158.小競り合い
最初に動いたのは、白鬼だった。
カレンと彩姫の目が捉えたのは、揺らめいた白い炎だけ。
陽炎の中に紡の姿は解けて消え、その場には衝撃と共に小さな足跡が刻まれた。
常人でなくとも捉えきれぬ初動。
まして、かなりの強さを得た少女二人ですら咄嗟に反応できないほどの。
それに対して中年の男は、あっけらかんと反応した。
「おっと。子供のいたずら……ってには、少々手痛い拳だな」
「……ッ!?」
気が付けば、二人の姿はパチンコ店のだいぶ前に在った。
紡の放とうとした拳は片手で止められており、幾ら押してもびくともしない。
(こ、この男……)
「凄まじい初動だ。あのままこの距離を加速しっぱなしで威力を上げられりゃ……まあ、俺でも多少はダメージ喰らうさ。でも、それなら威力の上昇を途中で止めてやればいい」
それが、紡の拳を片手で止められた理由。
眼にもとまらぬ初動を見て。
ああ、こりゃ痛そうだと感じ取り。
パチンコ屋の屋根から降りて。
加速する紡よりも早く距離を詰めた。
まるで、どこぞの怪物を彷彿させる身体能力。
「……っ、この、バケモノめ」
「そりゃ自己紹介か? ……お前さんも、本気じゃねぇだろ?」
本気を出せよ、と。
そう笑う真弓示現。
彼の視線の先で――無数の鉄屑が浮かび上がった。
それらスクラップは圧縮されるように姿を変え、無数の針となって示現を襲う。
「超能力かい」
針というにはあまりに武骨。
それというにはあまりに巨大。
凶器の嵐を彼は走る。
否、走るというより踊るようだった。
極限まで効率化され、美しさすら帯びる武闘。
それは視る者に舞踏を感じさせる。
だが、その美しさに異物が入り込む。
「たぁッ!」
スクラップの嵐を走り抜け。
栗毛の少女が拳を繰り出す。
少し驚いた表情を浮かべた示現は、咄嗟に大きく距離を取ろうとするが。
「逃がさないっすよ!」
ぴったりと張り付いてくる少女――カレンに、辟易とした顔を見せた。
「どいつもこいつも、平凡じゃないのね」
嵐の中で、カレンの打撃連打が繰り出される。
拳に映るは大きな才と、それを塗りつぶすだけの重厚な努力。
南雲巌人直伝の、巌人我流の近接戦闘技術。
示現はそれらを掌で受け流す。
しかし、その際の衝撃は確かに彼の体へと響いており、その顔が僅かに歪む。
「参っちゃうねぇ、ほんと」
右腕で頭の右横を防御する。
とほぼ同時に紡の回し蹴りが激突した。
「――ッ!?」
「けどお手本通りだ。お遊びがない」
紡は一瞬驚いた素振りを見せたが、すぐに体を翻し、踵落としを肩へと落とす。
半身になって躱した示現へ、今度はカレンの攻撃が飛ぶ。
それらも片手間に抑えた彼は……ふっと首を傾げると、直後に鉄スクラップが通過した。
(……こ、の男ッ)
紡も、カレンも、彩姫も。
この僅かな手合わせだけで確信した。
この男、本当に強い。
実力なら巌人と同等かもしれない。
それほどまでの実力差を感じ取る。
「あっ、なんかマジな顔してるけど……本気にするなよ? これはあくまでも小競り合い。俺個人の喧嘩だ。わざわざ白河の顔を立ててまで殺したりしねぇよ」
3人の緊張を感じとったのは示現。
彼は両手を上げて降参の姿をとるが、それでも3人の警戒は揺るがない。
気を抜けば殺される。
相手がその気になった時点で死ぬ。
そんな確信があったから。
「……言っても聞かねぇかぁー」
そう言って彼は頭をかく。
背後を振り返る。
廃れたパチンコ屋を一瞥し。
彼は困ったように笑った。
「んじゃ、ここともお別れだなぁ」
軽く、指を鳴らす。
瞬間、彼の背後へと三つのワープホールが産み落とされた。
「――ッ!?」
「俺は真弓示現。弱い奴が好きだ。殺すも生かすも簡単だからな。けど、強いヤツは面倒だから好みじゃない」
それぞれ巨大な次元の穴から。
三体の神獣級アンノウンが姿を現す。
その姿に、彩姫は大きく目を見開いた。
「つ、紡さん! この黒いアンノウン……ロンドンで巌人様が戦ったモノと同種です!」
「……ッ、例の、人造アンノウン」
ツルツルとした人間離れした体表。
二足歩行の人型、三足の獣と、四足の人型。
それらから感じ取れる威圧感は、今までに敵対してきたアンノウンとは別格。
「俺ら『神威会』が、お前ら人類を滅ぼすために作った【新型アンノウン】ってやつだ。ちょいとデータを取らせてくれよ」
「くっ……お前! 逃げる気か!?」
紡が叫ぶ。
されど示現は揺るがない。
彼は余裕を崩すことなく笑っている。
「逃げる? 見逃すの間違いだろう? お前らは弱くはないが……まぁ、強くもねぇな。俺に白河の居場所を聞くにはちょいと足りねぇ」
彼は、三人へと背を向け歩き出す。
それと同時に黒いアンノウン三体が紡たちへと襲いかかった――。
「んじゃ、そいつらの世話は任せたぜー」
ヒラヒラと手を振って、彼はワープホールを作り出す。
