16.噂
新ヒロイン登場!
今回は『すれ違い系ヒロイン』ですね。どういう意味かはお楽しみに。
日本国、トウキョウ。
そこは世界でも最先端をゆく超近代国家の見本であり、町並みには必要最低限の緑しか見えず、その代わりに街中のありとあらゆる所が最適化され、それと同時に秩序維持をされてきた。
そのおかげで警察機関も多大な戦力を保有しており、まず間違いなく世界で見ても最も優れた街の一つに入るだろう。
そんな中、噂の警察機関の中にはとある噂が流れていた。
「ねぇねぇ知ってる、あの噂〜」
「あぁ、サッポロに住んでるっていう黒髪君のこと? 初日でフォースアカデミー締めたとかいう……」
「……ちょっとそっちの噂初耳なんだけど。ま、まぁ、今はそれじゃなくて黒棺の王様の居場所が分かったんですって!」
「えええっ!? な、なんで今頃!?」
そう、かつて入境学がバラした驚愕の事実、彼の鎖ドラゴンを倒したのが『黒棺の王』だ、という噂がここまで流れ始めており、それと同時に『黒』関連で巌人の噂も流れ始めたのだ。
“黒棺の王”に“無能の黒王”だ。
サッポロに住み、実際に知っているものならばともかくとして、傍から噂でしか聞かない者達にとってはそりゃあお互いの関係性を疑われないわけもなく、その無能力者と序列一位が何か関係しているのではないか、という噂も微かに流れ始めていた。
けれども実際の所は今現在進行形で黒棺の王の貢献度は上昇しまくっており、サッポロにそこまでのアンノウンが出てきているというわけでもないことから、恐らくは序列一位はもうサッポロには居ないだろう、というのが一般的だ。
そして何より、最弱と最強が知り合いだとも思えない。
だからこそ、警察機関の人間たちはそれらについて気になってはいても噂だけで留めており、実際にその場に行って、直接その無能力者に問いただそうなどという者は居ない。
──トウキョウの、ただ一人を除いて。
「サッポロに滞在し続けている内閣総理大臣の護衛という名目でサッポロのフォースアカデミー、その職場見学を受け持たせて頂けませんでしょうか!」
「いや、何言ってるの君」
彼女、澄川彩姫は上司に直談判していた。
編み込んだ、白髪に限りなく近い銀髪に、その前髪の影から覗くのは真っ赤な両の瞳。
彼女はトウキョウ支部に所属するC級の特務隊員であり、表裏問わずにこう呼ばれていた。特務期待の新人、と。
それは髪の色からも察することが出来るだろうが、それでも上司たちからすれば優秀でこそあれど使い易い人材ではなく、一部では問題児扱いされていた。
その理由こそが──
「サッポロにあの方が!『黒棺の王』様が出没したという話ではないですか! ならばこんな所で時間を食っている暇は無いのです!」
「いや、君、今日非番じゃないよね? それに『出没』とか彼も野生動物じゃないんだから……」
そう、彼女は極度の『黒棺の王ファン』なのである。
その名を聞けばどこへでもすっ飛んでゆき、その悪口を聞けば上司だろうとなんだろうとぶっとばす。
そしてそれを十分に行えるだけの異能を持っていることが原因であり、実際に、彼女の異能はSSSランク。世間には『新たな絶対者の才能』とさえ言わしめるほどのものである。
まぁ、実際には第四位でさえEXランクという化物なのだが、それを知らぬ彼女は自信に満ち満ちていた。
だがしかし、その上司は上司といっても特務の管轄を超えた、言わば警察機関を束ねる者。それ故に色々と知っていた。
もちろん巌人の正体然り、この少女が最近どんな言動をとっているのか然り。
彼はため息を一つ吐き、手元の資料をめくる。
『何が無能の黒王ですか! 黒王とかあの方より上みたいじゃないですか! 見つけ次第ぶっ殺してやるです!』
『あの方もあの方です! なんで二つ名ほとんど被ってるようなものなのに制裁に行かないんですか!?』
