とやらも同じことを言っていたな。曰く、世界を滅ぼすなら一日で足る……だったか?」
随分と舐められたものだと、獄王は歯噛みする。
その姿を一瞥し、紡は示現へ向き直る。
「だから、楽しみは明日に取っとくさ。俺はここらで逃げるとするぜ」
「……白河言外、奴の居場所を聞いてない」
「そう急くなって。ちゃんと教えてやるからさ」
そう言って、彼は告げる。
神威会。
人ならざるもの達の巣窟。
真なる人間を自称する者たちの、棲み処。
「誰一人として人の住まない大陸、二つあるだろ?」
一つは、旧北アメリカ大陸。
アンノウンの発生時、首都が陥落し、その勢いのまま大陸全てを怪物に奪われた大陸。
そしてもう一つは――元より、その環境が原因で人が住めなかった大陸。
「【南極大陸】。そこに俺らの拠点がある」
「……やっぱり、そこしかない、か」
示現の言葉に、紡の驚きは存外少ない。
「……? 薄々分かってた感じか?」
「うちの特務には、機器の一つでもあれば情報の限りを奪い取れるばけものがいる。あれの目をかいくぐるなら、それこそ……もとより人類が繫栄していなかった場所。地下か上空か、南極か。どれかしかないと思ってた」
そのため、彼女の言う【ばけもの】を筆頭に調査は進めていた。
地下はアンノウンが少ないが、逆に調査に時間がかかり。
空はアンノウンが多く、燃料補給の問題でも調査に手間取っていた。
そして、南極大陸。
幾度となく度ローンを飛ばし、調査を行ったその地は。
文字通り、神獣級アンノウンの巣窟だった。
「この時代において、人類史とは既に隔絶された異界の地。独自の進化を遂げたアンノウンだけが集い、殺し合い、今もなお進化し続けている。過去の言葉を用いるなら……【蟲毒】と言ったところか」
「……なるほど。それすら作られたモノだとしたら、あの場所以上に安全な地はないでしょうね」
後方から彩姫の納得が返る。
紡と獄王に合流した二人。
総勢四人にもなった敵勢を眺め、示現は目を細める。
「……明日が、最後だぜ」
ふと零れた言葉は、誰に対するものだったか。
「いい加減、俺らは長く生き過ぎた。本来ならずっと前に終わってる計画を、だらだらだらだら引き延ばして……もう、いい加減終わらせたくなったんだ。俺も、白河も」
そうして、彼の背後にワープホールが生まれる。
「……おわらせない。私と……兄さんの物語は。おわるのはおまえたち」
「はっ、言うは易し。でも、大切なもんを守るには力が居るぜ、がきんちょ」
そう言って、彼の姿は消えていく。
残ったのは散々に破壊され尽くした空き地と。
「――ただ、期待はしてやるよ。楽しくなるならそれでいいからな」
そんな、意味も分からぬ独り言だけだった。
作品内の時間軸で。
残り1日ですべて決着します。