白河言外が誇る、敵勢力唯一無二の移動能力。
あらゆる場所へとあらゆる戦力を送り出す無敵の能力。
それを前に、南雲紡は目を見開く。
逃げられる。
逃げられてしまう。
もしもこのまま、逃げられたら。
南雲巌人を倒した男を。
白河言外という屑を、追えなくなる。
「――逃がす、ものか」
視界が赤く染まる。
紡は大地を踏み砕いて駆け出すと、ほぼ同時に左右の二人も大地を蹴った。
紡はアンノウンより速く駆けると、容赦なくその頭蓋骨を燃やし尽くし、無力化。
一切の失速なく示現へと駆けた。
「――まっ、じかよ!?」
真弓示現。
ここに来て初めて焦りを見せる。
残る二体のアンノウンが紡へと視線を向けたが――されど、追うには至らない。
カレンのカカト落としが脳天に刺さり。
彩姫の超能力で全身を雑巾のように絞られる。
二体のアンノウンは即死とまではいかないが、かなりのダメージを被っていた。
(あの二人……雑魚って聞いたぜ白河よぉ)
目の前へと来た紡の拳を、示現は受け止めるべく動き出す。
だが。
直前で紡の動きが変化する。
拳から蹴りへ。
全ての力、全ての勢い。
余すことなく全て流動させて、示現の顎を蹴りあげる。
「ぐ……ッ」
示現は咄嗟に両腕で防御する。
しかし衝撃は大きい。腕の骨まで響くような威力と、それを貫通して体へと突き刺さるダメージ。
彼は一瞬目を見開いて……すぐに目を細めた。
「強いヤツは……嫌いだなぁ」
「興味無い。白河はどこだ、真弓示現!」
紡の叫びに。
真弓示現は拳を握る。
「さぁ? 俺を倒して聞くこった」
「そう。なら倒すだけ」
二人の拳が真正面から衝突する。
一切強化していない示現の拳と。
異能の限りで強化した紡の拳と。
威力は全くの互角だった。
二人はお互いに大きく弾かれ、紡は空中で姿勢を整えつつもすぐさま大地を蹴った。
「お前は私よりずっと格上……でも、お前より強いひとを私は知っている!」
「はっ! そりゃめでたい!」
飛びかかってくる紡の拳を受け流し、示現はその腹へと回し蹴りを叩き込む。
「がはっ!?」
「それ、南雲巌人以外なら教えてくれよ。ぶっ殺してやるからさー」
紡は勢いよく吹き飛んでゆく。
その体はパチンコ屋へと突っ込んでゆき、一気に瓦解した建物のガレキで彼女の体が埋まる。
「あちゃー、壊れちったかー」
「つ、紡さん!?」
後方から声が飛ぶ。
カレンと彩姫は、まだ二体の神獣級を倒しきれてはいない。
その光景を一瞥し、彼は崩れたパチンコ屋へと歩き出す。
「ま、形あるものはいずれ崩れるのが定めだ。でもって、どうせ崩れるなら一番いい状態のものをぶっ壊したい。……これでもガッカリしてるんだぜ? 全盛期の南雲巌人、アイツとなら戦ってみたかった」
崩れたパチンコ屋の底から、強烈な熱が吹き上がる。
それは炎の柱となって建物全てを溶かし尽くし、その中より少女は姿を見せる。
「……で?」
「続きはねぇよ。ただ、お前一人じゃ俺に勝つのはまず無理だ。お前と同等か……それ以上。最低でも南雲巌人と殴り会えるくらいの奴がいねぇと話にならねぇ」
南雲巌人と殴り合える存在。
そんなものは、世界を探しても枝幸紗奈と、今の南雲紡くらいなものだろう。
否、二人をして『辛うじて』という但し書きが付くだろうが。
南雲紡は歯を食いしばる。
仮に、枝幸紗奈が合流したとして。
勝てるだろうか、届くだろうか。
異能すら使わず自分を圧倒する――この男に。
ぐるぐると思考が巡る。
その度に眉間の皺が深くなる。
その様子に真弓示現は笑みを深めて。
「――ッ」
次の瞬間。
弾かれたように、別の方向を向いた。
「なるほど。殴り合いで南雲巌人を倒せる相手なら不足ないのだな?」
声が響いた。
聞きなれない男の声だった。
けれど、その声を紡は知っていた。
その方向へと視線を向ける。
そして、限界まで目を見開いた。
「お、前は――ッ」
それは、白髪の男だった。
滅多に見ない純白の髪が風に揺れる。
金色の瞳は猫のようで、悪魔のような独特な瞳孔を持っていて。
その姿に、紡たち三人は引きつった悲鳴を漏らした。
この世界で。
南雲巌人を、真正面から下した相手。
そんなもの、数える程も居ない。
「――獄王ディアブル」
かつての敵は、不敵な笑顔を浮かべて返した。
【作者からお知らせ】
皆さまお久しぶりです。
どうしても執筆の時間がないので、お詫びに数年前に書き溜めた作品を放出中です。
その作品も8章まではストックが有るので、4か月くらいは毎日投稿予定です。
題)狂人は平穏に住む~近いうちに学園潰します~
ローファンタジーの学園モノです。
少しでも毎日の楽しみにしていただければと思います。
毎日18時に予約投稿しておりますので、作者の作品欄からどうぞご覧ください。
以上、お詫びと宣伝でした!
次回もお楽しみに!