『ふっふっふっ⋯⋯各なる上は私が事故に見せかけて殺害⋯⋯はバレそうですね。異能を使って暗殺しましょうか』
もはや特務の風上にも置けない発言である。
聞くところによると七年前、トウキョウの一角に現れた聖獣級のアンノウンに街は崩壊され、その当時まだ七歳だった彩姫は不幸中の幸い、その崩壊からは生き延びたものの、運悪くそのアンノウンに見つかってしまったそうだ。
彼女はまだ使えるようになってから一年しか経っていないその異能で必死に抵抗したが、SSSランクと言えど使えなければ、使いこなせなければそれはSSランク、Sランク、いや、もっと下かもしれない。
そうして彼女の力はそのアンノウンには通じず、諦めかけたところで──彼が現れたのだとか。
『悪い、遅くなった』
その声に目を見開いた彼女が見たのは、アンノウンの彼女の前に躍り出る、全身黒ずくめの服装に身を纏った、白髪青眼の少年だった。
彼はたった一言何事かを呟くと目の前に迫るその聖獣級のアンノウンへと手を振り下ろし。
──次の瞬間、そのアンノウンは青い光になって消え失せたのだという。
その後、その少年は気がついた頃にはどこかへと消えており、結果として序列一位、黒棺の王の貢献度がその時に急上昇したことからも、それは彼の仕業だったのだと後から特務は発表した。
それを聞いた彼女もそれについて皆に教えて回ったそうだが、結局『誰も知らない彼の異能を見たわけがない』と一蹴されたらしい。
実際に今彼女の目の前にいる上司でさえ彼の異能は知らないし、知っていることといえば居場所と正体くらいなものだ。
だからこそ、彼女は序列一位、絶対者の彼に憧れ、それと同時にとある夢を持った。
──まあ、それこそが。
「私は彼にもう一度会って、あの時出来なかったお礼をしたいのです! そのためには特務さえ辞めて駆けつける所存であります!」
その覚悟の決まった瞳に、上司は幾つか、条件を付けることでそれを許した。
──問題を起こすな。
──会ったとしても、そのことは誰にも伝えるな。
そして──黒髪の彼を、絶対に怒らせるな、と。
☆☆☆
トウキョウにおける彩姫の直談判から数日。
サッポロからカレンが去って数週間が経っていた。
あの後数日はいつも通りカレンにお菓子を買ってきた女子たちが寂しそうにしている姿も目に付いたが、それらの女子達には皆カレン本人からメールが来たらしく、すぐにそれらの寂寥感は学校から薄れて行った。
そうして気がつけばもう既にカレンダーは五月へと捲られており、暦の上ではもうすぐ立夏である。
徐々に生徒達も新しい環境になれ始め、けれども巌人のシャンプーの思いは相も変わらず、やっと学校でも巌人の異質さが熟れてきた頃。
巌人は昼休み、前の席から唸り声が聞こえて視線を前へと向ける。するとそれを察知したかのごとく振り返ってくる衛太。
「おい巌人ぉぉ! お前職場見学どうす……」
「いや、もう自分の(シャンプー)会社持ってるし」
「馬鹿野郎! なんでお前だけ将来安泰してんだよ!?」
衛太はそう叫んで頭を抱えた。
ちなみに、もともと南雲巌人の『な』から平岸衛太の『ひ』まで、誰一人として間に入る者がいなかったのさえ珍しかったのにも関わらず、衛太と巌人は何やら不思議な縁でもあるのか、席替えをした後、結果巌人が窓側から二番目の一番後ろ、その前が衛太になったのだった。巌人からしたら野郎と縁があるなどたまったものではない。
だがしかし、それはこの際置いておくとしても問題はその職業見学だ。
巌人はカバンの中からクリアファイルにしまっておいたそのプリントを取り出すと、ビッシリと文字の書かれたそれに目を通してゆく。
「警察、法務省、外務省に件の特務、その他もろもろ良くもまぁここまで色々と揃えてくるなぁ……。ほぼ全部公務員じゃないのか、これ」
「ったり前だろうが。フォースアカデミーって言ったら一つの都市に一つ存在する世界最高峰の学校だぞ? そりゃ、そこから卒業する生徒、引く手あまたにならなきゃおかしいってもんだ」
巌人はそう言ってくる衛太の呆れたような視線を無視すると、それと同時に自らのステータスアプリで色々と調べ始める。
まぁ、職業見学とはいってもこの学校に来ているものの殆どは特務を目指している者達だ。それ以外の場所に行くなどは普通考えられず、今年の生徒達もまず間違いなく全員が特務へ行くこととなるだろう。
だからこそ、巌人も過去の特務へ見学しに行った人たちの感想を調べてみたのだが──
「歴代、特務への職場見学について。『全然ためにならなかった』『エリートたちにボコられて終わった』『格下の俺たちに勝ったあとのアイツらの顔超ウザかった』『特務のレベルを知るための一環、とか言ってるけどあいつらストレス発散してるだけ』等々、ボロクソ言われてるな特務」
そう言って巌人は眼鏡を外すと、長くなってきた前髪を掻き上げる。
巌人の義妹である紡がその特務の、それも最高幹部をやって働いているという現状、あまり特務自体の印象を下げないでいただきたいものだが、それを上層部に紡経由で伝えてもらったところで恐らくは特務のコレは例年の行事のようなものだろう。一時的には収まるかもしれないが、来年、再来年となれば間違いなく復活する。
「あれだな、過激な発言になるがもういっそのこと特務の雑魚ども一掃した方が早そうだな」
「怖い!? 怖いぞ巌人……ってあれ?」
衛太はプリントから顔を上げてそう叫ぶと、巌人の顔を見て目を見開いた。
巌人もその声にそちらへと視線を向けると、何故かクラス中の視線が巌人の顔面に突き刺さっていることに気が付いた。
「……え、なに? ドッキリってやつ?」
咄嗟にそう言葉を捻り出すが、衛太はどこか心ここに在らずと言ったふうに口を開く。
「いや……普段のお前って『ザ・地味』って感じだけどよ。その眼鏡とって髪かき上げたら普通にイケメン何じゃねぇか?」
衛太のその言葉に、何故か高速で頭を縦に振り始めるクラスメイトたち。それはつまり普段の巌人を貶しているようなものなのだが、正直彼らの視線は意外にイケてた巌人の顔面と、その右の眉へと向いていた。
「それに……お前よく見たら右の眉のとこ、中二病的な傷が付いてんじゃねえか」
衛太のその言葉に、再び高速で頭を振るクラスメイトたち。
クラスメイトたちの今の巌人の印象は、言うなれば『かなりの変人で温厚な無能力化物』と言った感じだ。
正直シャンプー関連については貴重な『オーバーダイSRB』を買えるため問題視されておらず、あえて挙げるならば、たまに授業中にシャンプーを配合しだすくらいなものだろう。もちろん皆の反応は見て見ぬふりである。
それに加えてとても温厚な性格をしており、無能力者云々を言われても全く相手にせず、誰彼構わず公平に笑顔を振りまくことからも裏ではかなりの人気がある。
もちろん『内心で何思ってるか……』という意見もあるが、あのおおっぴろげなシャンプー狂いを見れば『ないな』と誰もが思ってしまう。流石は巌人、見事な計算である。そう願いたい。
まぁ、こと衛太に限って言えばその巌人が怒ったところも見たことがあるのだが、それも所詮は諦めかけていたシャンプーを潰された程度だ。大した怒り度ではない。
そんな巌人は自らのその傷に指を添わせると、寂しげな眼差しで虚空を見めた。
その様子に誰もが思ってしまう。その傷にはきっと、自分たちには伺いしれないような過去があるのだろう、と。
そんな思いを知ってか知らずか、巌人は衛太へと視線を向けてこう告げた。
「昔、シャンプー作る際に、刃物が付いてる機械に顔面を巻き込まれそうになってなぁ。その時のシャンプーは鮮血で台無しになっちゃったんだよね……」
クラスメイトたちは、その話を聞いて怒りを覚えた。
あの巌人の身体が機械ごときで傷つくでしょうか⋯⋯?